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紅の絆  作者: 伊代
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愛情表現 - 男

 森の奥、人が踏みしめて作った小道を少し外れたいつもの場所で、柿の実を鷲掴みにしながらガツガツと口に運ぶ菊を、呆れたように眺める。

「……相も変わらず良く食うことよ。おまえ、また肥えたのではないか?」

「ふ、太ってません! もう、失礼な事言わないでよっ」

「よくも言う。ついこの前まで骨と皮ばかりの貧相な小娘だったではないか」

「それ、八年も前の話でしょ? あなたのおかげで飢えることはなかったから、人並みに肉はついたと思う、けど……」


 冗談を真に受け不安げに己の身体を見下ろす菊に、思わずクククと笑みが洩れる。

 同じ年頃の少女よりはやや小柄ながら、ふっくらとした血色の良い頬に膨らみ始めた胸―――村の娘達と何ら変わらない。


 勿論、普段から菊が過剰に食事を摂るわけではない。

 自棄を起こして柿に食らいついているのだということは分かっているが、菊をからかうのが楽しくて仕方ないのだ。


「何をそう苛々と。良かったではないか、菊のような粗忽者をもらってくれようというのだろう? そんな奇特な男、この先現れるか分からぬというのに殴って逃げてくるとはな。勿体ないことを―――」

「粗忽って! そんなことな…………くもないけど! だって、どうしていいか分からなくて!」

 宗太から気持ちを告げられ、未だ興奮さめやらぬ菊は赤くなったり青くなったりと百面相を繰り返している。

 菊にとっては一大事なのだろうが、その様子が可愛らしく、つい笑みがこぼれる。

「あああ、どうしよう。なんで私なのよ~~」

(なぜ―――とはなぁ。自覚がないのも罪だな)


 両親を一度に失い、口数少なく表情も乏しかった薄汚く痩せこけた子供が、このような美しい少女になるとは流石に男も想像していなかった。

 今はまだ幼さが残るがあと一、二年もすれば良い女になるに違いない。

 少々抜けているところも、男からすれば庇護欲をそそるというものだ。




 男はこの八年の間、果物や山菜、根菜等を小さな菊が食べきれない程渡してやってきた。

 寺に持って帰れば他の子供に奪われるだろうからと、すぐに食べられるようなものを選んでやっていたが、余った分は平等に分けてやっていたようだ。

 その交換材料である血の摂取は、菊の痛みが弱いだろう箇所を探りながら行った。

 先の細いかんざしのような物でぷつりと肌を刺し、小さな猪口の底がやっと隠れる程のごく少量をもらい受けた。

 何度繰り返そうと、己の治癒能力によって蚊に刺される程の痕も残さないよう―――。


 そんな日々を過ごすうち、菊は育ち盛りの子供らしい体つきを取り戻していった。

 黒くつぶらな瞳は濃く長い睫毛に縁取られ、淡く朱が差す肌はふっくらと血色も良い。髪も艶やかだ。

(宗太という男のみならず、男どもが放っておかなくなるだろう……まだまだ子供だと思っていたが……)


「その宗太という者、聞けば良い男のようではないか。菊としても好かれて悪い気はしないだろう?」

「……分かんない。そういうの、まだまだ先の事だと思ってたし。私まだ十二だよ?」

「何を言う。その歳で既に嫁いでいる娘も少なくなかろうに」


「そ、そうだけどさ……」

 菊は口を尖らせ俯く。

「では何が不満だ? まさか苛められておったのを根に持っているのか? 男は好いた女ほど構って苛めたくなると言うではないか。そやつの愛情表現だろう」

「愛情表現の裏返しでひもじい思いをさせられていたなんて、ちょっと酷くない?」

「それもそうか」

 柿を食う手を止め、菊はしばし押し黙ってその手を見つめていたが、やがて意を決したように口を開いた。


「あなたは? あなたも……好きな人には、そうなの?」

「…………さあて、どうであろうな?」


 遠くを見つめる横顔を長い黒髪で隠し、菊には表情を読ませない。

 そうしなければ僅かな動揺を悟られてしまうだろうから―――。

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