第三十九話「お友達」
『専属使用人は上流貴族にしか雇えない』とされていた時代があった。
それはもはや過去の概念になり、優秀な人物は雑事を任せて自分の役目に専念するのが当然、という風潮に変わってきていた。
それは貴族然り、商人然り――そして、学生然りだ。
王国も積極的にその流れを支援していて、イワンの通う学園では成績優秀者に対し専属使用人を配属させるという制度を数年前から始めている。
専属使用人の利便さに気付いた人々が増えた――という訳ではなく、単に人間種族の人口増加に伴い、仕事の量が相対的に減ってきたことが原因だ。
職が無ければ金が稼げない。
金を稼げなければ生活ができない。
生活ができなければ――生きる為に盗みや略奪をしなければならなくなる。
結果、治安が悪化する。
これを防ぐには、人口を意図的に調節するか、新たな職業を開拓する他にない。
地方では増えすぎた人間種族を秘密裏に『処理』したりしているが、幸い王都では後者の方法が盛んに行われていた。
専属使用人の需要拡大はその一環だ。
まあ、王国が想定していた以上に流行ったのは単純に『便利だから』という他ないだろうけど。
◆ ◆ ◆
あれから三日が過ぎ、私は討伐訓練参加資格を得るためにイワンが通う学園の中に向かった。
イワンの寮は学園からそこそこ距離があり、徒歩だと二十分ほどの時間を要する。
なので、知らなかった。
学校がこんなにデカいとは。
「……うわぁ」
敷地内に入った瞬間、感嘆の声が出る。
そこそこの規模の村がいくつかすっぽりと入るほど巨大な敷地の中に、これまた小国の王城に匹敵するほどの巨大な建物――それぞれに『○○塔』という名前が付いているらしい――が規則正しく並んでいる。
塔以外にも、数え切れないほど多種多様な建物がたくさんあった。
移動教室だと休み時間が移動だけで終わる事案が多発しそうだ……なんて、場違いなことを考えてしまう。
この建物ひとつひとつが、生徒の学習の為だけに使われていると思うと、やはりこの国は裕福なのだと改めて認識させられた。
広さには面食らったものの、事前に建物の位置関係は把握していたので迷うことなくすんなり目的地へと辿り着く。
「……ここだな」
そこは小さな体育館のような場所だった。試験は思っていた以上に、こじんまりとした感じで行われるようだ。
初参加者は使用人・ヴァンパイアを問わず受けなければならないようで、学生たちも私と同じように試験の順番待ちをしていた。
……というか、学生だらけで試験を受けようとする使用人なんて居ないに等しかった。
考えてみればそれも当然だ。
専属使用人を雇っている学生の大半は成績上位者で、この討伐訓練は魔物と向き合うことで己の強さをなんちゃらかんちゃらという前置きがあるが、本当の目的は単位が危ない生徒のための救済措置だ。
救済が必要な生徒の中に成績上位者が居るはずもなく、従って使用人が参加するということはほぼありえない。
……何のために制度改革したんだ。
というか、イワン……単位やばいの?
◆ ◆ ◆
ざっと見渡して、使用人の参加者は私を含めてたった二人だけだ。
もう一人もメイドさんで、たぶん同い年くらい。黒髪黒目の人間種族で、背は私よりほんの少しだけ高い。髪は肩より下で若干ウェーブがかかっている。メイド服を身に纏っているが、私のものとはかなりデザインが違っていた。やたらとフリフリが付いていて、肌の露出がやや多い。スカートは膝上までしかないし、覗き込めば少し見えてしまう程度に胸元が開いている。
言うまでもないことだが、この学園に通うヴァンパイアは――イワンのような例外を除けば――ほとんどが金持ちだ。
そういう、いわゆる『勝ち組』の専属使用人になることができれば、そのあとの立ち振る舞い次第では使用人から妾へジョブチェンジすることが可能になる。
ヴァンパイアの妾となれば使用人よりも数倍は余裕で稼げるだろう。
――この少女は、大方そういう考えのメイドさんなんだろう。
同業者の良い部分はどんどん吸収したいが……こういう身の振り方は真似できない。
私みたいなちんちくりんのメイドを、誰が好き好んで妾にするというのか……。
言っておくが、私は貧乳ではないぞ?平均よりは下と思うが、触ればちゃんと柔らかさを感じてもらえる程度には膨らんでいる。
ただ、私は世の男性諸君が思っているような可愛い仕草が絶望的に似合わないのだ。しおらしい女言葉も使えないし。
女一人で旅を長らく続けていたが、男性に襲われた経験もない――「○○の仇!死ねやー!」という感じに襲われたことは多々あるが――し、酔った傭兵に「げへへへ……俺といいことしようぜ」みたいに言い寄られるという異世界モノではお馴染みのテンプレな展開にも出会ったことがない。
おそらくだが、私には女としての魅力が根本的に欠如してしまっているんだと思う。
……別に悲しくはないぞ?
