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第58話:明日は……。

「あぁ、疲れた……」

 和風庭園イベント向けの仕出し弁当作成のバイトを終えて、ぼろぼろのアパートの鍵を開ける。


 明日は、父の友人の山崎さんと一緒に、父のお墓参りに行く日だ。

 おじさんがわざわざ車で迎えに来てくれ、奥さんまで同行してくれるという。

 電話をしたら、山崎さんも奥さんも『一人っ子のナナちゃんが可哀想で』と言ってくれ、心から申し訳ないと思った。

 父の墓参り。

 父の事なんてほとんど覚えてない。

 だってあの人が出て行ったとき、自分はまだ6歳だった。

 お父さんはいつもの様に、ふらりとパチンコに行ったんだと思ってた……。

 まさかあのまま、20年近く安否も気遣われないままに成長し、死んだ知らせだけが届くなんて。

 どうでもいい親父だった。むしろ憎い親父。

 なのに納得できない。

 胸が痛いのは何故なんだろう。死んだと聞いて、涙が出た理由は。

「鈴木さーん! お帰りなさい! 夕飯なんですか!」

 ちょっとした白鳥、しかも鏡餅、そんな状態になった金色の鳥が、もたもたと走って来た。

 慌てて、また流れそうになった涙をひっこめた。

 ああ、こいつは食えば食うほど太る。

 この一週間でサイズは1メートルほどに増大し、体は丸々、毛はピカピカ、目など膨れた毛に埋もれて見ないほどだ。

「あー、夕飯ね。今日は湯豆腐と野菜ビビンパにしようかな」

 さすがの心冷たいナナさんも、鳥を太らせすぎてちょっとヤバいかな、これ成人病の一種なんじゃない? と思い始めた。

 なのでダイエットメニューにする。

 こいつ鳥のくせに脂っこい肉料理とか大好きだし……。

 ちなみに自分も野菜中心のヘルシーさを心がけていないと、脂! 炭水化物! 最高! みたいに流れやすいので要注意だ。

「湯豆腐ですかー」

 明らかにガッカリした表情で鳥がカシカシと羽づくろいをした。

「あんたさ、このままだと成人病になるわよ」

「それは怖いので湯豆腐でいいです」

 鳥がそう答え、座布団の上にボフッと座った。

「ねえ鳥」

「はい! なんでしょう」

「あたしたち本当にもう一度、エルドラ王国に行けるの?」

「ええ、私の魔力が回復したらおそらくは! あちらに行ったら色々と、鈴木さんにお願いしたいこともありますし」

「…………」

 膨らんだ鳥をじっと見つめ、頬杖をついた。

 見つめられた鳥が、居心地悪そうにキョロキョロする。

「あ、アノー?」

「あのさ、私以外の人もエルドラに連れていける? あと、往復ってできる?」

「え? はい、誰でも連れていけますよ、鈴木さんの力があれば! もちろんあちらから通路を開いて固定するのも、鈴木さんの魔力があれば可能でしょう。まぁ弟が鈴木さんをどうするかは分かりませんけ……あっ」


 鳥が明らかに『やべえ』という表情になった。

 弟。たまにこいつ、弟がアッチに居るって口走るんだよな……。

 そう思いながら、じーっと鳥を見つめた。

 鳥は間を持たせるようにひたすら毛づくろいをしている。

 

「ねえ」

 やさしい声で尋ねると、鳥がパッと顔を上げた。

「な、何でしょう」

「ダンテさんの奥さんと子供、こっちに居るでしょう? 2代前のカイワタリの聖女様、今こっちに居るじゃない?」

「はい」

 鳥が、あっさり頷いた。

 こいつは何でもかんでも変に隠そうとするけれど、こっちが知っているふりをすればペラペラなんでもしゃべる。

「ダンテさんに会わせてあげたいなぁ」

「イイんじゃないですか。家族が感動の再会ですね」

 明らかに調子を合わせているだけの口調で鳥が言った。

「聖女様が、こっちの世界とあっちの世界を行き来できるようにしてあげたいの」

「いいですねー、そうしたらどうですか」

 鳥がまた相槌を打つ。

 世界の、行き来……。

 なんとなくだが、不可能なことではなさそうだ。

 この嘘八百鳥の態度からも、何となくそう感じる。

 自分があちらの世界で、ちゃんと魔法を使えるようにならなければダメなのだろうが。

「どうすればいいの?」

「鈴木さんを守る魔力の被膜を破らないとですね。本当に危ない!というときにだけ剥がれるんです。本気の時だけ」

「本気の時……ふうん、わかった」

 本気か。

 確かに死にかけたときは本気になるだろう、死にたくないって。タイゾー君は電車にはねられ、店長は車にはねられ。

 鳥の言葉に納得し、うなずいて立ち上がる。

「ご飯作るわ」

「よろしくお願いします!」

 鳥が片方の羽を開いて、敬礼のような真似をした。

「あのさー、私明日お墓参りに行くから、何時に帰れるか分かんないの。冷蔵庫に入れたごはん取り出せる?」

「あー、無理ですねー……自分は今はまだ、鳥型にしかなれませんので」


 鳥型にしか、なれない……。

 その言葉をなんとなく脳内に刻みこみ、明るい声で返事をした。

「そっかー、じゃ、リンゴ出しとくね。あんた丸ごと食べられるでしょ? あと食パン1斤」

「はい、お気遣いどうも」


 鳥がそう返事をして、再び羽の下に頭を突っ込んだ。

 怪しい鳥、何かをたくらんでいる鳥。だがこいつをうまく利用すれば、もしかしたら店長とケンタ君を、ダンテさんのところに連れて帰れるかもしれない……。

 そのあとどうするかは分からないけれど、日本とあっちを行き来できるようにすれば、店長はもうダンテさんと別れずに暮らせるはず。

 今でも愛し合ってる二人なのに、生きているのに、越えられない壁のせいで手を取り合えない家族なんて辛すぎる。

 自分がしようとしている事は、余計なおせっかいかもしれない。

 だが、家族が再生できる機会があるなら、そうしたほうが絶対にいい。

 自分は「生きている家族の関係を持っていない」人間だからこそわかる。

 まだ生きている「家族の関係」は、絶対殺しちゃダメなんだって……。

 

 よし、この前のほとぼりが冷めたら、店長に「何故エルドラに帰る資格がない」なんて言い出したのか、さりげなく聞いてみよう。

 大事なことだ、多少つらい思いをさせてしまうかもしれないが、きちんと聞かなくては。

 自分はあの二人にもう一度、夫婦の時間を取り戻してほしい。取り戻したうえで、どうするのかを考えてほしい。

 

 玉ねぎを切り、泣いているのをごまかしながら鼻をすすった。

 これは、湯豆腐に入れる鶏団子に、しょうがと一緒に加える。あいつにとっては共食いになるのかもしれないが、正直知った事じゃない……。

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