第三十五話「プロローグ」
<イワン視点>
「お前、村を助けるだの何だのって言って、結局エミリアが目的だったんだろ!」
「そうだが?」
あっけらかんと、ヤツは白状った。
驚きは無い。むしろ「やっぱり」という気持ちの方が強かった。
こいつの目的ははじめからエミリアを連れ去ることで、村を助けたのは信頼を得て動きやすくするため。
特にエミリアのお母さんがこいつに感謝していた手前、俺は喧嘩腰になることができなかった。
――それが、間違いだったんだ。
こいつは味方なんかじゃない。
友達を誘拐しようとする……敵だ!
「――ああ、最初に断っておくが魅了術は使っていないぞ。誘ったのは俺だが、着いて来ると決めたのはあくまでこいつ自身の意思だ」
「そんなもん信用できるか!」
「信じる信じないはお前の自由だ」
「だったら信じない!」
エミリアはめちゃくちゃ頭がいい。
たとえどんな状況だろうと、こいつの口車に乗るとは思えない。
――きっと、こいつに付き従うように操られているんだ。でなければ、理由もなく俺を殴ったりなんてするはずがない。
「何でもいい。とりあえずそこをどけ」
「行かせるワケねーだろうが!」
助けないと。
エミリアは初めての友達なんだ。
今までずっとエミリアには助けてもらってきていた。
今度は俺が助ける番だ!
木刀の切っ先を向けて睨みつけるが、敵意を向けられている本人は至って普通だった。
相手が子供であろうと、武器を向けられればほとんどの大人は怯む。
だというのに、こいつは全く気にする素振りも無い。
つまりは俺を障害とも思っていないということだ。
バカにしやがって……!
今すぐに飛び掛かってあいつの脳天に木刀をブチ込みたかったが、ぐっと堪える。
ここでヤツを逃せば、エミリアは手の届かない場所に連れて行かれてしまう。失敗するわけにはいかない。慎重に隙を伺い、一撃を叩き込まないと。
相手の戦闘方法がどんなものなのかがまるで分からないのというのも、より俺を慎重にさせていた。
剣士では無さそうだけど、拳で戦うようにも見えないので、エミリアのように魔法を主軸にして戦うのかもしれない。
何にしろ、一番に注意しないといけないのは魅了術だ。下手をすれば一瞬で殺されてしまうし、たとえ『動くな』と言われただけでも、もう終わりだ。
相手の反撃を許すとこちらがやられてしまう。
俺が放つ一撃は、文字通り必殺――必ず相手を殺す、もしくは戦闘不能にするものでなければならない。
もっとも確実なのは突きだろう。木刀でもある程度のスピードを出して突けば身体を貫通させることができる。
必殺を狙うなら喉元に喰らわせてやりたいところだが――身長差を考えると隙が大きすぎる。
腹だ。腹を狙おう。
作戦が決まった。
俺は木刀を上段で振り、さらに威嚇した。
「エミリアをどうするつもりだ!」
――というのは見せ掛けで、じりじりと間合いを詰めるためにわざと上半身の動きを大きくしているのだ。
たとえ脅威を感じなくとも、風切音を鳴らして視界の前方で激しく動く木刀にどうしても目は行ってしまう。
少し状況は違うが、かつてエミリアが俺をハメた戦法だ。
まずは一センチ、前進。
「……そうだな。お前になら言っても構わんか」
気付いた素振りはない。成功だ。
あと十センチほど近付けば、ヤツは俺の間合いに入る。
魅了術を使われないように目線を合わさず会話を続け、少しずつ、にじり寄る。
「……?どういう意味だ」
「俺の目的を知ったところで、何もできないからだ」
にぃ、とヤツは口を歪めた。
背筋にぞわりと寒気の走るような凶悪な笑みだった。
「ヴァンパイア王国は世界でも類を見ない統制の取れた国だ。治安も良く、民が――まあ、全員とまでは言わんが――飢えることも少ない。これほど巨大な国であるにも関わらず、な」
……このテの話は苦手だ。
エミリアだったら喜んで食いつきそうだが。
「だがその巨大さ故に、内にも外にも敵が多い――俺もその一人だ」
「お前、異国の間者か!?」
「いいや、生まれも育ちもヴァンパイア王国だ」
ヴァンパイア王国に住む人間種族は、他の国に比べて手厚く保護されている……と、居眠りしながら聞いていた歴史の授業でそう習ったことがある。