◆ ◆ ◆
「エミリア……と。家名は?」
「ありません」
「よし。お前の試験開始は三十分後だ。それまでこの場を離れるな」
「はい」
受付を済ませ、待機する。
三十分は短くない時間だが、幸いここには目を楽しませてくれるモノがたくさんある。
なにせ、前世の世界によく似たまぎれないもない“学校”だ。興味の種は尽きない。
どこを眺めて時間を潰そうか――なんて考えていたら、
「あの」
と、遠慮がちな声が聞こえた。振り返ると、さっき見かけたもう一人のメイドさんだった。胸の前で手を頼りなく握り、こちらに手を伸ばすか伸ばさないか、というポーズをしている。
……かわいい。
これだよこれ。私ができない可愛い仕草というのは。
なんというか、庇護欲をくすぐる?とでも言えばいいのだろうか。
「はい。私に何かご用でしょうか?」
「いえ。見かけない方でしたので少し気になりまして……どの御方の専属ですか?」
繰り返しになるが、専属使用人を持つ人物は学園の中でもけっこう絞られる。
誰がどんな使用人を雇っているのか……くらいの情報は相互に行き渡っているんだろう。
私のように他の使用人と繋がりを持たず、普段寮に引きこもりがちなメイドは他から見たら「誰だよお前」と、思わず声をかけてしまうくらいにおかしな存在のようだ。
「初めまして、私はエミリア。イワン様の専属使用人です」
「イワン様……って、まさか、あのイワン・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカス様!?」
メイドさんの目が見開かれる。『イワン』という単語に反応して、周囲の生徒たちも遠巻きに私をじろじろと見始めた。
「おい。あいつがイワンの?」
「へーさすがだな。教師たちも見てるとこは見てるんだ」
「だったらちゃんと実力に見合った単位をあげりゃいいのに」
「昔からのならわしだから無理なんじゃないか?」
「だな。じゃなきゃ『単位不足の剣王』なんてあだ名付かないよな」
おいなんだその超絶ダサいあだ名は。私の『除雪王』と並ぶくらいだぞ。
遠巻きにあれやこれやと言われるが、その言葉からは悪意は全く感じなかった。むしろけっこう好かれてる?ような雰囲気がする。
……イワン。ちゃんと友達作れるようになったんだな。私はうれしいぞ。
今日はご褒美に耳かきをしてやろうと胸中で決めながら、私はメイドさんの言葉に頷く。
「でも、あのお方が使用人を連れて登校したことなんて、今まで一度も無かったはずですよ」
そりゃそうだ。
私はいつも家でお留守番だからな。
「使用人も一緒に登校できるのですか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
知らなかった。
一緒に登校できるなら、授業中のイワンの様子が見られる。彼の苦手科目をチェックして勉強を手伝おう。
単位さえ確保できれば『単位不足の剣王』の『単位不足』の部分が取れて『剣王』というかっこいい二つ名が彼のモノに!
よし、イワンに頼んで明日から私も連れて行ってもらおう。
なんて考えていたら、少し離れた場所に居た男が、いきなりメイドさんを突き飛ばして話に割り込んできた。
「おい、てめぇ」
「きゃっ」
男に押されてメイドさんが二、三歩たたらを踏む。いきなりの乱暴な登場に怒るかと思いきや、小さく震えてそのまま後ろに下がった。男が怖いのだろうか。
私は改めて、乱入してきた男を見上げる。男――といっても、学生なのだから年はそう離れていないと思うが、彼はけっこう年上に見えた。顔に貫禄があると言うか、老けているというか……。顔の造作は悪くないと思うが、さすがにこちらを親の仇で見るような目で睨んでくる奴に高評価はあげられない。私より頭二つ分ほど背が高く、あんまり近づかれると首が痛くなるほど上を見ないと視線を合わせられない。
ヴァンパイアの証である赤い瞳が憎々しげに細められた。
「本当にあのイワンの専属か」
「はい、そうですが……」
私をじろじろと値踏みしてから、男は吐き捨てた。
「一丁前に専属を雇うとは生意気なやつだ……だがまあ、こんなチビが好みとは趣味が悪い」
おい、誰がチビって?
