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第13話:アレンさんの過去

「ああ、そうだ少尉」

 ディアンさんがふと思い出したように、公会堂を出ようとした自分たちを呼び止めた。


「エドワード様が言ってたよ、また会いたいのにって」

「…………」

「会ってあげたら? 寂しいんじゃない、彼」

「…………」

 アレンの透き通るような緑の瞳が、だんだん墨を垂らしたように曇ってゆく。


「そう……ですか……」

「元気そうだったって伝えておくよ。ナナさんにはそのうち、戸籍登録証と一緒に、日本とこの国の文字の対訳一覧を送るから。」

 ディアンさんが、ニッコリ笑って手を振った。

「はい、ありがとうございます、そんなものあるんですね」

「代々のカイワタリと、我々保安庁の努力の結晶だよ」

 得意げに言うディアンさんにもう一度頭を下げ、周囲を見回した。


 可愛いカフェみたいなお店、布を売るお店、食べ物の見本を置いたお店などが所狭しと並んでいる。

 ハーマンさんの住んでいる辺りは家もまばらだけれど、ここは人が多いし、栄えているように見える。


 虹色のボンボンの包みを大切に布袋に入れ、ぼんやりとしているアレンを見上げた。

「元気ないですね」

「……」

「大丈夫ですか?」

「……ああ……」


 全然大丈夫じゃないように見えるが。


「あのー、私ここに来るのが初めてなので、色々な食材を買いに行きたいのですが」

「そうだな……そうするか……」

 アレンが自分を見ようともせずにうなずき、フラフラと歩き出す。

 心、まるでここにあらず。そんなカンジだった。


 間違いない、彼の心を傷つけているのは、勇者エドワード様、という人なのだ。

 一体何があったのだろう。


********


『今日のお昼に市場のレストランで食べたもの 癒し豆のスープ、蒸かした優し芋と受容芋に、塩とお酢をかけたサラダ。元気麦を叩いて伸ばした生地の、ピザみたいなやつ。あのチーズみたいな黄色のクリームの正体は何だろう』

 

 そこまで書き付け、手を止めてメモ帳を片付けた。


 目の前には、市場で買って来た色々な食材がある。

 明日の朝ご飯の材料を買って来たのだ。


 どムラサキ色の、まん丸の木の実なんてさすがに向こうでは見た事がない。

 昔自分がレディースだった頃の特攻服みたいな色だ。

 この国の食材は色合いが激しいものが多いが、市場のおじさんに聞いた所、色が濃い方が栄養があるという。

 

 取りあえずダンテさんが毎朝しているように、簡単なパンを作る事は決めた。

 『元気麦』と呼ばれる穀物の粉に、水と黄色い油、すり下ろした優し芋を練り込み、フカフカで平らなパンを焼くのだ。

 こっちの世界にもフライパンのような道具があるが、それに叩き付けて薄くして、水を垂らして、蓋をしてこんがりと10分ほど。それでナンのような食品が出来る筈なのだ。


 それから、ゆでた癒し豆と、ほぐれネギの酢の物を作って食べよう。

 「癒し」に「ほぐし」。

 この材料なら、死んだ魚のような目をしているアレンも元気になるかもしれない。

 主菜には干した『モー』の肉で出汁を取ったスープに、『微笑みの根菜』という、こっちでは極めてポピュラーな、サーモンピンクの丸いカブのような野菜を刻んで入れたものを出す予定だ。


 酢の物は、置いてあったお酢を借りて仕上げよう。

 そう思い、台所に置いてあったガラス瓶を部屋の淡い明かりにすかして、しばし見つめた。

 綺麗な色をしている。

 ピピの花茶と同じ色ってことは、このお酢も、ピピの花の花びらの色だろうか。

 こちらのお酢にも、血液サラサラの効果があるのだろうか。

 市場のおじさんは分からないと言っていたので、皆に栄養学が浸透していないのかもしれない。


 色々な料理を作りたい。だが、そう出なくても貧乏なのだし、そもそも失敗したら材料が勿体ない。

 ダンテさんの料理を、もっと勉強させてもらってからにしよう。

 どうにも材料の勝手が分からず、質素なものしか作れないのがもどかしかった。

 早く色々作れるようになりたい。

 夜は賄いが出るし、朝しか料理の練習が出来ないので、頑張って早起きしなくては。


「アレンさん、明日早起きしてご飯作るので、台所を貸して下さい」

「うん……」

 椅子の上にびしっと腰掛け、ボンヤリしていたアレンが頷いた。

 さっきまで読んでいた本も、傍らに放り出している。

 この人本当に、どうしてしまったのだろう。


 そんなに仲良くないので聞けない感じもするが、大家さんが病気なのだと思うと確認した方が良いような気もするし。


「あのー」

「何」

「明らかに元気ないですよね?」

「……」

「話したくないなら良いですよ。もう寝ましょうか」


 しつこくしてもしょうがないや、と思って二階に上がりかけた瞬間、アレンがぼそりと言った。


「エドワードは友人だった……んだ。僕は去年まで既婚者で、王都で騎士団として働いていた……」

「え?」

「……」


 今なんて言ったの?

「き、こ、ん、で……ございますか……」

「そうだ」

「あ、あ、さようでございますか」


 なんという気まずい質問をしてしまったのだろう。


 それにしても。

 アレンさんが既婚者?!


