表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/78

第21話:キノコ鍋、アレンさん風

「おとうさーん!」

 ドアを開けて入って来たダントンさんに、デイジーがピョンとしがみ付く。

 もう夕方だ。そろそろ迎えに来るだろうな、と思っていたところだ。

 

「デイジー、さあ帰ろう、お母さんがご飯を作ってくれたから。先生もいかがです? ナナさんと一緒に、良かったらいかがです」

 デイジーを軽々と肩に乗せたダントンさんがそう言ってくれたが、アレンは首を振った。

「いえ、お気持ちだけで。久しぶりの休みなので今日は家で過ごします」

「おお、そうですか、先生ついにお仕事を始められたんですね!」

「え、ええ……」

「よかった、母さんも先生の事を心配してたから。伝えておきます」

 アレンが、ダントンさんの言葉に曖昧に笑った。

「姉によろしく伝えて下さい」

「アレン兄ちゃん、また遊びにきてあげるね」

 お父さんの頭にしがみ付いたデイジーが、そう言ってニッコリ笑った。

 モココにデイジーを乗せ、その手綱を引いて帰ってゆくハーマンさんの姿を、アレンと二人で見送った。


「あの、アレンさん」

「ん?」

「二日酔いはどうですか」

「大分マシになったよ、飲み物を作ってくれてありがとう」


 やつれた顔を両の手のひらで擦り、アレンが気まずげに言った。


「酒は何も救ってはくれないね。秋の日の良い一日を奪い去っていくだけの悪魔だと理解した。後ろ向きな行動だったよ、もう痛飲は止そう」

 そういって、手のひらを離し、自分を見てニッコリ笑った。


 なんという『イケメンは無罪』スマイルだろう。

「……」

「どうしたの、ナナさん」

「い、いいえ。あのー、デイジーとキノコを採って来たので、それを夕飯に食べたいんですけど」

 そう言った瞬間、アレンが切れ長の瞳を見開いた。


「キノコ?!」

「え?」

 なんだ、この真剣な表情は……。


「キノコ? そう言えばデイジーが何か言っていたな。もしかして家に『お願いキノコ』があるの?」

「え、あ、はぁ」


 あるけど……。


「それは朗報だ、じゃあ今夜はそれを食べよう!」

 今までのグニャグニャした二日酔いぶりはどこへやら、アレンが力強い足取りで台所へと向かう。

「美味しいんですか?」

「美味しい。ちょうど酒もあるし、スープにしよう。キノコはどこ?」

 慌てて、自分の部屋の窓際に陰干ししていたキノコを取りに行く。

 巨大な、本当に笠のようなキノコだ。実際に被れたし。

「コレです」

「良いね、食べ応えがありそうだな」

 そう言って、アレンが手をポンと叩いた。


「作り方を教えてあげるよ。具は……えっと、これで良いかな」

 毛糸の玉のようなものを取り出し、アレンが自分を振り返って微笑んだ。

「コレは保存用の麺。最も汎用的な穀物である『からだ麦』で出来ているものだ。この乾麺は、スープで煮込んで食べるのが一般的だ、さて野菜は、と」


 色々な野菜を流し台の下から取り出し、アレンが調理台の上に置いた。

「仕事を始める前に、市場で買い置きしておいたんだよね」

「そうなんですか」

「忙しくて君に伝えるのを忘れていた。使って良いからね。とにかく今日のご飯はコレを使おう」


 自分もしゃがみ込んで、流し台の下を覗き込んだ。

 ダンテさんのお店で見た事がある野菜もある。癒し芋とか、受容芋、微笑みの根菜などだ。

 どれも日持ちがするので、ここに入れてあるのだろう。


「アレンさん、お料理なさるんですね」

「うん。奥さんが全然しなかったからさ。暇さえあれば台所に立ってたよ。あんまり暇もなかったけどね」

「……へー」


 ずきっと心が痛んだ。

 未だに彼にとっては、リュシエンヌさんはだいじな奥さんなのだろう。

「や、優しいダンナ様です……ね」

「『元』ダンナ様だけどね。家事は出来る限り、何でもしたなぁ」

「ハハ……」


 コレは痛い……。

 

「教えてあげるよ、簡単だから。お願いキノコは凝った調理をしなくても十分美味しいんだ」

「は、はい!」

 手桶の水で大きなお願いキノコをざっと洗い、アレンが器用にそれを二つに切った。

「お願いキノコは、細かくした方が出汁が良く出るから。こういう風に切って」

「分かりました」

「他の野菜も大きさを揃えて切ってくれるかな、僕はスープのもとを作ろう」

 

