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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第四話「狩り」

「準備はいいかい?」


「もちろんだ」


 ウィリアムの言葉に力強く答える。

 足にはアイゼン、手にはピッケル。雪目対策のサングラス。防寒用に帽子、耳当て。そして鞄には様々な状況を想定した道具を一式。

 この二週間で教わったことは完璧に頭に入っている。

 訓練開始早々に起きた黒歴史事件――思い出すだけで恥ずかしい――以外は何ら問題ない。



 通常の家事に加えてウィリアムとの訓練、そして母の誕生日に向けての準備をもろもろ――この二週間はやることがたくさんで目が回った。

 充実した忙しさ、とでも言えばいいんだろうか。楽しいとすら感じた。


 今日は事前準備の中で最も大事な日だ。

 失敗は許されない。


「よし、行こう!」


 頬を叩いて気合を入れ、私たちは一歩を踏み出した。



 ◆  ◆  ◆



「いい天気だね」


 どこか呑気とも取れる口調でウィリアムは空を仰いだ。

 鹿は山の中腹以降でしか見つけることはできない。

 なので、それまでは気をラクにして風景を楽しみながら歩いた方がいい、とは彼の弁だ。

 狩りのプロがそう言うんだから私が口を挟む余地などない。

 カルパティア山脈の雄大な景色を眺めながら、頷く。


「そうだな。晴れてよかった」


 多少の雪――山の上はどんな季節だろうと雪が降る――でも狩りに与える影響は多大だ。視界が悪くなるし、何かの拍子に事故が起きる可能性も高くなる。

 今日のためにテルテル坊主を量産した甲斐があったというものだ。


「そういえば前々から思ってたんだけど、エミリアちゃんの口調って変わってるよね。最初からそうだったの?それとも誰かの影響?」


「生まれつきだ。誰かの影響とかじゃない」


 前世を自分と同一と考えるなら、間違ってはいない。

 私は自分自身以外、誰の影響も受けていない。

 もし転生者でなければ、自然に可愛らしく話せていたんだろうか。

 ……うーん。想像できない。


「マリさんに何か言われたりしない?」


「たまに(たしな)められるくらいだ」


「そうなんだ……ねえ、一回でいいから女の子口調で喋ってみてよ」


「あらウィリアム。ごきげんよう」


「うわ!?エミリアちゃんの顔がすごいことに!」


 どうも女口調への拒否反応は未だ収まっていないらしい。

 直すまでにあと何年かかるのやら。


「どうも淑女言葉は苦手だ」


「驚いた。エミリアちゃんでも苦手な事ってあるんだね」


「苦手な事だらけだぞ。字もまだ完璧じゃないし」


 母様にノートをもらうまで書き取りをしていなかったせいか、文字は完璧に読めるのだが、完璧に書くまでには至っていない。


「僕がエミリアちゃんくらいの年の頃は、字はおろか計算もできなかったけどね」


 呆れたようにウィリアムがぼやく。



 それからも私たちは他愛の無い雑談を繰り返した。

 王都の商人に嫌な奴がいるといった愚痴から、彼の甥が私に一目惚れしたとかいうコイバナまで。

 彼との会話は楽しく、いつまで話していても飽きがこない。


 なるほど、こういう所も女性からの評価が高い理由か。




 しばらく雪山を歩いていると、人に出会った。

 足元まである大きなコートに目深まで被った帽子。そして、口元には大きなマスクをしている。

 ファッションの一環なのか、それら全てが黒で統一されていた。髪も黒いので瞳の赤色がかなり際立っている。

 そこまで見てから、ふと気付いた。

 黒髪に赤目――ヴァンパイアだ。


 顔のほとんどが隠れているので、年齢はよく分からない。

 雪山だというのに防寒装備以外は何も付けていない。

