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転生者の憂鬱  作者: 八緒あいら(nns)
第一章 幼女編
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第十話「境目」

 行商の出店から離れ、帰路についた私とウィリアム。


「よかったねエミリアちゃん」


「ああ。何もかもウィリアムのおかげだ」


「そんな大袈裟な」


 ウィリアムはいつものふにゃっとした笑顔を浮かべた。

 謙遜しているが、彼が行商へ連れて来てくれなかったら、私はこの本と出会えずに今後も魔力収集で苦しんだだろう。

 この本を読んで万事解決!となるかはまだ分からないが、それでも何かの糸口になるはずだ。


 私は普通の六歳児よりもメンタルが強いという自負はあるが――魔法ができないことに関しては、けっこう凹んでいた。

 あと一ヶ月やって、無理だったら諦めようかとすら思っていたほどだ。

 そんなどん底にいる私に、彼が救いの手を伸ばしてくれた。

 偶然だったのかもしれないが、その偶然を作り出してくれたのはウィリアムだ。


 ウィリアムが主人公の物語があったとしたら、この時点でフラグが立っていただろう。

「わたし、おっきくなったらウィリアムのおよめさんになる!」的な。

 まあそれは無いが、とにかく感謝している。


「お、家についたね」


「わざわざ送ってくれてありがとう」


「どういたしまして。それじゃ、勉強頑張ってね」


 ウィリアムはひらひらと手を振って来た道を逆戻りした。

 今日受けた恩は、母様との仲をこれまで以上に取り持つ事で返していくとしよう。


 ……もちろん、お金もちゃんと返す。



 ◆  ◆  ◆



「ただいまっ」


 家に戻った私は、部屋着に着替えることも忘れて買ったばかりの『ゼロからはじめる魔法入門』のページを開いた。


 冒頭は、こんな一文から始まった。


『魔法は素養さえあれば決して難しいものではありません。

 本書を手に取ったあなたは、素晴らしい才能の持ち主です。たとえ上手くいかなくとも、それはほんの小さな石に(つまづ)いているだけに過ぎません。

 本書があなたを苛む小石を取り除くための一助になれば幸いです』


 小石……か。

 著者の自信溢れる物言いに頼もしさを感じるが、同時に不安が過ぎる。


 もし、これで出来なかったらどうすればいい?


 魔法入門にも書いていないような事が原因だったら?


 魔法に目覚めたきっかけ、白化現象、前世の知識。

 その辺りに原因があるとすれば、もうどうしようもない。


「うだうだ悩んでも仕方ないな」


 とにかくやってみて、出来なかったらその時にまた考えればいいんだ。

 やらなければ何も進まないし、始まらない。

 私は既に習っている基礎知識をすべて飛ばして、先に魔力収集の章を開いた。


「ん?これは」


 その中で、気になる部分を発見する。

『魔力収集の方式と種族の違い』という項目だ。

 魔法入門によると、魔力を集める方法は三大種族とその他種族で違うらしい。


 私がクドラクさんに習った時は『ベルセルクとエルフは他の種族とやり方が違う』だった。

 ……微妙に本と内容が食い違っている。

 もう少し読み進めてみよう。


『三大種族はほぼ全員が魔法に高い適正を示す。血筋の関係もあるが、大半が魔法の素養に目覚める。

 彼らは他の種族には無い『術』を使うため、膨大な魔力を短時間で集めなければならない。

 そのため、より効率よく魔力を集められるよう独自の方式で収集を行っている。

 効率は良いが、あまりにも難解なため、他の種族には真似することができない』


 …………ん?

 いま、『他の種族ではできない』と書いてあったような気がしたが。

 見間違いか?


 私は目をごしごしと擦ってから、もう一度同じページを見返した。


『効率は良いが、あまりにも難解なため、()()()()には真似することができない』



 …………。


 えっと…………。


 ……つまり私は、できもしないヴァンパイア方式の魔力収集を習っていたってことか。


 なんじゃそりゃあ!

 そりゃ集まるものも集まらんわ!