今回の件で、すべてが本当ではないということは分かった。
人間を同種とは認めず、便利な道具のように扱うクズのようなヴァンパイアも中にはいる。
けど、そんなのはほんの一握りでしかない。
「だったらなんで王国に歯向かうんだ!それとエミリアを連れ去ることに何の関係がある!」
「俺がこの国と敵視する理由か――まあ、単純に気に入らないだけだ」
話をすればするほど分からないことが増えていく。
頭がこんがらがってきたので、考えることはほとんど止めて前進することだけに集中した。
――あと、数歩だ。
「お前、こいつと長く過ごしてたんだろ?だったらこう思ったことはないか?エミリアは使用人なんかより傭兵の方がよほど向いている、とな」
「――」
俺は一瞬、前進を止めた。
まるで心の中を覗かれたみたいに、俺が何度も思ったことと同じことを口にしたからだ。
村人たちはエミリアのことを単に頭のいいヤツと思っていたけど――何度も模擬戦で戦った俺は全く違う印象を抱いていた。
地形を利用して動きを制限したり、様々な罠を使って体勢を大きく崩したり……気付けばいつもエミリアの思うように動かされていた。
とにかくあいつは戦闘中の立ち回りが異常にうまいのだ。
しかも、危なくなると普段の実力以上の力を発揮する。
単純な力では俺の方が上なのに、いつももう少しのところで負かされる。
戦いの才能とでも言えばいいのか――エミリアは、それに恵まれていた。
もっとも、それを本人に言うと決まって「ないない」と手をひらひらさせていたけど。
ヤツは、ぺしぺし、と肩に抱えているエミリアの尻の辺りを叩いた(何故か分からないが、その行動に対し無性に腹が立った)
「俺がこいつを最強の傭兵に育て上げて――この国を、転覆させる」
「……はっ。馬鹿馬鹿しい」
俺は鼻で笑った。
父様をはじめとした貴族や歴代の王が何世代にも渡って守り、築き上げてきた国が、そんな簡単に揺らぐはずがない。
いくらエミリアが天才だろうと、こいつが優秀な教育者であろうと――不可能だ。
「そんなの、無理に決まってるだろ」
「――現国王の寿命もそれほど長くはない。持ってあと四、五年といったところか。遠からず、王を決める試験が始まり、新国王が誕生する」
前進を再開する。
あと、三歩ほどで射程圏内だ。
「もし就任間もない新国王が人間種族に殺されたとなれば――ヴァンパイアという種族そのものの権威は地に落ちる。今まで不満を抑え付けていた他種族が反旗を翻し……この国は大混乱に陥るだろう」
できるだけ衆人環視の元で、できるだけ惨たらしく、一方的に殺す――。
その時を想像しているのか、歪んだ笑みをこぼしている。
思わず後ずさりしそうになるが、どうにか踏ん張り――あと、二歩。
「エミリアはそんな事はしない!」
「そうだな。普通のままであれば、俺の誘いには乗らなかっただろうな」
「普通……?」
「村が壊滅し、自身も心と体に大きな傷を負い――母との絆も裂かれた。全ては継承者狩りというくだらんものが原因だ」
「……っ」
「こいつは今、ヴァンパイアという種族そのものへの憎しみに駆られている。もっとも、本人は自覚していないようだが――まあ、これから行く先々でゆっくりと気付かせればいい」
――俺のせいだ。
俺のせいで……エミリアの心に、こいつが入り込む隙間を作ってしまった。
「そうそう、お前には礼を言っておかないとな。おかげで簡単にこいつを、最高の形で連れて行くことができたんだからな」
「……!!」
「こいつの中で俺は“ぶっきらぼうだが実は良いヒト”になっているだろう。そんなハズないのになァ。頭が良いだ何だとちやほやされているが精神は子供そのもの――実に、馬鹿だ」
「エミリアを、馬鹿にするなァッ!!」
俺は剣を構え、突進した。
まだ射程圏内ではないとか、相手の隙を伺うとか――そういう考えが全部消え去り、ただこいつへの憎しみで頭がいっぱいになった。
距離はやや足りなかったが、速度は十分以上に出ている。
『なんとしてでもこいつをぶん殴らないと気が済まない』という俺の気持ちに、体が応えてくれたように感じた。
これなら――いける!
