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第37話:大変なものをなくした!

「リュシィ!」

 夫に腕をつかまれ、リュシエンヌは振り返った。

 鬼の形相をしたエドワードに微笑みかけ、優しい声で尋ねる。

「どうしたの、怖い顔して。もしかして今更お説教?」

「ディアンはどこだ」

「ああ、あの人、朝起きたらいなかったわ」

 リュシィの応えを聞き、エドワードが舌打ちせんばかりに乱暴に手を放した。

 妻の不貞を問いただそうとする様子はない。だが、余裕の無さは、普段の彼らしくなかった。

「くそ、急ぐのに」

 焦りを押さえられない表情で、エドワードがつぶやく。

「どうしたのよ」

「竜が出る」

 夫の言葉に、リュシエンヌは立ち尽くした。

「えっ」

「また竜が出るんだよ!」

 そう言ってリュシエンヌを突き放し、エドワードは彼女に背を向けて走り去った。

「ちょっと待って……エドワード……」

 リュシエンヌが小さな声でつぶやき、華奢な白い拳を桃色の唇に当てた。

「嘘でしょ、この前あなたがやっつけたじゃないの」

 ガラスの鉱山で出現した『竜』のせいで、エルドラの経済は大きく後退した。

 夜会に来る裕福な人々が苦り切った表情でそう言っていたことが忘れられない。

 たとえ竜殺しの力を持つ人間がいたとしても、あの竜はそんなに簡単に倒せるものではないのだ。

「でも、あなたがいれば、大丈夫なんだよね? ショーゴだっているし……」

 彼女が不安げに見上げた空は、何一つ曇りなく青く、どこまでも澄んでいた。

 真冬が近いことを告げる透明な光が、彼女の蜂蜜色の髪をキラキラと輝かせていた……。


◇◇◇◇


「さてと」

 頭をきっちりと縛ったきれいなおねえさまが、ガランとしたお店の中で手を合わせるのが見えた。

「今までありがとう、私のお店」

 しばらく祈るように目をつぶり、四方田店長は微動だにしなかった。

 ――店長、店長っ、鈴木です!聞こえますか!

 相変わらず監視カメラでしか無い視点で叫んだが、自分の声が聞こえた様子もない。

「よし」

 涙を拳でぐいと拭い、店長がリュックサックを背負い、最後の小さな明かりを消す。

「……はぁ、これからケンタにお金がかかるのに……私、商才無いのかなぁ……」

 自信なさげにつぶやく店長に、必死に呼びかけた。

『あの、コレ夢だとわかっていますが、言わずにいられません!店長のお料理は美味しいですし、心がこもってて好きです!私はまた店長のお店で働きたいし、声だって掛けて欲しいですよ!』

 拳を握り……いや、拳が動く気もしないが気持ちの上では握り、ぐんにゃりと元気のない店長を必死で励ます。

『私はまた店長と働きたいですよー!』

 うーん、鬱陶しいこの監視カメラモード。

 もう飽きたんだけど……。

 そう思っているうちに、店長はすたすたとお店を出て行ってしまった。

 店長の一人息子・ケンタ君は一度見たことがあるが、アメリカ人の外国語講師で、現在逃亡して行方不明の彼氏との間に出来てしまったというハーフの坊やで、超可愛いのだ。

 ちなみに、男運が無いところで共感し合っていたのでは断じてなく、自分は店長の料理に対して真面目なところが好きだった。そこは誤解無きようお願いしたい。

『はぁ、私はいつになったら動けるの……』

「ピピィィ……ピョロロロロロン」

『!』

 でた。あの鳥だ。金ピカの小鳥。

 ひょいと視界に顔を出し、つぶらな目をぱちくりと瞬かせる。

 見た目はスズメみたいでカワイイんだけど、なんでチョロチョロと自分の周りを意味ありげに飛び回っているのだろう。

「カイワタリピョロロロ……スズキサンピョルルルルルル」

『!』

 し、し、し……。

『しゃべった!』

 変な鳥が、喋った!

