第2話:不思議な国で、初メシです!
「わぁ、川の水がすっごい綺麗」
それにしても、ここはどこなのだろう。
小川のほとりに建っていた、木造の大きな水車に近づいてみた。
建物があるならば、人がいるはずだが。
ギイ、ギイ、という音を立てて、大きな木の輪っかが回っている。
濡れた木が黒光りし、明るい昼の太陽を弾き返していた。
世界遺産になった、綺麗な村の事を思い出す。
もっともっと洋風だけど、のどかで自然が豊かな農村、と言う感じがする場所だ。
あの水車で、穀物などを挽いているのだろう。
こっそり建物の中を覗き込もうとしたら、背後から呼び止められた。
「おねえちゃん、なにしてるの」
「え?」
振り返るとそこには、金の髪を二つに結わき、青い目を輝かせた愛らしい女の子が立っていた。
目の色と同じ青のワンピースに、白地に赤の縫い取りをしたエプロンをつけている。
あ、カワイイ。
そう思って、お人形さんのような小さな女の子に微笑みかけた、が。
「ひっ!」
自分の顔を見た瞬間、女の子がくるりときびすを返して、チョコチョコと逃げ出してしまった。
「えっ? えっとまって!」
外人なのに、日本語を喋った。
とても可愛い子だ、5、6歳くらいだろうか。
「わぁぁん!こわいー!」
「まって!何が怖いの!」
「おとうさーん!おとうさーん!」
全力で自分から逃げようとしていた女の子が、つまずいて草の上にコテンと転がった。
そして、かわいい顔を絶望に染めて振り返る。
「ヒィィ」
「だ、大丈夫よ。あの、悪いヤツじゃないよ、私」
「ウゥゥ」
女の子が丸い顔で自分を睨む。
そして、さくらんぼみたいな唇を開いて言った。
「おめめが黒いじゃん!おめめが黒いのは、カイワタリじゃん!」
「え? カイワタリ? なんだそりゃ……?」
びっくりして立ちすくんだ瞬間、ぐうぅ、とお腹が鳴った。
まぬけな音を聞いた女の子が、目を丸くする。
「ナニ?」
「えへ」
今日のバイトは閉店する店舗の最後のお掃除で、賄いなしだったから、ものすごく、お腹が減った。
唖然としている女の子に、取り繕うように微笑みかける。
「あのさー、ごめんねー。何か食べるもの無い?」
そう尋ねると、女の子が怖い顔をふと緩めた。
「たべるもの?」
首を傾げ、じーっと自分を見つめている。
そして、納得したようにコクリと頷いた。
「あるよ!たべるものは、お父さんとお母さんがもってるよ!頼めば、くれるかもよ!」
そう言って、くるりと背を向けてまた走り出す。
とりあえず、腹を鳴らしているまぬけな女の人を怖がるのは、止めてくれたみたいだ。
「待って!待ってよぉ、足速いってば」
ああ、コレは運動不足だ。
立ち仕事だけではダメだ、やっぱりジョギングとかしないと。
そう思いながら必死で小さな後ろ姿を追いかけていたら、かなり前方に男の人が現れた。
「デイジー!何してるんだ、早くおいで!ご飯だよ!」
金の髪をした大柄な男性だ。
「おとーさーん!」
女の子が、一目散に男の人に向かって走って行く。
「ねー、このお姉ちゃんがお腹空いたってー!」
「ん?」
ヒイヒイ言いながら、女の子の遥か後方を走っていた自分に目を留め、男の人が大きな声を出した。
「あれぇ? あんた見ない顔だねぇ、どこから来たんだい」
男の人に飛びついた女の子が、得意げな声で言った。
「お父さん!おめめが黒いんだよ、カイワタリのヒトだよ!」
「えっ」
腕にぶら下がっている女の子を見て、それから自分を見て、男の人が信じられないというように呟いた。
「本当だ、目が黒い。初めて見た」
目が黒いからなんだというのだろう。
何とか女の子に追いついて、草の上にへたり込む。
「はぁ、はぁ、す、すみません……あの」
二組の視線を感じながら、四つん這いになって必死に息を整える。
「あの、あの、失礼ながら……突然のお願いで申し訳ありませんが、何か飲み物と、食べるものを分けてもらえませんか。あと、ここ、どこですか? 軽井沢とかですか?」
「カルイザワ?」
男の人が不思議そうに言う。
「どこって、ここはエルドラ王国の端っこにある、ペレの村だよ」
「はぁ、はぁ、エルドラ……」
日本じゃないのか。
息を整えながら、必死で頭を働かせた。
確かに、おかしい。
すっ転んだのに怪我すらせず、一瞬にしてこの場所に立っていたのだから。
ぐるん!と世界が回転して、入れ替わったようなカンジがして、いつの間にかここに。
どういう事なのか。頭でも打って夢でも見ているのか。
だが息はメチャクチャ苦しいので、夢ではないような気がする。
「エルドラって、知りません……私日本から来たんですけど、日本、わかります?」
「ニホン……知らんなぁ……。まあ、旅の人なんだろ? じゃ、旅行の日程に影響が無い範囲でうちの農作業手伝っておくれよ。飯と寝床は貸すからさ」
当たり前のような口調で、男の人が言った。
旅の人が農作業を手伝うというのは、いつもの事なのかもしれない。
「ねえ、カイワタリなんでしょ、お姉ちゃん」
女の子が好奇心を押さえきれない声音で言った。
「こら、デイジー。あれはお伽噺だよ。このお姉さんは外国の人。さ、先にお母さんのところに戻りなさい」
「はーい」
女の子が答えて、再びチョコチョコと走っていった。
男の人が日に焼けた顔に笑顔を浮かべる。
「とりあえず、飯食ったら出荷物のゴミ取りを手伝ってくれよ」
「はぁ」
籾殻。お米だろうか。
お米があるのだろうか。
そう思った瞬間、目の前に影が落ちた。
「え?」
毛の生えていない、草食恐竜のような巨大な生き物が視界全面を覆い尽くす。
恐竜……だ……。
何故恐竜が、首長竜がいるのか。
「な、な、何あれ」
「え、パピルだよ、運搬用のパピル」
「パピル?」
いや、あの巨大恐竜は、ブロントサウルスとかではないのか。
確かそんな名前だと、子供の頃持っていた恐竜図鑑に書いてあった。
そんな事を考えながら、男の人が云うところのパピル……どう見ても恐竜である巨大生物を呆然と見送った。
「あんたの国にはパピルみたいな生き物はいないの? いないわけないよね?」
「えっと、何億年も前はいたと思いますけど」
パピルは、音も立てずに、滑るように真っ直ぐ遠ざかっていく。
ゆっくりに見えるが、凄いスピードだ。
「ふーん。面白いところに住んでいたんだな。じゃ、飯食ったら作業開始だ。うちの母さんの飯はうまいから期待してくれ。あと、他にもお客さんがいるから、仲良く作業しておくれよ!」
「飯……!ごはんだ!ごはんだぁ!ありがとうございます!」
跳び上ろうとして、ふと止まる。
異世界の料理って、自分が食べても大丈夫なのだろうか。