表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

シュゼリア王国から花束を

物語のようにはいきません。

作者: 紫音

……この時間は嫌い。


授業が終わり、放課後を楽しもうとする学生が溢れかえるなか、『キュリア=ランスター』は小さくため息を吐いた。

人が溢れかえっているにも関わらず、彼女に声をかける者は無く、彼女は人混みに何とか抵抗しながらカバンを両手に抱えて王立図書館を目指す。

人混みが苦手ならば少し教室で時間をつぶしてからにすれば良いのだけど、今日は図書館に新しい本が搬入される日なのである。

いつもなら、ある程度、人が引いてから教室を出るのだが、本が好きな彼女は今日が待ちきれなくて急ぎ、教室を出た。


「キュリア、急いでどこに行くんだ?」

「……」


急いでいる私を見つけて、幼馴染の『ガラット=オニキス』が声をかけてくるのだが、こんな男の相手をしているヒマなどない。

彼はそれなりに人気があるようで私が彼を無視した事に女子生徒から私への悪口が聞こえるが、私が気にも留める気はない。

幼馴染なだけで私は正直、あの男が苦手だからだ。


私は見ての通りの友人もいない根暗な文学少女、そして、ガラットは成績優秀、運動神経も良く友人も多く、いつも仲間の中心に居るような男である。

それも私のような根暗な人間にも分け隔てなく相手をするのだ。


そんな人間を私は幼馴染だと言え、信用できない。


……正直、あの笑顔の裏で何を企んでいるかわからない。

見るからに善人を気取っている人間は絶対に悪人に決まっている。

私は騙される気などない。


学校から図書館はあまり離れていないため、到着すると顔なじみの司書さんに軽く頭を下げる。

司書さんは何かあるのか私を手招きで呼ぶ。

正直、私としては気持ちがはやっているためか無視したいところなのだが、お世話になっている手前、そんな不義理な事はできない。


司書さんの前に行くと親書がどの本棚に収められたか簡単に書かれたメモを渡され、私は深々と頭を下げてから目的の本が収められている本棚を目指す。


何とか、目的の恋愛小説を借りる事ができた私は家に帰ってから、ゆっくりと読もうとも考えたが待ちきれずに図書館に来るといつも座っている席へと向かう。

お気に入りの席は誰にも取られておらず、私は席に座るとすぐに本を開く。


内容としては良くあるお話。

お姫様と従騎士の身分を超えた恋愛話。

ありきたりと言われるかも知れないけど好きなのだから仕方ない。


「キュリア、キュリア」


本の世界に張り込んでしばらくすると私の名前を呼ぶ声と物理的に身体を揺すられる。


……邪魔するな。良いとこなのに。


その声は聞き覚えのあるガラットの声であり、私は現実に引き戻されそうになるがお話はお姫様が自分の想いを従騎士に伝えるところであり、邪魔をされてはなる物かと私は本をつかんでいる手に力を込める。

しかし、男の力にかなうわけもなく本は私の手からあっさりと奪い取られてしまう。


「……何するのよ?」

「外を見なよ。もうすぐ閉館時間になるよ」


私の手から本を奪い取った相手を睨み付けるが、ガラットは呆れ顔で窓を指差す。

窓の外はすでに完全に日が落ちており、真っ暗になっている。


……集中し過ぎたかな?