……反射的に出かかった言葉を両手で塞いでやりすごす。
危ない危ない。
「大した腕もない専属を雇って、形だけは上と同じ体裁を取ろうとする。お坊ちゃんの考えそうなことだ」
初対面からいきなりえらい言われようだ。
荒れていた頃の私だったらチビと言った時点で公開処刑していたが、心に平穏を取り戻した今の私なら余裕で聞き流せる。
どうも彼は私というより、イワンに恨みを持っているような様子だ。
理由は知らないがイワンが気に入らないから、彼に雇われている私も気に入らない……こんなところだろう。
ここで下手に言い返して騒ぎでも起こせば、イワンの顔に泥を塗ってしまうことになる。
男とイワンとの間に何があったかは気になるが、事を構える気はないし、適当にヘコヘコして聞き流そう。
「それが許されるとは、さすが姉の七光は偉大だな」
「……。今、なんて?」
聞き捨てならない台詞を聞いてしまい、自動的に言葉が出てしまっていた。
「時期王最有力候補の一人、カーミラ・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカスの後光は偉大だな、って言ったんだよ。どうせあいつがかわいい弟のためにお前をあてがったんだろうが」
「……」
すぅ――と、心の中が冷えていく感触があった。
そんな私とは正反対に、彼は火が付いたようにべらべらと話し始める。
「姉が居なけりゃ何にもできないヤツが……あの時の模擬試験だって、本当は俺が勝っていたのに……!あいつがカーミラの弟だから審判が贔屓したんだ!」
「……」
イワンがどんな思いで姉に対する劣等感を払拭したかなんて、こいつに言ったところで無駄だろう。
そんな回りくどいことはせず、最短で黙らせることにする。
騒ぎを起こしたらマズい?
なら――バレないようにやればいいだけだ。
「お前、いくらで雇われてんだ?ちょっと金を恵んでやるから俺にあいつの情報をよこせ。そうだなぁ……あいつの性癖とかでいいぜ。物笑いの種にしてやる」
「……」
伸ばしてきた男の手に、私は掌を重ねるようにそっと触れた。
そして、
――ガリッ
「いっ!?」
「大丈夫ですか?どこかお怪我でも?」
指を抑えてうずくまる男を心配するフリをして、私は彼の前に屈み込む。
もちろん、彼が痛がっているのは私の仕業だ。
こうして屈み込めば、誰にも表情を見られなくて済む。
「――言いたいことはいろいろありますが、とりあえず一つだけ忠告を」
数秒前とはまるで別人と自分で思ってしまうほど低い声音で、男に言葉を向ける。
「私は、私が慕っている方に敵意を向ける方には容赦しません。今のはその証明です」
男の手に触れた際、右腕の、人差し指の爪と肉の間を切らせてもらった。
『切った』というより『剥がした』という表現の方がより正確だろうか。
「て、てめぇ……!」
「今回はそれだけで済ませましたが、次に私の前でイワン様を貶めるような発言をすれば――懸命なあなた様でしたら、ご理解いただけますよね?」
爪の間の肉は、一度離れてしまうと常に痛みを訴え続け、なかなか元通りにはならない。
私が切ったのは血も流れないような薄皮一枚だが、治るまで下手をすれば一週間以上かかるし、その間は苦痛に苛まれることになる。
周囲に気付かれずに相手を痛めつける方法としてはなかなかに効果的だ。
まあ、あの一瞬でそれをやってのけるには少々練習が必要になるが。
「私はこう見えて気が短い方なので、二度目はありませんよ」
ここまで言えば大抵は引き下がってくれる。
それでもまだ突っかかって来るようなら――もう知らん。
男は血走った目でこちらを睨みつけながら「覚えてろよ」というありがちな言葉を残して離れて行った。
◆ ◆ ◆
男が消えたのと同時に、さっきの突き飛ばされたメイドさんが小声で話しかけてきた。
「あの……大丈夫ですか?」
「ええ。少しお話しただけです。それよりあなたこそ大丈夫ですか?」
