第三十七話「四年後の私という存在」
私の名前はエミリア。今年で十四歳になる。
身長は平均よりも少し――ほんの少しだけ、小さい。同年代で背の順に並べば、悲しいことに前の方になってしまうだろう。
まあ、なんだかんだで成長期の半ばだ。まだ伸び代はある。
……というか、あってもらわないと困る。
顔の造詣は……ちょっと自分では分からないが、たぶん平凡だと思う。
特別良く見られることもないし、その逆もまた無い。
まあ『顔が命!』という商売をしている訳ではないので文句はない。
髪は黒色。目の色も同じく黒だ。ちなみに、髪の長さは肩より下――セミロング、という区分になると思う――くらいだ。
この世界では、髪と目の色が種族を現すとされている。
黒髪黒目は、最も広い範囲で生息している人間種族の証だ。
私は人間種族だが、何故か白髪白目で生まれてしまった。白はこの世界においては不吉の象徴らしく、トラブルを避けるために魔法で白を黒にして誤魔化している。
――長々と説明したが、私の容姿をざっくり一言で表現すると“普通”だ。
街を歩けば自然と周囲に溶け込める、いわゆるモブキャラだろう。
しかし普通な外見とは裏腹に、その中身は大きく異なっている。
なぜかって?
私はいわゆる――転生者、というやつだからだ。
◆ ◆ ◆
転生者。
事故や災害、或いは神の手違いや悪戯をきっかけに別の世界へ転生する者の総称だ。
転生者は大抵、チートと呼ばれる尋常ではない能力を備えている。
そして、その力を最大限に活用し、苦労することなく華々しい人生を歩んでいく。
――それが転生者のテンプレートであるはずなのだが、私にそんなものは無い。
ステータス画面も開けないし、見るだけでモノを鑑定したりも出来なければ、すべての属性魔法を使えたりもしない。
それどころか、前世の記憶もほとんど無いのだ。
こことは異なる世界の知識が、分厚い辞書として生まれた時から頭の中に最初から入っていた。
ただ、それだけなのだ。
この世界の転生者は、前世の知識で仕入れた情報とは大きく異なっている。
ここでの転生者とは、荒廃した世界を救う救世主ではなく、ヒトが本来辿るはずであった運命を歪める『異物』なのだ。
極端な例を挙げると、平和な人生を歩むはずの人物が、転生者と一緒に居たために若くして死んでしまったりする。
私の生まれ故郷が無くなったのも、元を正せば私に原因がある。
……これだけ聞くと転生者=疫病神のように思えるかもしれない。
ただ、運命が歪む、と言っても悪い方向にばかり歪むという訳ではない。
転生者と接したおかげで開花しないはずの才能が開花し、それによって大きな力を得ることもあるようだ。
結局のところ、どっちに転ぶかは当人次第、ということだ。
運命が歪む話を聞いた当初は他人との接触を恐れたりしたが……すぐに開き直った。
例え誰の運命が歪もうと知らん。
自分が大事と思えるヒトだけは守ることができれば、あとはどうでもいい。
そういうスタンスで、私は日々を図太く生きている。
◆ ◆ ◆
「おっと、もうこんな時間か」
時計の針の音で我に返り、私は急いで寝間着から服を着替える。
まだ太陽が昇る直前のため気温は低い。眠い眠いと思いながら服を脱ぐが、肌が外気に触れた瞬間、寒さで眠気が吹き飛んでいく。
着替え終わったら全身鏡の前で身だしなみをチェックする。
濃紺のワンピースにエプロン姿――まあ、有体に言えば単なるメイド服だ。
ただ、前世にあったファッション用のコスプレ衣装とは全くの別物だ。胸元は見えないようにきっちりと締まっているし、スカートも短くない。もちろんガーターベルトも付けていないし、ニーハイソックスでもない。
可愛らしい見た目ではなく、使用人としての作業機能を追及した作りになっている。
たくさん物が入るようにあちこちポケットが付いているし、布とは思えないほど頑丈だ。
鏡の中の自分とにらめっこしながらホワイトブリムの角度を入念に調整する。
