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第31話:何故か悔し泣き

「えーと、シュークリームは、これでイケてるはず」


 満足して腕を組んだ。

 ダンテさんに分けてもらった元気鳥の卵を使ったカスタードクリームもどきも、どうやら完成に近づきつつあるようだ。


「面白い食べ物だね」

 ダボッとしたセーターを着込んだアレンが、不思議そうに肩越しに覗きこむ。

「はい、これをシューに入れて焼くんです。シューっていうのはそうですね、お菓子の皮ですね」

「ふうん」

 アレンが不思議そうに頷いたので、ニッコリと微笑み返す。


 もしかしたら、上手くシュークリームっぽいものができるのではないか、という気がしてきた。

 そうしたら、アレンに食べさせてあげよう。

 彼は意外とグルメなので美味しくできたら喜んでくれるかもしれない。

 だが成功するまでは、あんまり期待を持たせないようにしないと。

 なにしろ異世界の食材をよくわかっている、というわけでもないのだから。


「僕の方も薬剤用の枝の洗浄は終わった。煮出せば薬になるところまで仕上がった。ナナさん、ゴミ取りを手伝ってくれてありがとう」

 

 この世界の薬は主にいろんな葉っぱや樹の枝、きのこなどなので、薬にするまでにいろんな過程が必要なのだ。ちなみに自分が手伝ったのは、天日干しをしていた樹の枝を綺麗に拭いてホコリを取り、細枝を取り除いてお箸みたいな形状にする作業だった。

 これをよく煮だして他の薬と合わせると、子供や妊婦さん用の止瀉薬や、腹下しの予防薬になるという。

 アレンが言うには、井戸水があまり綺麗ではないのだそうだ。

 原因は頑なに喋ってくれないのだが。


 自分の方は借りた搾り出し袋でシューになるはずの種をポチポチと天板に並べ、クリームにこれから火を通そうかというところだ。

 煮立てないようにゆっくり火通しして、様子を見ようと思う。

 シューの方は温めた釜に天板ごと入れた。

 パンを焼く温度で固定されているはずなので、大体うまく行くはずだ……。


 上手く量産できるようになったら、異界のお菓子としてダンテさんに提案してみてもいいかもしれない。


「そういえばさ、ナナさんはいつくらいに帰れそうなの? ディアン管理官は、早めに返すって言っていたけど」

「はぁ、全くあの人から音沙汰が無いんですけど、多分そのうち連絡来ると思います」

「相変わらずだな、あの人も」

 アレンが、ちょっと冷たく聞こえる口調で言った。

 そういえば、アレンは彼のことをずっと睨んでいたけれども、前からの知り合いなのだろうか。

「相変わらずというと、どういう意味なんでしょうか」

 アレンが、しばし美しい瞳を曇らせる。

 まるで自分の質問にどう答えれば『きれいな答えになるか』を考えるかのように。


「うん、あの人、なんていうか、そう、僕が騎士団にいた時、同じ騎士団に派遣されていた人でね。でも、今みたいなお役人じゃなくって、当時は王家の親衛隊の隊長をしていた凄腕の魔導師なんだ」

「ええ!魔法使いなんですか」

 アレンが頷き、取り繕ったように笑った。


「そう。彼はいつも飄々としているけれど、本当はとても強いんだよ、怖いくらいに。君のことを指一つでふっ飛ばしただろう。あんな術は滅多に使えるものではない。今は何を思ったのか、保安庁に移動したけど、本質は闘士なんだと思う」

「保安庁って、なんのお仕事してる場所なんですか?」

「保安庁というのは国家の維持を使命とする役所で、いろいろ秘密が多い場所だ。いわゆる密偵やら、隠密活動をする部隊もいるし、外交上の難しい問題も保安庁に持ち込まれて管理されることが多い」

「はぁ、そうなんですか、スパイ組織ですねぇ」

「すぱい、それは知らないが諜報組織だよ」

 

