第45話:宿命の星、いらないです!
「ね、見て」
冷えた風にさらわれた長めの髪を押さえ、ディアンがかすかに笑った。
ペレの村のはずれ、藪を超えた場所の地面に、地中から押し上げられたかのような亀裂が走っているのが見える。
「村の子供が見つけたらしい。その子の父親から報告があったと聞いて飛んできた。懐かしい光景だ。竜が地表に近づいてる」
「ああ」
「エドワード様はもうだめかもしれない。強大すぎる力に、人に過ぎない精神が追いつけなくなり始めている」
ダンテは不吉なひび割れを見つめたまま、何も答えなかった。
「竜退治、手伝ってよ、『元』最強の騎士団長様」
「無理だな」
ディアンの言葉に、ダンテは首を振った。
「僕の魔力の核は、昔の竜殺しの時に壊れたままだよ。癒してくれる砂の聖女はもういない」
「あの半端そうなカイワタリはどうなんですかね」
ディアンが腕を組み、ゆっくりとダンテを振り返る。
「ナナ君は半端じゃないし、君の道具でもないよ。リコもそうだった」
地のひび割れに目をやったままダンテが言った。
やさしげに聞こえるのに、鋼のような声だ。
「もちろんですよ、よくわかっています、ダンテ」
明るい声でディアンが応え、腕を広げた。
何がわかっているというのか、ただ口先だけで言っているとわかる、軽い口調だった。
「僕は君が怖いな、ディアン」
「なぜ?」
かすかに眉を上げたかつての盟友に、ダンテは静かに答えた。
「嘘を本当にするため、君はだれよりも努力できる人間だから」
冬の風が、二人の男の間を吹き抜けた。
◇◇◇◇
空飛ぶキラキラの物体の屋台を探している途中、これまた不思議なものを見つけて足を止めた。
「!!」
キラキラと輝くシャボン玉のようなボールの中央に、金色の球が輝いている。
なんだろう、これ。
お菓子……だろうか?
「儚あめ、一つどうです」
お店のおじさんが笑顔で言って、そのボールを指さす。
タイゾー君が、懐から小銭を出して、お代を払ってくれた。
「結構高いね」
「冬しか食べられませんし、一子相伝の技で作っている手作り菓子ですからね。ああ、核が恋人の色になるといいですね」
店のおじさんが不思議なことを言い、笑顔を浮かべた。
二人に頭を下げ、いそいそとそのボールを持ち上げてみる。
軽い……。
中の金色の物体は、透明なボールの中で浮いているのだ。
触れた瞬間、中の金色の物体がきらりと緑色に変わる。
「へえ、きれいな緑だね、お客さんは知的好奇心にあふれてるんだなぁ」
店のおじさんが言う。
知的好奇心なんてちょっと照れてしまう。いろんなものを食べて、料理したいだけなんだけど。
「僕も買ってみようかな」
タイゾー君がもう一度お金を払い、同じくボールを手に取る。
中の金色の物体が、グレーがかった薄いブルーに変わった。
「あれ、お兄さんのほうは疲れてる」
店員さんが目を丸くした。
タイゾー君はちょっと笑っただけだった。
たしかに、元気はない。
あとでわけを聞いてみよう。この前からずっと微妙に変だし。
その前に。
せっかく買ってもらったこの物体、どうやって食べるんだろう。
丸かじりだろうか。
それとも周囲の透明部分を割って、中身を食べるのだろうか。
手に持っていた棒で、地面の剥き出しになった部分に字を書く。
『コレ、どうやって食べるの?』
字を読んだタイゾー君が目を丸くした。
「え、これ食うの? 見て楽しむ菓子じゃないの?!」
『食べるよ!めずらしいもん!』
「…………」
なぜかタイゾー君が黙りこくった。
店員さんが笑顔で言う。
「まあ、お兄さんが言うように飾り物のお菓子ですけど、一応食べられますよ。中身は石ですから食べられませんけどね。外の透明な部分が飴なの」
「…………」
へえ、ベタベタしないけど飴なんだ……。
そう思って、つくづくと透明なボールを眺めまわした。
ガラスみたいに透明ですごくきれいだ。
「お客さん、声でないの? 風邪ひいちゃった?」
店員さんの言葉に、一応うなずいた。
「そっか、儚あめは特に喉に効果はないんだけど、子供のころの夢を見せてくれるよ」
「…………」
子供のころの夢?
