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第55話:罰って何?

「あら有難う、鈴木さ……」

 ダンテさんのレシピで作った虹色ボンボンや赤いお芋のケーキ、それから魔法瓶に入れてきたなごみ茶の湯気の香りに気づいたらしく、お茶のお盆を手に戻ってきた店長が一瞬立ち止った。

 じっと表情を伺うが、すぐに店長は笑顔になった。

「珍しいお菓子ね」

「ママ、もらっていい? 僕もらっていい?」

 お菓子を目の前にしたケンタ君が、落ち着きなく立ったり座ったりしながら、お茶を並べる店長にしがみつく。

「ねぇマーマ!お菓子貰っていい?」

 店長がこちらを見ないまま、笑いながら言った。

「ごめんね、鈴木さん。じゃケンタ、お姉ちゃんに聞いてみなさい」

「お菓子ください!」

 白い頬をピンクに染め、ケンタ君が叫んだ。

 可愛い。思わず吹き出し、切って来たお芋のケーキや、虹色ボンボンを店長が出してくれたお皿にのせる。

「はい、どうぞ」

「いただきます!」

 モグモグ食べながらケンタ君が叫んだ。

「本当に、保育園でもだれより食べるのよ……先生に家で食べさせてないんじゃないかって面談されたのよ……」

 店長がおかしそうに、でも少し疲れたように笑った。

「美味しい? ケンタ」

「うん、なんかおもしろい味がする」

 夢中でお菓子を口に押し込みながら、ケンタ君が正直な意見を述べた。

 口の周りのカスを取ってあげながら、店長が明るい声で言う。

「エルドラに行ったんだ」

「はい」


 返事をした後、目を丸くした。予期していたことだったのにビックリしてしまって、とっさに返事ができなかった。


「あっあっ、あの、い、行きました、ペレの村に」

「そう」

 店長がお茶を一口すすり、やさしい笑みを浮かべた。

 