あまり司書さんに迷惑をかけてはいけないと思い、借りた本をカバンにしまうために取り返そうと手を伸ばす。

しかし、いつも間にか本だけではなくカバンまでもこの男の手の内に落ちている。


「返して」

「ダメ。キュリアが持っていると歩きながら本を読みだしそうだからね」

「そんな事……しない」

「前科有りだから聞かないよ」


ガラットは私のカバンを当たり前のように開けて本を仕舞うと席から立ち上がった。

カバンを取り戻そうと手を伸ばしてみるものの、元々、私とガラットでは運動能力に絶望的な差がある。

私の腕は簡単に交わされるだけではなく、彼は伸ばされた私の腕をつかむと私の手を引いて歩き出す。


……司書さん、助けて。


引きずられて行く私を見た司書さんはなぜか優しげな笑みを浮かべて手を振っている。


いや、私は助けて欲しいのであって見送って欲しいわけじゃない。


「どうする? 夕飯食べて帰る?」

「……どうして、私があなたと夕飯を一緒に食べないといけないのよ? それに私は早く家に帰って続きを読みたいの」

「アイリスさんのお店で良いね」

「他人の話を聞いて!!」


図書館から出て、人通りの多い道を進む。

日も落ちているため、夕飯やお酒を求めて歩き回っている人達とすれ違う。

私の鼻にも美味しそうな匂いが届くのだが、私にとって最優先は借りてきた恋愛小説の続きを読む事なのだ。


だいたい、ガラットと食事など周囲から何を言われるかわからない。

この男は私と違って人気者なのだ。


私は彼の腕を振り払おうとするが彼の腕を振り払う事はできず、人混みの中を引きずられて行く。


「いらっしゃい。2人ともデート?」

「……違います。冗談は止めてください」

「そう言う事にしておくわ」


ガラットに引きずられて小さな酒場兼宿屋のドアを開ける。

店主の『アイリス=フォスター』さんが笑顔で出迎えてくれるのだが、彼女の口からは冗談にしては笑えない言葉が飛ぶ。

だいたい、アイリスさんには悪いけど学生のデートでいくら食事も提供しているとは言え、酒場兼宿屋にくるなんて恋する乙女として遠慮したい。

それに初デートがガラットはあり得ない。


アイリスさんは私の言葉を聞いて、苦笑いを浮かべているが何かおかしな事を考えられているみたいで面白くない。

頬を膨らませるが私の腕はガラットに捕まれたままであり、私は店の隅のテーブルに連行される。


「頬を膨らませてないで選びなよ。早く帰って続きが読みたいんだろ」

「……ここでも読めるわね」

「食事をしながら、本は読ませないからね。まったく、恋愛小説に夢中になるなら、もっと、自分の事を気にしなよ」


多少うるさいけど、店の中は灯りがしっかりと灯っている。

そのため、恋愛小説の続きを読めると気づくが私のカバンは手の届かない場所に置かれている。


どうにか取り戻す方法を画策しようとするが私の考えはガラットには気が付かれているようでため息を吐かれてしまう。


……自分の事って言ったって、私は根暗な文学少女よ。あんたと違って浮いた話など出るわけが無いわ。

と言うか、私を好きになるような物好きなんか居ないわよ。


自分で考えていて空しくなるけど、恋愛小説のように騎士様が一目ぼれした相手の元に通うとか……はごくまれにあるかも知れない。

主君に見初められるメイドだって……居たりするかも知れない。


……何だろうな。こう言うのを見ていると自分にも良い相手ができるのではないかと思ってしまう。


自分だけの王子様など現れるわけはないと思っているのだが、私の周りには本人達は気が付いていないけど良い相手を捕まえた人達がいる。

どこか羨ましいと思いながら、店を1人で回しているアイリスさんへと視線を向けた。

カウンター内で料理をしているアイリスさんの前には鎧を身にまとった聖騎士様が熱視線を向けているのだが、彼女はまったく気が付いていない。


「鈍いわ」


その様子にため息を吐いた後、夕飯を選ぼうとメニューへと視線を移す。


「……それに関して言えば、キュリアも言う資格がないと思うけど」

「何がよ?」

「恋愛小説が好きなら、こう言う関係も鉄板なんじゃないの?」


私のため息が聞こえたのか、ガラットは小さくため息を吐いた。

彼の言葉の意味がわからない私の手をガラットはつかみ、私は彼の前に引き寄せられる。


その瞬間に私の唇は何かで塞がれ、目の前にはガラットの顔が映った。


「な、何をするのよ!?」

「キュリア、鈍くて俺の気持ちにまったく気づきそうもないから、そろそろ、力技で行こうと思って、それにこう言うのも好きなんだろ?」

「読むのと自分の時とは違うに決まっているでしょ!!」


私の頭はゆっくりと自分に何が起きたかを理解する。

状況が理解できた瞬間に私はガラットを跳ね除けて店から逃げ出した。


「……ガラットくん、突然すぎるわよ」

「いや、俺、ずっと、わかるようにしていたつもりなんだけど、気づいて貰えないから、ついムラっと」

「うちは確かに酒場兼宿屋だけどそう言うつもりなら追い払うからね」

「……わかっていますよ。とりあえず、追いかけます」

「はいはい。頑張ってね。少年」


最低だ。確かに強引に奪われるのも、ドキドキしながら読んでいたけど自分に来るとは思っていない。

私は恋愛小説が好きなんだ。

もっと、純粋で胸の奥が温かくなるようなお話が。

それを、それを……ガラット、絶対に許さない。


「……絶対に仕返しする」

「それなら、仕返しのスキをうかがうためにもこれからもずっとそばに居ないといけないね」


私は根暗な文学少女だ。

もちろん、根に持つタイプだ。


私が復讐を誓ったその時、私の耳ににっくき男の声が届くとともに背後からがっちりと身体を抱きしめられる。


「ガラット」

「悪いけど、キュリアの言い分は聞かない。俺も我慢するのを止めたから、ちなみにキュリアが俺の事を腹黒く何かを企んでいると思っているから、俺もキュリアの望み通りの手を取らせて貰ったよ」

「……望み通りの手?」

「おじさんとおばさんはもう完全に俺の味方。外堀は完全に埋まっているから、後はキュリアを頷かせるだけだから……覚悟しておいてね」


私は文学少女だ。

男の腕力にかなうわけもない。

耳元で聞こえるあの男の声に腹の底から憎しみを込めた声を押し出す。

しかし、あの男は私が思っていた通りの腹黒い男であり、すでに私の逃げ道すら塞いでいる。


「か、覚悟?」

「……そう覚悟。今はその気がないとしても絶対に振り向かせるから」


今の私は完全に捕食者に睨まれた被食者側だ。

背中越しに伝わるガラットの体温を感じるがそれ以上に背中には冷たい汗が伝っているのがわかる。


だ、誰か助けて!?


「とりあえず、デートの続きだね」

「デートなんかしてないわ。だいたい、場末の酒場で学生がデートっておかしいでしょ!!」

「おかしくない。おかしくない。俺にとってはキュリアがそばに居てくれるだけで充分なんだから」


助けを求めるが助けの手はない。

それを良い事に私はガラットに抱きかかえられてアイリスさんの店まで再び、強制連行される。

店に戻るとアイリスさんや他のお客さんからの祝福の声が聞こえてしまった。


私は目立ちたくないのに……


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