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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編

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第二十話「イワン2」

 エミリアのやつをどうにか辞めさせようと考えていたが、それには及ばなかった。

 俺が難癖を付ける間もないほど、テレサが事あるごとにエミリアを叱りつけていたからだ。

 主人はもちろんのこと、他の使用人に対しても常に優しいテレサがあれほど怒るとは……。

 きっとテレサもエミリアのことが嫌いに違いない。


「久しぶりに叩き甲斐のあるモンと出会えました。腕が鳴りますなぁ」


 そう言って、テレサはヒェッヒェ……と、嬉しそうに笑う。

 まさか俺と同じ気持ちのヤツがこんなすぐ傍にいるとは思ってもみなかった。

 自分が独りではない気がして、嬉しかった。


 相変わらず魔法の授業ではイライラさせられたが、屋敷でエミリアが尻を叩かれ、「ぴやぁ」と情けない声を上げる度、俺の中の溜飲は収まっていった。

 ざまあみろ。


 俺はエミリアに笑っているのを気付かれないように仏頂面を維持しながら、その影でひたすらニヤニヤしていた。



 ◆  ◆  ◆



「ご主人様。お・き・て」


 エミリアが屋敷で働き始めてから一週間くらい経ったある日、いつものようにテレサが俺を起こしにきた。

 しかし、今日はいつもと何かが違っている。

 起こす時の決まり文句が違う。

 声がしわがれていない。

 何より――呼び方が、違う。


「うわぁぁぁぁ!?」


 そして、コイツと二人きりの一日が始まった。




「ええと……これが終わったら次はあれで、その後は……」


 エミリアはドタバタしていた。

 しきりにテレサからもらったというメモを見ながら、あっちこっちを駆けずり回っている。


 そんなエミリアをなんとなしに眺める。

 テレサとのやり取りを見ている間に、エミリアのことを目で追うのが習慣になっていた。

 こんな風に言うと「密かに好きな女をこそこそ覗き見る男」みたいに聞こえてしまうだろうが、実際はその真逆だ。


 何か失敗をしないだろうか?


 そんな“期待”を込めて、俺はエミリアを観察し続ける。


 今のところ、突っ込めるようなところはなく、しっかりとやるべき仕事をこなしている。

 どれだけ優れた使用人だろうと、数時間も観察していればちょっとした“息抜き”の動作が見えるはずなのだが、エミリアにはそれが無かった。


 ひょっとしたら、俺が監視していることに気付いているのか?

 だとすれば、敵ながらなかなかのヤツだ。



 突っ込むような隙が無いなら、無理矢理作ってやればいい。


 俺はすぐにエミリアを呼んだ。

 ちなみに、胸中では散々あいつのことを名前で呼んでいるが、実際には『色無し』と呼んでいる。

 嫌がらせの一環で付けた渾名だったが、「呼びやすいように呼んでくれ」と、あっさり了承された。

 ……面白くない。


 面白くないエミリアに、俺は面白い話をするようにと命令した。

 こう言われて、面白い話をした使用人はテレサ以外にいない。

 大抵の使用人はくだらない話で場を白けさせる。

 仏頂面の俺を見て焦り、さらにくだらない話をしてきて――その繰り返しだ。

 昔、俺の陰口を言っていた使用人によく使っていた意地悪の常套手段だ。


 さあ、焦れ。

 焦って慌てふためけ!


 しかしエミリアは済ました顔で、羊皮紙に数字を書く。

 一見すると単なる数字なのに、それが意味のある組み合わせ――縦・横・斜めの合計が全部十五になる!――だと教えられ、衝撃を受けた。

 魔方陣、というものらしい。


 そして、エミリアは一つの問いを出した。


 □ 一 □

 □ □ □

 □ □ □


 マスの中に数字を入れ、例に出したような魔方陣を作れ。

 こんなの簡単だ!と思い、挑んだが――めちゃくちゃ難しかった。

 縦の合計を十五にしても、横の合計が十五にならない。

 横の合計を十五にすると、今度は斜めの合計が十五にならない。


 ああでもない、こうでもないと夢中になっているうちに時間が経ってしまい、気付けば昼になっていた。

 エミリアの邪魔をするつもりが、見事に煙に撒かれてしまった。


 ――ちなみに、答えは今でも分からない。



 ◆  ◆  ◆



 まんまとしてやられた腹いせに、昼メシは精一杯罵倒してやろうと決めた。

 エミリアが作った料理はオムライスだ。卵はきっちりとキツネ色に焼かれており、スプーンで掬うと中からうまそうな匂いが溢れた。

 思わず喉が鳴る。


 使用人どもの噂話の中には、『エミリアの料理はウマい』というものがあった。

 どうせそれも単なる噂だ。


 多少は料理の心得があるみたいだが、毎日テレサの手料理を食べている俺の舌を唸らせるには至らない!

