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第14話:ピンチだよ!

 賄いのパンを作っていいよ。

 ダンテさんにそう言ってもらい、跳び上るような気持ちでナナはパン生地を練った。


「練りすぎない、練りすぎない」


 毎日雨降りだ。今日もかなり、雨足は強い。


「もうこっちに来て一週間だっけ」

 そう言って、ダンテさんが虹色のボンボンを差し出した。

「口開けて」

 生地で手がベタベタなので、言われるがままに口を開けた。

 甘酸っぱい味がすうっと口に広がり、水のようにとろけて染み込む。

「美味しい?」

「ハイッ!」

 自分が美味しい美味しいと騒いだので、毎日作ってくれるようだ。

 お客様にも『この店は料理でお腹がいっぱいになるから、このくらいのお茶請け菓子が調度良いな』と好評だ。


「あのー、このお菓子、私が作っても丸くならないんですけど、コツ有りますかね?」

 パン生地をこねながらそう尋ねると、ダンテさんがにこっと笑った。


「綺麗な球形にする一番のコツは、いつ水に入れるかなんだ。それからコロコロ転がす事。湖底で転がるまん丸い柔らかいお団子を想像して、鍋を揺すってご覧」

「むむ」


 マリモか……?

 マリモなのか……?


 考えながら、パンを練る手を止めた。

 水っぽいかなー、粉っぽいかなー、程度で止めるのがコツなのだ、こっちのパンは。

 何故これで美味く行くのか謎だが、確かにその方が歯ごたえがシコシコしていて美味だ。


 千切って、鉄板に叩き付ける。

 いや、鉄ではないのかもしれないが、とにかく金属の調理用の器具だ。

 パンが板の上でブクーッと膨れ、すぐにぺたんこになった。

 同じ大きさに千切る事を心がけ、勢い良く鉄板に叩き付ける。


「元気パンは、思いっきり叩き付けた方が元気になるから」

「ハイッ」


 ぺっちーん!と音を立て、全ての生地を叩き付けた。

 思いっきり膨らみ、すぐにぺたんこになった。

 砂時計の砂が落ちきるのを見て、すかさずひっくり返す。


「良い感じだな」

 ダンテさんが、パンを覗き込みながら言った。

「練習あるのみだ。来年まで君が居たら、パン係を任せても良い」

「ホントですか?」

 思わずダンテさんを振り返った。

 いつか料理をまかされたら良いな……と思う。

 もちろん、帰れたら帰りたいが。

 

「ああ、頑張れよ、ひたすら作るのみだよ」

「ハイ!」

 良い香りにこんがりしたパンを、布を入れた籠に放り込んだ。


「ところで、アレン君は元気?」

「はぁ。朝はご飯を食べていますが。あと一応買い出しに行って、食材を台所に置いておいてくれます」

「そうか、ウーン。ヒモ亭主みたいな生活してるな」


「……」

 一瞬、そうだよな、と思って黙ってしまったが、慌てて言い添えた。


「いや、あの、お金はあるみたいなんで。それに私の大家さんなので」

「勿体ない、ペレの村の神童と讃えられた少年だったのに。あの子は嫁さんを見る目が無かったなぁ。結婚するとき、俺に相談してくれれば良かったのにな」

「て、店長」

「ま、言い過ぎたね。悪い悪い」


 ダンテさんは肩をすくめ、閉めたお店の看板を引っ込めに行ってしまった。


「雨が酷いから、もう帰った方が良さそうだ。賄いも包んであげるから、そのパンと一緒に持って帰りなさい」

「はい、分かりました」


 確かに凄い雨音だ。

「酷い雨ですね」

「この時期はどうしてもね」


 ダンテさんがそう言って、テーブルの上に放り出した布袋に、包んだおかずを入れてくれた。


 お礼を言って、お店を飛び出す。


「す、凄い雨だ」

 賄いはきちっと包んだので濡れないと思うが、バケツの水をひっくり返したような雨。

 しかも凄まじい風。まるで台風のようだ。


 いつもは多少道が見えるけど、今夜は雨でほとんど見えない。

 これは、ちょっとヤバいかもしれない。

 店に引き返そうか、と思ったが、そんなに遠くないから歩いて帰ろう、と思い返す。

 

 傘の影に丸まって小走りに真っ暗な道を走った。

 さっきまでは雨と少しの風だったのに、異様に風が強くなって来た。


 暗いし、風が怖い。

 うまく前に進めない。


 そう思った瞬間、何かに横殴りに吹き飛ばされた。


「きゃ!」

 