さっき見たけど、特に見たい過去じゃない。
おばあちゃんは生活苦で怒りっぱなしだったし、両親は勝手に出てって、どっちもいないし。
……。
だが、好奇心に負けてボールの表面を舐めてみた。
甘露雨のような、かなり強烈な甘さだ。
「そうなんですか。俺は、子供のころは髪の色が変だっていじめられてたな」
タイゾー君が苦笑し、ぺろりと飴の表面を舐めた。
「甘いですね」
「砂糖の木の煮汁を10回も濾すから、相当甘いと思う。それに許しの果実で作った酵母を混ぜて膨らませて。作るのがすごく大変なんだけど、きれいだろ? 味のほうは単調だね、どうしても」
酵母?
こっちの世界にも酵母があるの?
慌てて地面に字を書く。
『酵母がほしい! 酵母でパンを焼いたりしたい!!』
タイゾー君が苦笑して、肩に手をまわした。
「菜菜ちゃんとのデートって新鮮だよ。女の子が食べ物の話しかしないなんて」
たぶん、遠回しにいい加減にしろと言われている。
だが譲れない!
酵母がほしい!
『 酵 母 』
もう一度字を書く。
大事なことなのだ。
ダンテさんの焼くパンには酵母が入っていない。
元気麦の膨らむ力で焼くパンばかりだ。
ふっかふか、ふわっふわのパンをこっちでも焼いて、食べてみたいのだが。
「……すみません、酵母ってこの市場のどこかで売ってますか」
あきらめたように、タイゾー君が聞いてくれた。
「ああ、北の端っこが食材市だから、いろんな酵母があるよ。酵母なんてふつうは、お酒造りにしか使わないけどね」
店員さんが、そう教えてくれた。
タイゾー君の目をじっと見つめ、『 酵 母 』と書いた文字の下にゴリゴリとアンダーラインを引いた。
それから書き添える。
『空飛ぶ食材と酵母を手に入れたいです』
「わかったよ」
タイゾー君が不承不承そういい、自分の肩を抱く指に力を込め、歩き出す。
道行く人々が、格好いいタイゾー君を驚いたように見上げ、銀髪がヅラっぽい自分を見て微妙な顔をする。
明らかにおかしいので、元の黒髪に戻してほしい。
それに、何なんだろう、今日のタイゾー君はベタベタしすぎの気がする。
『どうしたの今日。やたらくっついて子供みたい』
そう地面に書くと、文字を一瞥したタイゾー君が震える声で言った。
「何かに寄りかかりたいんだよ、言ったでしょう」
『寄りかかりたい?』
「そう」
タイゾー君が、力なくうつむいた。
今は黄金の色に変わっている髪が、彼の表情を隠す。
確かに自分はがっしりしているので、寄りかかりがいはあるだろう。
だけど。そういう意味ではなさそうだ。
ああ、アレンは最近落ち着いているようだが、今度はタイゾー君がべっこべこに凹んでいる。
菜菜さんの周りには、よわよわ系男子しか集まらないのだろうか……。
『しゃきっとせえよ』
地面にそう書いて、弱弱しく垂れ下がったタイゾー君の頭をワシャワシャ撫でた。
「菜菜ちゃん……ごめん……」
お爺さんみたいな声音で、タイゾー君がボソッと言った。
『ほらイケメンゆうしゃ! シャキッとせい!』
急いで字を書き、もたれかかる体を肩でどついた。
ガタイが良すぎてビクともしない。
腹の底からため息が出た。
鈴木菜菜さんの運命をつかさどる星。
それは、婉曲的表現を用いれば『素行や精神状態に問題のある男』、ストレートに言えば『ダメ男』に囲まれる運命の星なのか。
心当たりはありすぎる……。
父親といい、元婚約者といい。異世界で出会ったイケメン共といい。
ああ、何ということだ。
こんな宿命の星のもとに生まれるつもり、毛頭なかったのだが。