「いいところだよね。私も若いころ車にはねられて行ったの。私ね、20代のころにね、何年も行方不明だったんだって。こっちではほぼ死人扱いだったのよ」

 お菓子を食べ飽き、おもちゃの車を走らせて遊び始めたケンタ君に目をやり、店長が言う。

「ナナさんはすぐに戻ってこれたのね」

「はい……」

 いきなり来た。

 いきなり、肝心な話が……。

「竜殺しがまたあったの?」

「い、いいえ、私は全く向こうで魔法が使えず……」

「ふうん。そうなんだ。そんなこともあるんだ」

 店長があっさりと頷いて、またお茶を飲んだ。

「やっぱりエルドラの国は、夢じゃなかったのねぇ。もしくは私とナナさんが、同じ幻を見ていたのか。良く分からないけど、お互い不思議な経験をしたわね」

「は、ハイ……」

 店長は、ケンタ君の様子を目で追いながら、黙ってお茶を飲んでいる。

 それだけなのだろうか。

 他に自分に尋ねたいことはないのか。

 自分はある。

 ダンテさんの事とか、ディアンさんの事とか……。

 でも、それを聞いて、そのあとどうすればいいんだろう。

 話をここで、止めたほうがいいんだろうか。

 店長にとっては、もう振り返りたくない過去なのだろうか……。

「あの子さぁ、ハーフっぽいでしょ? 実はさ、あっちで作った亭主との子なんだよね」

「!」

「まあ、もう彼には二度と会えないから。死んだもんだと思ってるけど」

 店長がそう言って、虹色ボンボンをぱくりと頬張った。

「美味しい、この味懐かしいわ。亭主が良く作ってった」

「ダンテさんのレシピなんです」


 何を言っていいのかわからず、力なくそう告げた。

 店長が目を見開き、お皿の上のお菓子に目をやる。

「えっ?」

「ペレの村のレストランをやってる、ダンテさんのレシピなんです、彼に習いました」

「……そう」

 店長が小さい声で呟いた。

 それから慌てて、ちゃぶ台の上にあったハンドタオルを顔に押し当てる。

 ママの異変に気付いたのか、ケンタ君が車を放り出して駆け寄って来た。

「ママ! どうしたの!」

「なんでもない、目にゴミが入ったの」

 形の良い唇をかみしめ、店長がよろよろ立ち上がる。

「顔を洗ってくる、大丈夫よ」

「ウン……」

 ケンタ君がうなずいて、のれんをくぐって出て行ったママの背中をじっと見送っていた。

 ちんまりと正座をしている。思い込みかもしれないが、ちっちゃな横顔が良く知っている誰かに似ているように思えた。

「ごめんごめん」

 店長が赤い目で戻って来た。顔をタオルで拭い、ケロッとした笑顔を浮かべながら。

「鈴木さんもきれいに作るじゃない。この色変わり玉って、丸くするの難しいよね」

 店長がそういって、虹色ボンボンをつまんでポイと口に入れた。

 しばらくモグモグと咀嚼し、しみじみとつぶやく。

「ああ、本当になつかしい味……。ほら、ケンタも食べな」

 口を開けるケンタ君に虹色ボンボンを食べさせながら、店長が言った。


「まあでも、あっちの暮らしは夢だと思うことにする。お互いに、これからこっちで頑張ろうね」

 自分に言い聞かせるような口調だった。

 

「は、はい……」

「鈴木さん、わざわざどうもありがとう」

 まだ赤い目で、店長がきれいに笑った。

「私の名前をダンテから聞いて、『四方田鳥子なんて名前、珍しいからアイツしかいない!』と思って、来てくれたんでしょう」

「え、えっと」

 違う。

 名前はディアン管理官から聞いたのだ。

「あの、違います。ディアンさんから聞きました。私、ディアンさんに無理やりこっちに帰されたんです。理由は魔法が使えないから居なくていいとか、そんな感じの理由だと思います。明確には良く分かりませんでした。あの、それで」

 慌ててリュックサックから、ディアンさんに渡された包みを取り出す。

 

「これを、ディアン管理官から預かりました」


「え?」

 店長が不思議そうに手を伸ばし、その包みを解いて凍り付いた。

 じっと、包みの中にある小さな輝きを見つめている。

「……ディアン、何か言ってた?」

 店長の言葉に首を振る。

「これを返してくれって……事情は良く分かりませんでした。あの人とは、あまりしゃべったこともなかったので」

「そうか、そうなんだ」

 

 つまみ上げた指輪を懐かしそうに見つめ、店長が薄く笑う。

 美しい、透き通った石が嵌った女ものの指輪だ。

 だがすぐに笑みを引っ込め、彼女はもう一度包みにぐしゃっとそれを包みなおした。


「その指輪、店長のですか?」

「そうよ。昔、ディアンにもらったの」

 そう言って、店長が疲れ果てたようにうつむいた。

「あっちでは色々あったけど、私、ここではただのシングルマザーだよ。明日のご飯の事で頭がいっぱいの、事業にも失敗したおばちゃん」

「店長……」

「私がこっちに帰らされたのは罰だと思うんだよね。今が苦しいのも、全部罰」

「罰?」


 包みをきっちり畳み直し、店長がそれを自分に押し戻した。


「鈴木さん、ごめん……。なんだが私、滅茶苦茶動揺して、おもてなし出来そうもないよ。一緒に食べるランチでも作ろうと思ってたんだけど、何もできない……ごめんね」

 再びハンドタオルを顔に押し当て、店長がとうとう泣き出した。

「いいな、ペレに行けて。私はもう行けない。行く資格もない」

 不安げにケンタ君がママに抱き付く。

 店長は何も言わず、しばらく肩を震わせていた。

「あの……」

「本当にありがとう。来てくれたのにごめんね。あの、また来週遊びに来て。マクロビのケーキを焼いておくから」

 涙でぐしゃぐしゃにぬれた顔で、店長が言う。何も言えず、自分はただ店長にうなずき返した。

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