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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第十六話「悪い子」

「ん……」


 目を覚ますと、いつもと違う感覚に少し戸惑った。

 体が沈むほど柔らかいベッド。そして隣には母とは違うぬくもり。


 ここは、どこだ?


 瞼を開くと、視界いっぱいに少年の顔が映り込んだ。

 手触りの良さそうな黒髪と、白い肌。驚くほど整った顔立ちは将来、幾多の女性を虜にするだろうと予見させた。


 ……なんで私は、こんな美少年と一緒に寝てるんだ?


 頭がまだ半覚醒の状態で、状況がよく分からない。

 上体を起こして周囲を確認する。

 子供一人が眠るにしてはやけに大きいベッドと、同じくやけに広い部屋。

 時計は午前五時少し前で、まだ周囲は薄暗い。ベッドのサイドテーブルには、耳かきがぽつんと置かれていた。

 鳥の鳴き声に釣られて外を見やると、雪雲が上空一面に敷き詰められていた。

 一雨(ひとあめ)ならぬ、一雪(ひとゆき)来そうな空模様だ。


「んぁ……」


 私が体を動かしたせいか、美少年(イワン)が小さく身じろぎする。

 頭が覚醒するにつれ前日の記憶が徐々に蘇り、今の状況と繋がる。

 私は天井を見上げた。


 ああ、そうか。

 これがいわゆる『朝チュン』ってやつか。



 ◆  ◆  ◆



「う~、さぶい!」


 冷気すら漂っている感のある廊下を、体を温める意味を込めて小走りで駆ける。

 階段を降りた先の暖炉に飛びつき、火を起こした。実際に暖かくなるまでには相当な時間を要するので、今はとにかく体を動かして熱を発生させるしかない。

 ストーブのような即効性を持つ暖房器具の登場はいつになるんだろうか……。


 体温の残ったパジャマを脱ぎ捨て、作業着(メイド服)に着替えてから全身鏡の前でくるりと一回転する。


「よし」


 全ての準備が整ったところで、本日の業務を開始した。



 素早く朝食の下ごしらえを済ませてから、脚立を背負い、箒を装備する。

 イワンの起床時間は午前七時になっているので、それまでは彼のことを気にせず集中できる。

 昨日みたいに時間に追われるのはもうごめんだ。ここでスタートダッシュを切って、午後はゆっくり過ごせるようにしたい。


 二階の廊下に立ち、さっそく掃除を開始する――前に、私は腕を組んで考え込んだ。


 どうにかして魔法を使えないだろうか、と。


 例えば、この廊下。面積はあるが遮蔽物も無く見通しが良い。

 これなら『遠くのものを引き寄せる魔法』が使えるんじゃないか?


