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第27話:ココの実拾いに参ります。

「もおおお……いいにおいですぅぅ……」


 思わず牛みたいな変な声が出てしまい、ダンテさんに苦笑された。

「女の子が妙な声出すもんじゃないよ、色気がないな」

「なんですか、そのお鍋の中身!」

「ありがたいお粥」


 そう言って、ダンテさんがとって付きの陶器のボウルの蓋をあけた。

 

 中に入っていたのは、刻み野菜と刻みキノコ、それからファルレらしき、白身魚のほぐし身を散らした、穀物のお粥だった。


「へえ、美味そうだ」

「大地の恵み、川の恵みに感謝したくて作ったんだ。それから僕の店を支えてくれるナナさんと、お客さんをたくさん呼んでくれるアレン君にも感謝をね」


 そう言って、ダンテさんが、手づから取り皿にお粥を取り分けてくれた。


「具は、癒し芋と受容芋、それから微笑みの根菜……これはいつも見ているだろう。よく食べるよね。お粥にした穀物は「感謝の穀」という穀物なんだ。麦と少し違って、粉に挽いてもあまり美味しくない。それに今の時期しかとれないから、作っている農家も減っているんだけど、僕は好きなんだよね」


 ダンテさんの説明を聞きながら、お皿を覗き込んだ。

 ほんのり桃色で、日本の赤米を思い出した。

 ファルレの脂分だろうか、綺麗な淡い黄色の脂が浮いていて、野菜と穀物にふんわりベールをかけている。


「美味しそう」

 ホコホコした香りの湯気を存分に顔に浴び、手を合わせた。


「お店も,食材も、君たちも、あって当たり前の物じゃないな。そこに在ってくれることに感謝、だ。みんな、いつもありがとう。じゃあ,頂こうか」

 ダンテさんがそう言って、笑顔で匙を取った。


「いただきます」

「いただきます、ダンテさん」


 少し泥がついて汚れた顔で、アレンも手を合わせている。

 何で汚れているのだろう。

「アレンさん、顔に泥がついてるよ」

「ああ、ちょっと井戸が気になって……」

 何かを考えながらアレンが言う。

 そう言えばこの前も、家の井戸を気にしていたが。

 そう思いながら、お粥をふうふうして口に運んだ。


 一瞬味がしなかったが、しばらくしてほんのり甘くて香ばしい、新鮮な穀物の香りが口の中に広がった。

 お魚とキノコの出汁の滋味と、わすかに塩を利かせた野菜の煮付けの味が続いて広がる。

 日に日に寒くなり、冷えたからだに、お粥の優しい熱さがじわじわと染み込んできた。


「ああ、美味しい、美味しいですダンテさん、最高です!」

 自分には美味しいという語彙しか無いのだろうか。

 ああ、でも本当に、じんわり美味しい。

 ホッとするし安らぐし、それなのに食べきってしまうのが勿体ないくらい美味しい。

 嫌なことやモヤモヤした気分が、ふわーっとほぐれていく気がする。

 ああ、美味しいってありがたい。

 まさに感謝のお粥だ。


「本当は、ココの実を入れたかったんだけど、売られているような物でもないからね。感謝の殻と同じで、古き良き農産物だ。この前まで近所の婆さんが山に入って野生のココを拾ってきてくれたものだけど、今は彼女も足が悪くなってね」

「ココの実?」

 聞いたことの無い食材だ。

 木の実。どんな味なのだろう。

「ああ、ココの実ですか、そう言えば最近はこの辺りでも見かけませんね。街道を広げるからと、ココの樹を伐ってしまったからでしょうか」

 アレンも、お粥をゆっくりと口に運びながら言った。

「ええ!伐っちゃったの!木の実がなるのに勿体ない!」

 ビックリして思わず声を上げると、アレンが頷いた。

「うん、横に広がる樹なんだ。色々邪魔だったし、足蛇が頭を引っかけてしまうと苦情が相次いで、街道沿いに生えていたココの樹はみな伐られてしまった」

「えええ……」


 そんな、勿体ない!

