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第68話:竜

「あの、手伝ってくれるのはありがたいけど、そのお団子は何だい」

 鎧を着て、さらにその上にエプロンをしたおじさんが首をかしげる。

「投げやすいかなぁと思って」

「食べ物を投げちゃだめだよ、何言ってるの」

「えへへ……」

 ちょっと、時間がないから黙っていてほしいな、と思いつつ、ニッコリおじさんに微笑みかける。

 おじさんは自分を見つめて数回瞬きして、そのままくるりと向きを変えて天幕を出てゆく。

 

 ……我ながら、恐ろしい力だ。何でも出来すぎて怖い。

 気を取り直し、丸めた粉を蒸し器で蒸してお団子を作る。中身はペーストにした芋だ。もちもちの芋団子、ダンテさんが賄いで良く作ってくれて美味しかった。

 アレンとダンテさんと三人で、お店が掃けた後につついた賄いを思い出し、ほんわかした気分になる。

 ああ、日本に帰ってもあんな素敵なお店で働きたい。

 そう思いながら、もちもち団子をつついて確かめる。これでいいはず。

 バラバラになりにくくて、投げても良く飛ぶだろう。

 手でこねまわすから、何となく心がこもっている気がするし……。

 

「よーし」

 10個ほどお団子が蒸し器に収まってほっとした瞬間、地面が激しく揺れた。

「きゃあっ!」

 思わず悲鳴を上げ、机に掴まって蒸し器のふたを抑えた。それからメキメキ言っている天幕の支柱に手をかざし、『魔法』で保護する。わっさわっさいっている天幕がぴたりと止まる。

「な、なに……?」


 呟いて、天幕からちょっと顔を出す。外では地面に伏す人、何か叫んでいる人、大変な騒ぎだ。

「地震……?」

 呟いた瞬間、すっと頭の中に何かが差し込んできた。

 大変なことが起きたよ、というお知らせのような感じ。

 何だろう。これを表現する言葉は……ええと……。

「虫の知らせ……だっけ」

 呟いて、じりじりと後ずさる。

 そのまま踵を返して調理台に走り、蒸し器ごと持ち上げた。

「そうだ、思い出した、虫の知らせだ!」

 急げ、急げ。頭の中で敬称が鳴る。

 今、行かないと大変なことになる。そう直感して蒸し器を持ったまま外に出て、ヨロヨロと飛び上がる。

「どっちだ、どっちだー!」

 空を見回す。あの金色鳥がすっ飛んで行った方角……。

「!」

 顔を向けた瞬間、どわっ、と、見えない重たい何かが押し寄せてくるのを感じた。

 何かが、あっちに居る……。

「……見つけた……」

 あっちに、竜がいる。

 もうすぐ地面の底から『外』に出てくる、と思う。

 この重たい空気は、竜の纏う暴走する魔力だ。なんという力だろう。

 

 ――たぶん、前の竜殺しでタイゾー君の魔力をたっぷり食べ、すさまじい力を纏っているに違いない。

 そして今再び目覚めた理由は、金の鳥が送って来た『私』を食べたいから。

 魔力を食べて、食べて、食べつくして、お腹いっぱいになって、いつか戻りたいのだ、あの美しい鳥の姿に。

 

「やばい!」

 蒸し器の様子を、外側から伺う。

 蓋は外せない。湯気を逃すとモチモチ感が失われてしまう。

 大分熱気が回っているので、もしかしたら上手く仕上がるかもしれない。だが、団子の出来なんぞ心配している余裕はない気がしてきた。


「行かなきゃ」

 もにょもにょと浮かび上がり、蒸し器を持ったままバタ足する。

 走るよりはましなスピードで、ノロノロと寒い空の中を泳ぐ。行きたい場所は大体わかったのに、もどかしい位距離が縮まらない。

 なぜ自分はタイゾー君のように格好良く颯爽と飛べないのだろう。

 ドクドクと心臓が鳴った。

 早くいかないと取り返しがつかないことになる、という気がした。

 いや、気のせいじゃない、自分が早く『そこ』に辿り着かなければ、大事なものが失われてしまう。

 ――急がないとヤバいのに!焦れば焦るほどバタ足で前に進めない!

