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第69話:がんばれ、八百屋の娘

「あーん、進まないよう」

 自分の魔力は相当すごいのだと思う。

 でも、根が凡人すぎて全く使いこなせない。

 

 蒸し器を抱えてジタバタとバタ足をしていたところ、傍らをとんでもない勢いで巨大な鳥のようなものが突っ切って行った。

「わわわわわ」

 吹っ飛ばされかけてヨレヨレと地面に落ちそうになる。突っ切って行った巨大な鳥がターンして、こっちに戻って来た!

「何してるんです?」

「あっ」

 そこに居たのは、巨大な鳥ではなく、会いたかったような、会いたくなかったような、微妙な相手だった。

 空中にぷかぷか浮いたまま、蒼白汗だくのディアン管理官と向かい合う。

 いつもの半笑いを浮かべていないので、本当にあせっていることが伝わって来た。

「何で飛んでいるんです? 魔力、使えるようになったんですか、いやそれ以前に、どうやって戻って来たんですか」

「え、あの、えっとー、鳥がー」

 うまく説明できないな……と思った瞬間、ディアン管理官が舌打ちをして、自分の首根っこをひょいとつかんだ。

 この人、話聞いてくれる気は全くないと直感する。

「カイワタリの魔力を使えるなら話が早い、一緒に来てください、竜が地面から出てきた」

「ぐげげ」

 自分を捕まえたまま、ディアン管理官がすさまじい勢いで飛ぶ。

 怖いのと、蒸し器のふたが飛びそうなのと、苦しいのとでパニック状態になったが、手加減はしてもらえなかった。

「ちっ、出現地点から動いたか……」

 ディアン管理官が舌打ちをして、速度をさらに上げた。

「うぇぇぇぇこわいぃぃ」

 生身で飛行機の外壁にしがみついているかのような恐怖で涙がちょちょぎれたが、途中で魔法で自分を守ればいいのだと気づく。

 自分がシャボン玉の中に居ることを想像した瞬間、痛いくらいに冷たい風が当たらなくなった。

「……!」

 すごい勢いで飛んでいたディアン管理官が、突然停止する。

「アレン・ウォルズの回収? ……エドワード様?」

「何、どうしたの? アレンさんがどうしたの?」

 ジタバタしながら聞くと、ディアン管理官が問答無用で地面に向けて突っ込んでいった。

「ぎゃあああああ!」

 再び、魔法で自分を保護することも忘れ、絶叫しながら落ちてゆく。

 もう嫌だ、空を飛ぶの怖い。なんでこのおっさんはこんなに乱暴なんだろう……。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔で、ディアン管理官の顔を見上げた。

 

 あの日、白々しく『行ってきます』と言って出て行ったクソ親父に、生き写しの横顔だった。

 きっとあの父親も、カイワタリだったのだ。

 そしてこの世界で竜殺しの勇者と呼ばれ、こちらの女性との間に、ディアンという名前の……いや、『省吾』という名前の男の子を授かった。

 

 父のノートの最後のページに殴り書きされた、最後の手紙を思い出す。

 皆は痛み止めで見た妄想だと考えたらしいが、無理もない内容だった。

 あのノートには、こう書いてあった……。

 

 

 ――菜菜へ。いまさらですが、お前には13歳年上のお兄さんが居ます。

 お父さんが若い頃、エルドラという国で作りました。

 名前はディアン・シェーレン、日本の名前は省吾。

 お父さんが省一という名前なので、そういう名前にしました。

 ばあちゃんには『省一のくせにお前は反省なんかしやしない!』とよく言われましたが、本当にその通りだと思います。死に瀕した今でも、反省の意味が良く分かりません。お父さんは何かが欠けた人間でした。

 あの子には父と違う真人間になってほしい、反省する覚悟を持ってほしいので『省吾』とつけました。

 良い名前でしょう。

 菜菜、お父さんは近いうち死にますので、兄さんを見つけたら仲良くしてください。

 エルドラでのお偉いさん暮らしに疲れ、勝手に逃げて済まなかったと、前の前の前の前の嫁さんである、シェーレン女侯アルビオナさんにも謝っておいてください。

 ただし、エルドラへの行き方は良く分かりません。ごめんなさい。父。

 

 

 ――ああ、もう、本当に最後まで、骨の髄まであのおやじは色々残念すぎた。何もかも娘に丸投げで、肩の荷を下ろしたとばかりに死んでいった……。

 この酷薄で何を考えているのかわからない、アレンを苦しめた不倫野郎が『お兄さん』だとか、冗談きつすぎるのだが。

 

 地面に降り立ったディアン管理官が、ぐちゃぐちゃに割れ、崩落した岩山のようになった異様な地面に降り立った。自分をぽいと放り出して、慌てたようにあたりの切れ目を覗いて回っている。