俺の木刀はヤツの腹に一直線に吸い込まれ――背中側のローブを引き裂いた。
「――やっぱりガキだな。こんな単純な挑発に面白いほど反応する」
「……!!」
ヤツはほんの半歩ほど足を動かし、腕を上げただけで俺の攻撃を避けた。
エミリアを抱えたままなのに、その動きは恐ろしいほどに速い。
「一撃必殺の突き――いくつか想定していた中でも最悪の一手だな。避けられた後の事にまで頭が回らなかったのか?」
「あぐ!?」
ヤツが脇を絞めただけで、ちょうどそこにあった俺の両腕が挟まり動けなくなった。
メリ……と、腕を圧迫される。
「弱い」
ヤツは力を緩めない――どころか、さらに力を加えてくる。
あまりの痛みに、俺は木刀を取り落とした。
「ぐああああ!!」
「弱い――弱い弱い弱い弱い弱い、弱い!この程度でエミリアを守るだと?くだらなさすぎて逆に笑えるぞ!」
腕が開放されたと同時に、ヤツのつま先が腹にめり込んだ。
普通の靴の硬さじゃない。鉄か何かを仕込んでいるらしいそれをまともに喰らい、俺は血を吐きながら高々と吹っ飛んだ。
「う……ぐぐ」
「まだ意識があるのか。だがもう終わりだ」
ヤツが拳を握り、ゆっくりと近付いてくる。
俺は慌てて周囲を探った。
何か――木刀に代わる武器になるものは無いか……!?
「お前は弱い。エミリアの隣に立つ資格など最初から無い」
ヤツが拳を振り上げる。
ふと、手の先に何か硬いものが当たった。
小さな石だった。
この際、なんでもいい――
「ああああああ!!」
俺は集められるだけの魔力をかき集め、石を飛ばした。
物体移動の魔法。エミリアのように何十回も重ね掛けしたりはできないが、持ち前の魔力を使ってそこそこのスピードが出せる。
至近距離での魔法攻撃――これなら!!
「なっ!?」
しかし、ヤツはそれを避けた。さすがに完全回避とまではいかなかったようだが、頬を薄く裂いただけに留まった。
裂けた皮膚から、赤い血が――
「……、え?」
流れない。
頬に刻まれた一文字の裂け目が、ぱりぱり、ぱりぱりと音を立てて広がっていく。
――まるで仮面が剥がれ落ちるかのように、男の顔の下から、別の顔が出てきた。
「――しまった。今の一撃で術が解けたか」
仮面の下の顔が、赤い瞳で俺を見下ろした。
長い犬歯を剥き出しにして、改めて拳を握り締める。
「まあいい。どうせ全部――お前の夢オチで終わるんだからな」
振り下ろされた拳が脳天に直撃し、俺は意識を刈り取られた。
◆ ◆ ◆
次に目を覚ますと、見知らぬ部屋だった。
「おおお……坊ちゃん、目覚められましたか」
「テレ……サ?」
体を起こすが――頭がくらくらして、俺はまた倒れ込んだ。
「無理をせんで下され。何しろ一週間も意識を失っておられたのですから」
「一週、間……?」
あいつに殴られただけで、一週間も気絶した?
そんなバカな。いくらあいつが強かろうと、俺だってそんなヤワな鍛え方はしていない。
「――!そんなことより、エミリアは?!」
言ってから、間抜けな質問をしたと思った。
俺が負けたのに、あいつがここにいるはずがない。
まんまとヤツは誘拐を成功させたんだ。
くそっ……!!
