第33話:芋餡シュー裁判
「あれ? 君たちはミーナの友達?」
妹の頭を胸に抱いて、アレンが笑顔で辺りを見回した。
「みんなでお菓子を食べに来たの?」
妹の肩を抱いたアレンが、優しい声を女の子たちに投げかけた。
誰も返事をしない。
皆、明らかにアレンに見とれていた。
デイジーそっくりのミーナちゃんも可愛い美少女だが、お兄さんのアレンにはなんというかこう、澄んだ春の小川のような独特の透明な雰囲気がある。華がある、とでも言おうか。
女の人が老いも若きも見とれる理由がよく分かるような気がする。
「ナナさん、何かお菓子あったっけ」
アレンに尋ねられ、思わずダンテさんを振り返ると、彼が無言で自分が作った芋餡シューを指さした。
「あ、あります!私が作ったのでよければ!」
多分、大丈夫なはず。
そこまでまずくないはずだ。
餡のレシピもシューのレシピも自作だが、味を見た感じではなかなかの出来だったし。
大声で返事した自分を、女の子たちが一斉に自分を見た。
つり目の態度悪い子は、ぎろりと自分を睨んでいる。
なんだろう、先程から、あの子の妙な敵意を感じて落ち着かない。
それにアレンの妹は、明らかに元気が無いし。
「いらないわよ」
つり目の女の子が吐き捨てて、ぷいと顔を背けた。
「お茶ください!普通のお茶でいいです!」
「普通のお茶と言っても、いろいろあるけどね」
ダンテさんが優しい声で言うと、女の子が微かに耳を赤くしていった。
「じゃあ、癒やし茶をおねがいします。あんた達も、それでいいわよね!」
何人かの女の子が、ボーっとアレンに見とれたまま頷いた。
「なにボケっとしてんのよ!」
「な、なんでもないわよ、レイナこそ何をカリカリしてるの」
つり目の女の子のあまりの機嫌の悪さに、むっとしたようにお友達らしき子が言い返す。
なんだろう。
このつり目……ではなく女の子、まだ若いのだろうに全く可愛くない。
ダンテさんは、傍らでくっくっく、と喉を鳴らしてその様子を見ていた。
「いやぁ、わかりやすいねー」
「何がです」
「うん? 女性は老いも若きも美男子が好きなんだなって思ってたんだよ。さて、僕は仕込みをしてこなくちゃ。あの子たちの相手、適当にしてあげて」
そう言って、ダンテさんがさっさと厨房に引っ込んでしまう。
とりあえず、癒やし茶を人数分入れ、皆の周りにおいた。
それから、作りたての芋餡シューもお出しする。
「今日は僕がごちそうするから気にしないでいいよ。いつも妹と仲良くしてくれてありがとう」
アレンの声に、つり目の不機嫌ちゃん以外の女の子が、キラキラと目を輝かせた。
ああ、若いって素直だ。
イケメンに優しくされて舞い上がっているさまが、同じ女としてよく分かる。
多分アレンに優しげなことを言われた時の自分もあんな感じだろうから。
妹を椅子に座らせ、カウンターに入ってきたアレンが笑顔で言った。
「ごめん、買ってきた食材を片付けてくるから、あの子たちの相手をしてあげて」
「は、はい」
頷き、フロアの女の子たちを振り返る。
つり目ちゃん以外の全員の顔に『失望』『イケメンが引っ込んでしまった』と書いてあった。
悪かったな、残ったのが地味なデカ女だけで。
そう思ったがなんとか笑顔を保つ。
「ねー、あんたのお兄さんすっごいかっこいいじゃん」
「悪い人じゃなさそうだった」
アレンの姿を名残惜しげに見送り、ミーナちゃんの向かいの席に座った女の子たちが口々に言う。
「だから!あんなの、ただの噂だって言ったじゃん!」
むっちりした、しっかりものの子が奮然といい、憔悴しきった様子の、傍らのミーナちゃんの手を握る。
「その場の気分とか雰囲気で、適当に人の悪口言うんじゃないわよ」
「そ、それは……」
「実際に見たらいい人そうだったから……ごめん……」
大人しそうな女の子が、むっちりさんの反対側からミーナちゃんの手をとった。
「じゃあ三人とも、ミーナに謝りなさいよ。あんなにいじめみたいな真似して」
ミーナちゃんと反対側に座った三人のうち、つり目ちゃん以外の二人が素直に言う。
「ごめん、ミーナ」
「お兄さんあんまり悪者っぽくないね、ごめん」
ところで、この話の流れは一体なんなのだろう。
女の子たちが真剣そうな様子のところ申し訳ないが、何を話し合っているのかさっぱりわからない。
ミーナちゃんと喧嘩でもしていたのだろうか。
両方のお友達に手を取られたミーナちゃんが、とうとうシクシク泣きだした。
「わたしじゃ……なくて……兄さんに謝ってよ……本当に悪くないんだから……」
大きな青い目からボロボロと涙をこぼし、ミーナちゃんが泣きじゃくる。
「兄さんは何にも悪い事してないもん、兄さんに謝って」
ばん!と机をたたき、つり目の女の子が立ち上がる。
「うるさい!わたしは顔がいいくらいでダマされな」
