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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第十八話「友達」

「いいぜ、やってやるよ」


 イワンは威勢良く答えた。

 もう少し年を重ねればそれだけで相手に威圧感を与えるだろう獰猛な笑みを浮かべているが、現時点ではまだ『やんちゃな笑み』くらいで威圧感はほとんど無い。

 しかし侮るなかれ。彼はヴァンパイアなのだ。

 裏庭でうまいこと出し抜けたのは、私が前世の記憶を有していること、そしてイワンに実戦経験が皆無なことによるラッキーに過ぎない。

 ――というか、私もこんな喧嘩は初めてなので実は結構ビビッていたりする。


 ここが寒い地域で良かった。

 少々足が震えていても勘違いしてもらえるからだ。


「お前の事は、最初から嫌いだったんだ。ずっと、ずーーーっと我慢してたけど――やっぱり、嫌いなヤツは叩きのめすに限る」


「昨日はあんなに甘えてきたくせに」


「う、うるせえ!」


 どうやら、少しは落ち着いたみたいだ。裏庭に居た時よりかはまだ会話ができる。

 会話ができると言うことは、こちらの言動次第である程度イワンの行動を操作できる、ということだ。

 例えば今、「バーカ」と挑発したら襲い掛かってくるだろうし、「好きだ」と言えば顔を真っ赤にして狼狽するだろう。

 ……すまない、後半のは嘘だ。


 同時に、私が一瞬でやられる危険も出てきたということでもある。

 イワンがヴァンパイアの身体能力を遺憾なく発揮すれば、か弱い人間の女などに遅れを取ることなどありえない。

 自転車と原付でレースをして、自転車が勝てないのと同じだ。

 イワンが冷静さを取り戻し、いつものキレのある剣戟を振るえばあっさりと勝負が付くだろう。


 勝つことが目的ではないので、喧嘩に負けるのは一向に構わない。

 最終的にイワンをなだめ、友達になれれば文句はない。

 しかし、そのためにボコボコにされてはたまらない。

 被害は最小限に抑えなければ。


 というか、なんで私は彼と友達になるのにこんなに苦心しているんだろうか。

 ここまで彼に執着する理由は無いはずなのに。

 ……ひょっとしたら自覚していないだけで、彼に惚れているのだろうか。


 …………。


 いやいや、それはない。絶対にない。


「どうした、来ないのか?甘えんぼのイワンちゃん」


「てめぇ……望み通り行ってやるよ!」


 イワンは木刀を構え、距離を詰めて来た。

 相変わらず真っ直ぐに向かってくるだけだが、そのスピードは裏庭の時よりもさらに早くなっている。

 ――しかし、パターンは相変わらず単調な突進攻撃だ。

 おそらく『ガンガンいこうぜ』しか選択肢が無いようで、思考回路も、


「接近すれば雪玉をぶつけられる」

 ↓

「だったら、もっと早く接近すればいい!」


 くらいに単純だ。


 ――甘いな。

 私は話の流れをぶった切って疑問を投げかける。


「そういえばイワン、昨日の魔方陣は解けたか?」


「えっ」


 一瞬イワンが呆けたので、私は予め作っておいた雪玉を投げつける。


「ぶぺっ」


 顔面に直撃し、イワンの勢いが削がれた。

 その隙を逃さず、私は接近された分だけ離れた。

 木刀の届かない安全圏+私の雪玉がしっかり当たる三~五メートルの距離を維持する。


「こ、この野郎……!」


「そう簡単にやられはしないぞ」


 私は雪玉を手でもてあそぶ。

 やはり会話の主導権さえ握っていれば、イワンは御しやすい。

 かと言って、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な相手でもない。

 早めに『答え合わせ』を済ませて彼を止める方法を考えないと。

 まずは軽く探りを入れるか。


「前々から聞きたかった――というか、聞いても無視されてたんだが、私のどこが嫌いなんだ?」


「全部だ」


 いきなり全否定された。

 ちょっと泣きそうだ。

 顔に付いた雪を払い、イワンは威嚇するように木刀を振った。


「お前ごときが、父様から一目置かれるなんて生意気なんだよ」


「……領主様が、私を?」


 初耳だ。