 私が魔力を集められなかった原因は、魔法に目覚めたきっかけでも、白化現象でも、前世の知識でもなく、単純に種族の違いだったのだ。

 なるほど、これは確かに『小石』だ。

 どうして今まで誰も気が付かなかったんだろう……。


 魔法入門を読み始めて数十分。

 長らく私を苛んでいたものは、あっさりと解決した。



「よし。さっそくやってみよう」


 本に載っている――人間方式の――魔力収集を実践してみる。

 まず掌を上に向け、一点に意識を集中させる。

 ヴァンパイア方式だと、ここで口腔から息を吸うようなイメージで魔力を集める。

 人間方式は単純明快で、ただ集まれ!と念じるだけだ。

 シンプルイズベスト。これほど分かりやすいものはない。

 ちなみに掌を広げるポーズに意味は無い。集中するためになんとなくやっている。


 ええと……どのくらい集めよう。


 最初だし、十くらいでいいか。

 十の魔力よ集まれ!と念じてみると――掌に何かが出現した感触があった。

 暖かくも冷たくも、重くも軽くもない。何も無いようだが――確かに、『ある』


 できたか!?


 目を開こうとして――止める。

 人間はそんなに早く魔力を集めることができないとクドラクさんが言っていたのを思い出したからだ。

 少量とはいえ、はじめたての私が十秒とかからず集められる訳が無い。

 もう少しだけ、あと一分……いや、三分待とう。



 ◆  ◆  ◆



「どうだっ」


 体感的には三十分くらいに感じられた三分間を待ち、私は勢いよく目を開けた。


「あ……」


『それ』は、確かに『そこ』に有った。

 透明で、質量のない――エネルギーの塊。魔力。

 それが掌の上でふわふわと浮かんでいた。


 成功した。

 こんなにもあっさりと。


「で、でき……た。やった、やったぞ、やったぁー!!」


 勢いよく飛び跳ねると、集まった魔力はいとも簡単に霧散した。

 集中を切らすとすぐに空気中に溶けてしまうみたいだ。


「あー……」


 残念そうに言うが、口の端はニヤけている。

 散々練習して出来なかったことが、ほんの少しやり方を変えただけで簡単にできてしまった。

 通常よりテンションが上がってしまっても仕方が無い。


 いかん。ちょっと落ち着こう。

 こんな初歩の初歩、魔法を使う段階でもないのに調子に乗ってどうする。

 気分を落ち着かせる意味も込めて、もう一度同じ方法を試してみる。


 目を閉じ、掌に意識を集中――集まれ!

