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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第二十四話「魔獣襲来」

 以前説明した通り、魔物とは何らかの理由により魔法を習得した野生動物を指す。


 魔物は魔法の力に振り回され、やがて自滅する。

 しかしその中の一握りは、自滅する前に魔法をコントロールする術を身に付ける。


 魔法を自由に操作できる魔物――それが魔獣だ。


 ひとたび魔獣になれば、その危険度は魔物とは比べ物にならない。

 まず自滅しなくなるため、寿命が大幅に伸びる。

 炎で自らを焦がすこともなく、纏った風で自分の首を飛ばすということも、魔獣ではありえない。

 使う魔法も強力になり、魔獣の出現は周囲の生態系の壊滅を意味する、と言っても過言ではない。


 たった一体の魔獣の出現で、村が一つ無くなってしまうという話も珍しくはないのだ。


 ――とはいえ私も魔獣と出会ったことはなく、ここまでの説明は全て本の受け売りだが……領主様の険しい表情を見る限り、本の内容に間違いは無いようだ。

 一体でも危険な魔獣が複数体――どれほど天文学的な確率で起こったのかは知らないが、とにかく言えることはただ一つ。



 この村は、未曾有の危機に晒されている。



 ◆  ◆  ◆



「何体だ?」


「確認できたのは六体です」


 アヅェさんの言葉に、領主様は目頭を抑えた。

 あまりの数にめまいがしたのかもしれない。


「魔獣は全員がこちらの村を真っ直ぐに目指しています。我々は村の正門付近で奴らを待ち構え、迎撃しようと考えておりますが……イノヴェルチ様、ご助力を頂けないでしょうか。我々も精鋭を自負しておりますが、複数の魔獣となるとさすがに心許ない」