 用水路めがけて、濡れた坂をゴロゴロと転がり落ちた。

 何に突き飛ばされたのだろうか。

 ジワジワと頭と肩に痛みが広がる。


 飛んできたのだ、農家の看板が。


 自分と一緒に、大きな木の実の絵が描かれた看板が吹き飛ばされて行くのがちらりと見えた。

「きゃあああ!」


 そのまま増水した用水の流れに叩き付けられ、大量の水を飲んでもがいた。。

「ゴボ……」

 パニック状態になりかけたが、慌てて伸ばせるだけ手を伸ばす。

 ここはとても細く狭い、どぶみたいな大きさの用水路のはずだ。

「はあ、はあ……大丈夫だぞ、大丈夫、大丈夫……」


 そう自分に言い聞かせているうち、伸びた草の葉に手が触れた。

 思い切り掴んで体を起こし、体を用水路から引きずり上げる。


「う……」

 痛い。頭と足がものすごく痛い。

 やっぱり、お店に残るべきだった。

 それに、持っていた袋が無い。入れてもらったご飯、それから小銭も無くしてしまった。


「やばいな、この嵐……」

 すぐ傍で唸りをあげる用水路を覗き込み、慌てて坂を這い上った。

 歩けない。足を捻ったのか、折れたのか。

 だが、この用水路がいきなり爆発的に増水する危険もある。とにかく登らなくては。そして木かなにかの影にかくれて、飛来物をやり過ごそう。

 

 さすがこれほどの嵐では誰も通らないし、この辺りには家も無い。

「ヤバいぞ」

 立ち上がろうとしたが、脚の痛みとめまいで立てずに、再び道に転んだ。


 さっきの看板は頭にクリーンヒットしたのだろう。

 目の前に、チカチカと星が飛んでいる。

 だんだん気が遠くなって来た……。

「……」


「う、……匍匐、前進……」

 いや、ダメだこれは、ちょっと無理かも……。


*****


 モココは顔を上げた。


 雨だ。

「うるぅぅぅぅ……」

 足蛇はみな、雨が大好きだ。

 鱗が濡れると嬉しい気持ちになるし、綺麗になるから。

 

 もちろん、誇り高くて可愛くて足が速い自分も、雨が大好きだ。


 でも、今の自分は、子分のデイジーや、デイジーの飼い主である「おとうさん、おかあさん」によって小屋に入れられている。

 だから雨で遊べない。

 残念だ。雨に濡れたいのに。

 そう思って長々と藁の上に寝そべった瞬間、バーンと音を立てて壁が吹っ飛んだ。


「けるぅぅぅぅ……!」

 衝撃のあまり格好よくない声が出てしまったが、しばしのち、雨が吹き込んできた事に気付く。

「!」

 何かがぶつかり、小屋の壁が壊れたのだ。

「うるる……うるるる……」

 顔を出して外の様子をうかがった。

 魅惑的な雨に風だ。足蛇の野生の心が躍るような。


 壁の亀裂をぬるりと格好よく抜け、そのままピョンと外に飛び出した。

 叩き付けるような凄まじい雨に、たちまち鱗という鱗がびっしょり濡れる。

「……うがるぅぅぅぅ……ううううう……』


 嬉しくなって、いつもデイジーと走る道を全力で走った。

 頭をブンブン振り、雨を舐め、水を蹴って、走った。


 気持ちがいい。

 人間は雨が嫌いなようだが、モココは大好きだ、雨が!


「ぐるぅ……」


 ふと、知っている人間の匂いがしたので、足を止めた。

「?」

 ……知ってる人の匂いと、血の匂いがする。

 誰か、悪い子の足蛇が『がぶり』したのだろうか。

 人間を『がぶり』するのは良くない足蛇の証なのに。

 ああ、恐ろしい、とても恐ろしい、と思いながら匂いをたどる。


「……ぐるぅぅぅ……うるぐぁぁぁぁうぅ……」

 道の真ん中に、黒い頭の人間が寝ていた。

 雨の中で寝ている。

 困った、困った……これはモココには分からない事だ……何が起きたのか……。


「うぅぅぅ……ぐああああああああぅぅぅ!」

 

 起きて!

 と声を掛けたつもりだが、人間は起きなかった。

 人間には足蛇の言葉がイマイチ通じないのだ。

 

「がぁぁぁぁぁう!うぐぁぁぁぁぁう!」


 ねえ起きて!

 と声を掛けて見る。

 べったりと寝ていた人間が、団子の付いた頭を起こした。


 どうやら、言葉は通じたみたいだ。

 それから。

 ああなんと言う事だろう、やはりあの人間は、頭を『がぶり』されている。


「うぐあああああぅぅぅ……!ぎゃるぅぅぅぅぅぅ!」

 誰に『がぶり』されたのか尋ねたが、複雑な言葉ゆえに、人間には通じなかったようだ。

「な、何……」

 人間が怯えた声を上げ、自分を見上げて身をすくめた。

 それから、はっとなったように顔を上げる。

「え……モココ……?」

「ぎゃおぅぅぅぅぅ!」

 そうだよ!とお返事をしたら、人間がまた身をすくめる。


「?」


 自分は今まで、可愛いとしか言われた事が無い。

 なので、先ほどからの一連の反応が意外に思える。


「も、モココ、だ、誰か呼んで来れる……?」

 小さい声で人間が言った。

 足蛇は子供の頃から賢いので、たぶん、呼んで来られるだろう。

 『大声を出してはダメだ』と怒られ、小屋に閉じ込められなければの話だが。


「けるぅぅぅぅ……ぐぎゃるぅぅぅ……」


 あの人間は起き上がれないのだろうか。

 ならば偉大なる足蛇のモココちゃんが、可愛い肩を貸してあげよう。

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