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第70話:来やがれ!

 ディアンは、虹色の光に包まれたアレン・ウォルズを抱え上げた。見かけは細いが、しっかりと鍛えられおり、彼の腕にもその体はずっしりと重かった。

「今から運びますよ」

 念のため声をかけ、浮上しようと地面を蹴った瞬間、アレン・ウォルズが薄く目を開けた。ディアンを認めたのか、顔をゆがめ、彼の胸を弱弱しく押しのける。

 ――何をされても、唯々諾々と流す男だと思っていたのに。

 抵抗を意外に思い、ディアンは地面に再度降り立った。

「どうしましたか。救護所に運びますから大人しくしていてくださいね。怪我はもう治療していますから、大丈夫ですよ」

「……あなたに、助けられたくな……」

 かすれた声を押し出し、アレンが再び嫌がるように胸を押しのける。

 ディアンはため息をつき、傷ついた若い医技武官の身体を柔らかな草の上に横たえ直した。

 暴れて地面に落ちられたら怪我をする、次善の策だが、下ろすしかないと考えたのだ。

 冬なので、当然地面は酷く冷たい。つたないカイワタリの魔力を過信できないディアンは、彼を治療班に早く引き渡したいと考えていた。

 

「私の事、ずいぶんお嫌いなんですねえ」

 しみじみとディアンはつぶやいた。彼にしたことを思えば、忌み嫌われて当然なのだが。

「今更、ですよね? とっくの昔に、彼女リュシィを寝取られていたことなど知っていたでしょうに」


 どこか言い訳がましい気持ちで、ディアンはそう口走った。

 ふらふらと夜遊びばかりしていたリュシエンヌと、彼女との過程を安定させようと働きづめだった、若き日のアレン。

 美しい手駒がほしかったディアンの誘いに、『妖精』はあっさりとのって来た。

 快楽と名声が好きで、嫌いなものは束縛。本当に話の分かる女だった、と思う。面白いと思うことには、彼女は何でも乗って来た。

 そして今では、誰の手にも負えぬ魔女と化している。


 ため息をつき、ディアンは改めてアレンの傍らに屈みこんだ。

「治療班のところに行きましょう」

「竜が……エドワードが一人で……」

 重たげな動作で起き上がり、アレンが血で汚れた唇を拭った。

「いや、君、人の話聞いてますか。君が行っても邪魔なだけなんですよ、邪魔。エドワード様とナナさんに任せておけばいいじゃないですか? 竜は強い、足手まといはさっさと退散しましょう」

 アレンが、砂をつめたずた袋のような、哀れな程に傷ついた体を引きずって立ち上がった。

「連れて行ってください……」

「ダメです」

 ディアンは、鮮血に染まったアレンの肩をぐいと引いた。

 アレンがよろけ、ディアンをきつい瞳でにらみつける。

 それから、ふと怒りの表情を緩めた。

「ナナさん……やっぱりこっちに居るんだ」

 空を見上げ、アレンがぼんやりとつぶやく。

 ひときわ澄み切った春緑の瞳が、曇天を映して淡く翳りを帯びた。

 

「ええ、彼女、何故かエルドラにいますよ、強制送還したのに戻ってきてしまいました。何を考えているのかわかりませんが……わんわん泣きながらですけど、魔法を使ってましたし」

「そうですか、やはり一人だけ逃げることは出来ない。僕は竜の……あの二人の所へ行きます」

 アレンがかすれた声で、はっきりと言った。

「僕を二人の所へ、竜のところへ連れて行ってください。もちろん足手まといにならない距離の場所に置いていただければ結構です。あの二人が危険にさらされているのに、一人だけ安全なところで待つことは出来ない」

 ディアンは眉根を寄せ、若い医技武官を睨み付けた。

「あのね、ふざけてる? 君は本当に足手まといで、邪魔な存在なんだけど?」

「せめてあの二人のそばに居させてほしいんです、意味はないかもしれないけど……」

 アレンが、普段の彼が決して見せないような、険しい表情で言い切った。

「自己満足に付き合う気はないよ、さ、僕も忙しいから行こう……」

 伸ばしたディアンの手を、淡い虹色の光に包まれたアレンが振り払う。

 

「竜が本気で暴れたら、どこに逃げても一緒です。それに、近くに居れば、エドワードやナナさんの簡単な手当て位できるはず」


 アレンの頑固極まりない口調に、ディアンは肩をすくめた。

「はぁ、じゃあ勝手にしてください。貴方の事は守りませんよ」

「ええ、見捨ててくださって結構です」


 アレンは頷き、改めて手を差し出した。

 

「泣いている女の子と、疲れ果てて苦しんでいる友人をどうしても放っておけない。僕はどうなってもいいから、少しでも何かしたいんです。愚か者の選択に付き合って下さってありがとう、管理官殿」

