第三十八話「四年間」
おまけにNG集以外のものを試験的に導入します。
「こういうのがあったら面白い」というのがあったらご意見ください。
「じゃあ、行ってくる」
「待てい」
制服に着替え、学園に向かおうとするイワンの首をがしりと掴む。
彼の正面に回り込み、上から下まで服装のチェックを敢行する。
「……ネクタイが歪んでいる。襟が曲がっている。シャツがちゃんとズボンに入っていない。上着のボタンを留めていない」
相変わらず、彼は服装に関してまるで無頓着だ。村にいた頃もだらしなく服を着ては私や師匠に直されていた。
イワンはダメ出しを食らった場所を直しながら、ぶつぶつとぼやく。
「服なんて、どういう風に着ようといいじゃねーか。誰が困る訳でもねぇし」
私もヒトのことは言えたものではないが――清潔感とか、だらしない着こなしはしないように心がけていた。
「制服の乱れは心の乱れ。ちゃんと着ろ」
「お前は先生か……ほら。これでいいだろ?」
「まだだ。ネクタイが曲がっているぞ」
どうもネクタイを付けるのが苦手なようで、練習を兼ねて一度目、二度目は彼にさせるが、三度目の手直しは私がすることにしている。
結び方が変になっていたので一度解いてから、再度結び直す。
師匠に結び方のパターンはいくつか教えてもらったが、一番オーソドックスなプレーンノットという結び方にしておいた。
さらに彼のまわりをぐるりと周って、最終チェック。
……うん、大丈夫だ。
「だらしなくしてたら、せっかくのかっこいい顔が台無しだぞ?」
「へいへい」
聞き流された。
お世辞じゃないんだが。
「じゃ、行ってくる」
「ああ。行ってらっしゃい」
イワンを送り出した後、箒を片手に私は仕事を開始した。
といっても、彼の使う寮は以前の屋敷とは比べるべくもなく狭い。掃除は一瞬で終わるし、洗濯物も二人分なので少ない。夕食の下ごしらえを済ませれば、あとは自由時間だ。
特にやることがない場合、大抵は魔法の練習に時間を費やしている。
といっても、魔力収集をする程度だが。
「46……110……280……324……448……634……758……884……」
六歳の頃から始めた訓練はやがて日課になり、今では習慣になっていた。“やらなければならない”というより“やらないと気持ち悪い”というレベルだ。
「4096……8192……12288……16384……20480……24576……28672……32768……36864……65536」
ワシリーに鍛えられたおかげか、果ては潜り抜けた死線の多さ故か、ちょっとおかしな量の魔力でも一瞬で集められるようになっていた。
四年間、なにをしていたかって?
そうだ――ちょうどいい機会だし、彼と別れてから再会するまでの四年間を振り返ってみるとしよう。
◆ ◆ ◆
四年前。
『復讐か、否か』というワシリーの問いに、私はかなりの時間をかけて答えた。
「復讐は…………しない」
確かに、村をあんな風にした連中は憎い。でも、だからと言ってこの国を滅ぼしたいとか、ヴァンパイアを駆逐したいとか――そういう考えにはならない。
自分や、自分の身内に手を出そうとしているなら容赦はしないが、全く見ず知らずの相手を憎んだり、こちらに対して友好的なヒトまで殺してやろうとはさすがに思えない。
人柄というのは、種族で決まるものではない。
もともと持っている気質、両親の育成方針や友人の影響、ヒトの人格には、いろいろなものが影響を及ぼす。
ヴァンパイア種族だからといって悪と断じることはできないし、その逆もまた然りだ。
それに、もし復讐を望んでしまったら、イワンも――唯一の幼馴染も敵になってしまう。
それだけは絶対に嫌だ。
ラノベの主人公ならば、ここで復讐を望むのが王道な展開だろう。
しかし、生憎ここは現実だし、私は主人公なんて大層な役柄を与えられるようなヒトじゃない。
だから、ヘタレな方を選択した。
ワシリーは、私の魔法の才能を何かに利用したくて指導係を買って出た。その目的が、もしヴァンパイア王国への反逆なら……彼が私を育てる義理は無い。
ここで捨てられたとしても何の文句も言えない。
殺されさえしなければ別に何でもいいか――と、私は若干逃げ腰になりながら彼の反応を伺った。
ワシリーは無言で手を伸ばして――殺気は感じない――私の頭に手を置き、ぐりぐりと押さえつけた。
その行動の意図は分からないが、別に嫌な感じはしないのでされるがままに身を任せた。
ひとしきり私の髪型を乱した後、ワシリーはぶっきらぼうに「行くぞ」とだけ言い放った。
何の目的でワシリーは私を鍛えてくれたのか。
善意とは思えない。私が強くなることで、彼にも何らかのメリットがあったはずだ。
