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第39話:勇者様のコート

「エドワード様のご伝言は、騎士団に伝達しました。ですが医技武官も魔術武官も、去年の騎士団改変で数が減っているので、厳しい戦いを強いられるでしょう。もし龍が出るとして、ですけどね」

 慌てたところなどまるでないディアン管理官に、エドワードが冷たい声で言った。

「内憂を無視し、外患に拘う。それが王家の判断か、カイワタリの力を無限だと思う愚を悔いねばいいが」

 己の手にしている地味な飾りのない剣を、静かに鞘から抜き放つ。

 平凡な金属の刃が、エドワードの瞳に映り、ぎらりと輝いた。

「エドワード様は竜の出現場所を予測なさっておいでですか? うーん、先代の親竜を斃して2年ですよ? 次代の竜が孵化し、成熟するのはあと6年は先だと思ってましたけど……」

 ディアンが腕を組む。

 エドワードは何も答えず、長い前髪の下からディアンを睨んでいた。

「竜は卵を1つ産んで、地上に上がってくると伝承に有りますからね」

「伝承は伝承にすぎない。竜の臭気を俺の鼻がかぎつけた」

 剣を鞘に戻し、エドワードがマントを肩に払って言った。

 緑褐色の瞳は、得体のしれない光をたたえたままだ。

 この瞳に宿る光は、歴代カイワタリの中でも最強の力を持つとされている、勇者エドワードの力が顕現したものだ。

 地上に現れた竜を一刀のもとに屠った、武神の如きカイワタリの力……。

 普段は不遜すぎるほどのディアンですら、軽口を叩けず彼の言葉を待った。

「卵は先代の竜が二つ産んだのだろう。いくつ産もうが竜の勝手だからな。姉竜は二年前僕に屠られ、妹竜は姉の縄張りが空になった事を検知して、嬉々としてその姿を表そうとしている」

「ふた、つ?」

 声をかすれさせたディアンに、無情にエドワードが頷いた。

「ああそうだ。いくつ卵を産もうが、それは竜の勝手。そしてこの国の内部の守護をカイワタリに一任しようとするのは、貴様らエルドラ治世者の判断だ。出現場所を教えてやろうか」

 かすかに息を呑み、ディアンがわずかに背の高いエドワードの目を見つめた。

 何を考えているのかまるでわからない、底の見えないくすんだ色の目を。

「妹竜は、ガラスの鉱山がお気に召さなかったらしい。おそらくはこの王都近辺に『彼女』は現れるだろう」

「エドワード様……?」

「王に報告しておけ。井戸水を調べてみろといえば分かる。竜の体液での汚染が始まっているから。信じるか信じないかは、陛下次第だ。俺は、言うべきことは言った。あとはお前が動きたいように動くといい」

「待ってください!体液での汚染なんて聞いたことはない」

「だから、王都の近くに出るんだ。頭を使え、管理官」

 抑揚のない声で言い終え、エドワードが引き締まった背中をディアンに向ける。

 均整のとれた勇者の後ろ姿を見送り、先ほどまでの柔らかな声をかなぐり捨てて、ディアンはつぶやいた。


「……貴様に言われずとも、この国の腐りきった性根くらい、僕はわかっている。王は、王権を脅かすものを排除し続け、竜殺しはカイワタリに一任だ。王の頭にあるのは諸外国に対する威圧行動と、己の腹を満たすことばかり。そんな国が長く続くわけがない……。僕は異界の力などに頼らず、かつてのエルドラ王国を再構築してみせる」

 薄く笑って、ディアンは緑の瞳をかすかに細めた。


「妖精に王を骨抜きにしてもらい、王太子殿下をけしかけて父上を玉座から追い落としてもらおう。王太子殿下は『己が一番』のお子様だ。自分よりも褒め称えられ、崇め奉られているエドワード様を目障りに思い、近い将来こう仰せになるはずだ。『カイワタリを、元の世界へ返せ』とね」