*********


「オハヨーございます」


 衝撃でぐわんぐわん言っている頭を抱え、ダンテさんのお店に入って頭を下げた。

「おはよう、どうだった、昨日」

 ダンテさんは、朝早い時間なのにスッキリした佇まいだ。

 いつも水で洗ったようにさっぱりしていて、本当に凄いと思う。

 これは、この人が持って生まれた清潔感なのだろうか。


 真似したい。くたびれ女の自分も。


「えっと、私は平凡なカイワタリらしく、特に用はないから、帰れるなら早く帰れと言っていただけました。お休みありがとうございました!」

「…………」


 ダンテさんが一瞬黙り込んだが、すぐにいつものさっぱりした優しい笑顔を浮かべた。

「そうか、その方が良いかもしれないね」

「はい」


 返事をし、いつものようにテーブルと椅子、そして床をピカピカにした。


「あ、そうだ、店長」

 手際良くパン生地をこねていたダンテに声を掛け、不思議に思っていた事を尋ねる。

「あのー、私が朝焼いたパン、膨らみすぎてパサパサだってアレンさんに言われたんですけど。その、店長みたいにモッチモチにするにはどうしたら良いんでしょうか」

「膨らみ過ぎてしまうなら、多分練り過ぎだね」

「練り過ぎ?」

「ああ、そうだ」


 あっさりいわれ、必死に練った事を思い出す。

「ダメなんですね」

「ダメだ、きっと日本の麦とは性質が違うんだろう」

「……」


 あれ?

 今なんか……何だろう……。


「どうした、ナナさん」

「いいえ!」

 何だろう。一瞬あれっ? と思ったのだけれど。


「今日も雨だ、お客さんが少ないだろうから……そうだな、入り口の花の鉢植えの花ガラを摘んでおいてくれるかな」

「はーい、了解でーす」


 返事をして入り口に出、しゃがみ込んで赤いお花の枯れた所だけを摘む。

 鈴蘭みたいな、可愛い花だ。

 枯れて萎れた枝は、ちょっぴり可哀想だが。


 ぐんにゃりした茎を見ていたら、昨夜のうなだれたアレンを思い出した。

 食いしばった歯の間から押し出されるように呟かれた、アレンの言葉も。


 ああ、なんて事をいわせてしまったのだろう。


『ナナさん、僕は二十七歳だ。二十二のときに幼なじみのリュシエンヌという女性と結婚した。だが、僕の元妻は僕と別れ、勇者エドワードと再婚したんだよ』


 嗚呼、なんという事だ。

 彼の話を思い出し、ガリガリとお団子頭を掻きむしる。


『……もしもエドワードがニホンに帰るなんて話になったら、彼女はどうなるんだろうな……あんな別れ方をしたけれど、最終的には幸せになって欲しいと思って送り出したから、ディアンさんの話が色々辛いなと思ったんだ』


 思い返すだに、勇者も、アレンさんの元妻もサイテーではないか。

 パートナーを簡単に放り出せるヤツは大概クズだと思うのだが。

 その二人、ホンットーに酷くないだろうか。

 もしかしたら、アレンさんが奥さんに暴力を振るっていたりとか。

 いや、無い気がする。

 良く知らない人の事だから、分からない。優しい人のように思うけれど。


 

 ——自分の過去のトラウマまで掻きむしられて。これはキツい。


 自分の元婚約者が浮気した綾子さん……アヤちゃんは、自分の専門学校の同級生だった。

 自分は働く為に進学したけど、アヤちゃんは裕福な親御さんが、花嫁修行の為にあの学校に通わせていたらしい。

 お嬢様で、自分より美人で可愛くて、モテモテの子だった。


 勝てる筈も無い女の子……に、完全に負けた……自分……。

 

「……」

 いかん、自分まで沈んできてしまった。

 気を取り直して、シャキシャキ仕事をしよう。

 …………。

 やはり腹が立つ。


「むー。むー、むー。

 話が本当なら、勇者エドワードは、アレンさんの友達だったのではないのか。

 サイテーではないか!

 友達の奥さんを取っちゃうなんて!!

 それに奥さんもサイテーだ。

 事情はよく分からないので、あまりそんな事ばかり言ってはいけないと思うが。


 腹を立てつつも起き上がり、お店に戻った。


「今日の別腹は何にしようかな、この前の透明の凝り寄せはどうかな。いや、もう涼しくなったから、もうちょっとこってりしたのが良いかな」

 ノートのようなものを見ながらカウンターに肱をつき、ダンテさんがブツブツ言っている。


 彼はスイーツの事を「別腹」と言うので、今日のデザートを考えているのだろう。


「あ!」

 スイーツで思い出した。

 昨日貰った虹色のボンボンをダンテさんに見せ、作り方を聞いてみよう。

 日持ちするとはいわれたけれど、作り方を知ったら早く食べきってしまいたい。

 もちろん、とっても美味しいから早く食べたいのだ。


「てんちょー!あの、このお菓子どうやって作るんですか!」

「どれ」

 体を捻ったダンテさんに、薄紙に包んだ虹色ボンボンを差し出す。

「これです」

「ほう」


 ダンテさんが目を見張り、一つつまんで口に入れてしまった。

「あ!」

 思わず声を上げた自分を見て、ダンテさんがぷっと吹き出す。

「ごめんごめん、ナナさんが独り占めの予定だったのにね」

「う……いえ……ドゾ……」

「これは作るのが難しいよ。材料も高価だしね。今度真珠砂糖が手に入ったら作ってみようか、でも本当に難しいから、馴れないと無理だよ?」


 思わせぶりな言葉に身を乗り出した。

 そんなに凄いお菓子なのか。


「難しいんですか?!店長に作れますか?」

「一応ね……」

 そう言って、ダンテさんがもう一粒、ぽいっと口に運んでしまった。

「あああああ!私の、私の分がぁぁ!」

「プッ」

 驚愕している自分を見て、ダンテさんが本格的に笑い出す。


「ごめんごめん、実はもう真珠砂糖を含め、材料は全部あるんだ。今日お店が掃けたら作ってあげるから、僕のつまみ食いは許しておくれよ」

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