 領主様とまともに話をしたのはクッキーをプレゼントしたあの時だけで、あとは執務棟などですれ違った時に二、三、言葉を交わす程度の仲だ。

 その会話も当たり障りのないもので、「最近はどうだ?」「ぼちぼちです」みたいな受け答えしかしていない。

 思い出せる限りの会話を思い出してみたが、私を一目置くような要素があったとは思えない。


「事あるごとにお前の話をされ続けたよ。色無しはすごい、ってな」


 それはたぶん、ウン十万分の一の確率で魔法の素養に目覚めたことがすごいのであって、私自身を指してすごいと言ったのではないと思う。

 一目置いている、とはまた違うような……。


 しかし、イワンにはそんなことは些細な違いでしかない。

 大好きな父が、他人の子供の話ばかりしている。

 それだけが彼の中の真実なのだ。


 その気持ちは痛いほど理解できた。

 私だって、母がイワンの話ばかりしていたらイワンには良い印象を抱かないだろう。

 挨拶を無視して、石をぶつけるくらいはしているかもしれない。

 父母にはいつも自分だけを見ていて欲しい。万国共通の、子供の願いだ。


「たかが人間の、色無しのくせに!」


「おっと」


 イワンは特攻を繰り返し徐々に距離を詰めようとするが、私の雪玉のせいでなかなかそれが出来ないでいた。

 絡め手ではまだ私の方が一枚上手のようだ。

 そして、イワンの動きに対し、徐々にだが慣れてきた。

 完全に読めるようになった訳ではないが、こう動けばこうする……程度のことくらいはなんとなく分かるようになってきている。


 護身術を習っていればもっと余裕を持って対応できただろうと思うと、少し歯痒い。

 必要だったとはいえ、やはり借金はするものではないな……。


「私を嫌う理由は、領主様が私を褒めるから。それだけなのか?」


「父様だけじゃない、他のヴァンパイア共もだ!クドラクも、アサンボサムも、エストリーも、リャノンも!みんなお前の話ばかり!」


 正直、クドラクさん以外はほとんど会話をした記憶の無いヴァンパイアばかりだ。

 魔力収集で行き詰っている時に、ちょっと教えてもらったくらいか。

 寝耳に水とは正にこのことだ。


「今日の授業で、クドラクさんに何か言われたのか?」


「ああ言われた!色無しは優秀!色無しは真面目!挙句の果てには――」


「――イワンの姉ならこんな課題、時間を掛けずに解けただろう、か?」


 イワンの言葉を引き継ぎ、クドラクさんが言いそうな事を告げると、彼の目付きが険しくなった。

 じわり、とまた涙がにじんできている。


「そうだ!」


「それでたまらず教室を飛び出た、と」


「そうだ!」


「なるほど」


 ――答え合わせは完了した。

 推測は半分ほど正解だった、と言うべきか。

 とにかく、私の取るべき行動は――これしかない。


 後はイワンがどう出るか、だ。

 私はわざとらしく鼻を鳴らした。


「くだらないな」


「ああ!?」


「くだらない、と言ったんだ!」


 足元の雪に手を触れる。

 私を中心にして、半径数メートルの雪が一瞬で気化し、雪で見えなくなっていた茶色い土が出現する。

 あまりの劇的な地面の変化に、イワンは瞬時にその場を離脱した。


「な……なんだ、今のは」


「お前が剣に逃げている間に、私が必死こいて習得した魔法だ」


 ……というのは嘘で、ただの『雪かきの魔法』をできる限りの最大威力で放っただけなのだが。

 ここまで積雪量があると解ける雪も多く、かなり派手な魔法に見えただろうが――実際の攻撃力はゼロだ。


「散々毛嫌いしてくるから、どんな大層な理由があるかと思えば……単なる嫉妬じゃないか。それをくだらないと言わずしてなんと言えばいいんだ?」


「なん……だと」


 隠し持っていた雪玉を取り出し、魔法を掛けて掌の上で高速回転させる。


「知ってるか?モノは回転を加えると投げた時の安定感と威力が増すんだ」


 これからコイツをお前に当ててやると言外に示しながら、つま先でトントンと地面を叩く。


「結局お前は、領主様やヴァンパイアたちに褒めてもらいたいだけだろう。承認欲求、それに関して否定はしないが、大した努力もせずにすることは他人への嫉妬、自分を貶める者への嫌がらせ……それでは一生褒めてもらうことなんかできないぞ」