昔、これの角度が少し違っていただけで怒られたことがある。師匠のチェックは厳しかったな……なんて、少し懐かしい気持ちになった。
ホワイトブリムの調整が終わってから最後に鏡の前でくるりと一周する。
「よし」
キシローバ村を出てから、早くも四年の月日が経過しようとしていた。
その間、生きる為にいろんな職を転々とした。
ある時は傭兵パーティの給仕係をしたり、
ある時は定食屋のお手伝いをしたり、
ある時は商人の息子の子守をしたり、
またある時は、男が煌びやかな女性とお酒を飲みながら楽しいひとときを過ごす大人のお店で働いたり。
でもやっぱり私には、この仕事が一番だ。
◆ ◆ ◆
「おい、起きろ、朝だぞ」
ベッドで未だにぐーぐー眠っている黒髪の少年。
外見だけ見れば『かっこいい』と『かわいい』を丁度いい具合に混合した美少年なのだが、中身は純朴な子供そのものだ。
彼の名はイワン。
そう――あのイワンだ。
同郷で、幼馴染の、イワン・ヴァムピィールヅィージャ・ジャラカカス。
紆余曲折の四文字だけでは表現できないほどにいろいろあった末、また彼に仕えることになってしまった。
まあ、その辺りの話はまた時間のある時に話そう。
「おい、イワン。おーい」
「……うるせ」
寝起きの悪い彼は、素直に目を覚ますことなく私の頬をぐいぐい押してくる。
……私は目覚まし時計じゃないぞ。
彼の手を無理矢理押し退け、耳元で小さく囁く。
「ご主人様。お・き・て」
「……んあ」
少しだけ身を震わせたあと、ようやく彼が目を覚ました。
相変わらず耳元が弱いなぁ、と私は頬を緩ませる。
「おはよう。目は覚めたか?」
「……」
ヴァンパイア種族の特徴である赤い瞳が私に焦点を合わせている。
黒髪をポリポリと掻きながら彼は上半身を起こした。
「今……何時だ?」
「六時。もう起きないとマズいぞ」
「ん」
イワンは一度大きく伸びをした後、ベッドから立ち上がった。
そのままベランダの方へ歩いていくので、私も甲斐甲斐しいメイドよろしくその後に着いて行く。
何をするかって?
トレーニングのお手伝いだ。
◆ ◆ ◆
私たちが暮らすヴァンパイア王国は大陸の北部に位置する雪国だ。
国土の半分以上が一年を通して寒く、夏になってもそれほど暑くならない。
王都シギショアラも例に漏れず雪の多い地域で、まだ本格的な冬ではないが既に雪がちらついている。
暖かい部屋を一歩外に出れば途端に吐く息は白くなり、手先が痺れるような寒さに包まれる。
そんな中、寝間着代わりにしているシャツ一枚で「今日もさみーなぁ」と、ちっとも寒くなさそうな声で呟くイワン。
「んじゃ、やるか」
「おう」
半歩ほどの距離で向き合い、合図と共にお互いが構える。
同い年だというのに、こうして並んで立つと少し見上げなければ目を合わせることができない。
くそ……どうせなら私も男に転生したかったぜ。
「それ」
イワンが握った拳をゆっくり突き出してくる。
それに当たらないように私は身をひねり、お返しとばかりにゆっくり拳を返す。
それを手で払いのけたイワンが、今度はゆっくり蹴りを繰り出してくる。
一歩身を引いてそれをかわし、私も同じように彼の足元めがけて蹴りをゆっくり放つ。
身体を横に反らしてそれをかわしたイワンが、さっきとは違った場所にゆっくり拳を入れてくる。
それから何度かパンチとキックの応酬をしてから、また元の位置に戻り、最初の動きを繰り返す。
ただし、徐々にスピードを上げて、だ。数度繰り返すうちに『ゆっくり』が『素早く』という表現に変わり、やがて『風を切る』ほどのスピードで殴り合う。
ただ、事前に取り決めた動きをお互いがしていれば当たることは無い。
これはそういう訓練だ。
この四年間で、イワンは身長だけでなく、その力も急激に成長した。
いま、彼は姉のコネでヴァンパイア種族の学園に通っているが、その中で剣術に関しては同年代に並ぶ者が居ないほどだそうだ。
