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第24話:熱い友情ゆえの……。

 …………。

 人様の恋愛事情に深入りは止そう……。


 あまり突っ込みすぎて、家を追い出されても困る。

 他に優先する事が山のようにあるのだ。

 アレンの事は脇に置こう。

 というか、既に彼に対しては情がわいてしまったので、そうやって切り離さないと彼の事ばかり考えてしまう。それは、良くないことだ。


 そう思いつつ、ひたすら夢見草を刻んだ。


 いいにおいだ。甘いカンジの匂いがする。

 人様の事に首を突っ込むより先に、自分の事をしっかりしないと。

 自分は字も読めない異界人なのだから、がんばらないと。

 タイゾー君は読めるのだろうか。

 いや、たしかディアン管理官が、今度辞書のようなものを送ってくれると言っていたけれど、忘れられている気がする。


 表玄関を念入りに掃除しているアレンの金色の髪を見守りながら、ぼんやりとそんな事を思った。


「ナナさん、粉ふるってくれる? お茶営業のお菓子が足りなそうだ」

「ハイ!」

 妙にしゃきっとした返事をしてしまった。

 この人が鬼と呼ばれた騎士団長だなんて。


 …………。


 やっぱり見えない。

 辞めて時間が経っているからだろうか。


「あ、粉ふるいが終わったら、裏口の人対応してくれる?」

「え? なんですか」

 裏口の人?

