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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第三十四話「旅立ち」

「すまない、待たせてしまった」


 全員に()()を施した後、村の入り口でワシリーと再び合流する。


「片付いたのか?」


「ああ。全員、私に関する記憶を書き換えた」


 母を含めた村人達に魅了術を使い『私は魔獣との戦いに巻き込まれて死んだ』ということにした。

 本当なら私の存在をまるごと無かったことにしたかったのだが、さすがに複数人の記憶を九年分も改変できるような真似はできなかった。



 私の死を、母は大いに悲しむだろう。

 しかし母の幸せを考えるなら正しい選択のはずだ。

 これ以上、母の運命を歪めないためにも、転生者である私は彼女から離れるべきなんだ。


 もちろん、ちゃんと私が抜けた穴を埋めるようにアフターケアはしている。

 元駒だった村人たちは今後、母の従者として一生を過ごしてもらう。


 ありとあらゆる災厄から母を守る役目を担うと同時に、彼らが望んだ『罰』でもある。


 彼らが犯した殺人は情状酌量の余地は十二分にある。

 本当なら、記憶を消去するだけで済ませるべきなんだろう。


 ……結局、私は彼らの言葉に甘えて母の世話を押し付けただけに過ぎないんだろう。

 だが、そのことに関して罪の意識は湧かなかった。


 あの日を境に、私の精神は大きく成長――否、歪んでしまったんだと思う。


 ヒトを殴っただけで警備隊の厄介になってしまうほど他者を傷付けることに対し厳しかった前世の世界。その知識を長年参照していた私も当然、ヒトを傷付けることには強い忌避感があった。

 しかしもう、そんな倫理観は頭の中からすっぽりと抜け落ちてしまった。


 もう、ヒトの運命を歪ませても何も感じなくなっている。


 もう、ヒトを傷つけても何も思わなくなっている。


 もう、ヒトを何のためらいもなく殺せる。


 前世だったら、私のような人間はサイコパスだソシオパスだと危険視され隔離病棟で一生を過ごすんだろうな……なんて、少しだけ自嘲気味に笑った。



 ともあれ、マリ・ルーミアスの娘であるエミリア・ルーミアスはあの日を境に死んだ。

 今日から私は――ただのエミリアだ。


「――で、そろそろ教えてくれないか。どうしてイワンの記憶だけそのままにしておけと言ったのかを」


 ワシリーの指示により、イワンにだけは何の処置も施していない。

 私がここを発った後、彼が「エミリアは生きている」などと騒いだら、せっかく改変した記憶に齟齬が生じてしまう。

 魅了術教本には「一度変更した記憶は戻らない」と書いてあったが……本の内容を全て鵜呑みにはできない。

 何かのはずみで母達が本来の記憶を取り戻す可能性はゼロではないのだ。


 そんな私の心配を他所に、ワシリーはあっけらかんと首を振った。


「理由はない。強いて言えば……大人全員がお前の死を認識している中で、ガキが一人騒いだところでどうにもならんだろう」


「それで記憶が戻ったりすることは?」


「あのガキが大人全員を論破してお前の生存を確信させることができると思うのか?」


 ……思わない。

 イワンは直情的で、自分の考えを言葉にするのが上手ではない。とてもではないが、彼が母やウィリアムを説き伏せる場面は想像できない。

 私は間髪入れずに首を振った。


「だろう。だったら魅了術を使うだけ無駄だ」


 魅了術を使っても使わなくても結果が似たようなものなら、無理に使う必要はない、ということか……。

 イワンには申し訳ないが、ワシリーの提案は私にとって非常にありがたいものだった。


 実のところ、魅了術の使いすぎでもう立っているのが辛いほど体力を消耗している。

 イワンにまで魅了術を使っていたら、間違いなく歩けなくなっていただろう。


 村を出るために倒れてしまっては本末転倒だ。ワシリーに余計な気を――たぶん遣わないだろうが――遣わせるのも気が引ける。

 疲れが顔に出てしまわないよう注意を払わないと。


「ところでお前――随分と(まぶた)が腫れているが、何かあったのか?」


「……別に」


 鼻をすすりながら、ワシリーから顔を逸らす。

 全員の記憶を書き換えた後、意識の無い母の胸で恥も外聞も気にせずわんわん泣きじゃくった――などとは口が裂けても言えない。


「後悔しているのか?」


「いいや」


 私はきっぱりと首を振った。


 後戻りする道はない。

 平穏な道に続く未来への架け橋を、私は落としたのだから。

 ……そこまでの覚悟をしたにも関わらず、まだ後ろ髪を引かれている弱い自分が居た。

 今すぐに引き返して、母の傍に居たい。

 そんな気持ちが心の中で燻っている。


 私はもう、決めたんだ。

 引かれるような髪なんて――切ってしまえ。


「ワシリー。ナイフは持っているか?」


「何をするつもりだ?」


「いいから。貸してくれ」


 ワシリーは腰から刃渡り二十センチはある、ナイフというよりも小刀のようなものを取り出した。肉厚で、おそらくは屠殺(とさつ)用のナイフなんだろう。獣特有の臭いがかすかに鼻腔を刺激し、私は顔をしかめた。


