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第5話:モココとお散歩。

「ヤッベ!サツじゃん、逃げようぜナナ!」

 頭をおっ立てたバカそうな男に言われ、ナナは重い腰を上げた。


 ったくパトカーのランプが見えたくらいでビビりやがって。

 そう思う。

 

 缶コーヒーの缶を足で踏みつぶし、金色のバサバサの髪をかきあげて立ち上がった。

 口の中がヤニ臭い。これでは未成年のくせに煙草を吸っていた事がバレて、また停学を食らってしまうだろう。どうでも良いが。


「こんな時間まで何をしているんだ!名前は!」


 パトカーからおりてきたお巡りさんが、怒りながらこっちに走って来る。

 停学上等。

 腰に手を当ててふんぞり返り、お巡りさんを睨みつけた。


「鈴木菜菜!野菜の『菜』が二文字でナナだよ!覚えろ!何回つかまえりゃ覚えるんだよ、バーカ!」

 

 そう叫んで、ハッと我に返る。

 不良からはもう足を洗ったはずなのだが。


 爪を見る。真っ赤に塗られた長い爪。

 我ながらバカじゃないかと思うのだが、爪は長くてド派手な色の方が『ハクが付く』と信じていたのだ。


「ウゥゥ……良く寝た……」


 うめき声を上げて、体を起こした。

 小屋の中は真っ暗で、やはり朝なのか夜なのか解らない。

 昨日は、一日中穀物のような何か……多分穀物であろう水色の小さな莢から、細い枝のようなものを取り除く作業をしていた。

 穀物の穂というものは、たいがい緑か茶色だと思っていたのだが、この国では水色の穂の植物も多いと、デイジーのママである、エレナさんが言っていた。


 植物の性質が違うのかもしれない。

 実際に生えているところを見せて欲しいなぁ、と思う。

 莢つきのまま出荷すると言っていたので、中身を剥くのは控えたのだが、ビニールのように丈夫な、綺麗な水色の莢が本当に不思議だった。


 自分が見渡した限りでは、目に映る光景は美しい緑一色だ。

 あんなふうにカラフルな、地球では見た事も無いような農産物はどこで育てているのだろう。


「うう」


 天井に目を凝らすと、隙間から強い光が差し込んでいた。

「おおぅ、朝、か」


 そう思った拍子に、ギイっと音を立てて扉が開かれ、デイジーが飛び込んできた。

「おはよー!ナナちゃんおはよー!」

 髪の毛を二つに分けてフワフワと結び、赤っぽいワンピースを着たデイジーが駆け込んできた。

 いつもお洒落をさせてもらっているのだろう。

「おはよぉ、デイジーちゃん元気だねぇ」

「元気だよ!お父さんとお母さんまってるよ!ご飯食べよ!」


 デイジーに手を引かれ、そっと自分の服の匂いを嗅ぐ。


 着替えが無いのが痛い。そろそろ臭いのではないだろうか。


 あの奥様の、小柄で華奢な体型を見るに、服を借りても腹回りが入らない気がする。

 自分は170センチもあるので、女の子にしてはちょっと大きいのだ。


「はやくぅぅ〜!ナナちゃん早くぅぅ!!」

 デイジーがピョンピョンと飛んだ。

「はいはい!」

 音速で長い髪をお団子にし、一緒に小屋を飛び出した。

 調理中に髪が抜けても、丸めておくと料理に入りにくいのだ。

 だからいつもお団子にしている。 


「今日は何するのかなぁ、ナナちゃん、今日何する?」

 デイジーがふわふわした髪を揺らしながら言った。


「エレナさんに聞こうよ。お姉ちゃんは今日もお仕事だけど、何を頼まれるのか分からないや」

「ウン、そっかー、そうですネ!」


 デイジーがよく分かったというように頷く。

 昨日はこの子も、小さな手で小枝をつまみ出し、一生懸命お手伝いをしていた。

 自分が小さいころは、あんなに親のお手伝いをしただろうか。


 覚えてない……両親が揃ってたのは、6歳くらいまでだったから。

 母は男を作って逃亡し、八百屋の父は新しい奥さんを貰ったので、自分はおばあちゃんに育てられたのだ。

 思えば凄惨な過去だが。

 でももう立ち直った。

 そう言えば、恥ずかしい歴史を今朝方夢で見たような気がする。


 ——とりあえず、服を誰かに借りたいなぁ、と思う。

 臭いそうなので、今着ている分を洗いたい。


 井戸で顔を洗い、ご飯を頂いていると、デイジーちゃんのパパであるダントンさんが困ったように言った。

「あの、今日はちょっと頼める仕事が無いんだ。デイジーとウチで飼ってる子の面倒見てくれないかな? ついでに村の市場の場所を覚えておいてよ。今後、買い物を頼みたいからさ」