彼が死んだ今、この疑問が解けることは永遠にない。
ただひとつ言えるのは、彼が居なければ私はここまで強くなることは無かっただろう、ということだけだ。
◆ ◆ ◆
私はワシリーに連れられて国外の“安全に修行を行える場所”とやらを目指した。
その道中、様々なトラブルに巻き込まれた。
言葉が通じずに些細な行き違いから喧嘩になったり、おかしな風習の残る少数種族の村で生贄として殺されかけたり、二つ名の魔獣に出くわして死に物狂いで討伐したり、運悪くベルセルク種族と鉢合わせして生死の境を彷徨ったり――
そんな危険な目に遭いまくったのに未だに五体満足でいられるのは、ひとえに魅了術のおかげだ。たとえ手足が千切れるような大怪我をしても再生することができる。
しかも怪我の度合いに見合った時間をかければ、体に負担を掛けることなく、だ。
これが無かったら、とっくの昔に死んでいるか――生きていても体のどこかが欠損していただろう。
そうして血反吐を吐きながらようやく辿り着いた場所は、エルフ種族が根城にしている大森林のちょうど境目にある崖だった。
もとは山だったらしいが、ここでエルフとベルセルクが戦い、山の半分がごっそりと消えてなくなったらしい。
崖の真下には――ヒトの死体が山積みにされていた。
どうも、ここはエルフ種族の死体廃棄場らしい。
エルフたちは大森林に迷い込んだ侵入者を殺し、ここから捨てているのだ。
理由は不明だが、彼らは大森林に入ってくる者を――死体すらも――排除したいらしい。
死体が捨てられる場所には、どこからか湧き出ている池があり、死体の大半は池に捨てられるような形になっていた。
その池に、ちょっとした秘密があった。
池の底には穴が開いており、そこを通るとかなり広いドーム状の空間に出ることができる。
洞窟――だと思うが、ジメジメした感じは全くなく、太陽の光が入ってくるため中は明るい。
生えている植物の中には食べられる種類のものが多く、その中だけで自給自足ができる。
唯一、動物性たんぱく質が取れないので何週間かに一回、外に出て野生動物を狩る必要があったが、それを考えても修行には打ってつけの場所だった。
ここならば魔物や盗賊を気にすることなく、安全に自分を鍛えることができる。
その日から約二年間、私は山の中でひたすら修行に明け暮れた。
◆ ◆ ◆
ワシリーの訓練方法を端的に言うと、スパルタだった。それも、超が付くほどの。
安全に修行ができる場所のはずなのに、その中で何度死にかけたことか。
特に一年目は酷かったと思う。朝から晩までボコボコにされ、「寝ていても殺気に反応して起きれるように」と不意打ちで夜中に何度も奇襲を食らった。
もちろん最初からそんなものに反応できるはずもなく、気が付いたら血まみれ、なんてこともよくあった。
修行内容はもっぱら近接戦闘が主軸だったが、それと並行して魔法も練習した。
魔力収集はもちろん、「魔法でしかワシリーに反撃できない」という縛りを付けられての戦闘もした。
これも最初はすぐにパニクって魔法が使えなくなったり、制御を間違えて右手がボン!ってなったりして、結果ボコボコにされた。
修行を始める前から分かっていたことだが――ワシリーは強い。そこいらの少数種族など言うに及ばず、二つ名持ちの魔獣や、果てはベルセルク種族とまで渡り合っていたのだから。
コイツどこのチート持ち主人公だよ、と何度も思ったくらいだ。
そんなチートな彼にフルボッコにされ続けた結果―― 一年目が終わる頃にはなんとか攻撃を食らわず、ちょこちょこ反撃できるようになった。
変化が起こったのは、二年目の中ごろだ。
徐々に、私が勝つことが多くなってきた。
私が強くなってきた、というのもあるが、最たる理由はワシリーの老いによるものだ。
反応速度の鈍化、体力の減少、注意力の欠如。日を追うごとにワシリーは弱くなっていった。
何かの病気を疑うほど、急速に。
私は彼の容態を心配したが、彼は私が強くなったことを喜んでいた。
見たこともないような笑顔を見せて「良かった、間に合った」と何度も繰り返していた。
そして二年目が終わりに近づいてきたある日――唐突に、あっさりと、私と彼の修行の日々は終わった。
数週間に一度の動物狩りのため、私たちは外に出た。
その最中に、運悪くエルフ種族と出会ってしまう。
彼らが大森林から出てくることはほとんど無いが、周辺で異変があれば外へ出て調査に乗り出すことがある。
異変――この辺りに住む野生動物の数が、この二年間で減っている。
その調査に来ていた時に、私たちは安全なところから間抜けにも顔を出してしまったのだ。