 もっと綺麗なナイフの方が良かったんだが……まあ、切れればなんでもいいか。

 私は腰に届きそうなほど長い髪を無造作に掴み、


「お、おい」


 ワシリーの戸惑いの声を無視して、肩の辺りでぶっつりと切断した。予想以上に切れ味が悪いせいで引き千切るような切り方になってしまい、かなり痛かったが――指を捻られた時と比べたら蚊に刺された程度だ。


 どうも先日の一件で、かなり痛みに耐性ができているようだ。

 クドラク先生の指導の賜物だな……まあ、感謝の念は全く湧かないが。


 手を解くと、束ねられていた髪の毛がパラパラと地面に落ちた。


「何故、切った?」


 自分なりの決別の意思表示なのだが、それを言って女々しいやつだと思われるのは癪だ。

 だから、適当に理由を考える。


「旅をするのに邪魔だと思ったから。文句あるか?」


「いや」


「どうせまたすぐに伸びる」


 随分と軽くなった頭を二、三度振り、私は唯一村から持ち出した旅用のローブを羽織った。

 大人用のものなので、かなり丈が余ってしまう。歩き辛くて仕方ないので、足が出るまで何度も裾を捲った。手も同じように何度も捲る。


「準備完了だ。さあ、これからどこに向かうんだ?」


「……」


「おい、なんだそのこみ上げる笑いを我慢するような顔は」


「なんでもない。俺達はこれから、西を目指す」


「西……?」


 西は小国同士で小競り合いを続けている紛争地帯と隣接しているため、有事に備えて各街に軍が駐屯している。戦闘(しごと)を求めてやって来る傭兵の数も多く、ヴァンパイア王国の中ではなかなかに物騒な地域である……と、聞いたことがある。


「そこで傭兵(しごと)でもしながら戦い方を教えてくれるのか?」


「いいや。目的地はその先――国境を越えた場所にある」


「国境を……?」


 どうやらワシリーは国を出るつもりらしく、私は少し焦った。

 いま、私達が話している言葉はヴァンパイア語なので、ヴァンパイア王国を出れば当然だが言葉が通じなくなる。


 領主様の屋敷に各国の言語辞典があったが……母国語さえ話せれば問題ない、とタカをくくって趣味程度にしか流し読みしていない。

 せいぜい各国の「コンニチワー」が言える程度だ。

 ……こんなことになるのなら、もっと真剣に勉強するべきだったと私は頭を抱えた。


 ヴァンパイア王国より西は、さきほど言ったようにいくつかの小国が覇権を巡って(しの)ぎを削り、日々勢力図が書き換えられている紛争地帯だ。

 それら小国を超えた先には、ベルセルク種族が支配する大砂漠がある。


「お前に打ってつけの秘密の修行場がある。まずはそこを目指す」


 ――おお。なんだか冒険活劇っぽいな。

 秘密の修行をして、チート級の力を手に入れたりするんだろうか。


 ……いやいや、夢を見るのはよそう。


「よし、じゃあ出発――うわっ」


「おっと」


 勢い良く踏み出そうとした一歩が地面を捉え損ね、私はよろけた。

 咄嗟にワシリーが受け止めてくれなければ、そのまま転んでいたところだ。

 ……やばい。体力を消耗しすぎて、はじめの一歩を出し損じてしまった。


 そんな私の様子を見て、ワシリーは目を細めた。


「もしかしてとは思ったが――お前、相当無理をしているだろう」


「べ、別に無理なんて――うぶ」


 ワシリーが手を離すと、私の体はいとも簡単に地面に倒れた。

 一応ふんばりを効かそうと足に力を入れたが、自重を支えるには至らなかった。


「あれだけの人数の記憶を書き換えたんだ。人間離れした魔力収集力を誇るお前でも、もう体力など残っていないはずだ」


「ち、違――」


「だったら得意の土玉でもやって見せろ」


「くっ……」


 私は掌に意識を集中させ、いつもの土玉をイメージするが――イメージを現実のカタチに変えるための魔力が、全く集められない。

 そんな私の体たらくを見て、ワシリーは大きく嘆息した。


「くだらんやせ我慢は止めろ。迷惑だ」


「なっ――」


 こっちが気を遣ってやっているのに、そんな言い方――と反論する前に、ワシリーが畳み掛けるように言葉を放つ。


「いいか?これから俺達は――どの程度かは分からんが、二人で行動することになる。今のようにお前が無理をして倒れでもしたら、その間の負担は俺が背負うことになるんだぞ。一人ならまだいい。だが、お荷物(おまえ)を抱えたままではいつかは俺も無理がたたり、今度は俺が倒れるハメになる。そうなったら誰が俺達を守るんだ?」