 そして、イワンの意識を決壊させる決定的な一言を放った。


「だからお前は『ねーさま』に……私にすら、勝てないんだ」


「――ッ!色無しぃぃぃ!!!」


 これまでで最大の踏み込みで、イワンが地面を蹴る。

 維持していた三メートルの距離を一瞬で詰められ、私はそれに驚いてせっかく魔法を掛けた雪玉を落としてしまった。


「しまっ……」


「もらったぁ!」


 イワンの木刀が天高く振り上げられ、私の脳天に向かって叩き込まれる――。



 その寸前で、ずぼ、という音がして、イワンの身体がいきなり胸の辺りまで地面に沈む。

 振り下ろされた木刀は私の眼前を通り過ぎ、何も無い地面を叩いた。

 その瞬間を逃さず、木刀の先端を踏みつけてイワンの手首を蹴る。


「がっ……!?」


「作戦成功」


 落とし穴。

 これも家事魔法の応用で、視認できる範囲の地面であればどこにでも設置することができる。地味でダサい技だが、今の私からすれば切り札と言ってもいいくらいだ。


 欠点とすれば設置に数十秒かかることと、設置中は地面を見ていれば土が流動するので穴の場所が簡単に分かることだろうか。

 まあそれは上に注意を向けさせれば――例えば、雪玉をこれ見よがしに回してみたり――ある程度は回避できる。


 イワンはスピードこそ目を見張るものがあるが、結局は真っ直ぐにしか来ない。

 だったら、私とイワンの間に落とし穴を作り、彼を挑発するようなことを言えば勝手にハマッてくれる。


 裏庭に引き続き、またも上手く行った。行ってしまった。

 スムーズすぎて逆に怖い。

 この後、とんでもないどんでん返しを喰らいそうだ。

 なんて考えていたら、


「うっ……」


 一瞬、立ち眩みに似た感覚に襲われ、目頭を抑えた。

 耳鳴りのようにキーンと音が鳴り、周囲の物音が聞こえなくなる。

 魔力収集による体力の消耗――知識として知ってはいたが、経験するのは初めてだ。


 ――少し、無茶しすぎたか?


 まあいい。おかげでイワンの動きは封じることができた。

 後は最後の仕上げだ。


「さてイワン、お前には――あ、あれ?」


 顔から手を離すと、イワンの姿が忽然と消えていた。

 私の作成した落とし穴はそれほど深くも広くもない。

 しかし、だからと言って胸の辺りまで嵌った状態から抜け出すなんて――


 嫌な気配がして、私は後ろを振り返った。


「……」


 そこには、イワンが立っていた。

 驚くべきことに、彼はあの状態から腕の力()()で抜け出したのだ。

 しかも、私がほんのひと時、目頭を抑えている間に。

 あれだけ恐れていたヴァンパイアの身体能力を、まだ私は過小評価していたのだ。

 もっと深く、全身が沈むほどの穴を掘るべきだった……。


「あっ……」


 足がもつれ、尻餅をついてしまう。

 赤い瞳が、私を見下ろしている。

 イワンが拳を振り上げる。


「!」


 咄嗟に頭を庇って身を縮める。

 当たりは浅く、痛みはさほど感じなかったが――その代わり、体勢はさらに悪くなった。

 ほぼ寝転んでいる状態だ。


「逃げんじゃねえよ」


 イワンは、私の上半身に圧し掛かった。

 一度乗られたらほぼ勝ち目はない、馬乗りの状態だ。

 抜け出るには魔法を使うしかない。

 でも――どれを使えばいい?

 一瞬の迷いは焦りを生み、やがて混乱をもたらす。

 それまで(イワン)が待ってくれるはずもなく、無慈悲に握られた拳が私の元へ落ちてくる。


「ちょ、待――」


 咄嗟に両手でガードする。

 イワンは剣術以外は習っていないようで、殴り方は型も技もない、ただ怒りに任せて拳を振り下ろしているだけだ。


「おらぁぁぁ!!」


 とはいえ、痛い。ガードの上からでもジワジワと効く。

 殴られたことによって、私は魔法を使う集中力を完全に失った。


 ぽたり。と。

 何かが頬に落ちてきた。

 雪の雫か、と思った水滴は、イワンの両目からこぼれていたものだった。


「イワ、ン……お前、泣いてるのか?」


「俺は、ねーさまとも、お前とも違う!魔法は得意じゃないけど、剣の腕なら誰にも負けない!」


 構わずイワンは拳を叩きつけてくる。が、心なしかその力が緩んだ。


「俺は俺だ!父様も他のヴァンパイアどもも、使用人たちも――なんで俺を見ないんだ!」


「イワン……」


 ようやく。

 ようやく、彼の本音を聞けた。


 “他人に認められたい。見てもらいたい”