初めて見るエルフの“術”に防戦一方だった中、ワシリーは不意を突いて襲い掛かって来たエルフから私を守るために――自ら盾になり、死んだ。
◆ ◆ ◆
その後、命からがら助かった私は――ワシリーを失い呆然自失状態に陥った。
もともと私は“自分自身”というものが曖昧だった。
前世の記憶も覚えておらず、今の自分を“自分”たらしめるものが欠けていた。
『私は誰?』という状態に近かった自我を、誰かを拠り所にすることでなんとか繋ぎ止めていただけに過ぎない。
最初は母を。そして次は――ワシリーを拠り所にしていた。
彼を失ったいま、私の手元には――何もない。
何も、残っていない。空っぽだ。
現状から逃げるように、私は紛争地帯の諍いに首を突っ込むようになった。
その頃の私はかなり荒れていて、弱者をいたぶるようなことも平然とやっていた。
詳しくは省かせてもらうが――もうクドラクのことを「人でなし!」と責めることはできないだろう。
半年ほど戦場を渡り歩くうちに『ヴァンパイア王国に着くまでの護衛をお願いしたい』と、ある商人に声を掛けられる。
全く乗り気ではなかったが、久しぶりに聞いたヴァンパイア語が懐かしくて、私は商人の誘いについ頷いてしまった。
そして旅の道中で見せた家事スキルを見た商人は、王国に戻った後も使用人として働いて欲しいと言われる。
特に何かする訳でもなかったので、私は久しく忘れていたメイド業を再開した。
ある日、商人の一人息子と母親のやり取りを見て――ふと、母のことを思い出した。
今はどうしているだろうか?と。
キシローバ村から二つ離れた村に移住した、ということだけは聞いていたが、その後のことは全く知らない。
一度考え出したら無性に気になってしまい、私は、遠くから見るだけ、と自分に言い聞かせてメイドの仕事を辞め、母の住む村へと旅に出た。
◆ ◆ ◆
結論から言うと、母は今も健在だった。
あの事件の後、狩人から商人へと転身したウィリアムと結婚し、子供も一人いた。
仕事も順風満帆のようで、傍目から見ても幸せそうな夫婦だ。
記憶を消した村人たちは、いまは二人の従者として働いていた。
良かったと安堵した反面――過去の選択次第では、私があの場に立てていたかもしれない。なんて思うと、なんだか悲しくなった。
喜ぶべき場面なのだが、私は母から目を背けるように村を出ようとした。
ちょうどその時、母がとあるヴァンパイアに命を狙われてることを偶然知ってしまう。
美しい人間種族の血は美と健康に大変良い、というおかしな考えを持つヴェターラというヴァンパイアに目を付けられてしまったのだ。ひとたび彼女に見初められた女性は屋敷の地下に監禁され、血を絞り尽くされて殺される。
知らん振りなどできるはずもなく、私はその日のうちにヴェターラの屋敷に殴り込んだ。
正直に言って、ヴァンパイア種族のことは三大種族の中で最弱、とまで思って舐めていたが……彼女の強さはそれまでのヴァンパイアとは一線を画す強さだった。
それもそのはず。彼女は王位継承権の第三位で『血濡れの女王』というあだ名が付くほどの強者だったのだ。
それでもなんとか激闘を制し――ヴェターラを殺した。
◆ ◆ ◆
ヴェターラとの戦闘で体にガタが来た私は、療養のために近くの街に移動した。
本当なら移動などできないほどの大怪我だったが、母の居る村に残ることは出来なかった。
無事に戻って来た母に抱き合げられ、頬ずりされる子供を見て――私は嫉妬してしまった。
このまま近くに居れば、私はおかしくなってしまう。
母とウィリアムの子供を殺して、魅了術で子供の存在を記憶から消して、二人の間に割り込む――そんな恐ろしいことを具体的に実行可能なレベルで考えてしまっていた自分自身が怖かった。
療養と言っても、何もしなければすぐに金が尽きてしまう。
私はボロボロの体を引きずりながら、飲食店や酒場をいくつか掛け持ちしながら時間を掛けて体を治した。
その頃から、悪夢を見るようになった。
夢の内容はいつも決まっていた。
大きな家が目の前にある。
私が柵から家を覗き込むと、庭に母とウィリアムと、子供がいた。
子供は私と同い年くらいの男の子だったが、あの時、母の腕に抱かれていた赤子だと、何故か私は理解していた。
幸せそうに笑う三人。
私もそこに入ろうとするが、柵が邪魔して入れない。
大声で母を呼ぶと――三人から、キョトンとした顔をされる。
「どうしてあなたがここにいるの?」
母の言葉に――私はひどく動揺して後ずさる。
と同時に、足元で何かを踏んだ感触があった。
振り返ると、誰かの死体だった。
よく見ると、柵のこちら側――私の立つ場所は、すべて折り重なった死体で地面が形成されていた。