「スズキサン、オキマショ、ドーカドーカ……ピピピッ」

『は? 起きるって……?』

「ピョロ……ピョロロロロ……スズキサンノ、カラ、ヤブレナイ、カタイ」

 カラ? 殻のことか?

 私、卵じゃないんだけど?

 何? この鳥は何を言ってるの?



 そこでバチッと目があき、ゴリゴリと首が動いた。

「?」

 暗い部屋で、見たことがない場所だ。

 アレンの住んでいるペレの村の家ではない。

「………」

 関節がゴキゴキ鳴ったが、力を込めて起き上がる。

 さっき目を開けた時は全く動けなかったのだが、今はとてもしんどいけれど、動ける。

 体は冷えきっていて、怠くてたまらない。浸かりたくもない冷水の中にずっと浸かっていたあとのようだ。

「…………」

 ん?

「…………!」

 声が出ない……!

 あわてて立ち上がり、うがいをしようとフラフラと部屋の中をさまよった。

 体の中に泥をつめ込まれたようだ。

 ものすごく重い。

 ドタドタと歩きまわり、部屋に水場が無いことを確認して、転げるように廊下に出た。

 なんだろうココは。

 そう思っていたら、知らない白衣のおじさんが走ってきた。

「大丈夫ですかっ!」

 壁にすがりついていたところを助け起こされ、ぐいっと顔を覗き込まれる。

「目が覚めたんですか!いつ?!今どんな具合ですか?!」

「…………」

 寒い。あと声が出ません!

 ダメ、ヒューとすら言わない。声帯が凍りついたかのようだ。

 そうだ、筆談で対応しよう、と思ったが、字が書けないことを思い出した。

 数字と「いやしいも」「やさしいも」「からだむぎ」くらいしか書けないのだ。

「だれか!アレンくんを読んできて」

 おじさんの大声でバタバタ走ってきた若者が、頷いて何処かへ走り去った。

 どうしよう。

 異世界で唯一の意思の疎通手段である『言葉』をなくすなんて。

 文字ではなく絵で何かを伝えようか。

 いや、駄目だ。

 成果物さえ出せば合格できるような美術の授業で、赤点とるくらい絵が下手なのだが。

 頭が真っ白になったまま、おじさんに引きずられて部屋に戻り、ベッドに再度寝かされた。

「急に動かないで、貴女は非常に危ない状態だったんです。普通の人間ではありえない状態で……ちょっと体温測りますね」

 おじさんは、お医者様なのだろう。

 あっちの世界の体温計と同じような器具を自分の口に突っ込んだ。

「舌の下に入れて」

「…………」

 もう大丈夫、寒いからお風呂に入りたいです、そう言いたいのだが声が出ない。

「声が出ない?」

「!」

 お医者さんの言葉に、ブンブンと頭を縦に振った。

「じゃ、コレに書いて」

 渡されたメモ帳を前に、しばし考えこむ。そして自分が風呂に入っている絵を描いた。

「…………」

 通じただろうか。

 眉根を寄せてジーっと絵を眺め、難しい表情をしていたお医者さんが困ったように顔を上げた。

「これは、カイワタリの神託か何かかい? 海に浮かぶ島……?」

 風呂に入ってる菜菜さんだっつーの!

 絵が描けないんだっっーの!

 そう思ってブンブン首を振った。

 水面から、団子のついた頭が出てるじゃないか!コレは私なの!

 そう思って、絵の自分と、現実の自分を交互に指さした。

 わたし、ふろ、入りたい!

 コレは湯気!コレはお湯!

 しかし、通じていない。

 お医者さんが困り果てたように首をひねり、もう一度メモ帳を差し出した。

「ごめん、もう少し分かりやすく描いてくれる?」

 うう……お風呂、お風呂に入りたい、寒い。

 そう思いつつ、今度はもう少し丁寧に、樽のようなお風呂に入っている自分の絵を描いた。

「煮込み料理?」

 ああーん、だめだー、何で通じないのだろう。

 そう思った瞬間、乱暴にドアがあいて、アレンさんが飛び込んできた。

「ナナさん!」

「…………」

 びっくりして、ペンとメモ帳を落とす。

 なぜアレンは、あんなに真っ白な顔をして大汗をかいているのか……。

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