「ハイ!」

 キビキビと頷いた。雇い主さんにはヤル気を見せねば。

 自分の返事に、ダントンさんがニッコリ笑う。

「お、いい返事だね。助かるよ。今デイジーがモココを連れて来るから、一緒に散歩でもしておいで。市場の場所はデイジーに聞いておくれよ」

「ハイッ、あの、それと、すいません、私が入るような服ありますかねぇ。あったらお借りしたいんですけど」

 そう言うと、ダントンさんが自分の体を見下ろした。

「うーん、俺の服じゃデカすぎるし、嫁さんのじゃ小さすぎるな……そうだ、アレン先生に借りたらどう。裾をまくれば良いと思うよ」

「アレン先生」


 あのイケメンさんか。

 服が臭いから洗いたいので貸して下さい、とか頼むのは恥ずかしいのだが。


「アレン先生の家もデイジーが知ってるから」

 そう言って、腕まくりをしながらダントンさんが部屋を出て行った。

 すっごい二の腕だ。身長も190くらいありそうだ。

「ネッ!ナナちゃん!散歩いきますよ!」

 カワイイ声がして、お尻の辺りにがっちりと抱きつかれた。

 見下ろすと、デイジーがじーっと自分を見上げている。


「散歩? あ、おうちで飼ってる子だっけ?」

「そう!」

 チョコチョコと走って行くデイジーを追いかけ、花咲く庭の隅に建っている家畜小屋のような建物に向かう。


「モココー!モココー、お散歩いくよー!」


 デイジーが叫ぶと同時に、小屋から馬くらいの大きさのものが出て来た。

 そう、大きさは馬くらいだ、大きさは。

 でも。


「……あの、デイジーちゃん、これ……」

 変な汗をかきながら、ちんまりと腕を組んでいるデイジーにおそるおそる尋ねる。

「モココです、よろしくお願いします、ウチの貴重なカチク、です!」

 得意げな表情でデイジーが言う。


「うるぐぁぁぁぁぁぁ!ぐうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 『モココ』が鳴いた。

 否、吠えた……というか、咆哮を上げた……と言うべきだろうか。

 モココなんて紛らわしい名前を付けないで欲しい。

 この生き物、明らかに人間を食いそうなのだが。

 爬虫類、いや、ドラゴンだろうか。

 全身にびっしり生えた鱗に爪に牙、怖すぎる。


「うちのモココ、荷物運べるのよ」 

「がるるぅぅ、んがるるうぅぅぅ……」

「お返事もするの」

「ぐがあああ!」


 『モココ』が凄まじい声で唸った。

 サラブレッドぐらいの大きさの、四本足で歩く緑の鱗の爬虫類的な何かが、ぐいとこっちに顔を近づける。

 

「ひええ」


 大きい口からメッチャ牙が見えていて怖いのだが。デイジーは怖くないのだろうか。

「仲良くしてね」

「エッ、無理だよ」

「なんで!モココいい子なんだよ、デイジーと同い年なの!6歳、まだ子どもなんだって」


 デイジーがそう言って、小さい手で『モココ』という名前とは似ても似つかぬ恐るべき爬虫類型の怪物の手綱を引いた。


「あっ、エッ、そう、怖いな」

「がるぐぁぁぁぁぁ!」

「ヒッ!」

 びくっとなって飛び退くと、デイジーがパタパタと足を踏み鳴らして叫んだ。

「撫でてあげてよ!甘えてるじゃん!」

「…………」


 あ、甘えて……?