死体が私の足首を掴んでくる。
逃げようともがいても、どんどん増えていき――やがて取り囲まれ、押し潰される。
母に助けを求めようと手を伸ばすと、
「何を言ってるの、エミリア」
その手を、冷たく払われる。
「あなたが選んだ道でしょう?」
その言葉で、私は気付く。
これは夢じゃない。
現実だ。
「ああああああああああ!!!!」
そこでいつも目が覚めた。
結局のところ、母の様子を見に行ったのも、再び拠り所にしようとしていただけだ。
今の私なら、転生者が及ぼす運命の歪みからもみんなを守ることができる。だからもう一度一緒に暮らしたい。
心の奥底では、そういう魂胆があったのだ。
でも、ダメだった。
私の居場所だったところには、もう別の誰かが居た。
身体はボロボロ。心もズタズタ。
追い打ちを掛けるようなタイミングで、女特有の月のモノも始まった。
最近胸が少しだけ膨らんできたかと思っていたが、気付かない間に二次性徴が始まっていたらしい。
私はどうやら症状が重い方らしく、初日は腹部と腰の痛みとイライラで布団から出ることもままならなかった。
どうして私だけがこんな目に遭うのか。
毎晩泣き続けた。
◆ ◆ ◆
私は自分で思っている以上に不安定だ。
誰かの傍に居なければ――こんなにも、脆くて弱い。
腕っぷしではなく、心が。
心の拠り所が不可欠だ、と感じたのはその時だった。
誰かが傍に居てくれないと、私はすぐに壊れてしまう。
拠り所の候補として真っ先に思い浮かんだのが――イワンだ。というより、彼以外に思いつかなかった。
彼にだけは魅了術を使っていない。昔からの、ありのままの私を知ってくれる世界で唯一の存在。
絶縁状を叩き付けたに等しい別れ方をしたのに、私は自分の都合でまた彼に縋ろうとしていた。
最低だ、なんて思うような心の余裕はもうどこにも無かった。
どうにか身体を治して、私は王都に旅立った。
そして彼と運良く再会し――今に至る。
はじめは拒絶されないかという恐怖心でうまく接することができなかったが、彼はむしろ再会を喜んでくれた。
なぜか、イワンの中ではワシリーは悪者になっていて、私は彼に誘拐されたということになっていた。
よく分からないが、すんなりと受け入れてくれたことに私は安堵した。
そして『行くところがないならまた俺と一緒に暮らそうぜ』という言葉に、私は、うん、と頷いた。
――これが、四年間に起きた出来事の一部始終だ。
全部をこと細かに話したい気持ちもあるが、イワンが帰ってきたのでまた次の機会にでも。
◆ ◆ ◆
「ただいま」
「おかえりなさいませご主人様」
「その言い方はやめろっつってんだろーが」
「なぜだ?メイドが主人の帰りを迎えるのに、これ以上相応しい言葉はないだろうに」
「お前、昔からそれ言ってるけど何のこだわりだ?」
「こだわりではない。真 理だ」
私が力強く宣言すると、イワンは「わけがわからないよ」といった感じで肩をすくめた。
「ホント変わらねーな、お前は」
――変わらずに居られるのは、お前のおかげだよ。
私は胸中でそう返した。
「だったら、どういう風に言ってほしいんだ?」
「もっと普通に、おかえりでいいよ」
「むぅ。分かった」
私は笑顔で彼に手を差し伸べた。
「おかえり、イワン」
「ただいま、エミリア」
――彼と再会して以来、私は悪夢を見なくなった。
NG集
『三連コンボ』
イワンを送り出した後、私はマンガとジュースとポテトチップスを出して床にゴロンと寝そべった。
ここには私の仕事ぶりを監視する師匠はいない。
自 由 だ !
「さて、食っちゃ寝して遊ぼっと」
「働かんかい」
『安全な場所』
私はワシリーに連れられて国外の“安全に修行を行える場所”とやらを目指した。
「着いたぞ。ここだ」
ワシリーの指した場所を見上げる。
ピンク色のネオン看板が怪しい輝きを放っていた。
ここはいわゆる、大人の休憩所……。
「ここなら誰にも邪魔されず、安全に修行ができるぞ」
「お前もノクターンに逝って来い」
『クイズ』(回答済)
エミリアが魔力収集した時の数字にはある法則があります(一行目と二行目で法則が違います)
その法則とは何でしょう?
ヒント
一行目……十八歳未満では行けない場所にあるもの。
二行目……一見するとバラバラな数字ですが、ある法則に則って見るとピッタリな数字になります。
二つとも正解が分かった方は感想欄に回答をご記入ください(その際、作品の感想等は特に不要です)
最も早く解に辿り着けた方にはSSリクエスト権をプレゼントします。
追記:回答者が現れたので募集を〆ます。ありがとうございました。