 木の実がなる樹をあっさり伐ってしまうなんて。なんという衝撃的なことをするのか。


「そうだ、三日後さ、用事があるからちょっと店を閉めるよ。その日にココを拾いにでも行って来たら。山にならいっぱい樹が生えてるから」

 ダンテさんがお粥を継ぎ足してくれながら、そう言った。


******


「デイジーですよ!デイジーですよ!ナナちゃーん!ナナちゃーん!」

「うがるぅぅぅぅぅぅがるぁぁぁぁぁぁ!」


 朝から、アレンの家の玄関で絶叫が聞こえた。

 今日は、ダンテさんのお店がお休みの日だ。

 なのでアレンがエレナさんに声を掛け、ココ拾いの案内人を寄越してくれるよう、頼んでくれたのだが……。


「お、おはよー、デイジーちゃん」

「オハヨ!」

 丸い顔をピカピカさせてデイジーが言った。

 今日のデイジーは、ブルーに小花の刺繍されたワンピースを着て、髪をお下げにしている。


「ココを拾いに行くんでしょ、デイジーが連れて行ってあげるから」

 繋がれていないモココが、家の中をのぞこうと玄関に顔を突っ込んで暴れている。

「ん? デイジーちゃん、ココが生ってる場所知ってるの」

「知ってる。山の上にいっぱいオチテル!」

 デイジーが自信にあふれた表情で言った。

 しかし、また山の上か、と一瞬気持ちがなえた。


「早く行こー!お水持って来たから行こー」

 デイジーが足を踏み鳴らすので、慌てて靴を履く。


「ねえ、兄ちゃんは?」

「アレンさん? アレンさんは何だか、えーとねー、井戸を調べてるよ。他の人の家の井戸も見たいんだって言って、お出掛けしちゃった」

「そっか、じゃあ二人でイキマショ」

 デイジーがそう言って、モココの手綱を引いて走り出した。

 朝っぱらから、なんという元気だ。


「こ、こらこら、待て!デイジー先生、走らないでっ、ナナちゃん走る元気ないってば!」

「はやくー、ナナちゃんはやくおいでー」

「うう……」

 何なんだ、六歳児のあの速さは。

 将来は短距離走の選手にでもなるのだろうか……。


 半泣きでデイジーを追い、息切れしてくずおれては励まされ、背中をさすってもらいながら水を飲み、ひーひーいいながらとある山の頂上にたどり着く。

 どこだろう、ここは。

 ずいぶんと森が深いけれど、大丈夫なのだろうか。

「も、も、もう着いた……?」

 なんだろう。

 ぱすぱす、ぱすぱす、と言う音が、絶え間なく続いているが。


「着きました」

 デイジーが腕組みをして、厳かに言った。

「このお空が見えないモジャモジャしたおっきな樹は、ぜんぶココの樹です……いてっ」

 デイジーの金色の頭に、硬そうな木の実がこつんと落ちて来た。

「ほら、これ」

 小さな手にクルミのような実を握り、デイジーがそう言った。

「これがココの実なの?……いてっ」

「痛いでしょ、早く拾って、森を出ようよ」


 頷いて、上を見た。

 空を覆い尽くす横張りの長い長い枝に無数の小さな実が生り、どんどん自分たち目がけて落ちて来る。

 なるほど、通行の邪魔になるだけではなく、こんな硬い実がどんどん頭に落ちて来たら鬱陶しくて痛い。

 アレンがボソッと言っていた『色々邪魔』とはこういうことだったのか。

 場所を取るという意味ではなく。


「さあああ!拾ってえええ!」

 デイジーのかけ声とともに、新しそうな、綺麗そうな木の実を必死で籠に詰め込んだ。

「ぎゃるぅぅぅぁあああああぅぅ」

 モココはココの実の直撃を何度も受け、怒りの遠吠えを繰り返している。

「ナナちゃん、それまだ緑色よ!もっと茶色いのを拾って頂戴!」

「は、はい、先生」

 デイジーに従って、緑っぽい実を捨てて、茶色の実を籠に詰め直す。

 それにしてもポコポコ、パラパラと、木の実が頭に当たって痛い。

 これは地味にイライラする。

「さっ、いっぱい拾えた!カエロ!コブだらけになっちゃうわー」

 デイジーがそう言って、チョコチョコと森の外へとかけてゆく。

 自分も慌てて後を追った。

 モココも吠えながら、あとを着いて来た。

「ふー、すごーい採れたね、ナナちゃん、良かったね」

「うん、ありがとう。デイジーさま」

 ちょっと重すぎて、持ち運びに後悔するほどの量が採れた。

 食べきれなさそうなので、明日ダンテさんにお裾分けしよう。

「今からこれ、おばあちゃんにあげに行こうっと」

 デイジーがそう言って、手にした籠を器用にモココの鞍に乗せて固定した。

「おばあちゃん?」

「うん。おとーさんの、おかーさんです。はぁ〜。おばあちゃんはココの実好きだからねぇ、苦労して取った甲斐がアリマスヨ!」


 妙にババ臭い口調で言って、デイジーがモココの手綱を引いて歩きだした。


「ねえデイジーちゃん、これどうやって食べるの」

「茹でて、殻を割って、殻を砕いて食べるの。」

「え? 実は?」

「殻を食べるのよー。中身はマズいのよ」

「そうなの?」


 普通、木の実って、実を食べるんじゃないの……? 

 そう思って、ツヤツヤした茶色の、栗のような木の実をじっと見つめた。

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