しかし、テレサの反応は思っていたものとは違っていた。
エミリアという言葉を出した瞬間――しわくちゃの表情があからさまに曇る。
目尻には涙すら浮かんでいた。
「坊ちゃん……やはり、記憶が混乱しておりますな」
「どういう、意味だ?」
「いいですか坊ちゃん。落ち着いて、聞いて下され」
「……」
俺は嫌な予感がしたが、何も言わずテレサの言葉に耳を傾けた。
結論から言うと、キシローバ村は廃村になった。
しかし、そこまでの経緯はまるで違っていた。
まず、複数体の魔獣が村に襲い掛かってきた。父様とクドラクの二人だけで対処に当たったが苦戦。どうにか撃退は成功するが、戦いの中で父様とクドラクが死に、戦いの舞台になった村も破壊し尽くされる。
生き残ったのは、俺やテレサを含めたほんの数名だけ。
その中にエミリアの名前は無い。
――そういうことらしい。
テレサや、村人の中ではそういう風になっているらしい。
俺が体験したキシローバ村の壊滅事件とは似ても似つかない。
うすうす予想はしていたけど――やはり、みんな、記憶を書き換えられている。
「そうか。死んだのか」
「坊ちゃま。気を落とさんで下され」
「大丈夫。俺は平気だ……少し、一人にしてくれ」
生きている。
エミリアはまだ生きている。
そのことを知っているのは俺だけだ。
村人たちに掛けられた魅了術を解くことはできない。
魅了術の原理を知らない俺がみんなの記憶を取り戻そうとしても、きっと無理だろう。
それに、記憶の書き換えは何も悪いことばかりじゃない。
あれだけ殺してくれと呻いていた村人たちが、多少気落ちはしているがそれでも生きようとしている。
継承者狩りについても綺麗に記憶を消されていて『エミリアが死んだことにされている』という点以外はむしろ状況が良くなっている。
こんな器用な真似ができるのはあいつしかいない。
「エミリア……お前の仕業なのか?」
俺は帰ってくるはずのない返事を、空に向けて放った。
◆ ◆ ◆
村人たちは町で暮らすことになったが、ヴァンパイア種族の俺はそうはいかない。
親を失った俺に対して、地方の貴族から養子の話が何組か持ち上がっているらしい。
――もちろんだが、受ける気は無い。
しかし、何の力も持たない子供が生きていくなんて無理な話だ。
なにしろ、何から何までテレサやエミリアに任せっぱなしだったから、簡単にできると誰もが言う目玉焼きすらも作れないのだから。
認めよう。
俺は――一人では、何もできない。
「坊ちゃま。お客様です」
俺が意識を取り戻してから三日ほど過ぎた頃、テレサが唐突に俺を呼び寄せた。
「客……?」
誰だ?と思いながら部屋を出た瞬間――顔に柔らかいモノが押し付けられる。
「久しぶりだね。イワン」
聞き慣れない、でも聞き慣れた声が響く。
――俺はこの声の主を知っている。
顔を上げると、見慣れない――けれど見慣れた顔が見えた。
黒髪を肩より下くらいにまで伸ばした女だった。年は俺よりもけっこう上で、赤い瞳が慈しむようにこちらを見下ろしている。
俺は今まで、キシローバ村を離れたことは無かった。
当然だがヴァンパイア種族の知り合いなんて片手で数えられる程度だ。
その中で、この女くらいの年齢の知り合いとなると――一人しかいない。
「ねー、さま?」
「うん。お互い大きくなったね」
かつて俺がひねくれる原因になった程に優秀な姉が、俺の目の前に立っていた。
記憶の中のねーさまとは似ても似つかないほど成長していたけど、あちこちに面影があった。
女はほんの少し会わないだけで内面も外面も大きく変わる――と、テレサが言っていたが、その意味が少し理解できた。
「どうしてねーさまがここに?」
「大学の任務でちょうど近くまで来てたの。それで、村のことを聞いて――居ても発ってもいられなくなっちゃって……任務を放り出して来ちゃった」
悪戯っぽく舌を出すねーさま。
こういうところは、昔から変わっていない。
「辛い目にあったね……でももう大丈夫だよ」
ねーさまは眉を歪め、再び俺を抱きしめてくれた。
母を知らない俺にとっては、ねーさまのぬくもりこそが安らぎの原点だった。
……そういや、昔はよくこうやって一緒に寝てたな。
俺は目を閉じ、されるがままに身を委ねる――。
「ねえイワン。一緒に王都で暮らそう?」
父様も死んでしまった今、ねーさまだけが俺の唯一の肉親となった。
だったら、迷う必要なんてない。
俺が頷くと、ねーさまはさらに強く、俺を抱いた。
「何があっても、私が守ってあげるからね」
「……」
――その一言で、全てを委ねそうになっていた身が強張る。
頭の中には、キシローバ村で最後に見た光景が浮かび上がる。
同時に、その時の感情も再生されていた。
俺は、怒っていた。
エミリアを騙して連れ去ろうとしたあいつに。
権力なんていう目に見えないものを貪欲に求め、俺を殺そうとしたヴァンパイア種族に。
しかし、何よりも――弱っちい俺自身に、怒っていたんだ。
俺が弱かったから、父様が死んだ。
俺が弱かったから、村が無くなった。
俺が弱かったから――――エミリアは連れ去られた。
いま、ねーさまの言葉を受け入れたら……俺はもう、ここから先に進めなくなる。
だから、ゆっくりとねーさまを押し退けた。
「イワン?」
「ねーさま。俺はもう、守ってもらうのは嫌だ」
「え?」
顔を上げて、ねーさまの瞳を真っ直ぐに見やる。
「俺は強くなりたい。誰かを守れるくらいに。どんな理不尽な運命からでも助けられるようになりたい――いや、ならなくちゃいけないんだ」
「イワン……」
「だから、頼む。俺を、強くして下さい」
「…………本気なの?」
「ああ」
ねーさまは今まで見たことの無い真面目な顔でしばらく俺と目線を合わせていた。それだけで、まるで心の中を覗き見られているような気分になった。
どれくらいそうしていただろうか――やがて、ふっ、と、ねーさまはいつものように笑った。
「本当に、本当の本当に、どんな厳しい修行でも受ける覚悟はある?」
「それで強くなれるなら、喜んで受けてやる」
「よし。だったら、とーっても厳しい師匠を紹介してあげるよ」
「ねーさま……ありがとう」
詳しい事情も聞かずに、ねーさまはあっさりと俺のワガママを聞いてくれた。
頭を下げると、ねーさまは何も言わずに俺の頭をぽんぽんと撫でた。
◆ ◆ ◆
ヤツの目的は「新国王を殺害し、国を混乱させること」と言っていた。
つまり、新国王が誕生するまでは猶予がある。
その期間、およそ五年。
十分だ。
四――いや、三年以内にあの男よりも強くなって、今度こそ、エミリアを救い出してみせる!
