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第28話:何が出来るの?

 一つ一つは、淡い色の石畳だ。しかしその石畳が敷き詰められて一つの道を形成すると、まるで虹の道のように見える。

 ダンテは、歩き馴れたその道を向けて歩いた。

 真っ青な空を背景に、赤い屋根、白い石壁の王宮がその偉容を見せている。


 ダンテは少し顔を右に向け、王宮に添うように立っている、こちらも見事な「集合庁舎」の建物に目をやった。

 高価そうな服をまとった、たくさんの人間が出入りしている。

 エルドラの政治の中枢が、この虹の道の周辺には集まっているのだ。

 彼がかつて所属した「王国騎士団」の本部もある。


「懐かしいな」

 道沿いに立つ家々も、名家と呼ばれる貴族や大商人のものばかりだ。

『僕の新婚生活もここから始まったな……おもえば、分不相応な暮らしだった、僕にとっても、妻にとっても』

 懐かしい気持ちで独り言ち、ダンテは足を「集合庁舎」の方に向けた。

 全ての役所の本部が置かれている建物だ。


「すみません、ディアン管理官と面会したいんですが。はい、ペレの村で食堂経営をしております、ダンテ・アドルセンと申します。名前を出していただければ多分大丈夫です、昔からの知り合いですので」

 受付で名前を告げ、ダンテは広間に置かれた長椅子に腰を下ろした。

 天井の象眼に目をやる。

 ずっと昔から飾られている『神鳥』の彫像だった。


 あの鳥は世界から世界を自在に渡り、人の夢を、人の心を運んでゆくと言われている。

 おとぎ話に過ぎないが、エルドラの子供たちには愛されている存在だ。


「お待たせ致しました、アドルセン様」

 淡い茶色に金の縫い取りをした制服の美しい女性が、品良く頭を下げてそう言った。

「こちらになります、失礼致します」

 

『ずいぶん出世したんだな、無理も無いか』

 肩をすくめて扉を叩き「アドルセンです」と声をかける。

「はーい、ああ、久しぶりです」

 感情を感じさせないひたすらに明るい声が聞こえ、いささか乱暴にドアが開いた。


「……」

 かすかに体を引いたダンテを見て、ディアンが口だけの笑みを浮かべた。

「こんにちは!何の御用です?」

「……ちょっと、込み入った話だから」

「そうですか、どうぞ。あとちょっとで打ち合わせに出ちゃうんですけど」

 そう言って、ディアンはダンテを執務室に招き入れた。

「お茶飲みますか? ピピのお花のお茶があるんですよねぇ」

「いや、結構ですよ」

「そうですかぁ……」

 ディアンが頷き、手持ち無沙汰のように広い室内を歩き回る。

「何のご用なんです、忙しいんですけど、さっきも言ったとおり」

 冷たい声音だった。

 本来の彼の声音はこの声なのだろう。わざとらしく上ずった、優しさを装った声よりもずっと自然に響いた。


「エドワード様は『向こう』に返さないんですか、こちらに来てもう三年も経っているけど」

「ええ。色々していただく事がありますから。近年まれに見る、神に比肩するような能力のカイワタリですからね」

「そう……ナナさんはどうするの」

「帰ってもらいますよ。お願いする事もありませんし」


 ダンテとディアンの視線がぶつかり合った。


「じゃあ『砂の聖女』は無能だったんですかね?」

「彼女にお願いする事は無くなった、と保安庁が判定したんですよ」

「判定したのは君だろう」

「……蒸し返しても仕方ない話をしにきたんですか? うーん……もう呼び戻す事は出来ませんから、何を言われても困りますねぇ。あ、そうだ、ナナさんにお土産どうぞ、あの人お菓子好きそうですから」

