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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第二章 少女編
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第四十話「討伐訓練1」

 ――あっと言う間に討伐訓練当日になった。

 それまでは特にこれといった事件も起こらず、平和な日々が続いていた。


 唯一あったとすれば、試験の最中に絡まれたことをイワンに言ったら、


「あの野郎、泣かす」


 と低い声で唸って殴り込みに行こうとしていたくらいだが、何とかなだめて未遂で終わらせることができた。

 私のことになると怒りの沸点が低くなるのは相変わらずなようで、つくづく友達思いなやつだなぁ、と胸中で喜んだ。


 あと、使用人も一緒に登校できるという話だったが、これがややこしい手続きを踏まなければならなくて、実際に行けるようになるのは早くても討伐訓練が終わってから一週間後になるらしい。


 ――大事なことなのでもう一度、繰り返そうか。


 平和な日々が続いていた。


 ――討伐訓練が始まる()()()



 ◆  ◆  ◆



「契約書を提出できた者から指定した隊列に入れ!」


 監督役の教師の言葉に従い、私とイワンは事前に渡されていた契約書を提出する。

 契約書の内容だが、簡単にまとめると「この訓練は実戦であるため『死ぬ可能性がある』『死ななくとも、体に痕の残る怪我を負う可能性がある』『五体満足でも、精神に異常を来す可能性がある』『仮に事故等が起きても学園は本人および遺族に何の責任を負わない』この四つに同意できる者のみ、参加を認める」だ。


 前世ではあり得ないような内容の授業だが、こういった生徒が死ぬような授業は学園の中ではいくつかあるらしい。

 かなり大きなリスクを背負うが、けっこうな量の単位をもらえる。

 魔法の成績がかなりアレなイワンにとって、この討伐訓練での単位は大きなウェイトを占めている。

 ……昔はちゃんと魔法もできてたのになぁ。


 使用人は非戦闘員なので、ほぼ常に教師陣と行動を共にする。

 超頼もしい用心棒が居てくれるようなものだ。

 なので契約書にサインするまでもなく生き死にがどうとはならないだろうが……まあ、保険のようなものだろう。

 国外に比べれば全然平和だが、王国内にも危険な生物なんてゴロゴロいるからな。


「主だった注意事項は事前の講義で伝えた通りだ!では、出発!」



 訓練の参加者は私とアリシアを除いて二十人ほど。

 討伐する魔物がどれくらいかは分からないが、戦力的には十分すぎる。あのいちゃもん野郎――ブルクサ、だったか――も、成績上位者らしいので、性格はともかく実力には期待できる。

 中でもイワンは経験豊富な常連で、教師から「今日もよろしく頼むぞ」と声を掛けられていた。さすがは『単位不足の剣王』だ。


 道中を移動する際は常に一定の危険が潜んでいる。

 なので、パーティで移動する際は見張り役を置くのが一般的だ。これだけの大所帯だろうと、それは変わらない。

 イワンは移動中、前方の索敵役を任されていた。私は中央付近での荷物持ち係なので別行動だ。


「よう。アリシア」


「エミリア。今日はがんばろうね」


 同じく荷物持ち係のアリシアと挨拶を交わす。事前の試験の結果を汲んでだろうか、彼女の荷物は私よりもだいぶ少なかった。

 試験もギリギリのラインで合格をもらっていたし、運動系の訓練はほとんどしていないのだろう。


「そういえば、アリシアのご主人様はどこにいるんだ?」


 私が尋ねると、アリシアは少しだけ表情を曇らせた。


「ちょっと急用ができちゃって。私だけで来ることになったの」


「そうなのか……」


 なかなかに出来た人物という話だったので、ぜひ一言挨拶しておきたいと思ったのだが。

 相当に忙しいんだろう。

 なにせ、彼女の主人は学園の中で最も優秀な十人――第六位の成績上位者というのだから。



 成績上位者とは読んで字の如く、学業において優秀な成績を収める者たちのことだ。特に区切りはないが、上位三十人くらいまでがそう呼ばれるらしい。

 専属使用人の配属や学園内施設の優先借り受け、さらには研究資金の一部援助など、様々な特典が目白押しだ。

 中でも上位十人はさらに特別視され、彼ら専用のものすごい特典が付く……らしい。


 ちなみにだが、この学園では筆記よりも魔法の実技を重要視していて、成績もそれが色濃く反映されている。


 ――つまり、成績上位者は単純に魔法の強さの序列と思ってもらってもいい。


 経験上、強い人物は性格に一癖も二癖もある奴が多い。

 しかしアリシアの話からすると、彼女のご主人様は温厚で種族を隔てることなく接し、誰にでも優しいそうだ。第六位の名に恥じず文武両道、しかも名門中の名門、ヴリコラカス家という家柄の出身という。