 ディアンが肩を揺らし、いびつな声で呟いた。


「勇者様は国の安定まで、僕の道具に徹していただく、まずは目先の危難、災厄の竜を屠っていただこう」


◇◇◇◇


「…………」

 寒い。毛布を顎の下まですっぽりかぶり、目をつぶった。

 アレンは近くの宿に泊まっていると言っていたから、明日にはペレの村に戻ってもらうように頼もう。

 あまりお世話をかけてもご迷惑だ。

 それにしても。

 ダンテさんの奥さんが、生きてて、カイワタリ……。

「…………」

 奥さんは、無理やり日本に帰されてしまった。ディアンさんの手で。

 あの飄々とした人、明るくて感じが良かったけれど、見た目通りの人じゃないのかもしれない。

 それに、ダンテさんのことがとても心に刺さっている。

 ダンテさんはまだ奥様を愛しているのだろう。

 無理やり引き離された奥様を。

 だから、同じ日本から来たカイワタリの自分を見て、辛くて言い出せなかったなんて。

 ――アレンも奥様がいなくなった本当の理由までは知らなったらしくて、とても驚いていたし。

「…………」

 ジワジワと涙が滲んできた。

 そんなのってひどい。

 それに、何も知らなかったとはいえ、自分も無神経だった。

 本当に無神経な存在だったのだ、そこに、ダンテさんの目の前にいるだけで。

 ボロボロと涙が出たので毛布で拭いた。

 どうしよう。

 声も出ないし、ダンテさんの店で働かせてくれというのも爆発的に気まずいし、困った。

 ダンテさんは、無事でよかった、良くなったら戻っておいでと言ってくれたけれど。

 喋れれば仕事なんかいくらでもありそうだけど、意思の疎通が出来ない今の状態では仕事にもならないだろう。

 …………。

 日本に帰れないだろうか。

 日本の病院なら、こっちよりはるかに高度な医療が受けられるし、言葉だって筆談で通じる。もし治らなかったら手話を勉強してもいいし。

 よし、明日にでもあのちょっと信用出来ない感じになったディアンさんに、日本に返してくれって……。

「!」

 いや、ダメだ。

 タイゾー君の都合を聞かないと。

 帰るときは一緒に帰りたいから、絶対に呼んでくれと言われたじゃないか。

 いきなり呼びつけたら彼も困るかもしれないし。

「…………」

 よし、今呼んで、この状況を説明しよう。自分はすぐにでも帰りたくなったと。

「…………」

 あれ、だめだ。ものすごくモヤモヤする。

 なんだか辛い。

 そりゃそうだ。だってせっかく仲良くなった皆……と、お別れなんだもん。

 よぎった美しい横顔を慌てて打ち消す。親切にされるとすぐ勘違いしちゃって情けない。

 とにかく。

 今すぐにでも帰らないと、皆の迷惑になるのだ。

 そうタイゾー君に伝えねば。

 意を決して、手のひらをじっと見た。

 もらった鈴はどうやって出てくるのだろう。

 うーん。

「…………」

 鈴、出てこない。

 とりあえず明日でもいいか、帰るのは。

 その前にこっそり病室を抜けてお風呂を探してこようかな、と思いついた。

 立ち上がり、詰んであったリネン類を持って立ち上がった。

 お風呂、お風呂はどこだ。

 多分一階か、お外だろう。

「!」

 お湯の匂いがした気がするので、そのまま外に出た。

 おばあさんが湯浴み道具を持って小屋から出てきたのが見えた。

「あんたも風呂? 新顔だね、女風呂はアタシが出てきた小屋だよ」

 おばあさんに頭を下げ、いそいそとお風呂に飛び込んだ。

 置いてあった石鹸で髪も体も洗って、岩で出来た浴槽にチャプンとつかる。

 ああ、暖かい。

 生き返る。