 ……はず、だったが。


「えっ……ウマイ」


 一口食べた瞬間、口から出るはずだった悪口が全て『ウマイ』に変化した。

 ウマくても、俺は嘘をついてマズいと言うつもりをしていた。

 しかし、このオムライスはそんなチンケな嘘をつくことを許さないほどに、完璧だった。


 ――そういえば、料理に関してほとんど何も言わない父様が、エミリアのクッキーをべた褒めしていたことを思い出す。


 ……完敗だ。

 しかし敗北感による悔しさよりも、コイツの料理をもっと食べたい、という気持ちになった。




「……」


 エミリアについて、一つ分かったことがある。

 こいつは、何かに集中すると周りが全然見えなくなる。

 結構じろじろと見ているが、手元の仕事でいっぱいいっぱいで俺の視線に全く気付いていない。


 慣れない仕事をたった一人でやらされ、しかも主人は敵対的なのに、嫌な顔一つせず仕事に取り組んでいる。

 普通なら、自分を嫌っているヤツに対して奉仕しようなんて考えるはずが無い。


 ほんの少しでもそういう気持ちを持っていれば、自然と分かるものだ。

 だがエミリアは本気で俺に尽くそうとしてくれていた。

 他人がめんどくさくて手を抜くようなこと――例えば、風呂で俺の身体を洗うとか――でも、常に全力だった。


 俺はこいつが嫌いだ。


「失礼しますご主人様。今日は耳かきの日です」


「ん」


 でも、いつの間にか、その一生懸命な姿を見るのは嫌いじゃなくなっていた。



 ◆  ◆  ◆



 翌朝。

 俺はエミリアの口車にまんまと乗せられ、魔法の授業に一人で出席していた。


 ……昨日の夜はやってしまった。

 膝枕をして頭を撫でてくるエミリアに、俺はつい――甘えてしまった。

 朝起きた後、猛烈に後悔した。

 今なら恥ずかしさで火の魔法が使えそうだ。


 以前から思っていたが、エミリアは時折とてつもなく年上のように感じる時がある。

 もし俺に母親と過ごした記憶があったなら、懐かしいと感じるのかもしれない。


 なんて事を考えていたら、クドラクに頭を叩かれる。


「イワン、ちゃんと聞いてるか?」


「……悪い、聞いてなかった」


 正直に言うと、追加で頭を叩かれた。

 ……エミリアには優しいのに、クドラクは俺には少しキツい気がする。

 理不尽だっ!