 モノは試しと、さっそくやってみることにした。道具を置いて廊下を周り、ゴミの落ちている場所を見て回る。

 昨日掃除したばかりだが、やはりゴミは毎日溜まるもの。あちこちにチリや埃があった。

 それらの位置を確認してから、廊下全域を指定した魔法を――。


 待て待て。

 いきなり広範囲をやると、失敗した時に無駄に体力を使ってしまう。

 最初はある程度範囲を絞った方が無難だろう。

 改めて、私は目前の一メートル付近のゴミのみを指定して魔法を使った。

 数個のゴミが、一瞬で私の手元に集まる。


 魔法は成功したが、それで掃除が終わったとは言えない。

 今しがた魔法を使った箇所を箒で掃いてみると、見落としていたゴミが出てきた。

 やはり全てのゴミを目視で完璧に把握するのは無理があるようだ。

 その後も試行錯誤を繰り返したが、やはり完全な魔法化は出来なかった。


 しかし、成果はあった。

 魔法と箒を併用することでかなりの時間短縮が図れたのだ。

 廊下や階段など、ただ広いだけの場所に対してはまず最初に魔法を使う。

 大きなゴミはそれで集められるので、後はサッと掃くだけ。

 かなりラクだ。


 そして、イワンを起こすまでに、全工程の四分の一を終わらせることに成功した。

 お泊りメイド生活二日目は、おかげでいいスタートを切ることができた。



 ◆  ◆  ◆



 “例のやり方”でイワンを起こす。

 目を覚ますなり『昨日の事は忘れろ!』と怒鳴られたが、それを笑って受け流す。

 あんなかわいらしい顔、忘れろという方が無理な話だ。

 ぎゃあぎゃあ喚くイワンの顔を洗い、着替えさせ、髪型をセットして朝食を用意したテーブルに座らせる。


「そういえば色無し。今日の授業はどうするんだ?」


 パンをかじりながら、ふとイワンが尋ねてくる。


 あ。

 すっかり忘れていた……。

 本来ならここに師匠が居て、私は午前中だけ抜けて魔法の授業に行く予定だったのに、予定外の買出しのおかげでそれが出来なくなってしまっている。

 仕事はある程度進んでいるが、午前中ずっと止めるとなると問題だ。昨日と同じ――いや、昨日以上に時間に追われることになる。


「今日は休みます……」


 断腸の思いで、私は言葉を搾り出した。

 少しだけ沈黙を挟んで、イワンはポツリと、


「だったら、俺も休もうかな」


「何を言ってるんですか。ダメですよ。一人でもちゃんと行かないと」


 クドラクさんがせっかく時間を割いてくれているというのに、理由も無く休むなんて!


