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第53話:店長のお家へ

「アレン君、うちの店のことは気にしなくていいよ」

 ダンテはそう答え、脚が痛い腰が痛いと怒りつつ、素晴らしい手際で仕込みを済ませてゆく母のほうを一瞬振り返った。

「なあ、母さん」

「看板男がいなくなっちまったら売り上げが下がるよ!まったく!うちのしょぼくれた息子とアレン君じゃ色香が段違いだろうが!」

 母の言葉に、ダンテは吹き出した。

 「もう年なんだから店はやらない!」と言って、すべてを息子のダンテに押し付けた彼女だが、腕も気合も健在だった。

 要するに、息子を働かせて自分は遊んでいたかっただけなのだ。さらに言うなら、遊ぶことに飽きてかつての店の経営にまたのめり込み始めている。

 ダンテの母は、村一番を通り越し、国でも三本の指に入る凄腕の料理人だった。

 この店も、母が現役の調理長だったころは、美食家が王都からやってくるほどの有名店だった。

 副料理長のダンテと、顧客の応対を取り仕切るリコ、そして料理長の母。その時代の店が最も繁盛していただろう。

 だが、可愛がっていた嫁、リコが無断で二ホンに帰ってしまった事で、母は寂しがってやる気を失い、調理長の座から退いた。

 そして息子のダンテが料理長として店を取り仕切るようになったのだ。


 だが、病に倒れたナナの代わりに手伝いに来たことで、最近母はまた復活した。

 『夫と早くに別れ、子育てと料理しかしてこなかった人生』を忘れ、ちょっとした店の手伝いだの、小魚釣りだの畑で葉物を育てるだのと気楽に暮らした結果、『自分にはやはり料理しかない』と思い直していた所だったらしい。

 多忙な時だけ手伝ってやる、といいつつ、裂ぱくの気合で息子に檄を飛ばし、ここ数日は息子を凌駕する勢いで朝方まで仕込みと新作の料理研究に余念がない。

 

「店長」

 アレンが彼らしい、やさしい声で笑った。

「店長のお母様は、ナナさんに何だか似ていますね。料理に夢中でわき目も振らず、何をするにも真剣で」

「そうだね」

 そう答え、ダンテは肩をすくめた。

「ナナさんはあんなにワーワー怒らないけど」

 そして、一言付け加えた。

「君がそんな優しい顔でナナさんの話をするなんてね。彼女はなんで日本に帰っちゃったんだろう、こんないい彼氏を置いて。何も言われていないの?」

「い、いや」

 アレンが首を振った。

「そういう関係じゃなかったです、大家と店子で……気が合う関係だっただけですから。帰ってしまった理由も聞いていませんし……」

「ふうん、君大丈夫?」

「え?」

「二十代の良い男がそんなんで大丈夫かって言ってるんだよ。彼女から『かっこ悪い』って怒られない?」

「…………」


 何か思い当たることがあるかのように、アレンがうつむいた。この美貌で、このやさしく穏やかな性格。彼は中身と釣り合わない外見を持って生まれてしまったがために、無駄に苦しい思いをしているのかもしれない。ダンテはそう思って苦笑いし、種明かしをすることにした。

「ナナさんが『アレンさん格好悪い』っていう紙を持っていただろう」

「は、はい……」

 目をそらそうとするアレンに微笑みかけ、ダンテは言った。

「ナナさんのわかる日本語の部分には『アレンさん頑張って』と書いてある。ま、君は励まされてもグズグズしているだけのように思えたから、ちょっと僕なりの工夫を施して、翻訳を一ひねりした、ということだ」

 愕然としたように目を見開くアレンの肩をポンとたたき、ダンテは彼の肩を押した。

 

「さ、アレン君、客席の清掃お願いするよ。明日から王都へ行くんだろう? ナナさんの事は……ちょっと気になるから僕なりに調べてみよう、保安庁には知り合いもいる」

 ダンテの声が、かすかに陰った。息子の異変を鋭く察したのか、母がパッと厨房から顔をだし、大声で言った。


「もうヤダよ、あたしゃ。カイワタリの嫁っこが帰っちまうなんて話は聞きたかないんだよ」

 耳の聞こえが中途半端に悪いとはいえ、声は聞こえていたらしい。

「大丈夫だよ母さん、魚の仕上げを頼む」

「何が大丈夫なんだよ、アレン君の嫁っこまで黙って帰っちまったんだろ!事件だよ、リコちゃんだって、二ホンに帰る素振りなんか全然」

「母さん」

 息子に強い声でたしなめられ、不承不承といった表情でダンテの母が厨房に引っ込む。

 そして、聞かせるような大声で叫んだ。


「あーあ、リコちゃんは良い嫁さんだったのに!お前がしっかりしないから嫁を取られちまったんだ、腹が立つ」


「あ、あの、店長」

 おろおろするアレンに、ダンテは微笑み返した。

「大丈夫、母さんは誤解してるんだ。リコの件は……『事故』だ。『事故』を起こしたのは『僕の不注意』なんだよ。でも、リコをかわいがっていた母さんは、いまだに納得してない。頭が固いんだ。もう歳だし」

