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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第二十九話「守る」

 マリ・ルーミアスはヴァンパイア王国のとある村で生を受けた。


 兄弟が多かったため家は裕福ではなかったが、それでも笑いの耐えない幸せな家族だった。

 マリは末の妹として、兄からも両親からも可愛がられた。


 しかし、一家の大黒柱だった父が魔物に殺されてから、家庭は崩壊した。

 一番上の兄は既に成人し働き出していたが、残された家族の生活を守るほどの収入は無かったのだ。


 マリの母親は悩みに悩んだ末――マリを口減らしのために人買いに売った。

 売られる直前まで、彼女は涙を零し、しきりに「ごめんね、ごめんね」と繰り返していた。



 人買いの馬車に揺られながら、マリは決心する。

 自分は我が子を売りに出すような状態に絶対に陥らないようにしよう、と。

 成人するまで傍に居て、愛し、慈しんで育てよう、と。

 そのためには何が必要か――家族と過ごしていた中で既に彼女は理解していた。


 力だ。と言っても、腕力を強くするとかそういう意味ではない。

 もっと具体的に言うなら、稼ぐ力とでも言おうか。


 どんな状況であろうと、稼ぐ力さえあれば食べて行ける。良き伴侶を見つけるのも、ある意味そうであると言えるかもしれない。

 しかしマリは自身で稼ぐ力を身に付けたかった。

 責めるつもりは無いが、母にもし父と同じくらい稼げる力があれば、自分は売られることは無かった。

 家族に起きた悲劇を繰り返さないためにも、彼女の中でそれは必須事項だった。


 安定した収入を得られるもの。


 父と同じ農家を選択するつもりは無かった。

 農家は天候や季節などによってかなり収入が上下するからだ。

 食卓にいくつものおかずが並べられる月もあれば、パン一個という月もあった。

 それではダメだ。

 常に一定の収入を得るためには別の職業を選ぶ必要がある。


 次に思いついたのは、娼婦だ。ほんの少し男性を相手に演技するだけで高い収入を得られる。

 ただ、これもすぐにダメだと悟る。

 時間効率は良いかもしれないが、いかんせん安定性に欠ける。

 しかもそういう商売は未婚の女性に限ることが多いし、当然だが老けてしまえば働くことができない。


 狩人?商人?それとも……。

 結局、答えは出なかった。



 ◆  ◆  ◆



 マリを購入したのは、とある商人だった。

 ヴァンパイア王国では人身売買を禁じているので、買う側も売る側も王都から離れている場合が多い。

 商人の家も、王都から遠く離れた村だった。


 人身売買、と言うと奴隷のように死ぬまで働かされるというイメージが強いが、そういう買い手はごく少数だ。

 マリを購入した商人もその例に漏れず、彼女に優しく接してくれた。

 朝ごはんは保障されるし、賃金ももちろん出る。

 それに、手数料さえ払えば自由の身にもなれる。もちろん相応の値段はするが。


 家族で過ごすよりも、売られた先の方が待遇が良い場合もある――人身売買が減らない原因の一つだ。


「これからよろしく頼むよ」


「はい。よろしくお願いします」