「真面目にやれ。ただでさえエミリアと大きく差が開いてるって言うのに」


「……そこまで開いていない」


 俺はムッとした。

 こと魔法に関して、エミリアと俺の間には大きな差がある。

 そのことは誰よりも自分で理解している。

 だからこそ、ムッとした。


「いいかイワン。今からでも遅くはないから、しっかりと勉強しろ。でないと本当に埋められなくなるほど差が付いてしまうぞ」


「そんなハズないだろう。あいつはたかが人間だぞ!」


 確かにエミリアは人間にしては魔力収集も早く、集められる魔力量も多い。

 しかも今のところ、全ての魔法を詠唱なしで使っている。

 それでも、種族の壁を越えるほどではない。

 種族的に、人間が魔法でヴァンパイアを超えることは不可能なのだ。

 ヴァンパイアと同等の能力を持っているのはベルセルクとエルフのみ。

 それ以外の種族とはかけ離れた存在だ。

 だからこそ、三大種族なんて呼ばれている。


「いいや。エミリアは途方もない可能性を秘めている」


 だが、クドラクは俺と目を合わせ、エミリアをしきりに褒めた。

 優秀で、真面目で、素直で――と、次から次へと出てくるエミリアへの賞賛の言葉。

 ――昨日今日で忘れかけていた、アイツへの怒りがふつふつと再燃する。

 そして、姉への憎しみもまた、それに釣られて心の奥底から浮上した。


「エミリアがヴァンパイアだったら、間違いなくお前の姉と同類だっただろうな」


 その言葉で、俺は完全にキレた。

 気付いた時には、教室を飛び出していた。



 ◆  ◆  ◆



 剣を振りたい。

 無心になって、ひたすら型の練習をしたい。

 剣を振っている間だけは、姉への憎しみも、自分の劣等感も、エミリアへの嫉妬も、忘れることができる。


「くそ!くそ!くそくそくそくそ!!」


 けれどその日は、どれだけ剣を振っても心のモヤモヤは消えなかった。

 このくらいでは足りないのかと、俺は案山子を折らんばかりの勢いで木刀を降り続けた。


 そんな俺を見て、エミリアが、ある言葉を投げかけてきた。


「イワン、そんなことだと『ねーさま』が悲しむぞ?」


 今まさに頭の奥底に沈めようとしていた単語を出され、頭の中がそれでいっぱいになる。

 このタイミングで『ねーさま』という単語を使うと言うことは、結局こいつも他の奴らと同じで、俺のことを『天才な姉を持つ凡才な弟』という目で見ていた、ということになる。

 とどのつまり――俺を、見下していた。


 友達になりたいなんて、はじめから嘘だったんだ。

 薄々予想はしていたが、はっきりそれが理解できると何故か猛烈に悲しかった。

 同時に、どうしてもエミリアを殴らなければ気が済まなくなった。


 木刀対素手。

 ヴァンパイア対人間。


 どうやっても俺が圧勝する。


 エミリアが攻撃用の魔法を覚えていれば話は別だったが、クドラクの方針によりその類の魔法は教えられていない。

 実質、俺が攻撃し放題だ。

 そのはずだったのに、何故か、俺はエミリアにいいようにあしらわれた。


 エミリアの武器は雪玉のみ。それを投げ、物体移動魔法を使い、俺の顔面に当ててくる。

 詠唱なしというのが厄介だった。詠唱ありなら呪文を唱えている最中に木刀を当てる隙などいくらでもあるのに。


「くらえっ」


 エミリアは雪玉を投げまくった挙句、石を拾い、魔法で加速させた。

 ――加速魔法は攻撃用の魔法に属していて、俺たちが習うはずのないものだ。


 どうして、コイツがそれを使える?

 クドラクがエミリアにだけこっそり教えたのか?

 頭の中を疑問符が駆け巡り、石を避けそこねるが――もとから狙いが外れていたようで、俺のすぐ隣にある木にぶつかった。


「なんだお前、どこ狙って――」


 言い終える前に、俺は頭上から落ちてきた雪に埋もれた。

 俺の頭上の枝に溜まっていた雪が、石の衝撃で一気に落ちてきたのだ。

 たまたま俺が木の傍に立っていて、エミリアの投げた石がたまたま逸れて、たまたま頭上の雪が落ちてきた。

 偶然で片付けるには、あまりに出来過ぎだ。

 エミリアは巧みに位置調整をして、俺をこの場所まで誘導したんだ。

 ヴァンパイアである俺が、人間にいいようにもてあそばれている。


「色無しー!!」


 俺はすぐさま雪を撥ね退け、裏門から外に続いているエミリアの足跡を追った。

 ――絶対、ぶん殴ってやる!