 目の炎症予防のためのサングラスすら持っていない様子だ。

 三大種族は紫外線にも強いんだろうか。


「……」


 ヴァンパイアと実際に会うのは初めてだ。

 なんだろう。ちょっと怖い。

 前世でヴァンパイアといえば妖怪の類なので、『悪者』というイメージが強いせいだろうか。

 私はさりげなくウィリアムの背後に隠れて様子を伺った。

 お互いの距離が十分に近付くと、


「よう。これから狩りか」


 ヴァンパイアさんはえらく気さくに話しかけてきた。

 ……あれ?想像していたのとだいぶ違うぞ。

『我輩は喉が渇いている。下僕よ、血を差し出せ』とか、そういうカタい感じだと思っていた。


「ええ。この子の母がもうすぐ誕生日なので、その為の食材の調達に」


 ウィリアムの足元からちょこっとだけ出した顔を、ヴァンパイアさんの赤い瞳が捉える。

 私を見た途端、彼の顔が破顔する。


「その白髪……もしかして、マリの子か!」


「母を、ご存知なんですか?」


「ああ。俺はクドラク。領主様のところでいつも世話になっているよ」


 母はこの地を収める領主の元で使用人を勤めている。

 領主は王都から治安を守るために派遣される貴族で、その大半はヴァンパイアだ。

 ということは、このクドラクさんは領主様の関係者か。


 母の知り合いとなれば、怖がっている場合じゃない。挨拶をしなければ。

 ウィリアムの背後から飛び出し、ぺこりと頭を下げた。


「エミリア・ルーミアスです。いつも母がお世話になっています」


「……マリから聞いた通りだな」


「母は私の事をなんと?」


「自分の子とは思えないほど聡明な自慢の娘だとさ」


 ……おおう。顔がにやけてしまう。


 幸せな気分に浸っていたのも束の間、クドラクさんの次の言葉で現実に引き戻される。


「ウィリアム。現在この区域に魔物注意報が出ているから、周囲の警戒を怠るなよ」


「了解しました」


「魔物がいるんですか?」


 魔物とは、何らかのきっかけで魔法を使えるようになった野生動物の事だ。

 そのほとんどは碌に制御もできず、魔法のバックファイアで自滅してしまう。

 ただ、死ぬまでの間に多大な被害をもたらす事から害獣として扱われている。


「ああ。まあ出たとしても俺たちが守ってやるから安心しろ。何かあればすぐに煙弾で知らせてくれ」


 頼もしい言葉を残して、クドラクさんは足早に去って行った。

 すごく……いい人です。

 私のヴァンパイアへの印象は、大きく変わった。



 ◆  ◆  ◆



 クドラクさんと別れ、さらに山道を進むこと小一時間。

 山の中腹に差し掛かった辺りで、ようやく鹿を発見した。


「いた」


「え?どこ?」


「ほら。あの木の根元。しかもお目当ての雌鹿だ」


 ウィリアムが双眼鏡で確認して、「ホントだ……」と呟く。


「よくこの距離が肉眼で見えるね。観測手とかで活躍できるレベルだよ」


「いやいや、私は将来使用人になるから」


 血生臭い戦場になど行くものか!


「エミリアちゃんが使用人かぁ……勿体無い気はするけど、きっと引く手数多になるだろうね」


「そうなれるよう、努力するつもりだ」


 ウィリアムは、ぽん、と私の頭に手を置いて微笑んだ。


「よし、行ってくる」


「頼んだ」


 雌鹿との距離がだいたい百メートルを切った辺りで、ウィリアムは荷物のほとんどを私に預けた。

 獲物を狩る際に私が役に立てることは無いので、ここいらで留守番だ。

 気配の殺し方とやらも一応教えてもらったが、まだ野生動物を騙せるレベルにまでは至っていない。






 距離を五十メートルほどに縮めた後、ウィリアムが足を止める。

 あそこから射るつもりのようだ。

 胸に一抹の不安が過ぎる。

 ――あんなに遠く離れていて、大丈夫なんだろうか?


