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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第二十一話「笑顔」

「イワン。とりあえずここから逃げよう」


「グスッ……」


 涙で顔をくしゃくしゃにするイワンの手を取り、立ち上がらせる。

 まだ距離があるとは言え、魔物はこちらへゆっくりと向かってきている。

 友情を確かめ合っている暇など無い。

 早く逃げなければ――


「あ、あれ?」


 しかし、ひどい眩暈(めまいがして視界が歪み、すぐによろめいた。

 ふらつく私を、イワンが支えてくれる。


「色な――エミリア、大丈夫か?」


 イワンは一度口ごもってから、おそるおそる、といった様子で私の名前を呼ぶ。

 友達になったことで、『色無し』と呼ぶことに抵抗を感じたんだろう。

 私としては別にそれでも構わないのだが。


「大丈夫、と言いたいところだが、ちょっと無理だ。走れそうにない」


 ここで強情を張っても仕方ない。

 私は素直に限界を訴えた。


「俺に任せろ」


「ひゃっ」


 イワンは脇に手を差し込み、膝の裏に腕を通して私の身体を持ち上げた。

 俗に言う、『お姫様抱っこ』というやつだ。

 あれだけ暴れ回ったにも関わらず、彼はまだまだ余力があるようだ。

 ヴァンパイアの身体能力、恐るべし。


 私はちらりと魔物の方へ視線をやった。

 相変わらず足取りは遅く、まだそれなりに距離がある。

 こちらに近付いてきているだけで、敵意のようなものは感じ取れない。『あそこで何かやってるな。なんだろう?』という程度だろうか。


 しかも運のいいことに、あの魔物は足を一本失っているせいで走ることができない。

 お荷物(わたし)を抱えた子供(イワン)の足でも、余裕で逃げ切れるだろう。


「そんじゃ、行くぜ――!」


 イワンは私を抱えているとは思えないスピードで村へと駆け出した。

 速く動くことで野生動物の興味を引いてしまう恐れもあったが、それよりも今はスピードを重視した。

 早く村に戻り、領主様ないしは他のヴァンパイアにあいつを倒してもらわないと。


 私は念のため、イワンの肩越しに魔物の動向を監視する。

 いつぞやの炎の魔物のように、遠距離攻撃を持っている可能性もあるからだ。

 背中を見せている間に即死するような魔法を使われてはたまらない。


「あっ……」


「なんだ、どうした?」


 駆け出した瞬間、魔物の周囲を巡っていた風が猛烈に荒れ狂い始めた。どうやら敵と認識されてしまったようだ。

 冷や汗が出たが――直後、暴風に魔物自身が呑まれて、首がぷつりと切れた。

 魔物はそのままパタリと倒れる。


 風が止んだ。


 首を切断されて生きられる生物はいない。

 この距離から見ても完璧に死んでいると分かる光景だった。

 イワンには少し刺激が強すぎる。

 見せない方がいいだろう。


「……なんでもない。ちゃんと前を見て進んでくれ」


 いくら強くても、きちんと制御できなければ自分の首を絞めるだけ。

 系統は違えど、私も『魔法を使う』という点では魔物と同類だ。

 明日は我が身。


 ああならないよう、気を付けよう――。



 ◆  ◆  ◆



 イワンはペースを落とすことなく、屋敷の裏まで辿り着いた。


「エミリアって、すごい軽いんだな」


「ほっとけ」


 言外に「お前ちっさいな」と言われたような気がして、私はそっぽを向いた。

 途端にイワンが目を丸くする。


「……お前でも言われたら嫌なことってあるんだな」


 なんだそれは。

 あるに決まっているだろう。

 私だってヒトなんだから、言われて顔をしかめるようなことはたくさんある。

 ちっこいとか、ちっこいとか、ちっこいとか。


「そんなことより、そろそろ降ろしてくれ。魔物のことを領主様に報告しに行かないと」


 もう死んでしまっているのでそこまで性急な対応が必要な訳ではないが、村の傍に魔物を放置しておくのはやはり宜しくない。

 早めに報告し、死体を処理してもらわなければ。

 ――しかしイワンは私を降ろさず、そのまま執務棟の方へ向かった。


「まだ本調子じゃないだろ?すぐそこなんだし、連れて行ってやるよ」


「えっ」


 彼は私の体を気遣って言ってくれているのだろうが、私としてはすぐにでも降ろしてもらいたい。

 確かにまだ体力は回復しきっていないが、お姫様抱っこのまま執務棟に連れて行かれるとか、恥ずかしすぎる。


