第29話:ココの実スイーツ、やっと完成!
「さて、大分粉になってきたね」
すりこぎから手を放し、アレンが汗を拭った。
「食べるまでに時間がかかりますね……」
「だからみんなあんまり作らないんだ」
アレンが笑い、もう一度ごりごりとすり鉢をかき回した。
「もう、瓶2本分できました!」
「これで最後だ、よし」
すり鉢の中からざらざらした粉を瓶に映し、アレンがホッとしたように笑う。
「粉にして、次は芋砂糖と和える」
「いつも使うお砂糖ですね?」
「そう、ペレの村のお菓子には芋砂糖を良く使うよ。都会ではもっと純粋な砂糖を使う事もあるけど」
アレンが、棚から薄い茶色の砂糖を出し、ココの粉と混ぜ合わせた。
それから、新しく出した、ナッツのような木の実を細かく刻んだ。
「あとは、空色莢豆がいるんだ、内の裏庭に少し生えてるから採って来る」
「そうなんですか?」
「うん」
アレンがそう言って、庭から茶色い莢に包まれた、大きなエダマメみたいなものを持って来た。
「生の空色莢豆見た事あるっけ? 剥いてご覧よ」
「はい」
茶色の莢の中から、目にも鮮やかな豆が現れた。
これはいつもスイーツに使うあの豆だ。
煮るとゼリーになる汁が取れるし、豆自体も色合いがジェリー・ビーンズみたいで綺麗なので、トッピングによく使われる。
「この煮汁を混ぜて、からだ麦の粉と、ココの粉と、刻んだ木の実をを少し混ぜて」
「おおお」
これは面倒くさい……かも……。
「この陶器の型に入れて、窯で焼くんだ。
空色莢豆の煮汁には、寒天のような性質がある。
寒天のような冷えるとゲル状になる食品に小麦粉とオイル、砂糖を入れて、混ぜ合わせて焼くと、しっとりしたパウンドケーキみたいなベジタリアンスイーツが出来る。
アレンもそれを作ろうとしているに違いない。
「焼けたら今度は冷やす。もう大分遅い時間だから朝食べようか」
「ハイ」
「次は、絞り立ての乳を買って来て、ココの粉を混ぜて甘く煮て飲もう。今日は無いけどね」
「わかりました。楽しみにします」
「ナナさん、ココの実の大変さ、色々と納得出来た?」
「出来ました……大変ですね!」
言い合って、思わずお互いに吹き出す。
「昔は僕に押し付けられた重要な役割だった。姉さんや妹の為にお菓子を作るのは」
「女きょうだいに挟まれてますねぇ」
「ホントだよ、大変だったんだから。妹はまだ若いから、両親と王都で暮らしてるんだけどね。今度遊びにきたら紹介するよ」
「ハイ……」
華奢で美しいエレナさんの姿を思い浮かべ、うっとりと呟いた。
「ああ、美人さんなんでしょうねぇ、妹さん」
「そんな事無い、子供だよ。まだ二十だし。裁縫の学校に行っていて、将来は王女様のドレス係になりたいって言ってるよ。僕の離婚のせいで嫌な思いをしていなければいいけど……」
最後は消え入るような声で、アレンさんが言った。
「嫌な思い?」
「いや、なんでもない。火を止めて来るね。あのまま置いておけば、朝に美味しく頂ける筈だよ。僕が失敗してなければだけど」
「アレンさん? なんか気になるんですけど。アレンさんのせいって?」
アレンは何も悪い事をしていないのだろうに。
まだ何か悩んでいるのだろうか。
「ごめんごめん、言い損ないだよ。ナナさんはお風呂に入って来たら。僕はちょっと小児薬の下準備をするから」
そう言ってアレンが何かを誤摩化すような笑顔を浮かべた。
本当に人の悪口に繋がる事を、積極的に言おうとしない人だ。
そんなんだから、毎晩ひとり反省会するくらいストレスがたまるのだろうに……。
◇◇◇
「おいしーです、ブラウニーみたいで美味しーです、これ、甘いお芋入れたらもっと美味しいかもしれません!」
作ってもらった美味しいしっとりパウンドケーキを、朝からバクバク食べる。
ナッツ入りのヘルシーなブラウニーだ。
アレンは本当に料理が上手でイケメンでステキな人だ。前の奥さんはは見る目が無い。いやそんな事を思ってはいけないけれど。
「ぶらうにーは知らないけど……甘い芋か。砂糖芋は食べられたもんじゃないしな。そうだな、蒸かして食べるとしたら龍芋かなぁ、希少な品種だからちょっと高いけど、蒸かすと美味しいよ」
「りゅういも……」
「形が、悪しき龍に似ている。今度休みがあったら市場に探しに行こうか」