「どうしたの?」

 尋ねたが、無視された。涙とよだれで汚れた顔を袖で拭い、ディアン管理官の後を追う。

「ねえ、どうしたの!」

「居た」

 ディアン管理官が袖をまくり上げ、亀裂に屈みこんで何かを引っ張り上げた。

「鈴木さん、治癒の魔法の準備してください」

「はい?」

「だめだ、蘇生が間に合わないかもしれない、その変な鍋を置いて!」

 突然怒鳴られてビックリし、ディアン管理官が穴から引きずり出したものを見て、言葉を失った。

 蒸し器がポロリと手を離れ、足の上にドスンと落ちる。

「え、何でアレンさん……どうしたの……」

「魔法、準備できましたか?!」

 再びディアン管理官に鋭く叱られ、反射的にボロボロ涙があふれた。

 アレンが居る。彼の腕に抱えられたアレンは、血まみれで息してないように見える。どうしてたった一人でこんなところに倒れていたんだろう……。

「ど、どうしたの……ま、まだ、生きてる……よね……」

 がくがく震える足で、そっとアレンのそばに歩み寄った。

「ねえ、ディアンさん、アレンさん、息してるよね……」

「していません、でも生きてるかもしれない、急いで」

「な、なにを」

 こんなに血まみれで、真っ白な顔の人を初めて見た。

 何をしろと言われているのか全然わからない。怖くて怖くて、もう訳が分からない。

 無意識に蒸し器を抱え、泣きじゃくりながら叫んだ。

「いやだ! アレンさん! 怖い! わかんない! 何すればいいの!」

 その瞬間思いっきり頬を叩かれ、地面に叩きつけられる。

 呆然と頬を抑え、自分を叩いたディアン管理官を見上げた。

「泣きわめいている暇はないだろう! 死にかけている、見て分からないのか!」


 ああ、この人は、あのおやじと違う顔ができる人なんだ。

 冷静な部分でそう思った拍子に、涙が止まった。


「カイワタリの魔力は、使い方なんて習わなくても使えるでしょう! 少なくとも私はそうです! 泣いてる暇があったら助けようと集中しなさい!」

「…………」

 声も出ないまま、顔を抑えてうなずく。魔法で隠した透明キラキラの右手をつまみ、被せた皮膚もどきをはがした。透明に輝く指で、まだ温かいアレンの頬に触れる。

 

 かすかなアレンの温もりを感じた瞬間、いろんなことを思い出した。

 彼が、見ず知らずの迷子である自分にも、いつも親切で穏やかだったこと。辛くても、誰の事も悪く言わなかったこと。

 そう、この人は素敵な人だ。おねがいキノコやココの実で、いろんなごちそうを作ってくれた、誰にでも親切で本当に素敵な人。まだまだ彼の素敵な人生には続きがある。なくしたものをゆっくり取り返す未来、見返りも求めずに差し出した優しさが報いられる未来が……。

 彼の切れかけた時間をつなぎ、もう一度未来に向けて送り出さなければ。この人には、これからいい事がたくさんある筈……。

 

「あ、アレンさん……もう大丈夫ですよ」

 普通の左手と透明の右手、両方の手でアレンの顔を挟み、そう話しかける。両手から湧き出した虹色の光が、ふんわりとパンのように膨らんでアレンの全身を包み込んだ。

 

「このまま寝ていれば大丈夫、全部塞がって元通りになります……」


 ぼんやりとそう呟いた。練ったパン生地が、時間と共にモコモコに膨らんで一つになるイメージがひたすらに頭に浮かんでいる。

 深く傷ついたアレンも、この虹色の光に暖められてゆっくりと元に戻るだろう。

「ねえ、アレンさんを休めるところに運べますか」

 自分の異様な右手に目を留め、呆然としているディアンさんに尋ねる。彼が我に返ったようにうなずき、「動かしても平気なんですか」と言った。

「はい、もう大丈夫。でも起こさないで上げてください、痛いから」

「……分かりました。あの、鈴木さん、もう一つ頼んでいいですか。貴方のほうが私よりも強い魔力をお持ちのようです。エドワード様の援護に回っていただけますか。アレン・ウォルズを収容し次第、私も行きますから」

 父にそっくりなディアン管理官を見つめ、うなずいた。

 積もる話はあとだ。とにかく、自分はあの金の鳥と銀の竜、それから一人で戦っているタイゾー君を何とかしなければ。

 そして安全を取り戻したエルドラに、店長とケンタ君を連れてくる。壊れてしまった夫婦がもう一度、一つになれる手伝いをしたい。ケンタ君にはまだ、素敵なお父さんがいるんだから。

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