第41話:変な鳥に乗っかられた……。
「ナナさん……ごめん……」
目の下が真っ黒なアレンが、ぼんやりした口調で言った。
どこに行っていたのだろう、まあ生きていてくれてよかった……でも目が死んでる。
そう思いつつ、ニッコリとアレンに微笑みかける。
ご飯も食べた!大丈夫!
そういう気持ちを込めて、満足を伝えるためにブンブン手を振った。
伝わるだろうか。
「そうか、ごめん、俺が頼りなくて迷惑をかけて済まなかった、それからエドワードと居るのを邪魔して済まなかった。カイワタリ同士、き、気が合う……んだね……」
「…………」
どっち方面に誤解してるんだろう。
別に自分は、優しいけどわりと躁鬱激しめなタイゾー君とデキてはいない。
その辺、勝手に決めないで欲しいのだが。
そういえば、ダンテさんから貰ったカードに『アレンさん頑張って』というのがあった。
まさに今彼に言いたいセリフだ。
ダンテさんはどこまで至れりつくせりなのだろう。
彼に感謝しつつ「ありがとう」と、「あれんさんがんばって」のカードを引っ張りだし、アレンの前に差し出した。
「……っ!」
アレンがそのカードを見て凍りつく。
なんだ、何が起きたのか。
「?」
差し出したカードが間違っているのかと思いつつ確認したが、間違っていない。
「……き、きみの、言うとおりだ、ごめんね」
「?」
アレンが両手でなめらかな頬を叩き、気を取り直したように微笑んだ。
「うん、ごめん、先生をお呼びしてくる。具合が悪くないのにずっとここで寝ているのも逆に辛いだろう。退院できないか聞いてみるよ」
「!」
アレンの申し出に、嬉しくなって頷いた。
どうやら、元気をだしてくれたようだ。
微笑みかけると、アレンはいつもの様に優しく微笑み返してくれた。
非の打ち所のない、いい男だ。
アレで中身さえシャキッとしてくれれば、言うことはないイケメン様なのだが。
◇◇◇◇
「さー、モココ、明日ナナちゃんが帰ってくるわヨ!」
「うがるるるぅぅぅぅぅぅ!」
「木の実取りに行きましょ、雪が降ったら取れないんだからね」
そう言ってデイジーは、ひょいとモココに乗っかった。
今日も、山の入り口に生えている野生の竜果実を取りに行く予定だ。
農園の竜果実と違って、色が「たけだけしく」て、味が「めちゃすっぱい」のだ。
おかあさんがあの種から作ったしゅわしゅわ果実水が好きなので、たくさん取って帰ろうと思う。
ナナちゃんも声が出ないというが、しゅわしゅわの水を飲んだら、喉がびっくりして治るのではないだろうか。
そんな気がした。
刺だらけの藪とか、川とかあって、地元の大人は面倒臭がって余り行かない場所なのだ。
「ハイっ!」
ひと声かけて首筋を叩いた瞬間、モココが軽やかに駈け出した。
おじいちゃんは、女の子はやんちゃばかりするな、というが、おばちゃんは農家の後継ぎ娘は元気すぎるくらいでいい、と言ってる。
自分は外で走り回り、食べられる物を探すのが好きなので、おばあちゃんの意見に大賛成だ。
ナナちゃんが戻ってきたら、冬の食材を探しに行こう。意外とあるのだ、冬でも食べられるものは。
「ぎゃるがるるるるる……るるるぅぅ」
いつものように山の中の道を走っていたら、モココが不安そうに足を止めた。
「どうしたの?」
大きな獣でも居るのだろうか。
モココが嫌がる場所なら、行かないほうがいいだろうと思い、そっと首をなでて上げた。
「かえる?」
「るるるぅぅ……うぅぅぅぅ」
怯えた声を上げ、モココがジリジリと後ずさる。
なんだろう。
首を伸ばして、モココが見たものを探した。
「んん?」
地面から、湯気が噴き出している。
あんなもの見たこと無い。
モココから飛び降り、手綱を近くの木に巻いて逃げないようにしてから、そーっと湯気に近づくためにヤブをかき分けた。
怖い動物の匂いはしない。
多分モココは、あの湯気を怖がったのだろう。
「えーっ、なにこれ、どうして割れたの」
目の前に広がるくさっぱらが割れている。地面が大きく盛り上がり、裂け目から湯気がモクモクと上がっていた。
湯気はとても暖かい。暑いくらいだ。何が起きているのだろう。
「ひええ」
作物がダメになったら大変だ。
近所で変なことが起きていたらすぐに知らせるよう、お父さん、お母さんから厳しく言われている。
慌ててモココの手綱を解き、ひらりと飛び乗って叫んだ。
「モココ、地面が割れてた、たいへん、お父さんに言いに行こう!」
◇◇◇◇
「ねえ、エドワード」
妻の声に、エドワードはビクリと肩を震わせた。
またろくでもないねだり事か、それとも男との情事がバレたので、もみ消せとでも言うのか。
「睨まないで、こわぁい」
くすっと笑い、リュシエンヌが親しげに顔を覗きこんできた。
エドワードの脳裏にガンガン警鐘が鳴る。
この女の機嫌が良いということは、彼がろくでもないことに巻き込まれるということだからだ。