 生まれ育った村よりも寒い地方のようで、ひんやりとした空気を肌で感じながら、彼女の新しい生活が始まった。



 そして――初日の仕事で、彼女は求めていた職を発見する。


 使用人だ。


 使用人を雇えるのは商人か貴族などの金銭に余裕のある家に限られ、安定した給金を望める。

 そして高いスキルを持っていれば職に困ることもなく、生涯に渡り長く働くこともできる。

 これだ。


 この家で使用人としての知識を身に付け、生計を立てられるようにしよう。





 そうして屋敷に仕えること七年。

 終わりは唐突にやって来た。


 マリより二歳年上の主人の息子に寝込みを襲われ、彼女は純潔を奪われた。

 それから体調を崩し続けた彼女は、これ以上ここでは働けない、と主人に手数料を払い、長年仕えた家を後にした。

 主人は最後までマリに「申し訳なかった」と頭を下げ続けたが、当の息子からは一度も謝罪の言葉は無かった。



 ◆  ◆  ◆



 予定していたよりもかなり早い退職になってしまったため、手持ちのお金はほとんど無かった。

 すぐに働き口を探さなければならない。


 そんな時、二つ隣の村で使用人を募集しているとの噂を聞き、マリはすぐにその村へ向かった。

 やはり経験者というのは強く、すぐに採用してもらえた。

 突然の退職を余儀なくされてしまったが、七年間の小間使いを経て、マリは稼げる力を確かに手に入れたという実感があった。


 しかし、彼女の受難は続いた。


 あの日――純潔を奪われた時に、彼女は身篭ってしまっていたのだ。


 何故、望みもしない相手との望みもしない子のためにここまで苦しまなければならないのか。

 嗚咽を堪えながら、彼女はひとり泣いた。


 絶望の淵に立たされたマリを救ったのは、「生まれてくる子に罪は無い」という領主イノヴェルチの言葉だった。

 たぶんイノヴェルチは深い意味で言ったのでは無かったと思う。

 しかしその言葉にマリは救われた。


 あの日、人買いの馬車の中で誓った言葉を思い出す。

 我が子を、愛し、慈しんで育てる。


 例え父親がどんな男であろうと関係ない。

 この子は私の子なのだから。



 ◆  ◆  ◆



「ん、んんんんんー!!」


 マリの瞳から涙が溢れる。

 その涙にどれほどの想いが込められているか、駒となったウィリアムには分からない。

 ただ、自分の中で脅威に感じていた敵を仕留めた、という安堵だけが彼の中に広がっていた。

 魔法についてウィリアムは門外漢なのでよく分からない。

 ただ、クドラクが村人の中で唯一警戒していたのはエミリアだった。

 脅威になることはなくとも、魔法を使わせれば少し面倒なことになる、としきりに呟いていた。


 ウィリアムも、別の意味でエミリアを警戒していた。

 とにかく彼女は頭が切れる。自分などよりも遥かに。

 ここに来たという事は、クドラクを上手く騙して見事に逃げ遂せたということだろう。

 どんな口八丁を使えばあの場を切り抜けられるのか、ウィリアムには想像もつかなかったが。


「……ん?」


 心臓に矢を立てたまま倒れるエミリアの死体。

 最後の抵抗か、矢を右手で握ったまま死んでいる。

 その手に、ウィリアムは違和感を抱いた。


(確か、右手はクドラク様にねじられていたはず……)


 あれほどの傷がものの数分で完治するはずがない。

 クドラクに治してもらった?

