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第16話:カフェタイム始まりました。

 さすがに、アレンが同じ部屋だなんて。

 眠れない。


 長椅子の上で微動だにせず寝ているアレンをちらっと見て、ナナは毛布に潜り込んだ。


 反則だ。イケメンは存在自体が反則だ。

 日本出身のゆるいフリーターなんぞ、あっさり惚れてしまうに決まっているのに。


 傷を見てくれる時に近づいた端麗な顔、何一つ動じない切れ長の目などを思い出す。

 女の子なら誰でも舞い上がってしまうような男前で、しかもクールで本当に格好よく、更に言うなら別世界の住人だった。

 彼も怪我をしていたが、傷は自分で縫ったという。

 そんな事が出来るものなのだろうか。

 もっと話がしたかったが、なんだか気恥ずかしくて借りたベッドに潜り込んでしまった事が悔やまれる。


 とにかく、アレンが居るので落ち着いて眠れない。

 あんなイケメンとあっさり離婚するなんて、元妻はどれだけ凄い人なのだろうか。

 まあ、何にせよ落ち着こう。

 多分あの人の人生は、自分とは関係ない上級ラインで進んで行くだろう。


 イケメンは美女と、ちょいムッチリの凡人は似たようなフツーの人と釣り合う。それが世界の法則だ。

 うまい言葉。まさにそれが世界の法則だ。世界の法則。そう言う決まり、決まり、決まりなのだ。

 バクバク言う心臓をひたすらに宥め、目をつぶった。


「はぁ」

 切ない。アホみたいに惚れっぽい自分が。

「どうした」

 突然声をかけられてビクン!と反応してしまい、毛布から慌てて顔を出した。

 アレンが目を開けて、無表情にこちらを見ている。

「す、すみません、寝ます」

「そうか、具合が悪かったら言ってくれ」

「はい」


 ホントにお医者さんなんだな……と思い、目をつぶった。

 つまり彼は、今ここに義理でいてくれる人。

 自分が怪我人でなければ、無視して帰ってしまう人なのである。


 ——がっかりするな、ナナ、いつか良い人見つかるって。次はババを引くなよ。


 そう、無意味に自分を励ました。

 明日も仕事だ。座ってできる仕事を何か探さないと。

 拭き掃除は何とかなりそうだが、配膳が厳しい。


******


 見渡す限りのお客様だ。

 店の外も中も、たくさんのお客様で溢れ帰っている。


 王都から友達に呼ばれて来たの、と言う声も聞こえて来た。


「……」

 ナナは足をさすり、汗を拭った。

 今日もお店は大盛況だ。

 いや、いつも以上に大盛況で、破綻しそうなくらいにお客様が大入りなのだ。


「お兄さーん!注文に来て下さーい!」


 いつもは家族連れや農家の人でにぎわう店内が、華やかな女の子一色に染まっている。

 店の外にも女の子が並んでいるのが見えた。


 ……足と頭を怪我した自分の代わりに、無職だったアレンさんが配膳を手伝うようになって三日。

 

