第20話:お願いキノコ
「ひー、デイジーせんせー、キノコまだ?」
「そこ!見つけたっ!」
ナナの問いに、デイジーがぷっくりした腕を上げて答えた。
「あったよ、これだよー」
デイジーがチョコチョコと駈けより、草をかき分けて何かをよいしょと持ち上げた。
ぽこん!という音がして、大きな円盤を手にしたデイジーが尻餅をつく。
「……」
「あったー!」
巨大な、麦わら帽子くらいありそうな円形の白いキノコのかさを手に、デイジーが得意げに言った。
「何、それ」
「お願いキノコだよ、大きいでしょ」
デイジーの言葉に頷く。
デカいキノコだ、本当に、帽子のようだった。
「じゃ、カブりますね」
「はい? 被るって?」
デイジーが、キノコを頭に乗せて手を合わせる。
「えー、おかーさんが、アンザンで、赤ちゃんが元気、デイジー、イイコでありますよーに」
小さい頭にすっぽりハマったキノコのかさが、ぽわーんと桃色に輝いた。
「……」
なんだ、このキノコ……。
「あとはー、デイジーがお姫様になって、モココが元気で、お父さんが元気で、デイジーがアレン兄ちゃんのお嫁さんになれますよーに」
デイジーのお祈りが終わると同時に、キノコの桃色が濃くなって、ぼん!と破裂した。
「な、なに、いまの!」
「よし」
頭からキノコを外したデイジーが、納得したように頷いた。
「じゃーこれは、持って帰って食べようねー」
「……」
「ホラホラ!ナナちゃんもキノコ採りなさいよ。採って、カブってお祈りしなさいよ」
妙にババ臭い口調でデイジーが言い、白いパンツを見せながら草むらに潜って行った。
「ほーら、あったよ、さっさと採りなさいヨ!」
「う、うん」
デイジーの声がする草むらに顔を突っ込んだ。
木の根元に、大きなまるーいキノコが生えている。
「マルい所だけ、ポコってとれるから!」
「分かった」
言われるがままに、巨大キノコのかさに手を掛けた。
ひんやりふにゃっ、という手触りで、いかにもキノコだ。
軽い力を加えるだけで、ポコッと言う音と共に、簡単にカサが外れた。
「……」
「カブって!」
「……」
おそるおそる、キノコのカサを頭に乗せる。
「お祈りしなよ、ナナちゃん」
「お祈り……」
何を祈ろう。
取りあえず……。
ふと、昨日の事が思い出された。
泣いていたタイゾー君と、真っ暗な心のままのアレンの姿が。
「……」
デイジーのように手を組み合わせ、小さな声で口にする。
「こじれたヒトたちが、うまく仲直りしますように!」
アレンのはつらつとした表情、一度くらい見てみたいし。
それから、えーと。
「料理がうまくなりますように、こっちの字が読めるようになりますように」
あとは……。
「恙なく日本に帰れますように!」
お願いが終わった瞬間、辺りにチカチカするような金色の光が広がって、風船が爆発するような衝撃を頭に感じた。
「ひっ」
このキノコ、何故爆発するのだろう。
「えー、お願い、届きました。ナナちゃんのお願いは金色、デイジーは桃色でしたー」
デイジーが妙に厳かな口調で宣言する。
「お願いが届いたって、どこに届いたんだろうね?」
「さぁね、お空とかですよ」
そう言って、デイジーがキノコを抱えてノシノシ歩き出す。
この『お願いキノコ』、焼いて食べるとか言っていたが、本当に食べられるのだろうか。
「モココー、どこー!」
遊んでいたモココが、ピョコピョコ跳ねながら戻って来て一声鳴いた。
「うるるぅぅぅぅぅ……」
「お昼ご飯食べよーよ、アレン兄ちゃんの所に帰ろーよ」
デイジーがそう言って、巨大キノコをモココの鞍に乗せた。
自分のキノコも鞍に乗せてもらう。
キノコ色は、採った時と同じ白だった。ピンクとか金とか、あの光の色はどこから来たものなのだろう。
「アレンさん、二日酔い大丈夫かな」
「ジゴージトクだよ、お父さん、いつもそう言って怒られてるもん」
そう答えるデイジーと手を繋ぎ、短い草の茂る坂道をゆっくり下り始めた。
そんなに暑くない。こっちの四季はよく分からないけれど、秋のような時期なのだろうか。
雨が降ったり、キノコが生えていたり、風がさわやかだったり。
「よくわかんないな、知らない事ばっかり」
「ん?」
自分を見上げたデイジーに、慌てて首を振った。
「ゴメン、何でもない」
ふと、お店に置いてあるエプロンのポケットに入れっぱなしにした、タイゾー君の住所の書かれた紙を思い出した。
彼と話したら、色々な事を教えてもらえるのだろうか。
こっちは、あっちとどう違うのかとか、なんで、泣くほど後悔しているのに、アレンを傷つけてしまったのか、とか。
「……」