 彼の弓の腕前は知っている。二十メートル離れた的に向かって連続で中心に当てられるほどの名手だ。

 でも山と平地は違う。傾斜もあるし、何より今回の的は生きている。

 何らかの拍子に動いたっておかしくない。

 大きく動かなくとも、少しの動きで標的は狂う。

 当たり所が悪ければ最悪逃げられてしまうし、狩れたとしても肉の品質はやや落ちる。

 出来るだけ最高に近いものが望ましい。そのためには即死――つまり、脳天を狙う以外ない。


 雌鹿は草を()むのに夢中でウィリアムには気付いていない。

 そのまま大人しくしててくれ……。胸中で祈りを捧げる。


 ウィリアムはいつもとは違う形状の鏃をした矢をつがえた。黒く光るそれはこの距離から見てもとても重そうだ。

 それを見て、また心配になる。

 ――重すぎて五十メートルも飛ばせないんじゃないか?


 ゆっくりと弓を引き絞る。

 狙いは鹿とは少し離れた、やや上空。


 ――その位置で大丈夫なのか?

 ――上に向きすぎていないか?

 私がやる訳でもないのに、胸の鼓動が収まらない。

 彼の一挙一動に疑問符を付けてしまう。

 いかん。落ち着け私。

 彼を信じるんだ。それ以外に出来ることはない。


 そんな私の胸中を他所に、ウィリアムは体の位置を微調整し――あっさりと放った。


 てんで別の方角を狙っていたかに見えた矢だったが、風――と言っても、ヒトが感じられない程度の微風――に押されて鹿の方角へと軌道を逸らした。


 風切り音が聞こえたのか、鹿が明らかに警戒したように耳を立てて顔を上げた。

 狙うべき脳天の位置が変わってしまった。

 一瞬、『失敗』の単語が頭を過ぎったが。


 矢は、鹿の真上から脳天に突き刺さった。ドサリと音を立ててその場に倒れる。

 確認するまでもない即死だ。


「や……やった」


 私はその場にへたり込んだ。



 あっさりと終わったように見えるが、彼の動作全てに熟練の技が練り込まれていた。

 風を考慮した軌道修正、重い鏃を上空に飛ばすことで飛距離を稼ぎ、さらに落下の力をプラスして威力を増加。弓の音を聞かせることで警戒を促し、『頭を上げる』という動作を誘発した。


 起こり得る全てを計算に入れての一撃。見事と言う他ない。

 私の心配は全て杞憂に終わった。

 やはり彼はすごい。



 ウィリアムはこちらに向かって軽く親指を立て、先に解体作業の準備に取り掛かった。


 さて、これからが勝負だ。

 仕留めた後、手早く処理しなければこれもまた肉の質が落ちてしまう要因になる。

 処理はウィリアムにしかできないが、出来る範囲の事は私が請け負っている。

 ウィリアムの負担の軽減。そのために私が付いてきたのだ。

 まずは抜いた血を捨てるための穴を掘るのが最優先か。

 手順を頭の中で反芻しながら立ち上がろうとするが、どういう訳か立ち上がることが出来ない。


「……腰が抜けた」


 一連の狩りを見守っている最中にドキドキしすぎて体が脱力してしまったようだ。

 我ながらなんと情けない。

 鞄を支えにどうにか立ち上がる。




 と。


 突然、黒いものが私の目の前に降りてきた。


 それは動物のカタチをしていた。

 四足歩行で、狼のようだが通常よりも一回りか二回り大きい。

 目は青色で、そいつが降り立った場所を中心に雪が蒸発している。吐息には炎が混じり、肉が焦げる異臭が鼻を突いた。


 前世の知識に存在しない生き物。魔法を覚えた動物。


 ――魔物、だ。

 それが目の前に、いる。


「――!?」


 そいつはグルル……と牙を剥き出しにして、ウィリアムの方へ駆け出そうとしている。

 もしかして、こいつもあの雌鹿を狙っていたんだろうか。

 それを横取りされたと思っている?