「はい。軽く押されただけですので」
メイドさんの話によると、さっきのヴァンパイアはブルクサという名前らしい。
親が有力な貴族で、自分より下の者に難癖を付けて見下しては悦に浸っているらしい。
なんとも良い趣味をお持ちな方だ。
ちなみについ先日、剣術の試験でイワンにボコボコに負け、それ以来イワンを執拗に狙っているらしい。
「あの方も成績上位者なので、気を付けた方がいいですよ」
「? どういう意味です?」
メイドさん曰く、学園の中では成績上位者ほどあらゆる待遇が良くなるらしい。多少の暴力行為のお目こぼしとか、そういうブラックな面も含めて。
校舎の裏とかに連れて行かれて複数人でボコられる……なんてこともあり得ない話ではない。
「だから、気を付けてください」
「そうします」
まあ、もしそうしてきたら、真っ向から(物理的に)叩き潰すけどね。
その後は気分を入れ替え、試験開始までの間にメイドさんと何気ない会話に花を咲かせた。
仕事のこと、身の上話、お互いのご主人様のこと等々、同じ業種なだけに話の種は尽きなかった。
話をしているうちに徐々に打ち解け、私たちは友達になった。
彼女の名前はアリシア。ザ・女の子といった感じのふんわりとした優しい子だ。
同い年で同性の友達なんて、何年振りだろう……素直に嬉しかった。
「次、エミリア!前に出ろ」
やがて時間が来て、試験が始まった。
と言っても、簡単な講習を済ませた後に軽く身体能力を測られたくらいだ。あっさりとその場で合格を言い渡される。
ちなみにブルクサだが、自分の試験が始まる頃にこそこそと会場に戻ってきていた。
終始こちらを睨んできていたが、華麗にスルーした。
ブルクサ、か。
アリシアも危ないヤツと言っていたし、気を付けるようにしよう。
しかし、威嚇だけで済ませるとは……私も丸くなったものだな。
NG集
『妾』
私みたいなちんちくりんのメイドを、誰が好き好んで妾にするというのか……。
「はい!はいはいはい!僕!僕のところにおいでよエミリアちゃ」
「お前の出番は第一部で終わってんだよウィリアム」
『感想』
「イワン様……って、まさか、あのイワン・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカス様!?」
メイドさんの目が見開かれる。『イワン』という単語に反応して、周囲の生徒たちも遠巻きに私をじろじろと見始めた。
「おい、あれがイワンの?」
「ロリだな」
「ロリだ」
「ロリだね」
「イワン爆ぜろ」
「今発言したヤツ。全員前に出ろ」
◆ ◆ ◆
SS集
『ご褒美』
「イワン。耳かきしてやる」
「どうしたんだ急に?」
そろそろ寝ようとしていたところ、いきなりエミリアが耳かき棒を取り出してきた。
俺がやって欲しいと言っても『あまり日を開けずにやると逆に耳に悪い』と断わってくるのに、珍しいこともあるもんだ。
「いいから。ここに寝ろ」
ぺしぺしと自分の膝を叩くエミリア。
こいつの膝で寝るのはすごく気持ち良いし、耳かきされるのも好きだ。
嫌がる理由もなく、俺はすぐさま膝の上に頭を乗せた。
「……」
「……どうした?」
エミリアは何も言わず、頭を撫でてきた。こいつに撫でられるのはどちらかというと好きだが――さすがにいきなりだと少しおかしいと思ってしまう。
大抵の場合、何か理由が無いと頭を撫でようとはしない。
理由――そう、褒めるような何かがない限りは。
「おい、何なんだいきなり」
「いいや。なんでもない」
「絶対何かあるだろ!?なんだよ、言えよ」
「ほら、耳かき始めるぞ。じっとしろ」
「~~!!」
そう言われてはもう動くこともできない。
後で絶対聞き出してやる、と心に誓うが、エミリアの耳かきが気持ち良すぎて不覚にもそのまま寝てしまった。
何か分からんが、負けた気分だ……。
その悔しさをクラスのやつらに話したら、全員が口を揃えて「爆ぜろ」と罵声を浴びせてきた。
解せん……。