その瞬間。
つり目ちゃんの顔めがけ、自分の作った芋餡シューが飛び上がった。
「!」
今、何が起きたのか。
何故机を叩いただけでお菓子が勝手にジャンプしたのか。
「な、な、なによこれー!」
紫のあんこでベタベタになった顔を拭い、つり目ちゃんが怒り狂って、芋餡シューをお皿に叩きつける。
芋餡だけが再度勢いを増して跳ね上がり、つり目ちゃんの顔を直撃した。
「ぷは!」
「きゃー!なにこれ!踊り麦でも入ってたの?!」
「で、でも、さっきまで動いてなかったよ」
騒然とする女の子をかき分け、お出しした芋餡シューを回収する。
「ちょ、ちょっと、ごめんなさい!ごめんなさいよ!」
食べかけのシューを手のひらでパンパン叩いてみた。
動かない。
あの子のシュー以外は普通のお菓子だ。
なのに何故、あの子のシューだけが暴れたのか。
やばい。確かに踊り麦は、少量をつなぎに入れた。
でもあれが入った食べ物が勝手に動くには、『加熱と何らかの力を加えること』が必要だったはず。例えばよく練るとか。餡はそんなに練ってないし、加熱も……。
「加熱……あ!」
焼きたてのシューに餡を挟んだことを思い出した。
もしかしたら、一番初めにアツアツの状態で餡を挟んだのが、つり目ちゃんの前に置かれたシューだったのかもしれない。
自分の予想よりも加熱されてしまった踊り麦の踊り成分が、机を叩かれたことで覚醒し、いきなり舞い上がったのかもしれない。
ああ、なんという不幸な組み合わせだ。
よりによって、一番機嫌の悪い子に踊る可能性のあるシューが配膳されてしまうなんて。
「なによ、私の食べてた奴も、ミーナのも、踊りも暴れもしなかったわよ!あんた、悪口のバツがあたったんじゃないの!」
「なんですって!きいいいいい!」
「静かにしなさいよ、レイラ。あんたのキーキー声は営業ボーガイだからさぁ」
「帰る!」
むっちりさんの一言でつり目ちゃんが椅子を蹴って立ち上がり、餡の残る顔でお店を飛び出していった。
残された両隣の女の子たちが、ぽかんと口を開けたままつり目ちゃんを見送る。
自分もだ。同じようなアホづらでつり目ちゃんを見送った。
あの子は何をあんなに一人でエキサイトしているのか。
「あの、どうしたの、みんな何を騒いでいるの」
騒ぎは、厨房にまで伝わったらしい。
かすかに眉をひそめ、アレンが足早にやってきた。
つり目ちゃんを追おうかどうしようか、というように立ったり座ったりしていた女の子たちが、ストンと椅子に腰を下ろしてアレンを見上げる。
目がうっとりキラキラ輝いていた。
ヒステリーを起こしている面倒そうな友人のフォローより、目先のイケメン鑑賞を選ぶことにしたようだ。
「なんでもありませーん……」
「あの子怒りっぽいんですぅ……」
つり目ちゃんが居た席の両隣の女の子たちが、夢見心地の表情でそう答えた。
そして同時に立ち上がり、アレンにペコリと頭を下げた。
「ごめんなさい。私達、あなたが『妖精』に暴力を振るった、っていう悪いうわさを聞いて、悪口を言っていたんです。でもアリスに言われて、こうしてお兄さんに会って、悪い人じゃないと思いました」
「私もです、ごめんなさい」
「あ、ああ、そうなんだ。妹と仲良くしてくれれば、僕はそれでいいよ。気にしないで」
アレンが戸惑ったようにそう答えた。
この優しさも度が過ぎて彼を苦しめているのだと思うが、さすがにずっと年下の子達相手に怒る気になれないのは分かる。一応反省の意を示しているし。
一方自分の方も、なるほどとようやく腑に落ちた。
アレンが案じていたあの噂に踊らされ、裁判官ごっこをしにやってきたのだ、この子たちは。
そして電光石火の勢いで『イケメンは無罪』の判決をくだしたのだろう、あのつり目ちゃん以外の『裁判官』は。
「あれ? 女の子がもうひとり居たよね。帰っちゃったの?」
「あ、あの子のことは気にしないでください」
「バチがあたって、お菓子が暴れたので怒って帰りました」
「え?」
アレンが驚いたように自分を振り返った。
「ナナさん、出したお菓子って何……? 踊り麦のお菓子?」
――はい、そうです。入れちゃいました、踊り麦。加熱されない予定だったので。
そう思いつつ、女の子裁判官たちが怖くて無言を貫いた。ビビリの鈴木菜菜25歳を許してほしい。
「ちがいます、あの子のだけ暴れたんです。机叩いたからじゃないですか?」
「バチが当たったのよ!」
「あの、私のも、ミーナのも……平気でした……」
口々に女の子たちが言い、アレンがますます困ったように首を傾げる。
「そ、そう、よくわからないがそういうものかな」
「ぷ……」
厨房から顔を出したダンテさんが、笑いをこらえた顔でブルブル震えていた。
多分自分が何をしでかしたのか、残りの餡とシューの様子を見てお見通しなのだろう……。