「行けばわかるから」

「は、ハイ!」


 急いで粉を言われた量ふるい、大きなボウルを台所のテーブルにおいて、裏口から外に出た。

 木に寄りかかる、すらりとした人影が見えた。


「菜菜さん」

「えっ、タイゾー君!」


 そこに立っていたのは、麗しの勇者エドワード様、改め、タイゾー君だった。


「しっ、ダンテさんに許可は貰ったよ、アレンに見つかる前に行こう」

「え、あの」

 腕を引かれ、粉だらけのエプロンのまま、川沿いの裏道を歩き出す。

 動揺して、背の高いタイゾー君を見上げた。

「今日は僕とデートだよ。いいよね、あはは」

 あっけらかんと言い、タイゾー君が気分良さそうに伸びをした。

「あーあ、いい天気だなぁ」

「あの、タイゾー君、私は今日も仕事があるので」

「ダンテさんがいいって言ってるんだよ。ダイジョーブ!お休みしていいってさ」


 そう言って緑褐色の目を細め、タイゾー君がさりげなく手をつないできた。


「!」

 心臓が跳ね上がり、思わず振り払おうとしたが、離れない。

 わりとねっちりと繋がれている。

「……っ!」


 おいイケメン共いい加減にしろ、私はイケメンに免疫が無い普通の日本人のフリーター二十五歳なんだよ。

 そう叫びたくなったが、かろうじて飲み込んだ。


「あ、照れてるな」

「照れてないです!」

「照れてる、わかるぞー。手に汗かいてるもん」

「……うう……」


 もう嫌、女に馴れているイケメンとか凄い苦手……。

 そう思って必死に顔を背ける。


「菜菜ちゃん、王都に行こうよ」

「え?」


 明るい声で言われ、思わずもう一度タイゾー君を見上げた。

 この人、身長幾つあるのだろう。

 ものすごく背が高いのに、全くバランス悪く見えない。

 ファッションモデルって、本当に凄い。


 と思った瞬間、体がふわりと浮かび上がった。


「つかまって」

 胸に引き寄せられ、思わずしがみ付く。

 なぜ、何故浮いているのだろう。


「あのー!私すっごい重いんで!あの!私重いんで!」

 動転して言わなくていい事を叫んだ。

 何を言っているのだ、黙れ、黙れ自分、と必死に唇をかむ。


「え? 全然軽いよ」

「ダメー!多分タイゾー君と同じくらい……きゃあああああああ!」


 そのまま、ジェットコースターのように体が吹っ飛んだ。

 タイゾー君に抱えられたまま、凄い勢いで空を飛んでいる。


「便利だよね、この力」

「きゃああああいやああああ!こわいいいいいい!」

「下を見なければ大丈夫だよ」

 そう言って、タイゾー君が、ガッシリした胸に頭を抱え込んでくれた。


 あまりの怖さに涙が吹き出した。

 だが……落ちる事は無い……ようだ……。


「飛んでる」

「飛んでるよ」

「どうやって……」

「僕の魔法」


 きいん、と言う音がして、飛行の速度が増した。


「ほら、見なくていいけどもう王都が見えたよ、菜菜さん。ご飯どこかで食べよう」

「ご飯……」

「エルドラ王国の美味美食が集う都だ、ダンテさんのお店に勝るところは、なかなか無いかもしれないけど。さ、着いたっと」


 軽やかな口調で言い、タイゾー君がお城のような邸宅の、屋上のバルコニーに着地した。


「……」

 しばらく放心してへたり込んでいたが、見回せば赤い屋根の家々が見え、足蛇の絶叫が耳に飛び込んで来る。

 ここは、緑広がるペレの村ではない。

 人がたくさん住んでいる、都会、だ……。


 更に目を凝らす。

 あちこちから、煮炊きの煙とおぼしきものが、モクモクと上がっていた。

 良い匂いがする。

 どんな料理を作っているのだろうか。


「……ご飯はどこで食べますか」

「あはは、いいね、その食い意地」

 タイゾー君が、長い前髪を掻き上げて笑った。


「何でもいいけど。じゃあ、僕のお勧めに行こうか。異世界人として自信を持って紹介出来るお店が何軒かあるよ」


 なんという『キラーン』とした表情。

 ああ、イケメンだ。一分の隙もなく。

 売れない下着モデルだ、みたいな事を言っていたが、嘘だろう。

 スターのオーラを感じる。冗談抜きで。


「行こう」

 そう言ってタイゾー君が自分の手をとり、手すりから飛び降りようとした。

「あの」

「何?」

「階段で行きたいです」


 タイゾー君が魔法を使えるのはよく分かったが、やたらと飛ぶのは怖いから嫌だ。

「ごめんよ。でもリュシィが居たら煩いからさ」

「!」

 その名前を聞いて凍り付く。

 そうだ、けろりと頭から飛んでいたが、昨日のあの小悪魔、いや大悪魔? は、タイゾー君の嫁なのだ。

 アレンが妙にすっきりしたことを言うから、自分まで忘れていたではないか。


「あ、あ、あの、奥様がいるのに、一緒に食事なんて」

「いいよ、あんなヤツ」


 ばっさり、切り落とすような口調でタイゾー君が言う。

 たらりと汗が流れた。

 この人、ひたすら女の子に優しい、紳士なイケメンさんではないのだ。

「……」

「その話もしたいんだ、さーてと。何食べようかなー」


 口笛を吹き出さんばかりの表情で外階段を居りながら、タイゾー君が明るい口調で言った。

 その時。


「エドワード、どこに行くの」

 優しい、可愛らしい声がした。


「…………」

 全身に緊張がみなぎる。

 噂をすれば、出た。

 リュシエンヌさんが、出た……。

 階段沿いの窓から顔を出し、自分とタイゾー君を見てニコニコしている。

 悪意のかけらも無い優しい表情に見えた。

 でもひたすら怖い。怖いので石像のフリをする事に決める。壁のフリでもいい。とにかく気配を殺すのだ。

「どこだっていいだろ、デートだよ」

 タイゾー君が吐き捨てた。

 さっきまでと違って、とても冷たい。

「デート……えっと、知ってるよ、逢い引きでしょ」

 無邪気な口調でリュシエンヌが言う。

 タイゾー君の冷たさなど何のその、ぴくりとも堪えていない……ように見えた。

「放っといて、干渉しない約束したはずだろ」

 タイゾー君が、棒読みのように早口で言う。

「え、別にそんなのいいんだけど。ねえエドワード、その人カイワタリ?」

「そうだよ」

「そっか、それじゃあこっちに来て困ってるよね……何か困った事があったら私にも言ってね。あれ? あなた、昨日の店員さんね!」


 リュシエンヌが自分の顔を思い出したのか目を輝かせ、笑顔のままひらひらと手を振ってきた。

 なんだこの、妙にフレンドリーで、優しく見える振る舞いは。


「ど、どうも」

「何かあったらエドワードに伝えてね、私、行くから」


 夫が女連れなのに、なんだろう、この寛容な態度。はっきりいって寛容すぎる。


 ダメだ、怖い。アレンの元奥さんはどんなジャンルのモンスターなのだろうか。

 頭を掻きむしりたい気持ちで、息を止めるようにしてタイゾー君に従った。


 庭に降り、立派なお屋敷を出て、ほっと息を吐く。

「あの、あのあの、奥様はあの」

「はぁ……」


 疲れたように、タイゾー君がぐるぐる首を回した。


「あいつ、ホントたち悪いんだ。アレンから引き離すのに半年かかった。優しい自分が好き、自分の全てを許してくれる『無償の愛』が好き。まあ典型的なメンヘラビッチだよね。芸能界に腐るほどいたから俺は見飽きてるタイプ」