「もちろんだ」


 応援に駆けつけたヴァンパイアに応援を頼まれるとはなんとも皮肉な話だが、アヅェさんたちも体面を気にする余裕が無いほどの相手、ということだろう。


「ありがとうございます。では、私達は先に向かっております」


 アヅェさんと他のヴァンパイアは頭を下げると、すぐに身を翻して正門へと向かう。

 話が聞こえていない村人たちからすれば、応援が来たのにとんぼ帰りしてしまったようにも見えてしまっただろう。

 ざわめきが広がる村人たちに対し、


(みな)、聞いてくれ」


 領主様は声を張り上げ、魔獣の襲来を告げた。


 みんなの反応は恐怖と動揺がほとんどだったが、幸いなことに恐慌状態に陥ることはなかった。

 心を乱しながらも、領主様の言葉に耳を傾けている。


「――以上だ。討伐には私と魔物討伐の精鋭達で行う!安心して待っていてくれ」


 領主様の力強い言葉に、みんなは一様に頷いた。彼への絶対的な信頼が伺える。

 どれほどの危機に陥ろうと、領主様なら救ってくれる。そんな安心感すら見えた。


「クドラク」


「はい」


「私が戻るまで、村を頼む」


「お任せください」


 領主様はその後数人に指示を出してから――ふと、私と目が合った。


「……お前はいつだって平静だな」


「そうでもありませんよ?」


 周りの子供と比べれば落ち着いているように見えるかもしれないが、内心は恐れている。

 外面を保つだけで精一杯だ。

 そんな私を見て、領主様は、フッ……と、力の抜けた笑みを浮かべた。


「――お前が十二になるまで知らせるつもりは無かったが、丁度いい機会だ。戻ってきたら話したいことがある」


「……?」


 何だろうか。

『帰ってきたら言う』と言っている以上、ここで聞いてもきっと答えてはくれまい。

 あまり足止めするのも悪いので、早めに話を切り上げた。


「どうかご無事で」


「ああ」


 通り過ぎ様に、ぽん、と頭を撫でられる。

 領主様はそのままイワンの方へ行って何かを告げて――イワンが力強く、何度も頷いている――から、アヅェさんたちと同じく村の正門から外へと姿を消した。



 ◆  ◆  ◆



 村人たちはクドラクさんの指示により、安全のため一時的に執務棟前の広場に集められた。

 この執務棟は詰め所と領主様の屋敷を含め、周囲を囲うように塀が建てられている。

 申し訳程度だが、無いよりはマシだ。

 それに村人たち全員が集合できる場所と言えばここしかない。

 春先とはいえ外はやはり寒く、全員が寄り添い合うようにして身を固めていた。


 領主様の魔物討伐を手伝っていたメンバーは何チームかに別れ、執務棟の正門、裏門、そして村の中を見回っている。



「父様、大丈夫かな」


 広場からは死角となる執務棟裏門(イワンが剣術を練習しているいつもの場所だ)の見張りを任された私とイワンだが、イワンがしきりに村の正門――ここからでは見えるはずもない――の方角へちらちらと視線を送っている。


「きっと大丈夫だ。だからそんなにソワソワするな」


 正直、魔獣がどれほどなのかが分からないので安易に「大丈夫!」と断言はできない。しかし領主様、そしてあのヴァンパイアたちの実力を合わせれば遅れを取るとも思えない。

 なので控えめに大丈夫、と言っているのだがやはり気になってしまうようだ。

 家族を心配する気持ちがわかる分、『自分の仕事に徹しろ』なんて冷たい言葉は掛けれない。


「そうは言っても……」


「落ち着かないなら少し休憩したらどうだ?」


 言ってから、少し言い方が悪かったかと反省する。

 イワンの性格を考えれば、こう言えば「バカ!こんな非常時にのんびり休憩してられるか!」なんて怒り出しそうだ。


「……。わかった。十分だけ時間をくれ」


「へ?」


 別の言い回しを考えていると、イワンは裏口から自分の家に戻ってしまった。

 ……あれ。今日はやけに素直だな。


 首を捻りながら、見張りを続ける。



 領主様たちの戦いに触発されて付近の魔物が暴れる危険性がある、とクドラクさんは言っていた。

 今、村にはクドラクさん一人しか居ない。

 魔物が襲い掛かってきても、時と場合によっては助けを請わず自分でなんとかしなければならない。


 私は使い慣れた物体移動の魔法で土の塊をいくつか作り、案山子に向かって放ってみる。

 それなりの速さを持った土玉は、いとも簡単に案山子を貫通した。

 次に落とし穴を作る。狙い通りの場所に狙い通りの深さの穴が掘れた。

 魔法の精度は上々だ。

 落ち着いてやれば――私の魔法でも、魔物に通用するはずだ。


 しかし手持ち無沙汰なのは心許ない。

 かつてイワンにボコボコにされた時、パニックになって全く魔法が使えなかった。

 それ以来、私は非常時の際は魔法に絶対の信頼を置けなくなっていた。

 私もイワンのように木刀くらいは持ったほうがいいのかもしれない。

 使えない拳銃よりも使える木の棒だ。


「ええと、確かこの辺りに予備が……」


 私は訓練所の端にある倉庫の中に入った。

 それと同時に、裏門が、キィ、と音を立てた。

 一瞬、魔物か!?と思い身を強張らせる。

 物陰からこっそり様子を伺う――と同時に、安堵する。

 裏門から入ってきたのは、見知った顔だった。


 衣服屋のテルさんだ。

 私と同い年のステラのお父さんで、たまに余った布で私に小物を作ってくれる気のいいお兄さんだ。

 ウィリアムとは幼馴染らしいが、とても同い年には見えない……なんて言うと頬をつねられるので、私の中ではウィリアムと同じ『お兄さん』というカテゴリに一応入れている。


 彼はウィリアムと共に村の東方面を見回っていたはずだが……どうしてか裏門から広場の方へ走っていく。

 最低限戦えるように薪割り用の斧を腰に下げたままで、かなり慌てた様子だ。

 何かあったのだろうか?