 家柄に関しては全く無知なのでヴリコラカス家がどれくらいすごいのかは分からないが、おっとりした彼女が力んで説明するほどだから、相当にすごいんだろう。


 次男なので当主の座に就くことはないだろうが、それでもまぎれもない『玉の輿』だ。アリシアの服装が少し男性の情欲をそそるようなものになっていたとしても何の不思議もない。


 がんばれ、アリシア。



 ◆  ◆  ◆



 行軍がはじまり、二日が経った。


 何度か参加した者はともかく、初参加した学園の生徒たちは貴族のお坊ちゃん方ということもあり、旅に慣れていない者がほとんどだった。

 おそらく街の外に出たのも初めてという者も含まれていたんだろう。あれが無い、これが無いと不満を漏らしていた。

 一歩街の外に出れば『無いのが当たり前』であり、『在るものでどうにかする』というのが常識だ。

 事前の講義で説明されていたにも関わらず愚痴をこぼす連中は漏れなく教師にお叱りを受けていた。特にブルクサは「なんで俺がこんな目に」的なことを何度もぼやくので、特別目を付けられていた。


 ざまぁ。




 広い王国内を三日も歩けば周辺の景色は打って変わり、舗装された道路などは徐々になくなり、自然の多い場所が増えていく。

 ただ、これだけ離れても夜になると王都の光がぼんやりと見えるあたり、あの街は本当に巨大である。


「よし、ここにキャンプを設営する!」


 教師の号令で、私を含めた設営班はいそいそとテントを組み立て始める。

 アリシアは調理班に配属され、野菜を近くの川に洗いに行っていた。


 この周辺はまだ手付かずの自然が多く残っていて、何種類もの野生動物が生息している。

 ご存知の通り、魔物とは『何らかの理由で魔法を使えるようになった野生動物』のことを指す。野生動物が多いということは、それだけ魔物の発生率が高くなる。

 だからといって野生動物を絶滅させる訳にもいかないところが歯痒いところだ。こうして定期的に討伐に乗り出す他に方法は無い。

 今から二日間、ここにベースキャンプを作り、周辺数キロを捜索して魔物を狩り尽くす……というのが今回の遠征の内容だ。


「ここからは魔物との戦闘区域になる!各自十分注意するように!」


 教師の号令で、参加者たちは各々武器を構えた。

 ヴァンパイアと言えば彼らが魔法を昇華させ編み出した独自魔法“魅了術”があるが、あれは術を掛ける側と掛けられる側で言葉が通じなければ使えない――つまり、魔物に魅了術は通用しないのだ。

 なのでこの訓練では、イワン以外のヴァンパイアも得物を振り上げて戦うことになる。


「じゃ、行ってくる」


 いつもの木刀ではなく実戦用の真剣を腰に差し、軽く手を上げるイワン。何かの補正が入っているのか、いつもより二割増しでかっこよく見える。

 四年前、イワンは大人たちの命により魔物相手に何もさせてもらえなかった。

 しかし今は大人たちから頼られるような存在になっている。

 彼もただ無為に四年間を過ごしていた訳ではない、ということだ。


「行ってらっしゃい。気を付けてな」


「ああ」


 危険な場所に赴くご主人様に対して軽いと言えば軽い挨拶をして、私はイワンを見送った。



 ◆  ◆  ◆



「……ふう」


 非戦闘員とはいえ、やることは山積みだ。

 テントの組み立て、罠――誰かが近くに来たらカラカラ鳴るやつだ――の設置、魔物除けの香の散布などなど、どれも地味だが重要な仕事だ。手を抜く訳にはいかないし、手間取るのは論外だ。一つ一つ、しっかりと作業をこなしていく。