さりげなく誘われてときめいたが、おそらく何の意味も無いだろう。
そう思ったらすぐにときめきは消えた。
大分イケメン無罪スマイルに馴れて来たように思う。
相手に全く気がないのも分かるので、盛り上がる材料も無いし。
まあ、この方が楽だ。なんという残念な鈴木菜菜、二十五歳……。
特に理由もなくしみじみしながら、美味しいケーキの最後の一口を頬張った。
アレンもぶらぶらしているなら、料理人になればいいのに。
「今日は仕事から戻ったら、小児薬を粉にする作業をしようと思うんだ」
お皿を洗いながらアレンが言った。
慌てて立ち上がり、お皿を擦る布を受け取る。
「私が洗います!あの、薬も手伝います」
「ありがとう」
そう言ってアレンが顎に手を当て、何かを考え込んだ。
「水が綺麗になった気がしない」
「え?」
「ちょっと気になるんだ。原因も僕が危惧してる事じゃないといいんだが」
「…………」
「…………」
「……アレンさんはいつも思わせぶりなので、あの、ちょっとモヤモヤしますね……」
言ってしまって口を押さえた。
ああいかん、とうとう本音が。
しかしなんだこいつは。かなりモヤモヤする。
「ごめん、聞いてもらえると思うと、つい話しながら思考を纏めてしまう癖があって」
「そうなんですか。お水が濁る心当たりって何ですか? 私も怖いんですけど」
「うん……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「あのー!」
「ごめん、もう少し確認してからにする。さ、着替えてお店に向かおう」
「モキー!アレンさぁぁん!」
お前はイケメンの割になんてモヤモヤする男なんだ!ちょっと待て!
そう思ったが、アレンは着替えをしに部屋に戻ってしまった。
「はぁ……」
溜め息をついて、ココの実パウダーのベジケーキの残量を確認した。
まだ結構ある。
夜帰って来てからも食べられる。
「……フフ、マダマダ、イッパイ、アル……」
宇宙人のような口調で呟いてみる。
仕事帰りのスイーツ一皿ってサイコーだ。
今日はこれを楽しみに一日頑張ろう。
「あ、そーだ。しゅわしゅわ果実水用の粉作っておかないと、もうあんまりないや。あとなごみ茶用のエルドの樹の枝ももう乾いたかなぁ」
今日もカフェのドリンク担当としてやる事はたくさんある。
この業界は一期一会。
ダンテさんの食堂に来たお客さんに「また来たい」「このお店が好き」と思ってもらえるように、全てのコップを『美味しい』で満たさねば。
そう考えながら、バスケットにココの実を詰めた。
ダンテさんにも昨日拾ったこの実をお裾分けしよう。
面倒くさい食材だが、彼のお店でもココの実のデザートが提供されるだろうか。
◇◇◇◇
「エドワード様」
ディアンの声に、エドワードは顔を上げた。
「またゴロゴロなさって。体調でもお悪いんですか? リュシエンヌ様と温泉にでも療養にいかれます?」
「…………」
エドワードは応えず、再びけだるげに長椅子に頭を落とした。
目には光がなく、どこか病みつかれた病人のようなオーラが彼の痩身を覆っている。
「呼んでないから帰れよ」
「そのうちまた忙しくなりそうです」
エドワードの声など聞こえなかったかのように、ディアンが優しい声で言った。
「英気を養って下さいよ、エドワード様。せっかく『アレン様を悪者にして勝ち取った』美しい奥様ですよ? 一緒に……」
ディアンが言いかけた瞬間、エドワードが長椅子の上に跳ね起きた。
「あの女とお前は、何を考えてる」
「え?」
「しらばっくれるな、僕の目を誤摩化せるほど『お前の力は強くない』んだ」
エドワードの不可思議な色の瞳にディアンの曇りない緑の瞳が映る。
「……何の事でしょう? 私には心当たりが……」
微笑むディアンに、エドワードが吐き捨てた。
「アレンとの結婚を彼女に教唆したのも、僕との結婚を彼女に教唆したのもお前だろうに。アレンが暴力を振るう夫だという悪評を流したのもお前だ。そんな卑劣なヤツにこの国に留め置かれて、もう我慢出来ない。帰らせてくれ、日本に」
「違いますよ、誤解です、エドワード様」
薄っぺらなディアンの言葉が響く。
「君の『愛人』が僕を踏み台にして、次に登る先はどこだ?」
「…………」
ディアンの表情から、笑顔が消えた。




