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第42話:きしみ始める王国

「…………!」

 果物を切り、お皿に置くと、見る見るうちに果肉が消えてゆく。

 やはり、鳥が食っているのだ。

 お皿を持ち上げる。重みを感じた。鳥は皿に乗っている。

 そのまま皿を鏡の前に置く。

「!」

 鏡には、必死に果物をつつきまわし咀嚼する黄金の小鳥の姿が映し出された。

 なんという食欲だ。おのれと同じくらいの大きさの『あまあまの実』とよばれるミカン様の果実をがつがつと食い尽くしてゆく。

「ピッピィピョリラリー、鈴木さん果物美味しかったです」

 相変わらず食い物の話だけは流暢にしゃべる……。

「オイシ、モット、アトデ」

「…………」

「デハデハ、マタキマスピョロリィィィ」

 勝手なことを言って、鏡に映った鳥がパタパタと飛んでゆく。

 しばしのちに、ガラス窓のところで「ゴン!」という音がした。

 無言で窓を開けてやると、軽い羽ばたきの音がして、すぐ消えた。

 ガラスにぶつかるということは、実態があるということだ。

 何なんだろう、あの鳥。意味がよくわからない。

 腕組みをして開けた窓をにらんでいたら、ドアが開いてアレンが入ってきた。

「ただいま、ナナさん」

 慌てて振り返り、深々と頭を下げた。

「やっぱり子供たちのおなか下しが増えてるみたいだ、ダンテさんのお店の手伝いが終わったらまた薬を煎じるよ、村の先生だけだと追いつかないから」

 昼休みに、食事もとらずに自分の様子を見に戻ってきてくれたのだろう。

 この人は万人に優しすぎる。罪な男だ。だがこの人のおかげで安全に暮らせるのだ。

 そう思い、慌てて台所に走り、作っておいたお昼ご飯を簡素な木の箱に詰めることにした。

 お弁当にしてはおかずが少ないが、お店の空き時間につまんでくれればいいと思い、元気パン、元気卵を焼いたもの、茹で野菜や茹で肉を詰め込む。

 ずいぶん寒いので、お弁当もどきが痛む心配はなさそうだ。

 家に居るのは暇なので、せめて素敵なお弁当をこっちの世界のレシピで完成させたい。

 あわよくば農家の人たちに安く売れればいいな、と思うのだが。

 働いてお金をもらいたい。

 ただ飯食いは、心が痛む……。

 とりあえず、元気であることと感謝の意を示そう。

「ナナさん、何をしているの」

 腕を持ち上げて頭の上で大きな丸を書き、アレンににっこりと笑いかけた。

「どうしたの……あれ、なんかそういえば、可愛……いや、いつもと違う格好をしてるね

 アレンがかすかに耳を赤くして目をそらした。

 なんか妙なモンが透けたり捲れたりしているのかと、慌てて下を見た。

 大丈夫だ。

 何を赤くなっているのか。

「?」

「ああ、ご、ごめん、あのお茶営業の仕込みが始まるからもう行かなくちゃ」

 戻ってきたばかりなのに、アレンが背を向けて飛び出していこうとした。

 なんなんだよ、落ち着きがない!

 そう思い、コートの背中をつかんでお弁当もどきをアレンの前に突き出した。

「え?」

 そんなに飯抜きで働き続けて頑張らず、この弁当もどきを食って休んでほしい。

「あ……なにこれ、食べ物の差し入れ?」

 深くうなずいた。

「ご、ごめん、気を遣わせてすまない」

 アレンがまた頬を染め、お弁当箱を思いっきり縦にして小脇に挟んだ。

「!」

 やはりこっちにはお弁当箱の文化がない。

 弁当を横にして運んでもらうという発想を持ってはだめだ。

「え? 縦にしちゃダメなの、わかった」

 アレンが不思議そうに言って、弁当箱を片手に乗せてにっこり笑った。

「ちょっと運びにくいね。でもありがとう」

「……」

 捧げ持つように弁当箱を運んで、坂道を下ってゆくアレンを見送った。

 持ちにくそうだ……。

 お弁当箱にこだわったのは失敗だったか。

 おそらくお弁当箱を使うという発想のない皆は、平気でお弁当箱をひっくり返すし、振り回しもするだろう。

『うーむ』

 蓋を開けた時におかずがきっちり詰まっているあの感じ。

 あれが自分は大好きで、幸せを感じるのだが。

 

「菜菜ちゃんって結構美人さんだよねぇ」

 明るい男の声で振り返る。

「!」

「声は? 治った?」

 そこに立っているだけで水際立ったように華やかな姿を認め、思わず後ずさった。

「寒いね、どっかでお茶しようよ。あ、ごめん、コートないよね」

 そういって、また自分のコートを脱いで着せかけてくれる。

 首を振り、しばらく考えて地面に棒で字を書いた。

『この前借りたのがあるから大丈夫、何しに来たの?』

「遊びに来ただけ」

 タイゾー君がにっこり笑った。

 うなずいて、もう一度地面に字を書く。

『上着とってくるからここで待ってて!』

 鳥肌の立つ二の腕をさすりながらアレンの家の扉に手をかけた。

 その腕に、タイゾー君の腕が重なる。

「イヤー、可愛い。慰められるよ、菜菜ちゃんの可愛さに」

 はぁ? と思い顔を上げた瞬間、タイゾー君の顔がかぶさってきた。

 

◇◇◇◇


「ディアン、何してるの」

「君のほうこそ何してるんだよ、王太子殿下の夜会に潜り込んだってどういうこと」

「うふふ」

「うふふじゃない、勝手に動くな」

 吐き捨てて、ディアンはペン先をインクのツボに突っ込んだ。

「はぁ」

「忙しそう……」

 桜色の爪の先で唇をなぞり、リュシエンヌが楽しげにディアンの書類を覗き込む。

「あなたってカイワタリの言葉も、こっちの言葉もすらすら書けるのね」

「ああ」

「どっちのほうが得意なの」

「こっちの言葉に決まってる」

「ふーん……ねえ、今日はしないの」

 しなだれかかる『愛人』のほうを振り向きもせず、ディアンはガリガリと何かを書きつけながら言った。

「忙しい。今夜中に配備案を騎士団長に回さなければならないんだ」

「あっそ、じゃあいいわ。さよならディアン。頑張ってね、『龍退治』」

 なぜか満足げに言い、リュシエンヌがするりとディアンから体を離した。

 眉根を寄せ、勝手な愛人の背中をディアンは見送る。

 インクの付いた指先を神経質にこすりながら、彼はつぶやいた。

「……さよなら? 勝手に何を」

 面倒だな、と思い、ディアンはペンを放り出した。

 まだリュシエンヌにはしてほしいことがある。

 国王を骨抜きにしてもらい、ますます政治への興味を失ってもらいたい。

 その間に、地に潜った「龍」が現れ、この国は危機を自覚することだろう。

 カイワタリに頼らねば救われない国の体制をあからさまにしたい。


「エドワード様もそろそろ『狂い始める』頃だろう。カイワタリはその力が強ければ強いほど、己の力に振り回されて心をつぶされてゆく……」


 ――カイワタリは、この国に要らない。

 勇者エドワードを最後に、この国は『奇跡』を捨てるべきだ。

 ディアンの薄い唇に、ゆがんだ笑みが浮かび上がった。

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