 彼の根本はそこにあって、結局、姉や私はそれに付随した問題でしかないのだ。

 答え合わせをしていなかったら、また検討外れの説得をするところだった。

 私は、両手のガードを解いた。


「……何のつもりだ」


「私を殴って気が済むなら好きなだけ殴れ」


「なんだと?」


 イワンは戸惑い、振り上げた拳が中空をさまよっている。

 その隙に私は上半身を起こして彼の体を抱きしめた。


「ヒントはたくさんあった。それなのに気付いてやれなくてすまない」


「……」


 その言葉で、イワンは、完全に手を止めた。

 私は手を離して目線を合わせる。


 イワンが、呆然とした表情で、私を――


















 否。

 私の後ろに居るナニカを見ていた。


「魔物……」


「へ?」


 釣られて背後を見やると、五十メートルほど山を進んだ先に、一匹の獣の姿が見えた。

 狼のようだが、まるでそいつの周囲だけが暴風域のように、雪が不自然に荒れ狂っていた。

 暴風域の中心に居る狼は全身の毛が剥け、あちこちに裂傷を負っていた。


 ――風、だ。


 風属性の魔法を覚えた――覚えてしまった狼……。

 魔物、だ。


 魔物は真っ直ぐこちらを見ていて、徐々にだが接近してきている。

 その足取りは遅い。後ろ足が根元から千切れそうなほど裂けていて、暴風に揺られてプラプラとたなびいていた。

 魔物の外傷から、おそらく魔法を習得してから一週間ほど経過していると思われる。

 一週間――魔物が自らの魔法により自滅する、おおよその期限だ。

 去年出会った魔物とは違い、素早くここを離れれば簡単に逃げられる相手だ。

 助かった――。


「イワン、逃げよう。急いで村に戻って領主様たちに――」


「……倒す」


「は?」


 イワンはナニカに取り憑かれたように、ゆらりと立ち上がった。

 離れた場所に転がった木刀を拾い上げ――刀身のカバーを外す。


「そうだ……実力を示せばいいんだ。魔物を倒したとなれば、みんな認めてくれる。父様も……ねーさまだって」


 何を言っている?

 こいつは、何を言っているんだ?


「あいつさえ倒せば……」


「やめろ!」


 今にも魔物に向かって駆け出そうとするイワンの背中にしがみつく。


「離せ!」


「自分勝手も大概にしろ!よしんばアレを倒せたとしても、お前が五体満足でいられると思っているのか!」


「うるさい!俺がどうなろうと、どうせ誰も悲しまない!」


「いい加減……目を、覚ませ!」


 私はイワンの頬を引っぱたいた。パーン、と小気味良い音が響く。

 強く殴りすぎて今度は彼が尻餅を付くが、そんな事は構わず胸倉を掴み上げる。


「お前が怪我をしたら私が悲しむ!だから――やめろ!」


 色を失いかけていたイワンの瞳に生気が戻り、私と目を合わせた。

 こうしてちゃんと互いを見詰め合うのは石事件の時以来、通算二回目だ。


「お前……なんで、そこまで」


「だから――最初に出会った時から言ってるだろうが」


 ヒトに見られたがっている癖に、大概こいつもヒトのことを見ていない。


「私はお前と友達になりたいんだ」


 ――ひたすら言い続けていた言葉が、ようやく今、彼に届いた。

 その証拠に、イワンの瞳から、憎しみによるものでも、悲しみによるものでもない涙が溢れてきていた。


「……俺は、ずっとお前に意地悪してたんだぞ」


「ああ」


「昨日だって、用もないのにわざと呼んで困らそうとした」


「ああ」


「今日も、いっぱい殴った。お前は悪くないのに、俺のせいで……」


「構わない。友達は、迷惑をかけるものだ」


「う゛……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 イワンの瞳から、大粒の涙が溢れた。

NG集


『素直』


「私を殴って気が済むなら好きなだけ殴れ」


「よし分かった!オラオラオラオラ!!」


「ぶべぇ」



『名脇役』


「今日も、いっぱい殴った。お前は悪くないのに、俺のせいで……」


「構わない。友達は、迷惑をかけるものだ(ニコッ」


「う゛……う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」


 イワンの瞳から、大粒の涙が溢れた。



「……もう少し待ってやる」


 空気を読む魔物さん。

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