表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/78

第12話:虹色ボンボン

「えっと、鈴木ナナさんね」

 焦げ茶の髪に、アレンと同じようなエメラルドのような目の男性が、そう言って手元のうす水色の紙に何かを書き付けた。

 自分の目には象形文字のような形に見えるのだが。


「日本から来た? 皆そう言うね。日本、と。うん、歴史上、日本以外から来たカイワタリって居ないんですよ」

 そう言って、彼がじーっと自分の目を覗き込む。

 齢の頃は、30代半ばくらいだろうか。結構若いひとだ。


「はぁ」

「取りあえず王都に移動して、色々検査しましょうか。どんな力を持っているのか調べないとね」

「え?」


 移動?

 慌てて首を振った。

 明日からまたダンテさんの店で働くのに。


「ちょっと明日は仕事が」

「そうなの、じゃあちょっと今見ちゃおうかな……失礼」

 そう言って、お役人さんが指をチョンと振った。


「え?」

 なに?と思う間もなく、体が後ろ向きに吹っ飛ばされた。


「……っ」

 今一体、何が起きたのだろう。


「ああ、ナナさん済みませんっ!ありがとう、ウォルズ少尉」

 お役人の声がした。

「うぅ」


 壁にぶつかるかと思いきや、アレンの胸に抱きとめられて無事だったのだ。

 今、椅子から吹っ飛ばされたのだが、一体何が起きたのか。


「ディアン管理官、一般人に魔導を使うなんて!」

 自分を抱きとめたまま、頭の上でアレンが抗議の声を上げた。


 庇ってくれたのだろうか。だがビックリしすぎて声が出ない。


「すみません、まさか防ぐ事すら出来ないなんて!今までの私が出会ったカイワタリと全然勝手が違ってねぇ」

 慌てたようにディアン管理官、と呼ばれた男の人が立ち上がり、自分の前に跪いた。


「申し訳ありませんでした。どこか痛い所はありますか?!本当に申し訳ない。あなたが弾き返す筈だと思い込んでいて。弾き返せないカイワタリを見た事がなくて」

「だ、大丈夫です」


 絶妙の体勢でアレンにキャッチしてもらったので、大丈夫だ。

 ノロノロと身を起こし、びしっと立て膝を付いているアレンにお礼を言った。


「アレンさん、ありがとうございました」

 それにしても凄い身のこなしだった。

 彼は、いつの間に椅子から下りたのか。


「いや、どこも痛くないか?」

「はい!大丈夫です!」

 アレンはかなりガッシリしていた。

 今さら照れくさくなってシャキンと姿勢を正し、平身低頭しているディアン管理官さんに向かって言った。

「あの!えーと、危ない事止めて下さい」

「スミマセン!」


 もはや土下座になっている管理官さんの様子に溜め息をついたが、手を伸ばして体を起こしてあげた。

 

「今の、何なんですか?」

「初歩の衝撃派です。カイワタリは通常、強靭な魔力で守られ、私どもの使うような魔法など弾き返す筈だったんですけど」

「ディアン管理官、危険な行為は断ってからして下さいよ!」

 アレンさんが抗議の声を上げた。

「申し訳ないっ」

 まだ土下座している。


 アレンは、この管理官と知り合いなのだろうか。

 よく分からない。


「あ、取りあえずお茶持って来ますね、詳しいお話はお茶をしながら、ね!」

 ディアン管理官が、そそくさと出て行った。

 思わずアレンと顔を見合わせる。


「何なんでしょうね」

「カイワタリの力を試したのだろう。エドワードには彼の風などかすりもしなかったから。君も同じような存在だと考えたに違いないが、危険な真似をするものだ。君が軽くて良かった」