「……っ」


「魔物。魔獣。盗賊。災害。天候。風土。ここは重荷を抱えて渡れるほど甘くないし、危なくなった瞬間に誰かが助けに入るような都合のいい世界でもない。自分を守れるのは自分とその仲間だけだ。覚えておけ」


「――すまない」


 ワシリーの言い分は正しい。

 だから、私は素直に頭を下げて自分のコンディションを告げた。


「ローブが鉛みたいに重く感じる。それくらい、限界だ」


「最初から素直にそう言え。無理をしない。それが旅の大原則だ――『体力が回復するまで寝てろ』」


 魅了術を掛けられ、瞼が強制的に閉じていく。

 鈍くなった感覚が、体を持ち上げられたと告げている。ワシリーが抱えてくれたんだろう。


 ヒトの印象は初対面でほぼ確定する、なんて言葉があるくらい、最初の出会いがもたらすインパクトは絶大だ。

 その法則に(のっと)れば、彼はまぎれもなく警戒すべき相手のはずなのだが、もうそんな気は微塵も起きなかった。

 赤の他人がワシリーになりすましている、と言われればすんなり信じてしまいそうなくらい、今の彼は初対面の時とまるで違う。


 口は悪いが、彼の行動にはどこかぶっきらぼうな優しさが含まれていた。

 まるで、まるで……。


 そこで、私の意識は途切れた。



 ◆  ◆  ◆



 目を閉じて寝息を立て始めたエミリアを、ワシリーは肩に背負った。


 軽い。


 驚くほどに軽い。

 こんな年端も行かない少女が、何人ものヴァンパイアを葬ったなど、誰が信じるだろう?


 そして、今も途方もない魔法への才能を持つ少女が――実はまだ、その片鱗しか見せていないと言って、誰が信じるだろう?


 少女には転生者であることを理由にしたが……転生者(そんなこと)がどうでもいい小さな事に思えるほど、少女自身が世界にとっての劇薬なのだ。


 まかり間違えばどうなるか分からない。

 だから、間違えないために彼はここに来た。


「さて。行くか」


 少女にはああ言ったが、きちんと対処法さえ知っていれば野生動物程度ならば取るに足らない相手だし、治安のしっかりしているヴァンパイア王国内で、盗賊に出会う確率はかなり低い。

 ほんの数日程度、お荷物を抱えたところで問題はないだろう。


 遠くに見える執務棟を一瞥する。

 そう遠くないうちに警備隊が救助に駆けつける。この惨劇がヴァンパイアによるものという証拠は全て消してあるので、生き残った村人たちが“証拠隠滅”されるようなことは無い。

 魔獣による村の壊滅――昨今の魔物発生率を鑑みれば、さして珍しい事件とは言えない。

 せいぜい、生存者の中にイワンが居ることで何人かの中央貴族が舌打ちをするくらいだ。


 やれるべきことは全て済ませた。

 後は、ここを発つだけだ。


「――そういえば、コイツは護身術と魔法ばかり習って、ヒトへの攻撃方法をほとんど知らなかったんだったな」


 背後から聞こえくる足音に、ワシリーはふと思いを馳せた。

 村の生き残りはエミリアによって全員、記憶を変えられ眠っている。

 だったら、こちらにやって来ている人物はただ一人に限られる。


 唯一エミリアに魅了術を掛けられなかった人物。


「……前もって人体の急所を詳しく教えておくべきだったか」


 振り返ると、そこには想像通り、木刀を携えたイワンが立っていた。

 ちょうどキシローバ村の出口――ワシリーの行く手を阻むようにしている。


「エミリアを……連れて行かせない!」


「序盤のボスにしては少し物足りんが……主人公(エミリア)に代わって相手をしてやろう」

NG集



『表現』



「すまない、待たせてしまった」


 全員に処置を施した後、村の入り口でワシリーと再び合流する。


「片付いたのか?」


「ああ。全員、私に関する記憶を“なかったこと”にした」


「その表現方法はやめろ」



『シリアス』


「ぐおー(いびき」


 目を閉じて寝息を立て始めたエミリアを、ワシリーは肩に背負った。


 軽い。


 驚くほどに軽い。

 こんな年端も行かない少女が、何人ものヴァンパイアを葬ったなど、誰が信じるだろう?


「ギリギリギリギリ(歯軋り」


 そして、今も途方もない魔法への才能を持つ少女が――実はまだ、その片鱗しか見せていないと言って、誰が信じるだろう?


「ぐがご……かっ(睡眠時無呼吸症候群」



「シリアスシーンが台無しだ!」

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