 三分待って目を開くと、同じように魔力が集まっていた。

 一度やり方が分かれば簡単だった。卵の殻を割るみたいに容易にできる。


 ただ――少しだけ、おかしな点があった。


「変だな……十しか集めてないのに」


 まだなんとなくのイメージでしか掴めないが、集まった魔力は十どころか、百くらいある。

 魔窟などの魔力の濃い場所では、想定以上の魔力が勝手に集まってしまうという現象が起きるらしいが、ここはただの民家だ。


 まあ、なんでも最初から上手く行くはずがない。

 私はイメージ通りの魔力を集められるまで、何度も練習を繰り返した。



 ◆  ◆  ◆



 翌日。クドラクさんの都合により、授業は休みになった。

 私にとっては好都合だ。

 今日いっぱいを自主練習に費やし、魔力収集を完璧にできるようになって明日の授業に臨もう。


「くぁ……」


 あくびで出てきた涙を拭う。

 久しぶりに夜更かししてしまった。

 おかげで寝不足だ。瞼が重く、ベッドにダイブしたい衝動をぐっと堪える。


 その分の収穫はあった。


 まず、私の魔力収集速度は早い。

 さすがに十秒を切るほどではないが、百くらいまでなら一分は余裕で切れる。

 原因は不明だ。

 ……さすがにもう、『実は私は三大種族(以下略』なんて勘違いは起こさない。


 そしてもう一つ。私は魔力収集量が多い。

 十の魔力を集めようとすると、百の魔力が集まってしまうのだ。

 これは単純に下手くそなだけだろう。


 速度はちょっとしたプラス要素だが、量はそれが霞んで見えなくなるほどのマイナス要素だ。


 魔法を使う上でのキモは早さではなく量のコントロールだ。

 早さがなくとも規定の魔力さえ集めれば魔法は発動するが、量は集めすぎれば暴発の危険性が増す。

 つまり今のお粗末なコントロールだと、お湯を沸かす魔法を使ってドカン!なんてこともありえなくは無いのだ。


 重視すべきは魔力量のコントロール。

 私は当面の目標を、想定どおりの魔力を集められるようになることに定めた。

 魔法入門があれば簡単な魔法はもう使えるが、今はまだやらない。

 基礎を疎かにする者に未来はない。

 正直、早く魔法を使いたくて仕方が無いが――我慢、我慢だ。


 魔法入門を片手にひたすら家で練習を繰り返す。

 一分間で自分が集められる最大の魔力を何度も計測してみたり、十刻みに魔力を集めては霧散させ、また集めては霧散させ……を繰り返してみたり。


 魔力を正確に数値化する装置は残念ながらこの村にはない。

 なので計測するとはいっても、あくまで自分の感覚だ。

 突き詰めればこれは、自分の感覚を磨くための練習なのだ。

 魔力という前世の知識にも存在しない、全く未知のエネルギーを扱う感覚。

 これを体に叩き込まなければ、魔法なんて使えない。


 ましてや、私は家事以外に自衛手段としても魔法を使おうとしている。

 家事魔法と比べると戦闘魔法の難易度はかなり高い。

 魔法そのものの難易度もさることながら、正しく発動させることが難しいのだ。


 例えば、盗賊に襲われたとしよう。

 魔法で気絶させようとしたところ、盗賊は私を止めるべく目の前で剣を振り上げた。

 振り下ろされれば体を切り裂かれ、十中八九死ぬ。

 そんな状態で、規定の魔力を集め、正しく魔法を発動させれるだろうか?


 戦闘で魔法が使われていないのはそういう理由だそうだ。

 もっとも、三大種族は戦闘中でもおかまいなしにホイホイ魔法を使うらしいが……。


 私はそこまで強くなりたいとは思わない。

 将来の目標はあくまで使用人なんだから、そんな大それた戦闘力なんて必要ない。

 ただ、せめて自分の身は自分で守れるようにしておきたい。

 最低限、あの犬の魔物には遅れを取らないようにしないと。


 生と死の狭間の極限状態で、私が魔法を使えるかどうか?という疑問はあるが、自衛手段で使えなかったとしても覚えておいて損は無い。

 無理なら無理で改めて護身術を習えばいいだけだ。


 ひとつ問題があるとするなら、お金だ。

 現在、私はウィリアムに狩猟代の一部と本の代金を借金している。

 貯金はゼロ。今の状態では護身術を習うための月謝代まで捻出できない。


 金策が必要だ。

 ……母様にお小遣いアップをお願いしようか。

 いや、少額でも家計に負担はかけたくない。


 だったら、バイトでもしようか。

 家事手伝いくらいなら十分即戦力になれる自信はある。


「――あ」


 とりとめのないことを考えていたら、魔力が集まりすぎてしまった。

 慌てて霧散させる。


「今のは結構集まってたな」


 体感だけど、千くらい集まっていたかもしれない。

 一体どれくらい思案していたんだろう。そんなに長い間ボーッとしていたつもりは無かったんだが。



 ◆  ◆  ◆



 さらに翌日、私は魔法の授業にて見事、魔力収集を成功させる。

 イワンも呼び戻され、一ヶ月ぶりに二人での授業が再開した。


「待たせてしまってすまなかった。またよろしくな」


「……フン」


 イワンは鼻を鳴らして不機嫌そうにそっぽを向いた。

 彼と友達になるには、魔法をもっと勉強して、置いていかれないようにしなければならないようだ。

 私のせいで何度も授業を中断してしまえば、ますます嫌われてしまう。

 それが最低条件で、その上でさらなる努力が必要になるだろう。

 とりあえず毎日積極的に話し掛けるようにしよう。挨拶はもちろんのこと、それ以外でも。


「よし!エミリアも魔力収集が出来るようになったし、今日からは実際に魔法を使ってもらうぞ」


 今までは意識していなかったが、ヴァンパイアの授業を人間の私が受けているという意味をちゃんと考えなければならない。

 ヴァンパイアは魔法に高い適正を持っている。

 つまり授業の難易度も高い。

 ということは、それに人間である私が追いつくにはイワンよりも何倍も勉強しなければならない。


 ……ふふふ。いいぞ。逆に燃えてきた!


 よーし、やってやるっ!




 ――この日を境に、私の生活は激変する。

NG集


『顔文字』


『効率は良いが、あまりにも難解なため、他の種族には真似することができない』


( ゜д゜) ……

 

(つд⊂)ゴシゴシ

 

(;゜д゜) ……

 

(つд⊂)ゴシゴシゴシ

  _, ._

(;゜ Д゜) …!?


※小説に顔文字は使わないようにしましょう。

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