 

◇◇◇◇

 

「ひええ」

 ディアン管理官の言うとおりだ。自分が投げられた石だと思え、そうすれば早く飛べるから、と。

 確かに、今自分は、ものすごく早く飛べている。

 昔レジャーランドで体験した、無免許でも乗れるバギーのようだ。

 スピードが早すぎて、体と頭がついてゆかない。

 魔法で保護した蒸し器を必死で庇いながら、間抜けな姿勢で空をぶっ飛んだ。

 竜はどこへ行った。鳥は。それに、タイゾー君は……。

「あっ!」

 顔を上げ、曇った空を見上げる。雲が一層分厚く、稲光を纏って垂れ込めるその下に……信じられないくらい大きな生き物が、とぐろを巻いて浮かんでいるのが見えた。

 映画みたいだ。

 現実のものとは思えない。

 色は銀色……何度も幻覚で、その姿を垣間見たエルドラの竜。竜の体は内側から輝き、まるで蛍光灯のように眩しい。神秘的すぎて、作り物のように見える。

「……こわっ」

 正直に言うと、遠く離れたこの場所からでもその大きさが分かる竜に、気後れした。

 あんな化け物が飛びかかってきたら、自分なんかひと呑みにされてしまうだろう。

 でも、行かなければ。あいつのおでこに刺さっているはずの羽を取り戻し、元の鳥の姿に戻してやらないと。

 永遠に暴走し続ける、肉体を持たぬ神のごとき存在なんて……辛いだろう、可哀想だ。

 

 その時、弾丸のようにぶっ飛び続ける自分の頭を、チクチクしたものが『ワシっ』と掴んだ。これはまごうかたなき、鳥のかぎづめ……!

 そう思うのと、自分の頭に乗っかった鳥が絶叫するのとは同時だった。

 

「ビタミィィィィーーーーーん!!!!餌だよ―――――! このカイワタリをお食べ!!!」

 

 その声と同時に、遠い空に浮く巨大な竜が、ゆっくりとこちらを向くのが分かった。

 見てる……。

 たぶん竜は、『エサを発見した』と思ってる。

 

「げっ!この野郎ッ!」

 思わず空いている片手で鳥の脚を思い切り掴む。

 頭皮に爪が刺さってメチャクチャ痛い。

 禿げたらどうしてくれるんだ!と思いながら、鋼鉄のように動かない鳥の脚を力いっぱい引っ張った。

 

 ――やっぱりだ! こいつ、自分の事を餌扱いしている!!


「勝手に餌にするんじゃねえよ! 食わせてやった恩も忘れてこのバカ鳥! 大バカ鳥! 舐めた真似してくれやがって! 鳥鍋にして食っちまうからな!」

 ああ、ダメだ、むかつきが一定レベルを超えるとかつての黒歴史、総長菜菜先輩の口調に戻ってしまう……。

 ある日唐突に『普通の女の子にならないと、痛いだけ。人並みの幸せすら来ない』と悟って、全身全霊封印したはずのキャラなのに……!

「ビタミィィィィィィーン!! 兄さんだよぉぉぉぉ! ミネラル兄さんだよぉぉぉぉぉ!」

 頭をわしづかみにした恩知らずのクソ鳥が絶叫するのと、竜が新幹線のような勢いでこちらに向かって突っ込んでくるのは、ほぼ同時だった。

 なんということだ、万事休す……!

 あまりの怖さに首を竦めた瞬間、竜が突然咆哮を上げ、身をくねらせて停止した。


「あっ、邪魔するな絞りかす勇者! ビタミンをいじめるなー!」


 竜の巨大な体の周りを、素早い羽虫のように飛び回る何かが見えた。目を凝らす。不思議なくらい焦点が合い、虫のようなものがマントを纏った長身の青年だということが分かった。

 

「タイゾー君っ!」

 竜がぶんぶん振り回す手や体が、竜の巨体から見れば小さく儚げなタイゾー君を、今にも弾き飛ばし、潰してしまいそうだ。

「こらー、やめろ、えっと、ビタミン……?」

 あの恐ろしい化け物、本当に、そんなお肌によさそうな名前なのだろうか? 

 でもこっちの人は語感が日本人とは違うようだし、素晴らしく神々しい名前なのかもしれないが……。

 

「ビタミーン! こっちに来なさい! 菜菜さんが、相手……してやんよ……」

 鳥に頭をわしづかみにされ、むかつきつつ、恐怖にぶるぶる震えつつ、そう叫んだ。語尾は怖すぎて尻切れトンボになったけれど。

 

 竜がタイゾー君を振り払おうとするのをやめ、再びこちらに向き直った。体をタイゾー君に切り裂かれながらも、滑るようにこちらに向かってやってくる……。

 

 ――来る!

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