 声をかけようとしたが、それよりも前に建物の向こう側に行ってしまった。


「……」


 私は山の方面をくまなく見て、何の気配もしないことを確認してから彼の後を追った。



 ◆  ◆  ◆



「あ、おとーさん!」


 広場中央、どうやら父の帰りを待っていたらしいステラが、村人の輪から抜け出してテルさんの胸に飛び込む。


「おかえりなさい!もうお仕事終わったの?」


「いや、まだだ。どうも悪いヤツらが予想外に強くてな。もっと安全な場所に逃げることになったんだ」


 ……どうやら魔獣退治は難航しているようだ。


 でも変だな。普通なら村人よりも先に私達に連絡が入るはずなのに。

 まあ、テルさんは家族想いで有名だし、私達への連絡を後回しにしてでも先にステラを逃がそうとしているのかもしれない。


「安全な場所……?どこ?」


 首を傾げるステラに、テルさんはぶら下げていた斧を手に持った。

 大きく振り上げるその切っ先は、


























 何故か、愛娘のステラに向けられていた。


「天国だよ」


「え?」


 降り下ろされた斧を脳天に叩き込まれ、ステラは一瞬で肉塊に変貌した。

 身体の半分以上が裂け、ピンクとも白ともつかないものが周りにビチャッと弾ける。

 体内のぬくもりが外気に触れ、もわりと湯気が立った。

 私はそれを、魂が肉体から飛び出したように錯覚した。

 手足が助けを求めるようにビクビクと動くが、ほんの数秒後には完全に動きを止めた。

 ――その頃になってようやく、じわり、と地面に血がにじんでいく。


 テルさんは物言わぬ骸となったステラから斧を引き抜き、愛娘の血と肉を顔に貼り付けながら、いつものひょうきんな声を張り上げた。


「さ、みんなで天国に行くぞ」


 ――それが引き金だった。


 誰かの悲鳴が響き、村人が散り散りに逃げていく。

 テルさんは斧を掲げたまま、その後を追っていく。

 追いつかれた者はステラと同じく脳天を叩き割られ、ピンク色の肉のカタマリに変わっていく。

 ――その中には、テルさんが愛してやまないと豪語していた奥さんの姿もあった。


 え。


 え……。


 え?


 なんで?

 どうして?


 テルさんは、家族想いで、誰よりもステラと奥さんのことを大事に思っていて。

 それなのに、え?


 まるで前世にあったテレビを見ているようだ。目の前の出来事が現実と認識できない。したくない。

 おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしい。

 テルさんがこんな凶行に及ぶはずがない。


 ほんの数十分前まで、テルさんはウィリアムと一緒にいた。

 最後に見た時にはこんな兆候は見られなかった。

 だとしたら、どうして――。


 ――そうだ。ウィリアムだ。ウィリアムなら、何か知っているはずだ。

 彼を探せば、テルさんがああなった原因が――。

 いや、待て待て。

 ウィリアムを探し出す前に、テルさんを止めるのが先決だ。

 あの集団の中には母も居る。助けないと!