 私の手付きを見て、教師の一人が声を掛けてきた。


「お前、随分と手際がいいが経験者か?」


「はい。昔、傭兵のパーティで荷物持ちの仕事をしていたので」


「ほお。もしかして料理もできるのか?」


「得意です」


「……本当か?」


 ……私はそんな不器用そうに見えるんだろうか。そんな風に尋ねられたことがむしろショックだ。


「本当です。私の手料理を食べてウマイと言わなかったヒトはいません」


 そう言うと、教師は、ハハッ、と笑った。

 腕っぷしが強いと言って信じてもらえないことは多々あったが、料理ができるかというレベルで腕を疑われたのは初めてだ。

 ひとしきり笑った後、教師が料理班の方を指さす。


「だったら調理班の方を手伝ってくれ。こっちはもう大丈夫だ」


「分かりました」



 ◆  ◆  ◆



「あ、エミリア」


 料理係の方へ行くと、アリシアが野菜の皮を剥き、手ごろな大きさに切っていた。彼女は料理の下ごしらえ役をしているようで、色とりどりの野菜が同じ大きさに切り揃えられていた。皮むきや、具材の切り方から予想するに、料理は得意なようだ。


 そちらに手を振ってから、料理班を取り仕切っている教師の元へ行き、指示を仰ぐ。


「設営班から応援で来ましたエミリアです。ご命令を」


 表面上は冷静だが、胸中にはさっきの教師の笑い顔が浮かんでいた。

 見てろよ……。絶対ウマイって言わせてやる!


 教師はひとしきり周辺の進捗を見た後、


「よし、お前は薪拾いをしてきてくれ」


「…………」


 さすがの私も、薪拾いでウマイと言わせるような(すべ)は持っていなかった。



 ◆  ◆  ◆



「解せぬ」


 薪を拾いながら、独りごちる。

 教師は私がイワンの専属であることは知っているはず。

 だったら、ある程度料理の腕があることも理解しているはず。

 なのになぜ、薪拾い!?


 解せない。


 ……もしかして、アリシアとの対比で私は脳筋キャラだと思われているんだろうか。道中、荷物が重くて疲れていた彼女に変わって二人分の荷物を持ったことがあった。


 やたらと力仕事を頼まれるようになったのはその後だ。

 おしとやかなメイドのイメージそのままのアリシアと、体力バカな私。


 ……。


 まあ、料理ができそうにないイメージを持たれても無理はないか。と自分で納得してしまった。


 決まってしまったことは仕方がない。与えられた仕事をこなそう。

 これほど大規模なパーティならあり得ないとは思うが、四人程度のパーティなら一人が仕事を手抜きして全員が危険な目に遭うというのは珍しい話ではないのだから。

 自分に任された以上、仕事はきっちりとこなす。集団生活の基本だ。


 経験上、平原では薪に仕えそうなものはほとんど落ちていないことが多い。なので、近くの森の中へ足を踏み入れた。

 水分をなるべく含んでいない枝を見つけては拾い上げる。

 えっちらおっちら作業をしていると、気付けば森のけっこう深くにまで来てしまっていた。

 太陽も傾きかけているし、そろそろ引き返そうか――なんて思っていると、


「――?」


 首筋がざわりとした。ちりちりと、肌が粟立つ。

 懐かしい空気が流れ、私は目を細めた。


 この感覚――ヴァンパイア王国の外、紛争地域で感じた空気にどことなく似ている。

 戦場の空気、とでも言えばいいのだろうか。


「この先で、誰かが戦ってるのか?」


 答えは肯だろう。

 今は生徒が魔物討伐の真っ最中だ。こういう空気を感じられても何ら不思議はない。


「……ちょっと、見て行こう」


 興味を惹かれた私は、少しだけ寄り道をすることにした。

NG集


『特典』


 成績上位者とは読んで字の如く、学業において優秀な成績を収める者たちのことだ。

 美人メイドの配属やフラグ立ての優先受付、さらにはハーレム形成の援助など、上位者になればいろいろな特典が目白押しだ。


「スゴすぎだろ」



『試験の結果』


 事前の試験の結果を汲んでだろうか、アリシアの荷物は私よりもだいぶ少なかった。

 試験もギリギリのラインで合格をもらっていたし、運動系の訓練はほとんどしていないのだろう。


 私が不満を持っていると思ったのだろうか、教師の一人が声を掛けてきた。


「エミリア。お前だけ少し荷物が多くてすまんな。試験の結果そうなったから我慢してくれ」


「いえ。これくらい大丈夫です」


 カタツムリの怪異と見間違われるくらい大きなリュックを背負っていた私からすれば、むしろ軽いくらいだ。


「それだけ私の力が試験で認められたということですね」


「いや。ただ単にアリシアの方が胸が大きかったから楽をさせてあげたいと思っただけだが」


「胸囲の格差社会!?」

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