 

◇◇◇◇


 地面から目にもとまらぬ速さで岩の柱が突き出し、エドワードは地面に叩きつけられた。

 とっさに魔力をかき集めて防護し、瀕死の重傷を負うことは免れた。だが、衰弱しきった彼の全身が、岩盤に叩きつけられた痛みに悲鳴を上げる。

 エドワードは、痛む体を引きずり起こして、周囲の様子を伺った。

 地は裂け、地面はめちゃくちゃに隆起して、すさまじい有様だった。大地の亀裂の底から、血をも凍らせるような異様な冷気が漂いだしてくる。

「!」

 弾かれるように、エドワードは空を仰いだ。

「お前……」

 食いしばったエドワードの口の端から、押し殺した声が漏れる。

 

 竜が中空にとぐろを巻き、じっとエドワードを見つめていた。地を破り、とうとうその姿を現したのだ。

 白銀に輝く半透明の体、風を纏い、対峙する彼の身をなぶる圧倒的な霊気。以前に向かい合った時よりも、竜は明らかにその力を増している。

 輪郭のはっきりしない顔をもたげ、竜が声なき声で告げた。


「クワ……セロ……」

「ふざけるな……」

 拳を握りしめて力をかき集めた瞬間、雷で撃たれたようにエドワードは動きを止めた。

 

 ――大変なことに気づいた。アレンはどこだ。

 彼は必死で、岩盤に叩きつけられる直前の記憶を探った。自分に手を伸ばし、微笑みかけていた柔らかな笑顔を思い出す。見回すが、アレンの姿が見えない。

「アレン!」

 竜に背中を見せるのは愚の骨頂。エドワードはじりじりと竜と距離を取りながら、目だけを其処彼処にある岩の裂け目に走らせた。

「アレン、返事してくれ」

 竜がゆるゆると姿勢を解き、その長大な体を天へ向かって伸ばした。

 エドワード目がけて、真っ直ぐ突っ込んで来ようとしているのだ。

 幻の長い牙で『カイワタリの勇者』の身体を貫き、その身に宿る魔力をすすりつくす。それが竜の狙いだ。

 竜の速さは風にも勝り、まともな人間には避けることすらかなわない。その勢いは木々をなぎ倒し、地を削る……もちろん、畑も家も、滅茶苦茶になるだろう。

 止められるのはエドワードだけ、しかし、何度拳を固めても、弱り切った体からは、竜の突進に対峙できるほどの魔力が湧いてこなかった。

「…………」

 エドワードは空中にとどまる竜の視線を逃れ、裂け目の一つに身を躍らせた。竜がこれ幸いとばかりに、爆撃のような勢いで突っ込んでくる。

「ちっ」

 すぐにエドワードは考えを改めた。

 もし、飛び込んだ裂け目に負傷したアレンが居た場合、竜の一撃で致死的なダメージを負うだろう。

 竜から逃げ回ることは出来ない。

 裂け目から飛び上がって空に浮かび、エドワードは両腕を広げた。

 逃げられないとなれば、次に取れる方法は一つだ。

 

「……おい化け物、俺を食いたいわけ?」

 

 精一杯息を吸い、エドワードは大声でそう言った。

 この隙に逃げてくれ、アレンに心の中でそう語りかけながら、痛む胸にもう一度息を吸い込む。

「来いよ」

 せめて、人のいない山岳地帯へ飛び、そこで竜と相対しようと彼は考えた。

 おそらく、力尽きて食われてしまうだろうが、農地に近いこの場で暴れるわけにはいかない。

 エドワードが最後の決意を固めたその瞬間、ほんのわずかな声が彼の耳に届いた。

 魔力を持つ彼でなければ聞こえなかったであろう、かすかな声だった。

 

「エドワード……騎士団と合流してくれ……」

 地割れから這い出す、血まみれのアレンの姿がエドワードの目の端に映った。真っ赤に染まった指が空をさまよい、岩を掴もうとして力なく落ちる様子も。

 

「ここは、放棄……」

 じわじわと血だまりを広げ、アレンが動かなくなる。

 

 ――アレンのもとへエドワードが駆けつければ、当然竜は彼を追う。竜に激突されれば、生身のアレンはひとたまりもないだろう。歯を食いしばり、エドワードはアレンから距離を取った。

「ディアン! 居るならアレンを回収してくれ! 頼んだぞ!」


 イマイチ信用できない『管理官』に、声が届いたかどうかは分からない。だが、躊躇している時間はない。エドワードは最後の力を振り絞り、人里と正反対の山岳地帯へ向けて思い切り跳躍した。

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