エミリア……どうかそれまで、待っていてくれ。
――ここから、俺の本当の戦いが始まった。
NG集
『打ち切り』
「俺達の戦いは……これからだ!」
応援ありがとうございました!
nanashiの次回作にご期待ください!
『天才な姉に無自覚に敗北感を味わわせる弟』
「それにしても――いつのまにかイワンもオトコの子のカオをするようになったんだね。その守りたい子っていうのはもしかして女の子かな?」
「ん?ああ、そうだけど」
普通、友達を守りたいって言ったら同性を思い浮かべるものなんだけど、そこまで見抜くなんて、ねーさまはさすがとしか言い様がないな。
俺が頷くと、ねーさまは「やはり」と目をキラキラ輝かせた。
「ほほう。その女の子の名前は?年は?スリーサイズは?」
やけに前のめりで聞いてくるねーさまにちょっとだけ気圧されながら、一つ一つ答えていく。
「名前はエミリア。年は俺と同じだ。スリーサイズは……」
「分かるの!?」
「いや。正確な数字は分からないけど……これくらい?」
俺は掌をほんの少し――曲げたか曲げていないか判別できないほど少しだけ曲げて、エミリアの胸のサイズを表現した。
六歳の頃にあいつは成長途中がどうのと言っていたが、九歳になった今でもサイズは全然変わっていない。
「触ったことあるの!?」
「ああ。いつも風呂で――」
「お風呂!?」
「あとはベッドの中とかでも触ったぞ」
「ベッド!?」
「おう。触ったというか、いつも抱き合って寝てたから勝手に手が当たるというか」
「抱き合ってる!?」
……さっきの悪戯っぽい笑顔はどこへやら、驚きの表情を浮かべて素っ頓狂な声を上げるねーさま。
「何をそんなに驚いてるんだ?友達なら普通だろ」
「いやいやいやいや、友達同士でそんなコト絶対しないって!」
――あ、そういや俺の家で寝泊りする時だけは雇い雇われな関係になってるんだったな。
こうして考えると俺とエミリアの関係ってややこしいな。
「間違えた。一緒に寝る時はご主人様とメイドの関係なんだ」
「~~!!!!」
言い直すと、何故かねーさまは顔を赤くして声にならない悲鳴を上げた。
「ねーさま、どうしたんだ?」
「いいえ……何でもない。何でもないのよ」
赤くなったと思ったら一瞬にして顔を青ざめさせ、よろよろと部屋を出ようとするねーさま。
「最近の子供って……進んでるんだね」
「……?」
まるで格下の相手にボコボコにされたかのような、敗北感に塗れた声だった。
今までになく弱々しくなっているねーさまを俺は心配になり、声をかける。
「大丈夫かねーさま?俺で良ければ相談に乗るぞ」
しかし、その言葉にねーさまは逆にこちらを睨みつけた。
「へ……平気なんだから!私だって今は学業に専念してるからそういうことに現を抜かしていないだけで、本気を出したらオトコの一人や……二人、くらい……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
ついには泣き出し、ものすごいスピードで部屋を出て行ってしまった。
「……?」
なんだ?
俺か?
俺が何かしたのか?
しかし、いくら首を捻っても、答えが出てくることは無かった。