 うっとりと目を細めてぬくもりを吸収し、ざばっと立ち上がった瞬間、ドアが空いた。

「菜菜ちゃん、オレのこと呼んだよね、ここにいるの?」

「!」

 顔をのぞかせたのはチカン……ではなく、タイゾーくんだった。

 小さい手ぬぐいを頭から外し、慌てて体を隠して頭を下げた。

 悲鳴なんて出ないので、無言のままのマヌケな状態だ。

「あ、ごめん」

 タイゾー君が速攻引っ込んで、ぱたんとドアを閉める。

「…………」

 ああ、思いっきり見られた。

 スーパーモデルみたいな男子に、締まりのないこの体型を。

 ひたすら気まずかった。

 気まずい。

 あのタイゾー君には、デブ気味の一般人などどうでもいいはずだが、死ぬほど気まずい。

 この気まずさを、絵でどのように表現すればいいのだろう。

 とにかく急いで髪を拭き、薄い寝間着みたいなワンピースをひっかぶって、小屋の外に飛び出した。

「!」

 タイゾー君はだるそうに、小屋の壁に持たれてうずくまっている。

「!」

 具合でも悪いのか。体勢的に、腹が痛いのだろうか。

 慌てて肩を揺すると、何故か両手を合わせて言われた。

「菜菜先生、ごちそうさまです」

「…………」

「なかなか良かったです、男子特有の事情により、丸くなってやり過ごしてました」

 何言ってんだこいつ。

 そう思い、タイゾー君の頭を軽くひっぱたいて腕を組んだ。

「痛っ」

 ひゅるりと冬の風が庭を吹き抜けた。

 薄着だから寒い……。

 喉の前でバツじるしを作り、タイゾー君に背を向けて走りだす。

「あ、待って、ごめんごめん」

 ヘラヘラ笑いながらタイゾー君が追ってくる。

 とにかく寒いので病院の中に駆け込み、タイゾー君を入れて通用口の戸を閉めた。

「菜菜ちゃん、声どうしたの?」

 首を振って、もう一度喉の前でバツを作る。

「そっか、声が出なくなっちゃったんだ……あ、寒いよね。それに目のやり場に困るから着てよ」

 タイゾー君が、金持ちが着るような立派な毛織のコートを貸してくれた。

 本当に一言多い微エロ男だが、ありがたく頭を下げて袖を通す。

「やっぱ髪下ろしたほうがカワイイね。いつもそうしてればいいのに」

「…………」

 とりあえず色々と言いたいことはあるが、自室にメモ帳を取りに戻ることにした。

 タイゾー君は日本語が通じるから、文字を書けば読んでくれるはずだ。

「…………」

 当たり前のように手をつないでくるタイゾー君をじっとにらんだ。

「いいじゃん、俺だって寒いんだよ」

「…………」

 確かに、彼の手はとても冷たい。男の人の手にしては冷たすぎるほどだ。

 上着を返そうと思い脱ぎかけたら、タイゾー君に止められた。

「心が寒いだけだよ。ちょっとくらい温めて」

「…………」

 なんという、口説き慣れたイケメンだ。ありがたみがない。

 思わず吹き出し、寒いのでコートの前を片手でかき合わせて階段を上がった。

 せっかく温まったのに、かなり冷えてしまった。

 考えなしに風呂に突撃した自分がアホだった。

「菜菜ちゃん、暖かい手だよね」

「…………」

 曖昧に頷き、なんだかすがるような目をしている……ように見えるタイゾー君から、そっと目をそらす。

 とにかく積もる話を筆談でしたい。

 あのディアンさんの事とか、日本に帰りたいこととか。自分が見た夢の話とか。

 そう思ってタイゾー君と手をつないだまま、与えられた病室のドアを開ける。

「!」

「あ、あの、ナナさんが、いなくて、どうしたのかと思っ……」


 だが部屋には、アレンが待っていた……。

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