「おいっ!降ろせ!」


 なので、私は全力で暴れた。

 ……と言っても、今の状態だと足をバタバタさせるくらいしかできなかったが。


「なんでだよ。執務棟なんてすぐそこじゃねえか」


「すぐそこだからだ!ほら、イワンももう疲れているだろ?あれくらいの距離、自分の足で歩く!」


「俺なら平気だ。何なら、このまま村を一周できるぜ」


「しなくていい!」


「変な気遣うなよ。友達は、迷惑をかけるものだろ?」


 裏表の無い、実に真っ直ぐな表情でそう返してくる。

 素直で実直。これがイワンの本来の性格なんだろう。


「ついさっきまで迷惑掛けた分、これくらいはやらせてくれ。頼む」


「うぅ……」


 そう言われては返す言葉が無い。

 私は恥ずかしさを隠すように、イワンの首元に顔を埋めた。



 ◆  ◆  ◆



「――という訳で、報告は以上です」


「二人とも、よく無事だった」


 忙しいだろうに、領主様は他のヴァンパイアに任せず、自ら報告を受けてくれた。

 ちなみに、発見の経緯は少しだけ脚色してある。


『イワンと小山で取っ組み合いしてたら、魔物を見つけました』なんて正直に言ったら、またイワンが怒られてしまう。


 なので、極力彼に被害が行かないようにした。


 魔法の授業で癇癪を起こしたイワンをなだめ、気分転換に外で遊ぼうという流れになり、夢中で遊んでいる間に小山まで行ったら、魔物に出くわした。

 魔物の姿に怯えて、走れなくなった私をイワンが抱えて逃げてくれた。

 途中、転んでしまったせいで二人とも服が雪と土で汚れてしまった。

 そういうことにしておいた。


 以前の私達を知っている領主様からすれば、私とイワンが遊ぶ、ということに違和感を感じるだろう。

 しかし、ちょうど私がメイドとして働き始めた頃から仕事にかかりきりになっていたので、私とイワンが屋敷の中でどう接していたのかは知らない。


 知らない部分には想像が入り込む余地がある。

 以前からイワンは私を毛嫌いしていたが、年齢が近いこともあり、接する時間が増えることで次第に友情が芽生えていった、なんて風に解釈してくれるだろう。


 もし聞かれたら、そう答えてやればいい。

『拳で語り合っている間に仲良くなれました!』というのも聞こえはいいが、それは同種族の男同士でだけだ。

 ヴァンパイアの男と人間の女が拳で語り合ったりなんかした日には、男が非難を浴びるのは目に見えている。

 ……私も男に生まれたかったなぁ。



「しかし、まさかそんな場所にまで魔物が入り込んできていたとは」


 息を吐く領主様。

 どうやら最近、魔物出現の報告が増えてきているらしい。

 以前は年に数件程度だったらしいが、今年は既に十数件以上。

 明らかに異常だ。

 身内とはいえ、子供にそんなことをポロッと言ってしまうあたり、領主様も結構疲れているのかもしれない。


「それにしても、お前がエミリアを助けるとはな」


「……」


 領主様は立ち上がり、イワンの頭を撫でた。


「村人を助ける。それが本来のヴァンパイアのあるべき姿だ」


「――っ!」


「偉いぞ、よくやった」


 イワンは一瞬泣きそうな表情になるが、ぐしぐしと腕で目を擦り――領主様の手を、押し退けた。

 あれだけみんなに――父親に認めてもらいたがっていたイワンが、それを自ら拒絶したのだ。


「父様。俺は――」


「イワンよ」


 領主様はやんわりとイワンを遮る。

 そのまま彼を通り過ぎ、私の前で膝を折った。


「エミリアの報告は既に受理した。それ以外に『何があったか』など……私の関与するところではない」


「痛っ……」


 服の裾を捲くられ、いくつもの(あざ)(あら)わになる。

 イワンの拳をガードした所に出来たものだ。


「これは酷い。相当無茶をしたのだな」


 領主様は痣を一つ一つ丁寧に調べていく。

 私の報告を鵜呑みにしていたのなら、こんな行動に出るはずがない。『私達は、二人とも無傷』という設定にしたのだから。


 しかし領主様は、私が怪我をした部分を見事に当ててみせた。

 まるで、『何があったかなんて、全てお見通し』とでも言わんばかりだった。

 領主様の赤い瞳が、私の白い瞳を捉える。


「ふむ――全治三十秒、といったところかな」


 領主様がぽつりと呟いた途端――じんじんとした痛みが、消えてなくなる。


「!?」


 腕を見やると、何箇所かあった痣が徐々に小さくなっていき――きっかり三十秒後には、何も無い綺麗な肌に戻った。

 領主様の()()()()()、私の腕の傷は完治してしまった。