 ◆  ◆  ◆



 場所を小山に移し、喧嘩を再開した。

 後になって考えてみれば、どうしてこんなヒトのいない場所に逃げてきたのか疑問だったが、この時の俺は完全に頭に血が上っていたのでそんな事にも気付かなかった。


 いくら追い詰めようとしても、エミリアは上手く逃げてしまい全く距離を縮められない。

 ただの人間が、ただの雪玉で、ただの物体移動の魔法のみでヴァンパイアである俺を完全に手玉に取っていた。

 だんだんとイライラが募り、少しでもそれを吐き出そうと勝手に口が動く。


「ああ言われた!色無しは優秀!色無しは真面目!挙句の果てには――」


「――イワンの姉ならこんな課題、時間を掛けずに解けただろう、か?」


 正直に言って、エミリアの想像は的外れだった。

 でも、それを正す気にはならなかった。

 クドラクがエミリアと姉を同じ位置に見ている。

 それだけは知られたくなかった。


 エミリアは自分の才能に気付いていない。

 もし、それを自覚すれば――本当に、ねーさまの領域に行ってしまうかもしれない。

 人間がヴァンパイアと同じ場所に立つなんて有り得ない話なのに、クドラクの話に毒され、俺はそんな想像をしてしまっていた。





 喧嘩が長引くにつれ、エミリアの動きに変化が生じた。

 徐々に、俺との距離を詰めて来るようになった。最初は五メートルほどだったのに、四メートル、三メートルと、少しずつ近付いてきていた。

 まるで、そこまで距離を開かなくても大丈夫になった、とでも言わんばかりだ。

 それを証明するように、攻撃は一向に当たらない。

 俺の動きは激しさを増す一方なのに、逆にエミリアの動きはどんどん最小限のものになっていた。


 戦闘センスに長けた者は、戦いの中で常に成長していく。それが辛いものであればあるほど、爆発的に――。

 かつて父様が言っていた言葉を思い出して、薄ら寒い気分になった。

 コイツは魔法だけじゃない。

 もしかして、姉以上の――



 そして、俺はとうとう追い詰められた。

 落とし穴にハマり、身動きが取れなくなった。

 木刀も取り上げられ、絶体絶命の状態だ。


 負けるのか?


 思考が敗北に染まりかけた瞬間、エミリアがよろめいた。

 魔法の使いすぎによる体力の消耗。

 コイツだって、ギリギリだったんだ。

 余裕な風を装って、平凡な俺を相手にギリギリのところで戦っていたんだ。


 ――コイツは、天才なんかじゃない。

 だったら、勝てる。


 俺は両手を地面に付いて、落とし穴から抜け出した。

 そして尻餅を着くエミリアに圧し掛かり、殴る。


 ずっと嫌いだった。


 コイツを殴れば、気分がすっきりする。

 そのはずなのに。


 どうしてか俺は泣いていた。


 ――なにやってんだ、俺は。

 コイツを殴ったところで、誰が褒めてくれる?

 父様か?クドラクか?

 誰も褒めてはくれない。それどころか、さらに蔑んだ目で見るだろう。


 俺は、誰からも褒められない。認められない。

 誰も、俺のことを見ていない。

 気付けば俺は、ずっと心の奥に仕舞っていた――自分でも気付かなかった気持ちを吐き出していた。


「俺は俺だ!父様も他のヴァンパイアどもも、使用人たちも――なんで俺を見ないんだ!」


 姉への憎しみや、エミリアへの嫉妬の原因は、これだった。


 ヴァンパイアたちに認められたい。

 使用人たちに認められたい。

 村人たちに認められたい。

 父様に認められたい。


 俺は、恥ずかしいほどに、自己中心的な考えしか持っていなかった。

 かつてはねーさまの役に立ちたいと言っておきながら、胸中は自分が褒められたい一心で満たされていた。

 だから、ちょっとつまづいたくらいですぐに諦めてしまったんだ。

 ねーさまを憎むことで、自分を正当化していたんだ。

 俺は、ただのクズだ……。


 もっと別の――何かを倒さないと、誰も褒めてはくれない。

 そう思った瞬間、視界の端に何かが映った。

 風を纏った魔物だ。

 こんな村の近くまで、どうして?なんて疑問は沸かなかった。


 ――瞬時に、閃く。


 あいつを倒せば、認めてもらえる。褒めてもらえる。


 その一心で木刀を掴むが、エミリアが邪魔をしてくる。

 構わず行こうとして――頬を叩かれた。


 エミリアの白い瞳が、俺の赤い瞳を刺すように睨んでくる。

 何度も父様に怒られたからよく分かる。

 エミリアは、俺のために、本気で怒っていた。


「お前……なんで、そこまで」


「だから――最初に出会った時から言ってるだろうが」


 俺の目を見て、エミリアはふっと表情を和らげ、優しく笑いかけてくれた。


「私はお前と友達になりたいんだ」

NG集


『食い違い』


「真面目にやれ。ただでさえエミリアと大きく差が開いてるって言うのに(顔芸の)」


「……そこまで開いていない」


「いいかイワン。今からでも遅くはないから、しっかりと(顔芸を)勉強しろ。でないと本当に埋められなくなるほど差が付いてしまうぞ」


「そんなハズないだろう。あいつはたかが人間だぞ!」


「いいや。エミリア(の顔芸)は途方もない可能性を秘めている」



『優しさ』


「ああ言われた!色無しは優秀!色無しは真面目!挙句の果てには――」


「――イワンの姉ならこんな課題、時間を掛けずに解けただろう、か?」


 ドヤ顔で全然違うことを言うエミリア。

 ここでその間違いを指摘すれば奴に与える精神的ダメージは計り知れない。

 しかしせっかくシリアスな雰囲気だし、あえてツッコむのも野暮だ。

 なので俺は、話を合わせた。


「そうだ!」

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