「ねー、ナナちゃん、今日はお肉食べたい!」
「アレンさんに聞いてみようか」
……起きられるのだろうか。どれだけお酒を飲んだのだろう……。
「ウン、かえろ、ナナちゃん」
小鳥のさえずりが聞こえる。
小鳥の声は、あっちでもこっちでも変わらずに愛らしかった。
*******
「……」
「……」
キノコ採りから帰って来ても、そのあとお昼を買って市場から帰って来ても、アレンは転がったままだった。
「もうお昼過ぎですけど、起きられそうですか?」
「ああ」
「……あの、二日酔いに効くお茶とか無いんですかね?」
「そんなものがあったら、とっくに飲んでるよ」
情けない表情で長椅子に転がったまま、アレンが死にそうな声で答えた。
ナナは溜め息をついて腕を組む。
デイジーは、アレンから貰った小銭で買ったパンを、一心不乱に齧っていた。
肉のサンドイッチのようだ。
アレンと自分の分の、焼きそばのようなものも買って来たのだが。
「僕はいいからデイジーとお食べよ。もう少し寝るから」
「ホットキなさいヨ、ナナちゃんっ!」
むしゃむしゃとサンドイッチを齧りながら、デイジーが言う。
「はは……」
白茶けた、隈の浮いた顔でアレンが笑い、ヨロヨロと立ち上がった。
「水を浴びて来るよ」
「はぁ……」
あのハリの無い肌、二日酔いで脱水状態に違いない。
取りあえず何かを飲ませよう。お塩を入れた水……だとマズくてあまり飲めないので、水に塩と砂糖を入れて、果汁を搾ろう。それなら飲み口も良くて飲める筈だ。
おそらくは、塩の効果は元の世界と変わらないはず。
「アレンさーん!」
お風呂でごそごそしているアレンに声を掛けた。
「お塩入れた飲み物、用意しておきますねー」
「……ああ、助かる。ありがとう」
かすかな応えが返って来た。
やはり、準備するものは塩水で合っているらしい。
本当に、しっかりしろと励ましたい所だが、無理に励ましたらボロっと崩れてしまいそうで恐ろしくもある。
デイジーにお花の浮いたお茶を入れてあげ、冷まして飲ませたあと、籠に入った真っ白な果実を手に取る。
しゃきっとする、柑橘に似た刺激的な香りが辺りに漂った。
「んー」
良い匂い。これを絞れば、レモン水のようになるだろうか。
この果実は、エレナさんが差し入れとして、玄関に置いておいてくれたものだ。
なんという名前で、どんな味なのかまだ聞いていない。
「真っ白な皮かぁ。つるつるしてるなぁ、ビニールボールみたい」
ナイフで二つに切る。
ダーツの的のように、黄色とピンクが層になっていて、とても面白い果実だ。
小さな粒がびっしり詰まっていて、絞りやすそうだ。
「えい」
絞ると、サーモンピンクの果汁がお椀に落ちる。
舐めたら、甘酸っぱかった。かすかに苦みがあり、グレープフルーツに似ていなくもない。
よかった。
得体の知れない味の果実ではなくて。
耳かき一杯分くらいの塩と、お芋から作ったというお砂糖を足して、大きな陶器のデキャンタに注ぎ込んだ。
「よし、美味しい、多分」
オリジナルだが、水を飲むよりは飲みやすいだろう。
「ナナちゃん、ナナちゃん」
デイジーが台所に駆け込んできた。
「ねー、アレン兄ちゃんは」
「お風呂だよ」
そう言うと、デイジーが頷いた。
「あれ?なあに、これ」
そう言いながら、手を伸ばして勝手にアレン用に作ったドリンクをコップに注ぎ、飲み干す。
「あ、おいしーね、コレ!」
「そお?」
美味しいらしい。
子供の味覚って意外とシビアなので、ちょっと自信が出た。
「うん。おいしーよ!」
デイジーが大きな目を細めてニッコリ笑い、自分の腰にしがみ付いて続けた。
「そういえばさー、リュシーちゃんはどこ行ったのカナー、何でアレン兄ちゃんのお嫁さんをやめたのカナー」
「え?」
「リュチエンニュちゃんだよ。リュチ……ん? 言いにくいナ……リュチエンニュ!」
デイジーが真剣な顔で『あの人の名前』を繰り返す。
そうか、この子はアレンの元奥さんを知っているのか……と今さら気付いた。
「え、えっと」
恐ろしい質問だ。
どうやって回避すれば良いのだろうか。
「ナナちゃん、リュシーちゃん知らないんだぁ。ま、デイジーが次のお嫁さんになるから、いいですケド!」
中途半端に事情を知っているらしいデイジーがそう宣言し、再びどこかへチョコチョコと出て行った。
「アレンにーちゃん!ナナちゃんがお飲物作ってくれた!ナナちゃんがお飲物作ってくれましたよ!」
そう叫びながら、家中を走り回る。
「僕はお風呂だよデイジー、今行くから!」
アレンの大声が、ちっちゃな姪っ子にそう答えるのが聞こえた。