 ——語り終えてもアレンの顔は晴れない。

 やはり、本当は別に言いたいことがあるのではないか。

 そう思って思い切って聞いてみることにした。

「あの人と、ディアンさんと仲悪いんですか?」

「え?」

 アレンがびっくりしたように目を見張る。

 自分は、これまであまり彼に踏み込んでこなかった。

 だから、急に踏み込んだことを聞いて驚かせてしまったのだろう。

「……いや」

「いーえ、嘘ですね。くらーい顔してますよ。吐き出したらどうでしょうか。だって私、すぐにいなくなるカイワタリなんですし、こっちにも友達はいません。誰にもしゃべりませんから」

 アレンが動揺したように、澄んだ緑の瞳を彷徨わせる。

「別に僕は、ディアン管理官に対してなんの気持ちも抱いてない」

「抱いてるんですね」

「それは」

 長い指を組み合わせ、アレンが目をそらす。

 そして、小さな声で言った。

「その、リュシエンヌは美しいだろう」

「は?」

 ――まさかノロケかよ!

 お前やっぱり卒業してないのかあの大悪魔から!

 そう言いかけたが頑張って飲み込む。

 彼が語ろうとしているのは、どんなの話なのだろう。

 確かに彼女は超がつくくらい綺麗で見とれてしまうくらいだが、今なんの関係があるのだろう。

 個人的にあんまり認めたくはないがリュシエンヌさんは、まだアレンに心から愛されているのかもしれないし。

「僕は騎士団の頃は、とにかく多忙で、常に遠征ばかりしていた。それでね、彼女は僕のいない間に華やかな社交界に飛び込んで、あの美しさであっという間に有名になったらしいんだ。今も有名なんだよ、社交界では『蜂蜜色の髪の妖精』なんて呼ばれている。リュシィは昔から人の心に取り入るのが極めて上手く、取り巻きを作る天才だから、今でもそれはそれは人気者らしい」

「そ、それはすごく想像がつきますが」

 いろんな男の人が微笑み一つで食い殺されていったに違いない。

 心の中で合唱し、アレンに頷いてみせた。


「はは、あの時は彼女がびっくりさせてすまなかったね。僕はあの子の突飛な言動に慣れていたけど。ダンテさんも呆れていたよね」

「はい」

「はぁ」

 アレンが重苦しいため息を付いた。

 そして、言葉を続ける。


「離婚はリュシィから申し出てきた。『家をあけてばかりで冷たいあなたに我慢ならない』と。僕はその、結婚して四年、ずっと兄妹みたいな関係だったけれども、いつかはちゃんと家族になりたくて努力していたつもりだったから、それは拒んだ。『主婦なんだから毎日遊んでいないで家を守るくらいしてくれ』と、ひどいことも言ってしまって」

「いや何一つひどくないっすよアニキ」

 彼の言ったことの、どこが『ひどい』という解釈になるのか。

 専業主婦が家にいるって、ふつうのコトだと思うのだが。

 そこで腰が引けるからあの可愛い悪魔っ娘に振り回されるんだろうが!

 男なら気合入れやがれ!

 と思ったが、またがんばって飲み込む。

 元不良は口が悪くていけない。


「その暴言が彼女を傷つけたらしく、ある日家に帰ると仲裁者が待っていたんだ」

「いつ暴言吐きましたっけ、アレンさん」

「いや、なんていうか、もう僕が何かを言い返せばすべて『暴言だ、傷ついた』と言い返されたから良くわからないんだよな……」

「そうですか」


 ダンテさんが結婚させなきゃよかった、なんていうわけだ。

 もうグダグダすぎるではないか、その夫婦生活。


「それで、リュシィが『仲裁者』として連れてきたのが、ディアン管理官だ。社交界で知り合ったと言っていたけれど……あの、これは僕の憶測だけど、もっと昔から深い知り合いだったような印象を受けた」

「深い知り合い?」

「あまり言いたくない。中傷になるから。端的に言えば、二人はおそらく男女の深い仲だったんだろう、という意味だ」


「げ!」


 ありえる、超ありえる、何一つ不思議じゃない!