 広場の方へ行こうとしたその瞬間、


「エミリアちゃん、見つけた」


 ぽん、と両肩を優しく叩かれ、私は飛び上がった。


「駄目じゃないか。見張りをサボッちゃ」


「ウィリ……アム」


 いつもの様子で、弓を装備したウィリアムが私の背後に立っていた。

 普段は安心感を覚える彼の姿に、この時の私は何故か恐怖を覚えた。

 すぐ背後で、幼馴染があれだけの凶行に及んでいるにも関わらず、彼は何も変わっていない。

 いつもの笑顔で、

 いつもの口調で、

 いつもの立ち振る舞いで。


 ()()()()()すぎて……逆にそれが恐ろしい。

 ウィリアムはきょろきょろと辺りを見回し、


「ところで――イワン様の姿が見えないけど、どこに行ってるの?」


「ウィリアム……あ、あれを……」


「ん?」


 ウィリアムは視線を上げる。

 幸いというか、数人の村人がテルさんを抑えることに成功している。

 が、数名の死体が転がっているという有様だった。

 惨劇と呼ぶに相応しい場面を目に映しておきながら、ウィリアムはいつもの様子で首を傾げる。


「アレがどうかしたの?」


 やっぱりだ。


 ――ウィリアムも、テルさん同様におかしくなっている。

 泣きそうになりがらも、彼を拘束しようと魔法を発動させるが――


「おっと、危ない危ない」


「がっ!?」


 こめかみを殴られ、私は地面の上に転がった。

 乗り物酔いした時のような眩暈が起こり、発動しようとした魔法が霧散する。

 それどころか、立ち上がることすらできなくなってしまった。


 ウィリアムが殴った――あの、ウィリアムに殴られた。


「戦闘に慣れていない魔法使いは頭を攻撃するに限る――なるほど、先人の知恵だね」


 脳が揺れるような殴られ方をしたというより、『ウィリアムに殴られた』という方がショックだった。

 私の心はぐちゃぐちゃに乱れ、魔法はいとも簡単に封じられてしまった。


「落ち着いてエミリアちゃん。君はまだ殺さないから」


 ウィリアムはうつ伏せに倒れる私の背中に膝を置いた。

 大人の男と子供の女では体重差はどうしようもなく、身動きが取れなくなる。


「それで、イワン様はどこにいるの?」


 再び、イワンの所在を問う。

 イワンなら今頃屋敷で一息ついている。あと五分もすれば戻ってくる。

 それを今のウィリアムに伝えるのは大いに(はばか)られた。


「それを聞いて……どうする?」


「――エミリアちゃんは知っているかな。この国の王がどうやって選ばれるか」


「それとイワンとどういう関係が……がふっ」


「――エミリアちゃんは知っているかな。この国の王がどうやって選ばれるか」


 地面と無理矢理キスさせられながら、全く同じ質問をしてくる。


「――エミリアちゃんは知っているかな。この国の王がどうやって選ばれるか」


 ……怖い。

 けれど話を進めなければ何も分からない。

 私は声が震えないよう、涙が出ないように細心の注意を払いながらいつもの口調を無理矢理ひねり出した。


「……全てのヴァンパイアの中から最も優れた者を選び出す、だったか?」


「さすがエミリアちゃん。物知りだね」


 ウィリアムは私の頭を撫でた。

 ただし、これだけはいつもの優しい感じではなく、地面に顔を押し付けるような乱暴な撫で方だった。


「ヴァンパイアにはね、王になるための優先権が生まれた時に与えられるんだよ」


「優先……権」


「そう。簡単に言うなら『王の試練を受ける順番』みたいなものかな」


 ウィリアム曰く、王になるための試練とやらはその優先権の早いものから順に執り行い、次代の王が決定した時点でそれ以降は消滅してしまうという。

 つまり、いくら王になる器を持っていようと優先権が低ければそれだけ王になる可能性は低くなる。

 さらに言うなら、優先権の高い者の中に王の資質を持つ者がいれば、同様に後続が王になれる可能性も低くなる。


「イワン様は立派に成長されたよね――このままいけば、王になる可能性が僅かにあるかもしれない」


「……つまり、イワンよりも優先権の低い者が王になる可能性を上げるために、イワンを殺すということか?」


「そう!やっぱりエミリアちゃんは賢いねぇ」


 ぐりぐりと頭を撫でられる。


「ちなみにイワン様の継承権は三十四位――まあ、さして高いとは言わないけれど、かつての王の側近であるジャラカカス家の者を寂れた寒村一つで葬れるとなれば、安い損失だよね」


 寒村一つで葬る?

 ウィリアムの言葉が頭の中で回った。

 寒村……キシローバ村のこと、か?


「ウィリアム、まさか……」


「『討伐部隊が村に辿り着くが、時既に遅し――村人達は全員、魔獣によって食い殺されていた』」


 まるで何かの報告書を読み上げるように、ウィリアムが語る。


「それがこのキシローバ村の最期だよ」

NG集


『みんなが思っていること』


「――お前が十二になるまで知らせるつもりは無かったが、丁度いい機会だ。戻ってきたら話したいことがある」


「領主様、それ死亡フラグ」

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