第三十話「消えた光」
「何なんだこいつは」
ヴァンパイアが、首を傾げながらこちらを睥睨する。
まあ、当然の反応だろうな。
こんな子供が「殺してやる」なんて言ったところで、彼らは歯牙にもかけないだろう。
でも大事なことなので、もう一度繰り返した。
「聞こえなかったのか?殺してやる、と言ったんだ」
「……アヅェ。適当にあしらえ」
なんともぞんざいな指示を、真ん中のリーダーっぽいヴァンパイアが出した。
彼らが“継承者狩り”を主軸に置いた部隊だとすれば、こういう村人に恨み言をぶつけられるシチュエーションなど、もはや慣れっこなんだろう。
だから、その対処も適当極まりない。
「殺すのですか?勿体無い」
リーダーの指示に、驚いたことにアヅェは反対の意を示した。
「どういう意味だ?」
「こいつがクドラクの言っていた色無しの魔法使いです。もしかしたら良い値段が付くやもしれませんよ?」
アヅェの提案にリーダーはふむ、と顎に手を当てて私をじろじろと上から下まで見やった。
どうやらマトモに私を見てすらいなかったようで、ここで初めて私が白化現象を起こしていると気付いたみたいだ。
「少し幼すぎる気はするが……なるほど、よく見れば顔も悪くない。インキュバスならば将来性も込みで高値で買ってくれそうだ」
「かなり優秀な魔法使いだそうなので、この村を片付けてから駒にするという手もあります」
「アヅェ。人間の魔法などを当てにしていては上には登れんぞ」
「……そうでしたね。申し訳ありません」
どうやら私を褒めてくれているようだが、全然嬉しくない。
というか、「こいつには高値が付きそうだ」なんて、人身売買を禁じている国の公務員が話す内容の会話ではない。
「おい。人身売買は禁じられてるハズじゃないのか?」
「しかし隊長。ここから王都まで運搬するとなると、それなりにコストがかかりますぜ」
「水も食事も最低限にすれば問題ない」
「いやいや。いくら珍しい色無しでも、さすがに痩せこけた状態で連れて行ったら足元を見られるでしょ」
「王都に到着してから必要分だけ太らせればいい」
「私はクドラクの言っていたことが気になるので、一度、駒にしてどれほどの使い手なのかを見てみたいです」
「アヅェ。まだ言っているのか。人間の魔法など高が知れているだろうに」
……私の疑問は見事にスルーされた。
殺気を放つ私には目もくれず、あーだこーだと議論を始めるヴァンパイアたち。
意見は三者三様だった。
リーダーは私をどこかに売り飛ばしたい。アヅェはリーダーの意見に従いつつも手駒にしたそうな顔をしている。そして名前も知らないもう一人は面倒だからさっさと殺したい。
隙だらけ。
本当に、隙だらけだ。
家畜がいくら足掻いても、自分達に危害を加えられるはずが無い――そう信じて疑っていない。
さっき執務棟で出会ったヴァンパイア達もそうだった。
警戒もせず、足音を隠そうともせず、我が物顔で道のど真ん中を歩いていた。
――ありがたい。
ウィリアムと戦った際に魅了術を使ってしまったので、想定していたよりも体力はかなり目減りしている。
だから、彼らの油断は――とても、ありがたい。
一人は確実に殺せる。
残る二人も、反撃の暇を与えずに殺す。
今の私なら――できる!