ヴァンパイア種族といえば魔法、ひいてはヴァンパイアのみが使用できる“魅了術”に心血を注ぐのが普通なのだが――イワンは剣術に全てを捧げていた。
本当に“全て”だ。その証拠に、かつてはできていたはずの魔法はからっきし駄目になっていた。
確かに、昔から彼には剣の才能があったように思う。
私は剣術に関しては素人なので良し悪しは分からなかったが、当時から彼が木刀を握ると、外のヒトにはない“華”のようなものがあった。
ただ、悲しいことにヴァンパイア種族の実技成績はほとんどが魔法の成績とイコールで結ばれる。
つまり、剣術でどれだけ強かろうとあまり意味がないのだ。
……学園の中で『剣術だけの出来損ない』とか言っていじめられていないかと心配でならない。
身体を動かせるような訓練所はあるにはあるが、あそこは成績上位者が優先的に借りられる仕組みになっている。
つまり、成績下位であるイワンが借りることは不可能なので、苦肉の策として、こうして寮の狭いベランダで体を動かすということをしている。
……ちなみに、私が来る前は一人でひたすら素振りをしていたらしい。
訓練が終わり、部屋の中に戻る。
ぬるま湯に浸したタオルでお互い汗を拭き、朝食を摂る。
メニューはパンと、ヨーグルトに果物を何種類か混ぜたもの、そして水だ。
イワンの方がよく食べるので、彼の皿だけ量を増やしている。
小さなテーブルを囲い、二人でもそもそとパンを口に放り込む。
本来ならメイドが主人と同じテーブルで食事をするなど言語道断だが、イワンがそうされることを嫌っているので例外的に同席を許されている。昔のようにタメ口で話をしているのも同様の理由だ。
「そうそう、来週なんだけどな」
「ん?」
私より倍ほどある量をほぼ同じ時間で食べ終わり――ちゃんと噛んでいるのか?――、おもむろにイワンが口を開いた。
「魔物の討伐研修がある」
「そうか」
彼が修行(と、単位確保)のために何度も参加していることは他ならぬ彼自身から聞いていたから、私は大したリアクションは取らなかった。聞き流している訳ではないが『ふーん』という感じだ。
「お前も来い」
「……え、いいのか?」
「いい。今回から使用人の同伴が許されることになった」
イワンは水を一気に飲み干し、自分の学生カバンから一枚のチラシを手渡してきた。
それは例の討伐研修とやらの案内のようだ。研修場所や時間、その他細かい要項が小さな字でびっしりと書かれている。
最後の一文には、こう書かれていた。
『専属の使用人が居る者は同伴可(但し、事前試験に合格した者のみ)』
「事前試験ってなんだ?」
「知らん。たぶん模擬訓練とかじゃないか?」
知らんって……。
なんかこう、もうちょい具体的な情報はないのか。
そう尋ねてみるが、イワンはふるふると首を振り、
「どんな試験でも、お前が落ちるとは思ってねーから」
だろ?と同意を求めるように笑うイワン。
……なんて適当なご主人様だ。
「はぁ……。とりあえずこれを受ければいいんだな?」
「ああ。手間かけさせて悪ぃな」
「なに言ってるんだ。私はお前のメイドだぞ。どんな命令でも喜んで受けてやるよ」
嘘でも誇張でも比喩でもない。
彼の存在が今の私のすべてだ。
NG集
『偽装』
私の名前はエミリア。今年で十四歳になる。
身長は平均よりも高く、背の順で並べばいつも最後尾になってしまう。
ご主人様であるイワンよりも高いので、いつも彼を見下ろす形になってしまう。
ああやだやだ。もっと低いくらいでよかったのに(喜)
「いきなり嘘ついてんじゃねーよ。現実を見ろ現実を」
「……ぐすん」
『R18』
「なに言ってるんだ。私はお前のメイドだぞ。どんな命令でも喜んで受けてやるよ」
「げへへへ……だったら俺のコレをどうにかして鎮めてもらおうか」
イワンは自分の体――具体的にどことは言わないが、下半身のとある場所だ――を指差しながら、にやにやとキャラにそぐわない笑い方をした。
「そういうネタはノクターンでやれ」
 




