ナット式
ああ、どうしよう。
こまったことになった。ボクはソトであそんでいて、アタマのナットをおとしたことにきづいたんだ。
トウゼンながらボクのカラダはヒダリまわりにかたむいた。まっすぐにあるけないものだから、トモダチはボクをおいてみんないってしまった。
このままだとボクはイッショウ、ミギにまがることができなくなってしまう。はやくナットをみつけなければいけないけれど、このアカさびたテッコツでできたマチで、おとしたナットをさがしだすのはカンタンなことじゃない。
「すいません。ボクのナットをみかけませんでしたか?」
ボクはマチをヒダリまわりにきいてあるくことにした。
「しらないなぁ」
スーツのおじさんがいう。
「わからないよ」
モンツキハカマのおにいさんがいう。
「しらないわ」
キツネのおめんのオンナのコがいう。
「ああ、ボクのナットはイッタイどこにおっこちたんだろう?」
このままだとボクはずっとヒダリまわりにあるきつづけなければいけない。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
ニドとミギにはあるけない。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
ボクはテッパンのジュウジロのまんなかにたってさけんだ。
「ダレかボクのナットをしりませんか!」
「ナットのことならナットヤにきいてみるといいんじゃないかしら」
するとレンチをもったフリソデのおねえさんがボクにおしえてくれた。
「ナットをみつけたら、あたしがレンチでしめてあげるわ」
「ありがとうございます」
おねえさんにおれいをいって、ボクはナットヤにむかった。
「ナットヤはどこだろう?」
ボクはヒダリまわりにマチをあるいてテッテイテキにさがしたが、ナットヤはみつからない。
「ちくしょう。ボルトヤやワッシャーヤばかりじゃないか」
ミチにならぶカンバンにナットヤはみあたらない。こうなったらと、ボクはミチのワキにたってテをあげた。
「タクシー」
タクシーをよびとめる。テングのおめんのウンテンシュさんがカオをだす。
「どちらまで」
「ナットヤまで」
「おきゃくさん、ワケありだね」
タクシーのトビラがひらく。ボクはヒダリまわりにのりこんで、ワケをはなした。
「ジツはナットをなくしてしまったのです」
「それはイチダイジだ」
テングのおめんのウンテンシュさんがタクシーをとばす。ケシキがビュンビュンとすぎていく。あまりのはやさにボクはメをまわしてしまった。
「こういうときにはメをつむりなさい。そうすればアタマがまわってメがとまるはずだよ。こういうことはオヤがおしえているとおもうけど」
「ああ、そうでした。ホントだ、アタマがまわる」
メをとじるとボクのアタマがぐるぐるまわる。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
まわるアタマはミギまわりにまわっていて、ボクはとてもおちついてきた。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
こんなにおちつくのはナンネンぶりだろう。おっかさんのいたころをおもいだして、ボクはすっかりココチよくなった。
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる……。
いまごろおっかさんはナニをしているのだろう……。
「ナットヤだよ」
メをあけると、キョダイなテッコツビルのまえだった。
「あれ、ここはナットウヤではないですか?」
「ナットウヤだよ。でもナットヤでもあるんだ」
ボクとイッショにタクシーをおりたウンテンシュさんは、ナットウヤのまえまでついてきてワケしりカオではなす。
「ここのナットはシンキジクで、たべられるんだ」
おみせにならんだナットをひとつとりあげる。イトをひいたナットだ。ちょっとにおう。ウンテンシュさんはそれをクチにほうりこんで、ネチャネチャとたべる。
「ほら、このナットに『ウ』とかいてあるだろう」
「ホントだ」
「このナットウセイホウのトッキョでこのナットヤは、こんなリッパなビルをたてたのさ」
「すばらしいおハナシです。カンドウしました。このハナシはおっかさんにもきかせてあげたかった」
ボクがナミダをながしていると、テンインのおねえさんがコエをかけてきた。
「いらっしゃいませ。どんなナットをおもとめですか?」
「コガネイロのナットなのです。コガネムシよりもコガネイロのナットなのです」
「それはめずらしいナットです」
テンインさんはミセのおくへいくと、キンイロにピカピカのナットをもってきてくれた。
「こんなナットでしょうか」
「ああ、そんなナットです。それをいただきたいのです」
「ゼイこみでゴヒャクエンになります」
ボクはコガネムシよりもコガネイロなピカピカのナットをてにいれた。
「これでボクはもうヒダリまわりにあるかなくてすむぞ」
ボクはタクシーにのってメをつむりながらそうおもった。ウンテンシュさんがテングのおめんをむけてボクにいう。
「よかったですね」
――けど、おもえばそれほどシンコクにかんがえることなんてなかったんだ。
ぐるぐるまわるアタマのなかでボクはおもう。
ヒダリまわりにあるきつづけることなんてたいしたことじゃない。
ホントにこわいのは、まっすぐにしかあるけなくなることなんだから――。
「ナットをみつけたんですね」
レンチをもったフリソデのおねえさんが、テッパンのジュウジロでボクのことをまっていた。
「まっていてくれたんですね」
「ワタシはレンチヤですから」
おねえさんがレンチをもってにこりとわらう。
ギリギリギリ……。
レンチでナットをしめつける。でもナットはトチュウでとまってしまったんだ。
「あら、このナット、これイジョウまわらないわ」
「どうしてでしょう?」
おねえさんはクビをかしげて、ああ、とテをうった。
「キミ、インチネジでしょう。これはメートルネジのナットなのよ」
「そうです。ボクはインチネジです。エイコクシンシなのです」
ボクがこたえると、おねえさんはこまったカオになった。
「ここはニホンなの。どうしましょう。インチネジはうっていないわ」
そこでボクはきづいた。ああ、だからエイコクうまれのおっかさんはこのクニをすてて、いってしまわれたんだ。ボクはチュウトハンパにしまったメートルネジのナットをさわりながら、かなしいきもちになった。
「では、どうしようもないですね」
「ごめんなさいね。でもすこしはかたむきがちいさくなったんじゃないかしら?」
こうしたワケで、ボクのカラダはあるくとすこしヒダリにかたむくようになったのです。
気づく方は気づかれていると思いますが、タイトルからして思いっきりつげ義春のマンガ「ネジ式」のオマージュ小説です。
一度こういうものを文章で書いてみたかったんだ……。