「おい、お前」
私は向かって左側の、線の細いヴァンパイアを指差した。
「……あ?俺か?」
今度はちゃんと反応してくれた。
無視されようものなら石でもぶつけてやろうかと思っていたが、そうならずには済んだ。
「お前、運が良いな――これだけのことをしでかして、痛みも無く逝けるんだから」
「……何を言ってやがる?」
赤と白の視線が絡み合う。
私は魔力を解放し、言葉に乗せた。
「『破裂しろ』」
「!?」
突然、ヴァンパイアの体が内側から膨張しはじめた。
まるで体そのものが風船になったようにどんどんと大きくなり、やがて耐え切れなくなり――はち切れた。
「うブッ!?」
ぼん、と、ヒトが死ぬにはあまりにも間抜けな音を残して、線の細いヴァンパイアはバラバラになって死んだ。
「なにぃ!?」
「こ、これは……!」
飛び散った血や肉片がリーダーとアヅェに降り注ぎ、彼らの目を塞ぐ。
視界を遮る――魅了術を封じるのに効果的な方法の一つだ。
しかし、この状態だとこちらも魅了術を掛けることはできない。
――だが、普通の魔法でも通用することは既に学習済みだ。
すかさず足元の土から土玉を作り出す。
いつもの形のまま投げても殺せそうだが、念には念を入れて形状に工夫を凝らす。
触れただけで突き刺さりそうなほど先端を鋭く尖らせ、どんな硬いものでも貫通できるようにねじれを加える。
破壊的な外見をした土玉に、物体移動の魔法を重ね掛けする。
一回ではほんの数十センチの距離をゆっくりと動かすだけの魔法だが、こうして何回も、何十回も繰り返し使うことで、爆発的な推進力を得ることができる。
「いっけぇ!」
投げる際にも一工夫――回転を加え、玉の軌道がブレないように――した。
目にも留まらぬ、という表現がピッタリなほどの速度を得た土玉は真っ直ぐリーダーの頭に直撃し、首から上を粉微塵に砕いた。
土玉はなおも勢いを失わず、三十メートルほど先の家に着弾し、爆発にも似た音を上げた。
……想像していた以上の威力だ。
ここまでで、分かったことが一つある。
ヴァンパイア種族は、脆い。
脆いと言うと語弊があるが、少なくとも身体的な強度は人間とほとんど変わらないように思う。
魅了術さえ上手く封じれば、私でなくとも簡単に殺せそうだ。
「くそっ……たかが人間の、色無しがぁ!」
後は――アヅェだけだ。
未だ血と肉片にまみれたアヅェは、闇雲に手を振り回していた。
「……」
私は先程と同じく土玉を作り出し、狙いを定め――
「これで、終わりだ」
放った。
「ごほ……」
真っ直ぐに飛んだ土玉がアヅェの胸に風穴を空ける。
そのまま、パッタリと後ろに倒れた。
……。
……。
…………。
「……終わった、か」
ふぅ、と手を下ろす。
あっけないが、このくらい一方的でないとやられていただろう。
なにせ人数も地力も向こうが上だ。ガチンコで殴り合えば間違いなく負けている。
相手の実力を引き出す時間を与えず一息で葬る。これが今の私の戦闘スタイルだ。
……なんだか暗殺者になった気分だ。
「よし」
後は、駒にされた村人達をみんな捕獲すれば一件落着だ。
まだ生き残っている人たちを助けることもできる。
駒にされたヒトをどうするかはまだ分からないが、魅了術を駆使すればどうにかして正気に戻すことができるかもしれない。
――少しだけ心に余裕ができ、私はそんなことを考えた。
「まさか、人間が魅了術を使うとはな……」
「――っ」
背後から聞こえてきた声に、全身が強張る。
声の主は、私がたったいま殺したはずのヴァンパイア――アヅェの声だった。
「色無しの中には我々と同程度の魔力収集速度を誇る者が生まれてくると聞いたことがあるが――なるほど、噂は本当だったと言うことか」
振り返る。
聞き間違いではなかった。
私の背後には、アヅェが無傷で立っていた。
風穴どころか、血や肉片すらも付いていない。
なぜ?
どうやって?