 “使われた”という感覚も無かった。

 これが、魅了術……。


「でも、父様!俺は――自分の身勝手で、友達を傷つけたんだ!」


 イワンは、私への暴行に対しかなり罪の意識を感じているようだ。

 私とイワンが成人していたなら大問題になっていただろうが、互いが子供である今なら『ちょっとしたやんちゃ』で済まされる。

 私はもう気にしていないし。


「己のした事に負い目があるなら、己が行動を以て反省せよ。それがお前に許された唯一の贖罪だ」


「己が、行動……?」


「左様。友達を傷つけたのなら、友達を守れ」


 領主様の言葉に、イワンはハッとした顔になった。

 彼の話からすると、領主様はイワンの姉にしか目を向けていないような印象を受けたが……なんだ、ちゃんとイワンのことも見ているじゃないか。

 貴族の長男だからだろう。接し方は少しばかり厳しいが、そこには確かに“愛情”が伺えた。


「エミリア」


 領主様はマスクの下で笑った。


「イワンをよろしく頼むぞ」



 ◆  ◆  ◆



 屋敷に戻る頃には、既に日は傾き始めていた。

 イワンにかかりきりになっていたせいで、掃除以外の家事は全て放置したままなのを思い出し、私はゲンナリとした。

 とりあえず、お腹が空いた。朝食の後、何も口にしていない。

 イワンも同様だろうし、洗濯は置いといて先に夕食の支度を――


「あ、あれ?」


 ――なんて思っていたら、既に夕食の準備がされていた。

 扉を開けた音に反応して、キッチンの奥から誰かが姿を現す。

 その人物は、本来ここに居るはずのないヒトだった。


「あら、お帰りなさい」


「母様!?どうしてここに?」


「あたしが呼んどいたのさ」


 いきなり母の登場に驚いたが、続けて出てきた人物にさらに驚かされる。

 その人物は、物理的にこの村に居るはずの無いヒトだった。


「し、師匠?!どうしてここに?」


 隣村への買出しから帰ってくるにしては早すぎる。

 驚愕する私(と、イワン)に対し、師匠は至極あっけない口調で、


「簡単さ。隣の村になんか行ってないからだよ」


「へ?」






 話はこうだ。

 私を働かせてから、師匠はイワンの行動を監視していた。

 そこそこの期間イワンの世話をしていただけあって、師匠は彼の胸中をほぼ見抜いていた。

 この分だと、すぐに仲良くなれるだろうと思っていたらしい。


 しかしいつまで経っても心を開こうとしないイワンに痺れを切らし、ある作戦を決行した。

 私とイワンを二人きりにさせようと。そのために嘘を付いて屋敷から出たのだ。


 師匠の予想では、多少の小競り合いをすれば仲良くなれると思っていたらしく、さすがに木刀を持って乱闘をするというのは予想外だったようだが。


 ちなみにあの時、私達の周囲にはこっそりとクドラクさんと母が控えていた。

 ……領主様が私の嘘を見抜いた理由がようやく分かった。


「まさか母様も一枚噛んでいたなんて……」


「だから言ったじゃないか。『マリにはちゃーんと許可を取ってある』ってね。ちなみに領主様も共犯者さ」


 大人たちが寄ってたかって喧嘩をさせようとしていたとは……前世だったらとんでもない問題になっているところだ。

 まあ、たった一日でイワンと友達になることができたのだから結果オーライ……だろうか。

 さすが師匠、とここは賞賛しておこう。


「イワン様?よくもエミリアを傷物にしてくれたわね?」


 そして母は、怖い笑顔を貼り付けてイワンににじり寄っていた。

 慌ててフォローに入ろうとするが、イワンは母の目を真正面から見つめ返した。


「……い、言い訳はしない!どんな罰だろうと受ける」


 その言葉で、母は笑顔を止めて眉を上げた。


「ちょっとでも言い訳しようものなら、エミリアと同じ場所に痣を付けてあげようと思ってたんだけど……」


 うちの母は、たまに怖いことを真面目な顔で言う。


「そうね。これからエミリアと友達でいてくれるっていうなら…………許します」


「もちろん。エミリアとはずっと、友達だ!」


 その時見せたイワンの笑顔が、どうしてか強く心に残った。

NG集


『あるべき姿』


「それにしても、お前がエミリアを助けるとはな」


 領主様は立ち上がり、イワンの頭を撫でた。


「幼女を助ける。それが本来のヴァンパイアのあるべき姿だ」


「領主様はまともだと信じてたのにっ!」

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