求婚 - 菊
稲の収穫が終わる頃、村では例年収穫祭がおこなわれる。
豊作の感謝を捧げる神聖なものだ。
村中の人間が一堂に揃い、この日ばかりは僅かなりとも平等に酒が振る舞われ、普段は勤労で慎み深い村人達が夜明けまで歌えや踊れやの大騒ぎだ。
そうして親交が深まり、祭りをきっかけにして出会った男女が夫婦となる場合も多い。
それを意識してのことだろう。菊が十五になる手前の祭り前日、宗太からの求婚があった。
この村での求婚とは、男が夜中に女の寝所を訪れても良いかと問うことを指す。
それが三日の間滞りなく済まされると正式に夫婦として成立するのだ。
(とうとう、かぁ)
嬉しいような、でもどこか寂しいような、自分でもよく分からない感情を菊は持て余していた。
ただの幼馴染から、無条件に信じて甘えられる存在になってから二年経過している。
喧嘩をする事もあるが、いつも自分が勝手に拗ねて喚くだけ。
宗太が怒るような事は今まで一度もない。いつも大人の余裕で宥めすかされ、抱き締められたりもすれば負けを認めるしかない。
辛い事があっても、宗太が居てくれると思うだけで乗り越えられる。
それ程に、宗太は不可欠な存在だ。
夫婦になるなら宗太以外は有り得ない。
だから何故胸にわだかまりが残るのか、自分のことながら理解出来ない。
けれど、どう悩もうと求婚されて了解した以上、宗太は今夜自分の元を訪れてくる―――。
そんな事を考えながら家の戸口で片付けものをしていた菊に、横になっていた養母が布団の中から声を掛けた。
養父母も戦で子供を亡くしていて菊を実の子供同様に扱ってくれるが、何しろ足腰も弱くなって一人では外出も出来なくなってしまっている。
今では菊が家事のすべて取り仕切っていた。
「そうじゃ、菊。黄連がなくなってしもうてな」
「えっ、もう? この前採りに行ったばかりだよ?」
黄連とは山に生える薬草で煎じて飲むと胃腸によく効く。
数年前から胃腸が弱くなった養母が、薬を切らすととたんに不調を訴えるので毎年秋になると多めに採取していた。
他の季節にはまた違う薬草で代用しているが、この黄連が最も養母の身体には合うようだった。
「この前じいさんが腹を壊した時に使ってしもうたからなぁ」
「あ、そうだったね……たくさんないと困るね。今から採ってくるよ」
「すまないねぇ」
「いいよ、気にしないでね。行ってきます!」
(とは言ったものの……タイミング悪いなぁ)
森へは、いつも宗太と一緒に行っていた。
あの森に住む男に別れを言い渡されて以来一人で森に行くのが躊躇われたし、菊に対してはやや過保護な宗太からも日暮れ以降の森は危険だから一人で行くのは控えた方が良いと言われている。
しかし今夜は祭り。村の男たちは準備に追われて忙しくしている。
宗太は今では村長の片腕として村になくてはならない存在だ。
年に一度の忙しい日に、私用で引っ張り出すわけにはいかない。
(仕方ない、一人で行くかぁ。まだ明るいし大丈夫でしょ)
菊は久しぶりに単身で山への道を踏みしめることになった。