――そんな疑問よりも前に私は手を差し出していた。
「おっと。そうはさせんよ」
しかし相手はさらに早かった。
腕と顔面を鷲掴みにされ、宙に吊り上げられる。
ちょうどアヅェの掌で視界が覆われ、魅了術を封じられる。
逃れようと咄嗟に魔法を使おうとするが――何故か、魔力収集が上手く行かない。
「無駄だ。私の傍で魔法を使うことは出来ん」
何かは分からないが、何かをされている。
それだけは確実だった。
「まさかイノヴェルチ戦の為に用意した道具に助けられるとはな。備えあれば何とやら……か」
魔法が使えなければ、私は単なる頭でっかちな子供だ。
頼みの綱である異世界の知識を漁っても、この窮地を逃れる術は見つからなかった。
「理由は分からんが、どうやらお前は知ってしまったようだな。魅了術の秘密を」
必要魔力とほんの少しのコツを掴めば、魅了術は誰でも使うことができる。
人間種族ならばそう簡単に使えないだろうが、ヴァンパイアと同等の能力を持つ種族ならば簡単に使えてしまうだろう。
例えば、エルフ。
例えば、ベルセルク。
それ以外にも魅了術の簡単な封じ方などを外部に漏らすだけでも、ヴァンパイア王国にとっては大きな痛手になるだろう。
「非常に残念だが――生かしておくわけにはいかんな」
アヅェのつま先が、私の腹部に食い込んだ。
「ごほっ……!?」
肺の空気が強制的に排出され、一時的な呼吸困難に陥る。
呼吸ができない――つまり、声を出せない一瞬を狙い、アヅェは私と目を合わせた。
「『山まで吹き飛べ』」
魅了術により、私の体はゴム鞠のように飛び上がり、柵を破って村の外まで吹き飛んだ。
◆ ◆ ◆
魅了術の通り、私の体は山の中腹ほどまで飛んで行き――そのまま地面を何度もバウンドし……ようやく、止まった。
平地は曇り空だったが、山の上は雪が降っていた。
そこそこ降り積もっていた雪のおかげで落下の衝撃はかなり抑えられたが、それでもダメージは深刻だった。
まず、起き上がれない。
足がぐにゃりと曲がってしまっていた。
せっかく治療した右腕も、またおかしな方向に曲がってしまっている。
体の内側が熱く、口から血が溢れてくる。どこか、内臓にも深いダメージを負っているのかもしれない。
「う……うう……」
顔を上げるのが精一杯だった。
いま、動けないのは非常にマズイ。
ここで使いたくはないが、魅了術で治療するしかない。
「完治……いや、『腕と足の骨折が一瞬で治る!』」
体全部を治した時の負担を考えて言い直す。
曲がらないはずの方向に曲がっていた腕と両足が瞬時に元に戻る。
「うぐぉ……」
ビキ、と神経を直接ねじられるような激痛が走った。
手が勝手に震え出し、大量の汗が噴き出す。
心なしか、寿命が縮んだ気がした。
短時間で骨折を治療すると体にここまでの負担がかかるのか……。もし完治させていたら、今度は治療の反動で動けなくなっていたかもしれない。
なにはともあれ、まだ戦いは終わっていない。
今度こそ、アヅェを殺さないと。
「まだ生きていたか……思っていたよりタフだな」
アヅェが、空からふわりと着地する。
今のが魅了術によるものだとすると、重力すら無視できるのか。
「ここなら邪魔も入らない。すぐには殺さん。仲間の分までいたぶり尽くしてやる」
先手必勝――視線が合った瞬間、私は魅了術を発動させた。
「『死――』うわぁぁ!?」
しかし、アヅェがつま先で蹴り上げた雪が目潰しとなり、魅了術は不発に終わった。
「並外れた度胸と魔力収集量は認めるが――やはり子供。詰めが甘いな」
のた打ち回る私の首を掴み、マウントポジションを取るアヅェ。
首を絞めている方とは別の手で、私の目を無理矢理こじ開けた。
嗜虐的な曲線を描く赤い瞳が、私を見下ろしていた。
「魅了術の使用者同士で戦うなら――こうして一方的に術を掛けられる状態になるまで使用は厳禁だ。理解できたか?色無し」
「!!」
逃れようと必死でもがくが、いかんせん大人と子供では体重差がありすぎた。
魔法を使おうにも――彼が触れているせいで魔力収集ができない……!
私の抵抗も空しく、アヅェが魅了術を発動させる。
「『失明しろ』」
――夜の帳が下りたように、私の視界から光が消えた。