 それはさすがにない……はず。


 マリを手近な柵に縛る。

 視線だけで殺されそうなほどの形相を向けられるが、ウィリアムはそれをさらりと受け流す。


「マリさん。少し待っていてください。すぐにエミリアちゃんと会えるようにしますからね」


 興味を引かれ、ちゃんと死んでいるかの確認も込めてウィリアムはエミリアの前へ向かった。



「うん。ちゃんと死んでるな」


 矢は真っ直ぐ胸に刺さっており、部位から察するにほぼ即死だっただろう。

 さすがにこの距離で外すはずも無い。

 矢の腕に関しては、誰にも負けない自信があった。


 指はもともと怪我をしていないかのように綺麗な状態になっていた。

 いくつか仮説を立ててみたが、どれもいまいちピンと来ない。


 ――いろんな可能性を考えても納得できなかったら、それは今考えることじゃないってことだ――


 ふと、たった今殺した少女に言われた言葉を思い出す。


「そうだね。今僕がやるべきことは他にある」


 用済みになったマリを殺し、イワンを探さければ。

 山に逃げれたところで、狩人である自分なら追跡は容易だが――万が一もあるし、早く殺すに越したことは無い。


「おっと、ちゃんと矢を回収しないと」


 弓使いにとって、矢は無くなってはならないものだ。

 矢が無くなった瞬間、弓使いは本来の能力を発揮できなくなる。

 矢が再利用できるような状態なら、可能な限り再利用しなければならない。


「よい……しょっと」


 ウィリアムは矢の後ろの部分を何度か回し――引き抜いた。

 弾みで、矢を持っていたエミリアの右手が跳ね上がる。


「――あれ」


 引き抜いた矢を見て、ウィリアムは素っ頓狂な声を上げた。

 矢の先端部分が、ぼっきりと折れている。


 エミリアの体内に先端が残ってしまった?――否。そうじゃない。矢は完全には折れておらず、まだ繋がっている。

 まるで、何かものすごく硬いものに当たり、矢の強度がそれに負けて折れたかのような――。


「お前、ヴァンパイアよりもよっぽど手強いよ」


 宙に浮いたエミリアの右手に、力が篭もり――地面を叩いた。


「――!?」


 足元に突然空いた穴に、ウィリアムは首から下を地面にすっぽりと覆われてしまった。

 続けて彼女が地面を撫でると、周辺の土が集まり――あっという間に、抜けられなくなった。


「でも、私の勝ちだ」


 死んだはずの少女が起き上がる。

「何故」と思う暇も無く、こめかみを抉るように蹴られ、ウィリアムの意識は刈り取られた。



 ◆  ◆  ◆



 首から上だけ見えているウィリアムを完全に土の中に隠す。

 これで、私以外見つけることはできないし、ウィリアムが目覚めても中から出ることはできない。

 教科書には載っていない魔法だ。『土牢』とでも名付けようか。


 今のは危なかった。

 咄嗟に魅了術を使い『私は鉄よりも硬い』と呟かなかったら、間違いなく死んでいただろう。


「う……げほ、ごほ」


 咳き込むと、口の中に苦い味が広がる。

 吐血していた。

 魅了術の掛け方が悪かったのか、皮膚に傷は付いていないが内臓に矢の衝撃が響いている。

 まあ、このくらいのダメージで済んだのなら御の字だ。


 むしろ万々歳と言ってもいいくらいかもしれない。

 なにせ、母を無傷で助けることができたんだから。

 猿轡を外し、縄を解いてやる。


「母様、大丈夫……うおっ」


「エミリア……エミリアぁぁ……」


 涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら、母が私を抱きしめる。


「母様、痛い痛い。離して」


「離さない」


 駄々をこねる子供のように、母は首を振った。


「エミリアが死んだと思って、私、心臓が止まるかと思ったんだから……生きてたのならすぐに起き上がって『母様、私は大丈夫だ』って言ってよぉ……」


 そんな無茶苦茶な。

 私は思わず苦笑いしてしまった。


「とにかく、母様が無事でよかったよ」


「良くないわ!あなた傷だらけじゃない!」


 身体のあちこちを触られる。

 母の手は、震えていた。


「私のために危ないことはするなって、あれほど強く言ったじゃない……どうしてすぐに逃げなかったの!」


 母は、こんな状況になっても母のままだった。

 私が母のために危ない橋を渡ろうとしたら怒る。

 いつでも私を最優先に考え、愛し、慈しんでくれる。



「――おや。まだ生き残りが居たのか」


「!?」


 突然の声の闖入に、母が咄嗟に私を後ろに庇う。


「ん?お前、ウィリアムが連れていた女だな。ウィリアムはどうした?」


 そこに居たのは、三人のヴァンパイアだった。名前が分かるのはアヅェだけで、残る二人は分からない。

 アヅェは左側に立っていた。となると、中央にいるヴァンパイアが部隊の隊長なんだろうか。

 今までのヴァンパイアと比べて少し身体回りが太く、筋肉が付いている印象がある……強そうだ。


「エミリア、私の後ろに隠れてなさい」


 母は気丈にヴァンパイア達を睨んでいた。

 視線が凶器の一部になり得るヴァンパイアを相手に、それは自殺行為だ。

 私は母の手を握った。


「母様。さっきの質問の答えだけど」


 ここで母に逃げろと言っても、絶対に聞いてくれないだろう。

 ヴァンパイアを前に、母を説得するような時間は無い。

 なので、強引だが安全な場所に移動してもらうことにした。


「命より大事な母様を置いたまま、逃げられる訳ないだろう」


「え――!?」


『土牢』で母を地中深くに埋める。

 快適とは言えないだろうが、ここよりは幾分か安全だ。



 突然ヒトの姿が消え、ヴァンパイアたちは面食らっていた。


「――そこのガキ、今なにをした?」


「……」


 母の無事は確認できた。

 後は――ヴァンパイアを、こいつらを全員殺すだけだ。


 守る。

 イワンを、そして母を。


 ヴァンパイアから――そして、転生者(じぶん)のせいでねじれた運命から。

 守ってみせる!


「……てやる」


「なんだと?」


「殺してやる。ヒトの皮を被った魔獣ども」

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