 カッコいい店員さんの姿を求めて、若い女のお客様がわんさと押し寄せるようになってしまった。

 あまりのお客様の数と、『営業時間にお店に入れなかった!』と言う苦情に答えるべく、ダンテさんがカフェタイムの臨時営業を決断したのだけれども。


「いやぁ……お茶時間の営業もすると全身がバッキバキになるよ、僕も齢だな」

 呟いて、ダンテさんが汗を拭った。

 彼一人でお料理をしているので、さぞヘトヘトに違いない。


「アレン君が引きこもりなのは良くないと思って、半ば無理矢理手伝わせたんだけど……善かれ悪しかれだな、ここまで売れっ子になってしまうとはね」

「そうですね」


 アレンは女の子がキャーキャー騒いでも、愛想笑いを浮かべるだけだ。

 その振る舞いがまた、クールで格好いいのだ。

 最近まで引きこもりのお兄さんだったとは思えない。

 それに、黒いぴったりした制服が、すらりとした長身に異様に似合っている。


 ——自分みたいなミーハーでイケメン好きの娘さんが、山のように押し寄せるわけだ。


 ああ、それにしても、黒が似合う人と言うのはスタイルが抜群の人のことをいうのだ、と改めて実感する。

 もう、黒で痩せた自分を演出して誤摩化すのは止めよう、

 腹回りなどは重ね着で誤摩化そう。

 そう決意した。


 自分も座ったままふるっていた粉のボウルをトントンとゆらし、ダンテさんと同じく汗を拭う。

 粉ふるいは体力を使う。

 ふるってもふるっても、どんどん無くなる。


「なごみ茶と空色莢豆の凝り寄せを3人分お願いします」

 空いた食器を手に戻って来たアレンが、そう言って伝票を置いた。


「豆のはあと少しで固まるから!先にお茶出して、ナナさん!」

「はいっ!」


 立ち上がり、『なごみ茶』と呼ばれる刻んだ木の枝が入った箱を取り出す。

 これは、沸騰させた後、30数えたお湯で入れるお茶だ。

 添える物は、乾煎りした虹色麦の粉を混ぜた白いお砂糖。

 そうする事で、飲み物の中のお砂糖が虹のように輝く。

 入れるカップは、あかね色の樹のものだ。このカップで飲まないと風味が完成しないとダンテさんは言う。


 可愛いお茶だ。

 ピンクの液体の中に、虹のパウダーがキラキラ舞っていて、妖精のようなお茶だ。

 そう思いながら、カウンターに揃えたお茶を置いた。

「提供お願いします!」

「了解」


 手際良くお盆に乗せ、アレンが颯爽と運んでゆく。

 

 格好いい人は、姿勢がまず良い。

 自分も姿勢をびしっと正す。猫背なので背中が痛いが、頑張ろう。


「癒し芋の焼き菓子と、しゅわしゅわ果実水を2人分お願いします」

「はい!」

 芋の焼き菓子は、見た目がまるでパウンドケーキなのに食べると落雁……という、不思議なお菓子だ。口の中でサーッと溶け、何故か芋に戻る。美味しい。

 しゅわしゅわ果実水は、竜果実を干して粉にしたものを水に溶かすと、しゅわしゅわして炭酸水のような物になると言う性質を生かし、果汁に竜果実の粉を落とした物だ。

 ダンテさんのお店では、リンゴに似た味の果汁に溶いてお出ししている。

 ちなみに竜果実の形は、漫画に出て来るドラゴンの頭に似ていて、可愛いのだ。


「ナナさん、お皿足りない」

「ハイ!今洗います!」

 慌ててしゅわしゅわ果実水を作り、ダンテさんが朝焼いた焼き菓子を切って用意する。

 これで良い筈。しゅわしゅわの粉はこのさじで擦り切り一杯だ。


「お待たせしました!お皿今出しまーす!」

 ケンケンで流しに向かい、溜まっていたお皿を洗った。

 怪我をしたのは左足なので、庇って立ち続ける右足もパンパンだ。


「お兄さん!来て」

「ねえ、店員さーん、このお菓子なんですかぁ?」


 アレンも、ダンテさんも、自分も、忙しすぎてヘットへトだ。

「こ、腰が痛い……」


 屈み仕事と脚の怪我のせいで、腰が痛い。

 湿布が欲しい。つーんと来るヤツが。あれは職場では貼れないけれど。


 腰をどうこうする間もなく、また新しいお客様がお見えになった。


 現状はとりあえず、ランチの食後のデザートとして出していたお菓子を、臨時営業時間に提供している。

 だが、このティータイム営業は大人気のまま、レギュラーとして定着してしまいそうだ。

 そのうち落ち着くだろうか。


「ねえ、お嬢さん」

 金髪の綺麗なおばさまが、会計用の伝票を持って来て、笑顔で言った。

「あの男の子も綺麗だけど、こちらのお茶の時間でお出しになるお菓子、すっごくおいしいのね。お食事に伺った事しか無かったけれど、今後も贔屓にさせていただくわね」

「あ、ありがとうございます!」

 お客様の笑顔に頭を下げる。


「ひぃー、忙しくなるぞ……!」

 大繁盛の予感がする。

 アレンの男前っぷりと、ダンテさんのスイーツが素晴らしすぎて、早くも今までのお客様とは別の、熱烈なファンが付き始めているようだ。


 絶対にもっともっと忙しくなる。

 だから早くこのねんざを治さないと。

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