「あんた、なんか言ったね」


 厨房から顔を出した母に、ダンテが明るい声で答えた。

 「言ってないよ、母さん。ああそうだ、思い出スープの仕込みも頼むよ」


◇◇◇◇


「誰かキター!」

 大きな声と、バタバタと走ってくる音がして、ドアが開いた。

 ここは市営団地の一階だ。ぼろぼろで築三十年近く経っているのではないか。だって自分が小さいころからあるから。

 店長はここに住んでたんだ、と思い、飛び出してきた男の子ににっこりとほほ笑み返した。

「こんにちは、ママのとこに遊びに来たんだけど」

「はいはーい」

 店長が笑顔で、男の子を追いかけて部屋から出てきた。

 ママに生き写しの男の子が、嬉しそうに店長にしがみつく。

 この坊やは、ハーフだと聞いている。

 確かに外人さんの血が入っていることはわかるが、店長にも似ていてイケメンちゃんだ。とってもかわいい。

「こんにちは」

 かがみこんで挨拶をすると、男の子がもじもじと後ろ手に手を組んだ。

「ホラー、ケンタ、こんにちはでしょう」

 店長に頭を撫でられ、さっきまでの元気はどこへやら、男の子が小さな声で「こんにちは……」とつぶやいた。

「お土産です」

 買ってきた洋館とどら焼きの詰め合わせを、店長に渡す。

 男の子が歓声を上げて、ママの手にした手提げを覗き込んだ。

 ……お土産は、他にもある。バッグにぎっしりと『エルドラ風焼き菓子』や『虹色ボンボン』、それに踊り麦の生麺も持ってきた。

 それを見て店長が何かを言ったら、エルドラの話をしていいということだし、何も言わなかったら触れないでくれ、ということだろう……。

「ママ!袋におかしが入ってる!」

 小さいケンタ君が、歓声を上げた。

「こーら!やめなさい!……もうヤダわぁ、がっついてて恥ずかしい。この子食い意地はってしょうがないの」

 店長がそういって、男の子の頭を軽く押した。

「はいはい、お部屋に行きましょう、お部屋」

 自分も靴をそろえ、お邪魔します、と挨拶をして、あんまり物がない狭いお部屋に上がり込んだ。

 ああ、懐かしい。おばあちゃんと住んでいた家もこんな感じだった。

 壁の貰い物のカレンダー、ゆがんだ棚に詰め込まれた本、それから子供のおもちゃと、目だなない場所に押し込まれた服の山。

「お茶入れるわね」

 そういって、玉すだれののれんをかき分けて店長が台所に立つ。

 男の子が自分の前にちょこんと座って、不思議そうにリュックを指さした。

「なに入ってるの、おもちゃ?」

「ちがうよ、お姉ちゃんが作って来たお菓子」

 そう答えると、台所から店長の明るい声が飛んできた。


「ケンタ!お姉ちゃんの物いじっちゃダメよ!」


 じーっと自分を見つめている、ちっちゃなケンタ君を見つめ返した。

 きれいな緑の目だ。透き通った混じりけのない緑……。

 着ていたパーカーの裾を、ギュッとつかんだ。

 

 これはエルドラ人独特の、宝石みたいなはっきりした色の目に似ている……。

 たとえば、アレンさんやダンテさん、ディアンさんのような……。

 

 ごく、と息をのんだ。この子はたぶん、こっちの世界の、無責任なイケメン英会話教師の子などではない……のではないか。

「ケンタ君、お目目きれいだね」

「そう?」

 ケンタ君が不思議そうにいい、鞄からお菓子の入ったビニールを引っ張り出す。

「おねえちゃん、どら焼き食べていいですか!」

「ママに聞いてごらん」


 そう答えると、ぴょこんと立ち上がったケンタ君が台所に駆け込んでいった。

 

 震える手でリュックをあけ、『手土産第二弾』を取り出す。

 懐かしのエルドラの食品・食材だ。これを見せたら、店長がどんなふうに反応するか。それで決めよう……。

 

「店長」

「なーに?」

 明るい声に、必死で作った明るい声で答える。

 

「私しばらく観光に行ってたんで、珍しい食材を色々買って来たんです。良かったらいかがですか」

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