 瀟洒な卓の上に、流行の店の布袋に入れた菓子を置いて、ディアンが言った。

「そう、ありがとう……。渡しておきますよ」


 再び、ダンテとディアンの視線がぶつかり合った。

 大分長い間にらみ合ったあと、不意にディアンが視線を逸らす。


「ダンテ、あなたいい加減再婚したらどうです、貴族のいい女の子紹介しましょうか?」

「君も……」

 ダンテの視線が、不意に鋭さを帯びた。


「君も人の物ばかり欲しがっていないで、さっさと身を固めたらどうだい? 君は伯爵家のご子息で、天下の保安庁のお役人だ。ご縁談はうんざりするほど来ているだろうに」


******


「ただいま」

「あ、おかえりなさーい、アレンさん」

 ココの実を前に腕組みをして考えていたところで、アレンが帰って来た。

 服が汚れている。

「うーん、やっぱりちょっと気になるな……」

「どうしたんですか」

「井戸水が濁ってるんだ……どこの家も一緒だよ、水脈が汚染されているのかもしれない。あとで騎士団の出張所に報告して来る」

 そう言ってアレンが薄い上着を脱ぎ、玄関の壁にかけた。

「お水が?」

「うん……あまり汚れると、子供達がお腹を壊すかもしれない。予防薬を作って、あとで村の医師に預けて来ようと思って」

「はぁ……何か怖いですね……何かあったら手伝いますね」

 井戸は村の生命線だ。

 地下水だとダントンさんが教えてくれたけれど……清らかな筈の地下水が汚れ始めたなんて、何だか恐ろしい。

「うん、薬の材料を洗浄するのとかを手伝ってもらうかもしれないけど、お願いするね」

 いいながらアレンが、かご一杯のココの実に気付いて、一つ手に取った。

「あ、ココの実だ、懐かしいな」

 ツヤツヤした木の実を見て、アレンが目を細める。

「デイジーちゃんと採りに行きました」

「そうか、この辺一帯はあの子の庭だからな……食べられる物の事は何でも知ってるんだよ、義兄さんが教えたんだろうね」

「ハイ……そうなんですね」

「下ごしらえしようか」

 そう言ってアレンが立ち上がり、台所の棚の奥をごそごそと探し始めた。


「ココの実は殻を食べるんだよ」

「デイジーちゃんに聞きました……あっちの世界ではそう言うのは珍しいですね……」

「そうなんだ」

 アレンが取り出したのは、くるみわりのような器具だった。


「ここの皮を開けて中身をくり抜く道具だ、こうやって使うの。見てて」


 ココの実を器具にはめ込んでネジのような部分を回すと、硬いココの実の、頭の部分がスパッと輪切りになった。

 頭を切り落としたココの実をひっくり返すと、中に入っていた黄色のつるっとしたものが転がりだす。

「これも美味しそうですね」

「実は、皮の渋みの全てをかき集めてるんだ。美味しくないよ」

 笑ってアレンが言い、黄色い実をくずかごに捨てる。

「じゃ、どんどん割ろうか」

 そう言ってアレンがココの実をくり抜いては、中身を捨ててゆく。

「この皮どうするんですか」

「茹でるんだ、まず塩で」

「はぁ……茹でる……」

「それから、乾煎り」

 乾煎り……?

「そうすると?」

「多分君の好きな感じになると思う」


 私の好きなカンジ……?


「アレンさん、お料理の手際がいいですね」

「ハハハ……させられてたからね」

 まずい、触れてはダメな所に触れた。

 そう思って口を押さえると、アレンがいたずらっ子のように笑う。

「冗談だよ、子供の頃から大好きなんだ、料理。いつも好きでやってたんだよ」

 そう言って、アレンがくり抜き終えた分のココの実を、ざらざらと鍋にあけた。

「今日全部くり抜くのはしんどいな」

「あ、そうです!ダンテさんにもお裾分けしようと思ってるので取っておいて下さい」

「分かった」

 アレンがそう言って、ココの殻の入った鍋に水を浸し、ひとつまみのお塩を入れた。

「今日は甘いものも食べよう」

「甘い?」

 首を傾げると、アレンがニッコリ笑った。


「うん、秋の甘味だ、僕が作るよ」


******


 今夜はうどんに……いや、からだ麦の麺を入れたスープにしよう。

 傍らで何やら作業をしているアレンを尻目に、ナナは袖をまくった。


 この村では川魚を良く食べ、肉はあまり食べない。干し肉がほとんどだ。

 おやつもクリームガッツリ!という物は少なく、さらっとしたゼリーや、野菜やフルーツで作ったようかんみたいなもの、それとパウンドケーキみたいなシンプルな物が多い。

 なので、自分も大分すっきり痩せて来たように思う。


「よーし!」

 気合いを入れて、淡いピンクの微笑みの根菜を刻んだ。

 それから、笑い豆も入れる。

 寒くなって来たのでほぐれネギも入れよう。全部、アレンが買い置きしてくれた日持ちするお野菜たちだ。

 ペレの村は大農業地帯のせいか、野菜が元気で、日が経っても食感が変わらなくて良い。

 いいお野菜を生み出してくれる農家の人、それから自然の恵みに感謝だ。


 スープのベースは岩塩。

 それに缶に入った肉脂を足して、ホロホロと崩れる癒し芋でとろみをつける事にした。


「よーし、おいしそうだ!」

 もうちょっと余裕ができて、新鮮な食材を使えるようになったら、焼き魚や卵料理、ダンテさんが作っている動物の乳を使った料理にもチャレンジしたいな、と思う。

 まだ保存食でスープを作るとか、簡単なパンもどきを焼くとか、そんな事しか出来ない……。

 元気パンは得意なのだ。

 叩き付ければ思いっきり、それはもう風船のように膨らむようになったけれども。


「アレンさんは何をしてるんですか?」

「ココの粉を作ってるんだ」

「粉……?」

 殻をフライパンで焼いているようにしか見えないが……。

「煎りが浅ければ、普通の食材に香味をつける粉になる。でもこうやって深く煎れば……ほら見てごらん、色が濃くなるだろ?」

「あ……赤茶色になって来た……」

 さっきまで明るい茶色だったココの殻が、鮮やかな赤茶色になってきた。

「作るまでが面倒なんだけどね、作り置きしておくと応用が利くから」

「ああ、煎った殻を粉にするんですね!」

「そうだよ」

 アレンが頷き、ココの実をお皿に空けた。


「冷めたらひたすら『すりこぎ』だよ、ウチには専用の器具は無いから」

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