「もともとあんまり乗り気じゃなかったんだよ。俺は剣士になりたいんだ」


「素養があるなら覚えておいて損にはなりません。ここまで習ったんですし、ある程度区切りのいいところまではちゃんと勉強しましょう?」


 ただの剣士よりは、魔法も使える剣士の方が就職先も選びやすいはずだ。

 就職先を選べるということは、ライフプランも設計しやすくなる。

 ライフプランを設計しやすくなるということは、自分の理想に合った人生を送りやすくなる。

 結果、人生が楽しくなる。

 ――なんてことを言っても、その優位性をこの年齢の子供に理解させるのは難しい。『資格をたくさん取れ』と小学生に言うようなものだ。

 なので、別の手を使うことにした。

 私はわざとらしくニヤリと笑う。


「あー、ひょっとしてご主人様、私が居ないから行きたくないんですか?」


「はぁ!?んな訳ないだろうが!」


「とか言って、昨日は私にべったりでしたもんね」


「そのことは忘れろ!あれは……」


「あれは?」


 イワンは何かをもごもごと口ごもった。

 声が小さすぎてまっっったく聞き取れない。

 やがてブンブンと首を振った後、私に指を突き付けた。


「言っておくが、俺はお前が嫌いだからな!」


「それはそれは。嫌いな私が居ないなら、さぞかし勉強もはかどるでしょう」


「~~!分かった、行くよ!行けばいいんだろ!」


 ぷんすかと肩を怒らせて、イワンは鞄を肩に引っ掛ける。


「じゃあな。サボるんじゃねーぞ!」


「行ってらっしゃいませ、ご主人様」


 私はにこやかに微笑んでそれを見送った。


 たった一日でこれだけ態度が変わるとは、嘘みたいだ。

 彼の心の中では、一体どんな化学変化が起きたんだろうか。

 ひょっとして、今までは単なるツンデレの『ツン』の部分だったんだろうか。

 いやいや、それはないか。


 まあ、子供の心は移ろいやすい。

 おじいちゃんがお小遣いをくれる時とくれなかった時の孫の態度を想像してもらえればそれは明白だ。

 昨日はデレていても、今日はまたツンになるかもしれない。

 まだまだ、気を抜く訳にはいかない。



 ◆  ◆  ◆



 その後も掃除は順調に進み、残す場所は二階の四部屋だけになった。

 ここまで進めれば、さすがにもう余裕だ。


 ほんの少し――ほんの少しだけ、仕事以外の事をしても時間の猶予はある。


「……」


 私はキョロキョロと辺りを見回し、誰も居ないことを確認した。

 この屋敷に私しかいないことは百も承知だが、念には念を入れて、だ。

 そして、二階の書斎への扉を開いた。

 滑り込むように中に入り、本棚の前に立つ。


 昨日は慌てすぎてロクに見れなかったが、改めて本のタイトルを端から順に見る。

『帳簿作成』『村を繁栄させるには』『村人との友好な関係』『魔物の対処法』『魔獣の駆逐法』『税の種類(アイカラ地方限定)』『上納金対策』『土地の開墾とその活用法』『希少種族の受け入れ』――等々、大半は村の維持管理に関するもので、領主というのは本当に大変な仕事なんだな、と思わせられた。