 そう言って、アレンが台所のツボから種火を出し、大きなガラスの瓶をどこからかもって来た。

「あ、それがお酒なんですか」

「そうだよ」

 アレンの手から大きな瓶を受け取り、匂いを嗅いでみた。

「おお!本当にお酒だ……!」

 向こうのお酒と同じ。

 むせ返るようなアルコールの匂いと、酵母の匂いが鼻をつく。


「これ、昨日飲んだヤツですか? 量が半分くらいになってますね」

「……もう飲まないよ、本当に辛かったから。心から反省したんだってば」


 そう言って、アレンが肩をすくめた。

 普段の彼らしくない、意外と気さくな口調だった。


 陶器の大きなボウルにそのお酒を垂らし、塩と大きめの乾いた葉っぱ、それからお芋から採ったいつもの茶色い砂糖をそのボウルに入れ、火に掛けた。

「お塩は?」

「野菜とキノコに火が通ったら入れる」

「分かりました」

「麺は、最後に入れるから」

「はーい」

 手順はだいたい、普通の鍋料理と一緒のようだった。


「おお、良い匂いがする!」


 鍋代わりらしきボウルの中を覗き込んだ。

 淡い黄色の透明な汁がフツフツしている。

 キノコうどん。おそらくそんなカンジのものになるのだろう。期待出来そうだ。


「キノコ麺にするんですね」

「そう、野菜たっぷりの、キノコ野菜麺だよ。美味いよ、期待して」

「ハイ……」

 本当に美味しそうで、わくわくして来た。

 元気キノコを山のように千切りにし、アレンがそれを手づかみで鍋に放り込んだ。

 刻み野菜たちもまた、どんどん鍋に放り込む。

 鍋が野菜と茸の山のようになった。

 具を入れ過ぎではないだろうか。


「野菜はこの蓋をして蒸すだけで良いから。この大きな蓋をすれば、蒸気が回って野菜に味が沁みる」


 妙にとんがった大きな蓋を、アレンが鍋代わりにかぶせた。

「お願いキノコは蒸気が美味いんだ。デイジーと一緒にお祈りした? その時、このキノコが弾けたでしょう。揮発性のうまみ成分が含まれてるからね」

「揮発性のうまみ成分ですか?そんなのは初耳です。それにしてもこのキノコ、どうしてかぶってお祈りすると、爆発するんでしょうね?」

「体温に反応するんじゃないかな、原理は分からないんだけどね。僕の祖母は『お願いの気持ちに反応するんだ』なんて言ってたよ」


 アレンがそう言って、火元に突っ込んだ棒を左右させながら、火加減を器用に変えた。


「一回弾けさせると、これまた多種多様のうまみに変化が加わって良いんだよ。君のお願いは、どんな味に変わったかな」

「私のお願いですか?」


 何頼んだんだっけ……と考えて、そう言えば、アレンとタイゾー君のあの気まずすぎる関係の緩和を祈ったのだ、と思いだす。

 他は異世界で巧くやっていけますように、とか。料理が上手になりますように、とか。

 そんな平凡な願いだった気がする。


「わ、私のお願いはとくに、あの、フツーでした。いい味出てると良いんですけどね……あの、洗濯もの取り込んできますです……」


 そう言って、台所を飛び出した。

 お酒とキノコ出汁で煮込む鍋。とても美味しそうで楽しみだが。

「はぁ」


 洋服を取り込み、畳みながら溜め息をついた。

「間が持たない……イケメンとは間が持たない……」

 ああ、それにもう一つ。

 アレンは本当に、酷い事をされたとしても奥さんが好きなんだな、と言う事もかなり刺さる。

 コレは、のぼせ上がればのぼせ上がるほど、自分が痛々しい存在になってしまうパターンだろう。


「ナナさん」

「はひ!」

 気配無く二階に上がって来たアレンの声に、ビックリして跳び上る。


「出来たよ、下りておいでよ」

「は、はい!」


 扉を開けたら、アレンが笑顔で立っていた。

「僕の自信作だ」

「ありがとうございます」


 テーブルにつくと、アレンがとんがり帽子のような蓋をしたままの鍋を運んできた。


「じゃあ、蓋を開けるよ」

「ハイッ!」

 金色の湯気が鍋の辺りにもわんと広がった。

 何とも香ばしいような、美味しそうな良い香りがする。


「へえ、金色の湯気を出す『お願いキノコ』なんて初めて見た」

 アレンが驚いたように言い、しんなりした野菜をお皿に取り分けてくれた。

「いい香りだ、コレは期待出来そうだね。さ、うまみが逃げる前に野菜を食べよう」

「は、はい……あの、この料理って、作る度に湯気の色が違うんですか?」

「うん」

 何でもない事のようにアレンが頷いた。

「僕が昔良く作ったときは、桃色だったよ」

「桃色……ですか……」

 確かデイジーが『お願い』をした時、キノコはピンクに光っていた筈だ。

 何か関係があるのだろうか。

「いただきます」

 再びとんがり鍋蓋で蓋をして、アレンがスープを頬張った。

「美味い。ちょっとナナさん、早く食べてよ。美味いから」

 はしゃいだ様子のアレンに釣られ、自分も慌ててきらきらした金色のキノコ鍋を口に押し込んだ。

「あち、あちっ、あ、おいしー!」

「だろう」

 アレンが嬉しそうに目を細め、形良い頬に指を軽く当てて言った。

「僕の料理も捨てたもんじゃないな」

「美味しいです!」

 良い笑顔だった。

 こんな明るいアレンを見るのは初めて、と言っていいだろう。

 ……。

 あまり魅力的な所を見せないで欲しい。

 振られた時、死ぬほど落ち込むだろうから。

「…………」

 だがそんなことはアレンには関係ない、自分の問題だ。

 そう思い直し、精一杯の明るい表情を作って深々と頷いた。


「あの、心に効きそうですね。心の凝りのほぐれそうな味です」

「そうか!」


 褒められて嬉しかったらしいアレンが、機嫌良くスープを継ぎ足してくれた。


「まだまだお代わりあるよ、ナナさん」

「はい!」

「よかった、美味しいと言ってもらえると嬉しいな、ダンテさんが食堂経営を止められない理由が何となく分かるよ」

「はい、楽しいですよね、お料理って」


 お願いキノコに込めたお願いは、アレンの心にもう効いているのかもしれない。

 彼は今夜、いつになく楽しそうだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