「ねえ」
「煩いな……」
しつこく覗きこむ美しい顔を避け、エドワードは吐き捨てた。
「なんだよ!」
「竜が出るってホント?」
リュシエンヌが青い瞳をあやしげに輝かせた。
「……どこでそれを」
「本当なんだぁ」
愛らしい仕草で両手を合わせ、リュシエンヌが小首を傾げた。
「ね、王子様はもう知ってるのかな」
「はぁ?」
この国の王族は、竜退治なんか『歴代のカイワタリ』に丸投げだ。
いや、知っていても、ディアン管理官辺りに『良きにはからえ』と命じて終わりだろう……。
「へえ、知らないんだ」
満足そうにリュシエンヌが言った。
「ふふっ」
「なんだよ」
「別に、お出かけしてきます」
リュシエンヌはそう言って、フワフワしたいかにも少女めいた外套を羽織ったまま、部屋を出て行った。
怪しい、そう思いながらエドワードは腕組みをする。
『妻』が何をしようと知ったことではないが、放置していてろくでもないことをされても困る。
だが……。
「ま、いいか。アイツのことは、ディアンが尻拭いすればいい」
呟いて、豪奢な衣装を脱ぎ捨て、いかにもエルドラの平民ふうの衣装を手にとり、エドワードは微笑んだ。
「菜菜ちゃん、声が出なくて困ってるよね……」
地味な色のマントをはおり、エドワードは鏡を覗きこんでちょっと前髪を直す。
「アレンは、日本語が書けないし」
そう言って、鏡の向こうのおのれをじっと見つめた。
疲れた、悲しげな笑顔をした自分をしばらく見つめ、エドワードは鏡に背を向ける。
「はぁ、疲れた……。こそこそ会いに行くなんて間男みたいだけど、仕方ないよね」
部屋の扉を開け、エドワードは暗い声で言った。
「本当のことだからさ」
◇◇◇◇
こまった。
アレンに借りた服がぶっかぶかになって、わりと無抵抗にすっとーんと床に落ちてしまう。
痩せたのはすごく嬉しい。
だがさすがにいきなり服が脱げたら痴女だ……。
紐で縛りすぎたら今度は苦しくて屈めない。
ゴム製品のないこっちの世界の不便さを呪う。
「…………」
諦めて、タイゾー君に買ってもらったおしゃれで可愛いワンピースをかぶった。
こんなお花の柄のついた服、まず着ることすら無いので落ち着かない。
恐る恐る鏡を覗き込んだが、なんだか女装しているみたいで、やはり落ち着かない。
髪を団子にする道具も、どんなにジェスチャーで頑張っても入手できなかったし、長くて邪魔だった。
『女装っ……!』
ああ、女装だと思えば思うほど、可愛い服から本体が浮いて見える。
「…………」
気恥ずかしいので、この格好で外に出たくない。
しかも声が出ないから、仕事も休まざるを得なくて収入が途絶えるのが痛すぎるし。
色々困り果ててしまった。早く治すか、日本に帰るかしなければ。
『日本に帰る、かぁ』
何となくもやっとして、ボーっと鏡を眺めた。
鏡には、痩せて多少可愛くなった、と思いたい自分が映っている。
『うーん』
日本に帰るのが一番いいのだが、未練が残るというか、やり残したことがあるカンジがするのはなぜなのか。
この世界の人たちを好きになったから、なのだろうけど。
「!」
ふと、とんでもないものが目に飛び込んできて、仰天して目を見開いた。
鏡の向こうの自分の頭に、金色の小鳥が止まっているではないか。
「!」
慌てて手を伸ばして頭に触り、小鳥を捕まえようとした。
でも、鏡には映っているのに、手で触ることが出来ない。
「?!」
何だ、この鳥。鏡にかいてあるのか。
いや、さっきまでは、こんなものなかった。
鳥はたしかに自分の頭の上に乗っかっているのに。
「!」
鳥が『ぴぃぃぃぃ』という甲高い声で鳴いた。
そのタイミングで、ぴっかー、とすごい光が頭の上から放たれた。
「…………」
この鳥、周囲の人から見えるのだろうか。
だとしたら自分、怪しすぎる女なのだが。
頭に光る鳥を乗せて、謎のジェスチャーを繰り返す、いっさい喋らない女装人間なんて!
「ピョロピョロピイィィィィ!スズキサーン、オハヨ……コンチワ……デス!」
「!」
「エライモン、キタ……ピョロピョロピイイイイイ……」
頭の上から声が聞こえた。
インコが、覚えた言葉を喋っているみたいな口調だった。
煩い。かなり煩い。
だが頭のどこを掴んでも、鳥に触ることが出来なかった。
諦めて、鏡の前を離れ、部屋を出て台所に向かう。
アレンはダンテさんのお店に仕事に行ったので、ご飯の支度をしておこう。
仕事もしない、金も入れない居候なので、家事くらいはきっちりしないと本当にヤバイと思う。
「ピピピッ、アノーピョロロロロ、甘い果物食べたいです」
頭の上からまた甲高い声がした。
なんだこいつ。
食べ物のことだけ妙にはっきりしゃべるな……。
そう思い、視線を精一杯上に向けた。
見えない。重さも感じない。
が、確かに、しゃべる鳥がいる……。