 狼は大きく口を開いた。ガスバーナーのような音がして、青い炎が収束する。

 ウィリアムはこちらに背を向けているので気付いていない。


「ウィリアム!」


 私は咄嗟に手に取ったピッケルを投げつけた。

 ピッケルは魔物の体に触れるや否や、瞬く間に炎上してしまった。


 どうやら炎の魔法を習得しているらしい。ただ、全く制御不能のようで自分の体を焦がしているようだが。


「グオオオオーーー!!」


 魔物が振り返り、大音量で吼える。私の存在に気付いていなかったらしい。

 お前も獲物を横取りした奴の仲間か、と言わんばかりの目で睨まれる。

 体が先程とは別の意味で動かなくなる。胸が締め付けられるほど痛み、息苦しい。


 前世も含めて今までに味わったことの無いものだ。

 明確な殺意を向けられる――はじめての経験だった。


「エミリアちゃん!!」


 ようやく事態を悟ったウィリアムが矢を放った。彼への注意が逸れていた魔物の足に命中する。

 が、先程のピッケルと同じく蒸発し、ダメージは皆無だ。


「くそ!間に合ってくれ!」


 煙弾を発射する。大きな音と共に光が空高く舞い上がる。

 魔物はその音に少しだけ驚いたようだったが、すぐにこちらに向き直る。



「あ……」


 全身がガクガクと震える。

 あの鋭い牙を突き立てられたら、やわな私の体など簡単に食いちぎられるだろう。

 もしくは、近付いた瞬間に骨まで残さず燃えてしまうかもしれない。

 悲鳴を上げて逃げたくなるのを、私の理性が全力で押し留めていた。


 魔物の身体能力は野生動物のそれとは比べ物にならない。

 私がいくら全速力で逃げようと無駄な足掻きだ。


 また、視線を逸らすと相手より格下であると認めたと見做される。

 もし背を向ければ、すぐに襲い掛かられる可能性が高い。

 だから、逃げたくなるのを必死で我慢した。

 生きる方法を全力で模索した。


 死にたくない。


 死にたくない。


 ここで死んだら、母様が悲しむ!


「私は!絶っ対!死なない!!」


 震える体に活を入れる意味も込めて、叫ぶ。

 こんなところで、偶発的に出会った魔物なんぞに、殺されてたまるか!


「お前に私は殺せない!お前なんか怖くないぞ!」


 自分自身の言葉に鼓舞されたのか、恐怖感は随分と薄れた。































 あれ。


 ……薄れたというか、違和感を感じるほどに全く無くなった。

 あれだけ恐ろしく見えたはずの魔物が、単なる犬っころのようだ。

 個体にもよるが、大人でも手も足も出ないはずの魔物が、何故だろう――ほんの少し、手を捻るだけで簡単に殺せる気がした。


 手を捻るというのは適当じゃないな。もっと簡単な方法で――



「――まさに間一髪だな」


 いきなり背後から、私の体が抱き上げられる。

 驚いて振り返ると、黒髪赤目の人物と目が合った。


 クドラクさんではない。彼よりもさらに壮年だが、瞳は鋭く、一切の衰えが見られない。

 彼が現れた瞬間、魔物が全身の毛を逆立てる。


「グワオ!」


 咆哮と共に口から炎のカタマリを吐き出した。

 色は青く、前世の法則が適用されるならかなりの高温のはずだ。

 当たれば無事ではすまない。


「そんな子供騙しの魔法ではかすり傷一つ負わす事は出来んぞ」


 謎のヴァンパイアは炎を素手で掴み、握りつぶした。

 え?

 魔法って手掴みで消せるの?


「哀れな害獣が。燃え尽きよ」


 謎のヴァンパイアが軽く手を振る。たったそれだけで、魔物が炎に包まれた。

 何をしたのかは分からなかったけれど、彼が何かをしたのは確かだ。


 ――こうして、私の命は救われた。

NG集

『しゃべりすぎ』


「グワオ!」

 魔物は咆哮と共に口から炎のカタマリを吐き出した。

 当たれば無事ではすまない。


「そんな子供騙しの魔法ではかすり傷一つアヂィ!?」


「口上が長すぎるぞ」

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