 サイテー、サイテー、なんでそんなひどいことをしておいて、平然とタイゾー君の奥さんにおさまっていられるのかわからない!

 まあ、平然としていられるからこそ、つねにセレブ奥様として君臨していられるのかもしれないが。

 いろいろ怖い。面の皮がタフすぎる。

 絶対戦いたくないタイプの女の子だ……。


「その後はもう訳がわからないまま時が過ぎた。ディアン管理官と再婚するのかと思わせたリュシィが、エドワードを連れてやってきたんだ。この人と再婚するって。エドワードも『絶対にリュシィは君に渡さない』なんて言い出すし。何故親友が僕を裏切ったのか、なぜ僕が家庭を失うのか、それに何故僕の悪いうわさが都中に広がっているのかわからなくて、それで気鬱の病を患って、ここに逃げてきた」

「…………」


 なるほど。

 嫁を取られて泣いて逃げてきたわけではないのか。

 だがひとつ、初めて聞く話があった。


「あのう、なんだかお辛そうなので色々聞くのも恐縮なんですが、『悪いうわさ』ってなんですか?」

 アレンが、自分の質問に凍りつく。

 だが、しばらく黙ったあとに答えてくれた。

「僕が『蜂蜜色の髪の妖精』に日々暴力をふるい、家に閉じ込めようとする極悪亭主だという噂だよ。もちろん、手を上げたりなんて絶対にしていない。それにそもそも、多忙すぎてずっと家を空けていたのにね。逆にそれが良くなかったんだと思う。『家にいられない分、美しい妻の周囲に嫉妬をしていたのだろう』と噂された。その御蔭で騎士団にいられなくなったし、散々だった」

「……………」

「まあ、その御蔭かどうかは知らないけれど、リュシィとエドワードの結婚は祝福された。ひどい男と別れることができて、やっと妖精は幸福になれるのだってね。式には僕も呼び出され、他人の白い目を受けながらも、愛した人と親友だった男を祝福してきた。あの二人が幸せになってくれるなら、もうそれはそれで良いんだけど、それ以外のことが僕には辛すぎるんだ、今でも」

「……あのー」

「うん?」

「お、お話を聞いて思ったのは、行くなよ結婚式、という感想でした、はい」

 なんで行くんだよ、そんな式に。のこのこと。

 ああ無防備過ぎてイライラする。

「そうだよね。行かなければ行かないで、もっと悪いうわさが立つかと思って……」


 アレンはお人好しすぎる。

 なんで自分の名誉のために戦わず、されるがままに極悪人に仕立て挙げられているのだろうか。

 いい人なのに。いい人過ぎるとこんなふうに叩きのめされてしまうのか。

 そんなの、絶対に間違っている。

 タイゾー君もアレンもぼろぼろに傷ついて、気分よく過ごしているのはあの女の子だけなのか。


「きっと時間が解決してくれる。ペレの村には僕の悪いうわさも届いていないから大丈夫だ、王都の両親には迷惑をかけてしまっているし、とにかくおとなしくしているしかないと思う」

「…………」

「ナナさん、どうして泣いてるの……」

「う、う、だって、なめられっぱなし、くやしい」


 慌てて涙を拭い、こんがりといい匂いがしてきた窯の前に屈みこんだ。

 シューっぽく、調度良く膨らんでいるように見える。


「ナナさんが泣くことじゃない、僕の問題だから」

「わかってますよ!ちょっと、ほっといてください!」

 アレンにまで腹が立ち、そう言い返した。

 悔しい。なんで殴られても殴られても、ずっと我慢しているのか。

 彼はだれにでも優しく、公平な人だ。

 異世界から来てしまって、何の役にも立たないカイワタリの自分を、黙ってそっと家においてくれて、かばってくれている。

 そんないい人が、こんな扱いを受けるべきではないのに。


 そのまま振り返らず、釜を開けて膨らんだシューを取り出した。

 バターはなかったので、似たような乳の油を使ったが、いい香りだ。


 でも心は、いつものお料理タイムのように浮き立たなかった。

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