「軽いぃぃ?」

 声が裏返った。

「どうした?」

「い、いえ」

 自分は170センチで65キロあって軽くない……のだが……。

 いや、これは秘密にしよう。

「あの、ディアン管理官さんはさっきから、先生の事を少尉って呼んでますけど」

 気になる事を口にしてみたが、アレンはあっさりと首を振った。

「昔の階級だ。今は違うよ、騎士団は辞めた」

「はぁ」


 騎士だったのか。医者ではないのだろうか。

 そのとき、愛想笑いを浮かべながらディアン管理官が戻って来た。


「お待たせ、さ、お茶にしよ!」

 手には良い香りの、すーっと爽やかなお花みたいな香りがする何かを持っている。

「お茶で誤摩化すとか、相変わらずですね」

「いやいや、ウォルズ少尉、お褒めに預り光栄です」

 愛想笑いをしながら、ディアン管理官がテーブルの上に可愛い陶器のセットと、可愛らしい何かを置いた。


「わぁ」

 何だろう。砂糖をまぶしたボンボンのようなお菓子が、不思議な爬虫類の描かれた小さなお皿に紙を敷き、ピラミッドのように積んである。

 だが、不思議だった。

 ひとつぶひとつぶが時間とともに緩やかに青から緑、黄色、橙、赤、紫、そしてまた青へとゆっくりと色を変えてゆくのだ。


 綺麗だ。

 ネオンサインみたいな、不思議な七色。


 見とれていると、手もみしながらディアン管理官が言った。


「女の子はみんなこういうお菓子が好きでしょ!ドーゾ、ドーゾ!」

「あのですね、ディアンさん」

 アレンが溜め息をついて何かを言おうとしたが、我慢出来ずに手を伸ばしてボンボンをつまんだ。


「いただきまーす!」

 この世界の食材はだいたい食べられる事が分かったので、このお菓子も大丈夫だろう。

 こんな風に、色を変えるなんて信じられないけれど。

「!」

 葡萄みたいな酸味ある爽やかな甘さが、口の中にパアッと広がった。

 美味しい。周りにまぶしてある粒砂糖のようなものは柔らかく、レモンシュガーのような風味がある。

 じゃりじゃりしていない。お口ですうっと溶ける。

 ボンボン自身もキャンディなのかと思ったが、体温でとろけてしまった。

 なんだろう、常温のゼリーを固めたようなこの食感は。


「おいしー!」

「ナナさん、君、何で食べ物を見ると突進して行くんだ」

 アレンが呆れたように言ったので、そっと目をそらす。


「そうですか、美味しいですか、良かった。お茶もどうぞ」

 ちっちゃな湯のみに、ディアン管理官がお茶らしきものを注いでくれた。

 ダンテさんのお店で出している、口の中をさっぱりさせる葉っぱを浸したお水とは違う。

 淡い緑だ。緑茶よりもっと翡翠みたいな色をしている。

 香りはジャスミンに似ているが、もっと花のような香りがする。

 花弁を絞った水を飲んでいるような濃厚な飲み口だった。

「それ、美容に良いからね!ピピの花弁のお茶だよ」

「ピピ……」

 花粉を熱すると赤くなり、リコピンのような作用をするというお花のことだ。

「花びらは緑になるんですね!」

 メモ帳を取り出し、書き付けた。『ピピの花は花弁を抽出すると緑の水になる』と。


「ナナさん、君、不思議なカイワタリだね。何であんな風も吹き払えないんだろうね。でも別の力もあるかもしれないしなぁ。うーん」


 じんわりとボンボンとお茶を味わっている自分を尻目に、ディアン管理官が首を傾げた。

 もう関係ないし、支援なども特にしてもらえないのであれば帰ろうかな、と思い始める。


 それにしても、このお菓子はなんと綺麗なのだろう。

 それに、すっごく美味しい。

 どうやって作るのだろう。ダンテさんは知っているだろうか。


 そう思って、考え込んでいるディアン管理官の顔を覗き込んだ。

「あのー、帰ってもいいですか」

「うん、君、ウォルズ少尉の所に居るんだよね。居場所さえ分かっていれば良いよ。色々と役に立ちそうなものはあとで届けるね。あのさ……」

 言って、また考え込む。

 真顔だ。さっきまでヘラヘラしていたのだが。どうしたのだろう。

「あのさ、ナナさん、帰れるようになったら、君を日本に優先して返すからね」

「はぁ、ありがとうございます」

 一応頭を下げた。

 優先してくれるというなら、お礼を言うべきだろう。


「いや。だから色々、あんまりこっちに根を張りすぎないようにね。適当に過ごしてね」


「え?」

 意味がよく分からない。

 アレンの顔を盗み見たが、じっとディアン管理官を見つめたまま、微動だにしていなかった。


「どういう意味ですか」

「いつでも帰れるように準備しておいてね、って意味だよ、帰れそうになったら連絡するから。その辺も、ウチのお役所で管理しているからさ」

「そう……ですか」


 何となく尻切れとんぼに返事をした。

 アレンが何も喋らず、じっとディアン管理官を見つめているのが、何だか怖い。

 ぴりぴりした違和感を感じるのだけれど。

「……」

 とにかく、ディアン管理官の言った事は、悪い話ではない、と思う。

 早く帰らせてくれるよう、色々気を使って下さると言うのだし。


 アレンの様子がおかしいような気がするのは、あとで本人と話して、聞けば良いだろう。

 薄い紙に乗せられたボンボンをそっと引き寄せ、ディアン管理官に尋ねた。

「あのー」

「うん? どうしたのナナさん」

 微笑んだディアン管理官に、思い切って尋ねた。


「このお菓子もって帰っていいですか。すみません、研究したいので」


 この期に及んで、お菓子が一番気になる自分を許して欲しい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