 それ以外の本は他国の言語辞典と、『ヴァンパイア王国の歴史』『良き父になるには』『美味しい紅茶の淹れ方』――そして『魅了術教本』


 正直、どれも興味を惹かれるタイトルだ。しかし、やはり『魅了術教本』が一番だ。

 私はそれを手に取り、目を閉じて祈りを捧げた。


 母様、ごめんなさい。

 今だけ――今この瞬間だけ、エミリアは悪い子になります。

 仕事は遅れずにちゃんと出来ている。昨日もたくさん頑張った。明日も今日以上に頑張る。

 だから、読ませてください。


 私は目を開き、同時に本を開いた。

 表紙をめくったところには『種外秘』と押印されていた。

 前世で言えば、『社外秘』もしくは『部外秘』と同じ意味だと思う。

 自分たちの()族以()には()密、ということだろう。

 ヴァンパイア種族だけが知る極秘情報――私は少し怯んだが、ここまで来て見なかった事にはもう出来ない。

 何より、『魅了術』という未知の魔法に対しての好奇心を抑えられない。

 意を決して、ページをめくる。



『魅了術とは、生物の内面操作に特化した魔法である。ヒトの心に宿る“精神”を、言葉を用いることで思うがままに支配する』


 くだけた言い方をすると、魅了術とは催眠術に近いもののようだ。ただし、頭に『超強力な』という言葉が付くが。

 少なくとも、手を三回叩けば解けるような生易しいものではないようだ。


 一口に魅了術と言っても数種類あり、それぞれで難易度が異なっている。


 ・魅了術『肉体』難易度★☆☆

 対象の肉体に直接働きかける術。

 一番分かりやすい使い方は、自分自身の強化だ。

 言うなれば自己催眠――ただの思い込みのようなものだが、決定的に違うのは、魅了術によって変化した精神がそのまま肉体に影響を及ぼすという点だ。

『鉄より硬い』という魅了術を自分に掛ければ、身体が本当にそういう風に変化するのだ。

 あとは、戦っている相手に『止まれ』と命令して動きを阻害したり、『嘘を付くな』と言っていろいろと自白させたり――と言った使い方もできる。



 ・魅了術『記憶』難易度★★☆

 対象の過去の記憶を改変する術。

 これも催眠術と違い、記憶そのものを直接変更するので、効果は永続する。

 書き換えた記憶にあまりにも食い違いが発生する場合は術を受けた対象が違和感を覚えることがあるが、それによって記憶が蘇ることは無い。

 恋人との思い出の場所に行こうが、母の形見のペンダントを見せようが、過去と同じ体験をさせようが、絶対に。

 改変できる記憶の期間は術者の魔力により上下する。



 ・魅了術『思考』難易度★★★

 対象の思考を操作し、人格を変更する術。

 いわゆる、『操り人形』だ。術者のためだけに生き、術者のためだけに死ぬような『駒』を作ることができる。

 ちなみにヴァンパイア同士で使用した場合は極刑が課せられるそうだ。

 暗に『ヴァンパイア以外になら使ってもいい』と読み取れて、私はちょっと背筋が寒くなった。



 なんだこのチートは、と言いたくなるところだが、もちろんデメリットも存在している。

 根底は魔法と同じで魔力を糧にしている以上、術者のイメージ力が必要になってくる。

『鉄より硬くなる』という魅了術を掛けようとしても、鉄がどの程度の硬さなのか……等を明確に想像できなければ術は発動しない。

 そうでなければ『俺TUEEE』と思い込むだけで世界最強になれてしまうので、当然といえば当然だが。


 そして、魅了術ならではのデメリットも存在する。

 自分以外を対象にした魅了術にいくつか制限があるのだ。

 その一、対象の目を見ること。

 その二、術者の言葉を対象が理解できること。

 その三、対象が一つであること。


 極端な話、目を逸らして耳を塞ぐだけで魅了術は防がれてしまうし、複数同時に術を掛ける事もできない。

 また、膨大な魔力を消費するため、術が暴発してしまうような事があればほぼ百%死んでしまう。

 同様の理由で、乱発も出来ない。強靭な肉体を持つヴァンパイアであろうと、生物である以上、体力に底はあるのだ。

 魅了術はここぞと言う時のための、まさに“必殺技”――そう呼ぶに相応しい威力を持った術だ。


 一応、私でも使えないかと発動のプロセスを読んでみた。

 もちろん無理だった。

 まず消費魔力がおかしい。最も難易度の低い魅了術『肉体』ですら、(自称)魔力収集が早い私が十時間以上かけても集められない量だ。

 ケタが違いすぎる。七つの龍玉を集めるアドベンチャーな物語でもびっくりのインフレっぷりだ。


 しかも魅了術を使うには、“声”に魔力を乗せるようなイメージで魔法を使えなければならない。

 ヴァンパイアが魔力収集の際にも口腔付近に意識を集中させるのはこのためだ。

 私は一月ほど知らずにそのやり方で魔力収集の練習をしていたが――まあ、結果は知っての通りだ。

 魅了術はヴァンパイア独自の感覚が無ければ使えないのだ。


「ふぅ」


 一通り読み終え、私は『魅了術教本』を元の場所へ戻した。

 スゴイものだと予想はしていたが、想像を遥かに超える代物で驚きを隠せない。


 しかし真に驚くべきは、こんなチート技を持つ種族と肩を並べる種族があと二つ存在しているということかもしれない。


「ベルセルクとエルフ……か」


 もしも出会うような事があれば、全力で逃げよう。

 私は心に固く誓った。

NG集


『本2』


 昨日は慌てすぎてロクに見れなかったが、改めて本のタイトルを端から順に見る。

『帳簿作成』『村を繁栄させるには』『村人との有効な関係』『魔物の対処法』『魔獣の駆逐法』『税の種類(アイカラ地方限定)』『上納金対策』『土地の開墾とその活用法』『希少種族の受け入れ』――等々、大半は村の維持管理に関するもので、領主というのは本当に大変な仕事なんだな、と思わせられた。


「……ん?なんだこれ」


 本と本の間に、何かが挟まっていた。

 それも本の(てい)をしているが……他のものに比べて異常に薄い。

 タイトルはなんだと表表紙に目をやる。


『イワン×エミリア(王道ラブラブもの)』


「………………………………」


 私はその場で本を燃やした。



『トラップ』


 ヴァンパイア種族だけが知る極秘情報――私は少し怯んだが、ここまで来て見なかった事にはもう出来ない。

 何より、『魅了術』という未知の魔法に対しての好奇心を抑えられない。

 意を決して、私はページをめくった。


「……あ、あれ?」


 本は白紙だった。

 おかしいなと思いながらパラパラとめくると――最後の頁に、こんな一文が書かれていた。


『バカが見る』


「領主様ぁ!!」

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