「まだ子どもだから、いっぱい撫でてあげて!ってお母さんが言ってたよ!」

 いやぁこの迫力、子どもってレベルじゃないだろ……と思ったが、そこまで言うならとおそるおそる手を伸ばす。

 その瞬間、バクン!と手を食われた。


「!」


「あはは」

 腰を抜かした自分を見て、デイジーが無邪気な笑い声を上げる。

「モココいたずらっ子ー、ナナちゃんがビックリしてるよ、ダーメ」

「…………」

 動きが速すぎて腕を引っ込める事すら出来なかったのだが。

 だが、だが、腕は無事だ。

 腕が涎でベトベトになったが。


 無事だった腕を眺め、涙目でモココを見上げる。

 自分をじっと見て舌なめずりをしているのだが、モココの感情は全く読み取れない。

 食われそうな気がしてたまらないのだが、違うのか。

 これは甘えているのか。ダメだ分からない。


「ハイ!許してアゲテ!子どもだから!」

「デイジーちゃんも子どもでしょうが」

「さ、行こうねー、アレン兄ちゃんのお家に遊びに行こう」

 話を聞かず、デイジーがモココの全身に念入りに巻かれた綱を引いた。

「先生の所に行くの?」

「そうだよ、デイジー、兄ちゃんのお嫁さんになるからネー、今日も会いに行きます」


 デイジーが得意げに言い、真っ青な綺麗な瞳を輝かせた。

「そっか」


 それなら、ついでに服を貸してくれと頼もう。

 デイジーと手を繋ぎ、なるべく恐ろしいモココと距離を取りながら歩く。

 モココは大人しく……いやおそらくは大人しいのだろうが、末恐ろしいうなり声を上げながらドスドスとついて来た。


 白っぽい砂利道の淵には、黄色い花が咲いている。道の端には用水路とおぼしき小川が流れ、その向こうには、大きな葉の茂る畑が広がっていた。

 畑のずっとずっと向こうは、背の高いなだらかな稜線が広がっている。

 ここは山に囲まれた場所なのだろうか。

 坂を下って行く先は拓けていて、どこまでも畑が広がり、点在する赤い屋根の家々が見えた。


 しみじみ空気のおいしい、いいところだ。カルイザワっていうか、北海道の富良野とか美瑛とか、そんなイメージを抱いた。


 青い空に、緑の畑に、赤い屋根。

 心がほぐれてゆくような、美しい光景だ。

 隣にうなり声を上げるトカゲの化物は居るけれども。


「あれが先生の家!おかーさんのジッカです」

 デイジーちゃんが、ぷくぷくの指で、赤い屋根の大きな邸宅を指差した。

「へぇ……広いお家だね」

「ウン、おじいちゃんとおばあちゃんは、都に引っ越したの。だからアレン兄ちゃんだけが住んでるのデス」


 デイジーが慣れた手つきで手綱を引き、器用にモココの進む先を変えさせる。

 そのまま門を開け、門扉に縄をくるりと巻き付け、短い手を伸ばしてモココの体をさすった。

「モココ、イイコで待っててねー」

「がるぐぁぁ……」

 モココが返事らしきうなり声を上げる。

 率直に怖いと思う。この巨大トカゲが怖い。


 20分程一緒に歩いたが、モココを可愛いと思える瞬間は1秒も無かった。

 だがデイジーと意志の疎通は出来ているようにも見えるから、ただの爬虫類と違って、とても賢い生き物なのかもしれない。

 

「兄ちゃん!デイジーだよ!」

 大声で叫び、デイジーな大きな木の玄関扉を押した。

 そのままパタパタと家の中に駆け込んで行ってしまう。

 自分もおそるおそる、大きな古い家の中にお邪魔することにした。

「おじゃましまーす」


 家の中は全て木造で、ログハウスのような印象を受けた。

 黒っぽい木組みの天井で、窓にはガラスらしきものも埋まっている。その窓には繊細なレースのカーテンがかかっていて、可愛らしい感じがした。

 だが、全体的に埃っぽい。

 あまり掃除をしていないようだし、人が住んでいる生き生きとした感じがこの家からはあまり感じられない。


「ああ、デイジーか」

 元気の無いアレンの声が聞こえた。

「何してるの、兄ちゃん」

 長椅子に腰を下ろし、拳を腿の上に置いた姿勢で、アレンが人形のように座り込んでいた。

 顔色はあまり良くない。というか、やつれて見える。


 どうしたんだろ、具合悪いのだろうか。

 首を傾げた表紙に、アレンが自分に気付いたのか、顔を上げる。

 そして再び、陰鬱な表情で俯いた。


「今日は……遊んであげられないんだ。ちょっと考え事があって。考え事っていうか、何ていうか、反省する事が山のようにあって、一人で反省したいから。すまないな、デイジー」


 暗い声でアレンがいい、自分に向かって口を開く。

「そう言う事だから、デイジーを連れて帰ってくれ、ナナさん。ちょっと色々考える事が山のようにあるんだ」

「はぁ」

 お通夜の席ですか? というくらい、アレンの周りだけがどんよりと暗い。

 彼はこの薄暗い家に引きこもり、ずーっと椅子に座って考え事をしていたのだろうか。


「あのー、大丈夫ですか?」

 声をかけると、我に返ったようにアレンが頷いた。

「ああ、大丈夫だ。心配は要らない。自分へのダメだしというか、反省をしているだけだから」


 その返事だけははっきりしているが、切れ長の目は光が無く、ハッキリ言って死んでいる。

「自分へのダメだし、ですか」


 あまり健全に思えないのだが、一人で引きこもり続けているなんて。

 大丈夫なのだろうか。

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