「…………」

 なんというぐうの音も出ないご意見だ。

 辛辣すぎる。

 自分がどの角度からぶった切られるのかと思うと恐ろしいのだが。


「俺さぁ、こっちに来てね、アレンがいなかったら死んでたから。アレンに面倒見てもらってやっと生きてたからさ……あのビッチがアレンの嫁のくせに、俺を誘惑して来た時に思った訳。ああ、アレンをこいつから引き離したい、こいつに依存されて、いいように食い荒らされる人生から助けたいって」

「…………」

「だってあの女、嫁のくせに一回もさせなかったんだって言うし? 兄妹みたいに思ってるの!絶対にケダモノみたいな振る舞いはしないで!とか言い放ったらしいしさぁ!」

「だ、男性恐怖症なのかな?」

「いーや。アレンの度重なる長期出張中は浮気しまくり。朝から晩まで男引っ張り込んでしーまーくーりー!居候の、怪我して寝てる俺なんか置物扱いで男を引きずりこみまくり!」


「そ、それはキッツー」

 ここまでフォローしようがないと逆に爽快というか。なんというか。


「で、悪行がバレそうになったら、みんなが私を陥れるために嘘をついてる、みんなに責められてる、死んでやるって大騒ぎするしさ。俺が世話になってた短い期間でこの有様だぜ? 過去はどんだけ酷かったんだよ?」

「は、ははは」


 逆に、むしろなってみたい、そこまでの悪女に。


「アレンはいいヤツだけど脇が甘すぎる、だから俺が守ろうって、守らなきゃって!」


 何の話だ……。

 何だか、とんでもない方向に話が飛んでゆく……。


「そ、そうなの」

「ああ、そうだよ、俺は何を失っても彼に恩を返したい。血だらけの俺にずっと付き添ってくれて、俺を家に泊めてくれて、何から何まで面倒を見てくれた。神童って呼ばれていたらしいけど分かるね。あんな心の芯から優しくて真面目なヤツは俺は見た事がない。責任感も強くて最高にイイヤツなんだ、俺の恩人なんだよ」

「お、おおぅ」


 タイゾー君の超・熱烈な友情トークと、『アレンは俺が守るぜ!』という情熱に押され、ガクガクと頷いた。

 コレはアレだ、タイゾー君がアレンを愛しすぎていると言う事だけはビンビンに伝わって来る。


 この前、思い出スープを啜りながら涙していた理由が、何となく解って着た。

 タイゾー君は辛いのだ、アレンとの友情を失って。


 それを、誤解という形にするしかなくて。

 

「アレンは絶対に俺が守る!」

 どこか異様な熱を帯びた目で、タイゾー君が言う。

「わ、わかったぜ……アツいなタイゾー君!」

 彼の情熱に押し切られ、何故か自分も握りこぶしで言い放った。

 もしや彼らは血判を交わした義兄弟なのだろうか。


 ダメだ、興奮すると不良時代の血が騒いでしまって、ロクな事が考えられない。


「俺はアレンとリュシエンヌを切り離して、絶対元の世界に帰る。リュシィには、アレンとヨリを戻したら、俺の年金貰えないよって釘刺してあるし、もうフラフラ弄びには戻らない筈だ。あの二人はコレで永久に引き離せる!」

「お、おう?」


 タイゾー君は、そんな計画を立てて略奪愛めいた行動に及んだのか。

 だがその気遣いは、多分すでに無意味だ。


「あのタイゾー君、すみませんが……昨日、リュシエンヌさんはダンテさんのお店に来たよ、アレンさんに会いに。家に泊めてって言ってた。キノコ採りに行くからって」

「はぁ?!」


 タイゾー君が、鬼の形相で振り返った。

次回は王都食べ歩きです。ここ数話、ちょい暗めで失礼しました〜。

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