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第51話:鳴動

「ピッピロピッピー、スズキサン、甘納豆食べたいです」

「うー」


 甲高い声で目が覚めた。

「甘納豆貰っていいですか」

「うう、私の分もとっておいてよ……」

 ワシャワシャになった頭を掻きながら起き上がった。思ったより朝が冷える。

 枕元の携帯を取り上げ、リモコンでテレビをつけた。

 ああ、便利だ……。アレンの家ではいちいち自分でやっていたことが、こちらではすべて指先ひとつでできるように思う。

「お、きたきた」

 昨日の夜送ったメールに返事が返ってきている。

 開封した。四方田店長だ。

『鈴木さん久しぶり。いいわよ、今悲しいことに暇なの!いつでも電話して』

 だが、携帯を見て、ぎょっとなった。

 携帯の日付が、おかしい。昨日は9月の末だったのに、もう11月半ばになってるではないか。

「はぁ?! 私が帰って来たの、9月末だよね?!」

 毛づくろいをしている鳥をひっつかんで聞くと、鳥が答えた。

「鈴木さんの携帯は、界を渡ったあなたの力の影響で時空のはざまに落ち、時を止めて持ち主を待っていたのでしょう」

 こいつ、何で『携帯』というこっちの世界にしかない物の事まで知ってるの?

 そう思ったが、声には出さず頷く。

「そうなんだぁ。時空のはざまって何?」

「界と界の隙間の事です、そこを通ることで、カイワタリの持つ力は『魔力』に変換されます。こちらの世界では何の形も成さぬ力も、エルドラでは魔力として顕現するのです」

「……へえ」

 明確に何のことかはわからなかったが、確実に言えることがある。

 この鳥はおそらく本当のことを言っているし、色々なことに詳しすぎるということだ。

 もう一度携帯を眺めた。時刻合わせの処理が寝ている間に走り、ずれていた時刻表示を直したのだろう。

 あまり携帯を見ないし、PCもテレビも見ないから気づかなかった……。

「……1か月以上も家を開けっ放しかぁ」

「ハイ」

 冷蔵庫にたまたま生ものを入れていなくってよかった……。

 封を切っていなかった牛乳を捨て、一応申し訳なく思いつつも、しなびたネギなども捨てた。

「そういう大事なことは早く言ってよ、トリ」

「シツレイシマシタピョロリピィィ」

「あんた、普通にしゃべれるだろ……」

 舌打ちしつつそう言うと、鳥がまた、金色のもこもこした毛にくちばしを突っ込んだ。こいつは本当に何者なのか……。

 

◇◇◇◇


 まんじりともせず、アレンは朝を迎えた。夜通しナナを探し回ったがどこにもおらず、家にも戻ってはこなかったからだ。

 強い不安にさいなまれたまま、彼は重い体を長椅子から起こした。

 何があったのだろう。彼女が『日本から持ってきた』と言っていた黒い鞄のようなものが、なくなっていることが気になる。

「ん……?」

 床に落ちている一枚の紙に気づく。夜には暗くて気づかなかったのだ。

 立ち上がって手に取り、如何にもお役所然と走り書きされたその内容に、アレンは愕然とした。

 

「家宅立ち入り令状……?!」

 保安庁が、国家の治安遂行のために時折発行することのある令状だ。事前の許可なしに個人の所有する物件に立ち入ることができると、エルドラの法律で定められている。

 手にした紙には、書式にのっとって簡潔な内容が書かれている。

『立ち入り目的:カイワタリ、スズキナナの所持品の回収。本人に所持品を返却し、二ホンへの帰還時にこれを持ち帰らせる為』


 アレンは言葉を失って、手の中の紙を見つめた。

 指が震えている。上着でこすって温めたが、震えは止まらなかった。

 何かすがるものを探すように視線をさまよわせた彼の目に、ナナが自分の意思を伝えるために使っていた厚紙の束が目に入る。

 一番上には、彼が弱音を吐くたびにナナが見せてくれた『言葉』が乗せられていた。


 ――アレンさん、かっこわるいです。


 その紙にはそう書いてある。

 胸に痛い言葉だが、己のダメなところを鋭く指摘する言葉だとアレンには思えた。

「そうだな、格好悪いな」

 アレンは力なく立ち上がり、ナナの言葉の紙を手に取って胸に抱いた。


『僕は格好悪い……君が居なくなった後になって初めて、欠けたものの大きさがわかった。今更こんなに動揺したりして、何をしていたんだろう。エドワードを失った時も、中傷で騎士の名誉を失った時も、僕は戦わず、ただぼんやりと痛みに耐えた。だが、それが何を生んだというのか。エドワードは今も全く幸せそうではなく、妹は僕の悪評が原因で、酷いいじめにあってじゃないか』


 全て、自分が招いたことだ、とアレンは思った。この上、ナナの去った空虚感もをも流して受け入れ、さらなる歪みを招き入れることは、果たして正しい事なのだろうか。


◇◇◇◇


「おはようございます!」

 明るい笑顔でわざとらしく両手を広げたディアンを、エドワードは睨み付けた。

「あ、誤解ですよ」

「どうでもいいんだよ、そんなビッチのことは」

 寝台に転がったままのリュシエンヌから目をそらし、エドワードがディアンの寝間着の襟を掴んだ。

「……あれ、ご機嫌ななめですか? いきなり窓から飛び込んで来られて、びっくりしました。勇者様は朝からお元気ですね」


「菜菜ちゃんは?」


 ディアンの笑顔は変わらない。そんな質問は想定済みだと言わんばかりに、ディアンがそっと己ののど元を締め上げる手を外す。

「保安庁の決定で、二ホンに帰ってもらうことになったんです、ああ、怒らないでください、エドワード。次の竜殺しが終わったら、貴方も速やかに帰してあげますから」

 エドワードの手が、もう一度襟元を掴もうと延びる。

 だが、ディアンはすばやくその手を振り払った。

「心の支えになっていた『日本人』がいなくなって寂しいですか。うーん、若いっていいですね」

「…………菜菜ちゃんは本当に帰りたいといったのか?」

 その質問には答えず、ディアンが穏やかさを装った笑顔を作った。

「あはは。何かに依存したい人ですもんね、エドワード様って。あ、よかったら朝食でも一緒にどうです」

「お前……」

「アレン・ウォルズに寄りかかれなくなったら、次はナナさんですか。分かりやすいですけど、もう二十九でしょう、もう少し自分の脚で立ったらどうです」


 火が出るような眼でにらみつけるエドワードを、ディアンが薄笑いで見つめ返す。

 転がっていたリュシエンヌが、薄物ひとつのあられもない姿でむくりと起き上がった。

 

「もうやだ、私のために喧嘩しないで」


 二人の男が、同時に気の抜けたような表情で彼女を振り返った。

「おい」

「あのな」

 呆れ果てた男たちの声にそっぽを向き、リュシエンヌが長い髪をかき上げて立ち上がる。どちらの男に対しても、どうでもいいと思っていることは明らかだった。

 

「お腹すいた。何か食べたいから用意してちょうだい。……ったく、バカじゃないの。朝から二人してきゃんきゃん吠え合って」


 吐き捨てられた言葉に、男二人は思わず目を見合わせた。

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