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紅の絆  作者: 伊代
3/12

幼馴染 - 菊

「なぁ、俺のことどう思ってるんだ?」

「……ど、どうって…………宗太(そうた)こそ、どうしたの?」


(え、えーと……? これ、どういう状況なの?)

 薄暗く狭い小屋の中、菊は心底困り果てていた。


 農具を片付けるため、物置小屋に入った瞬間のことだ。

 何の前触れもなく、唐突に後ろから抱きつかれたのだから何がなにやら分からない。

 ただ背中に感じる大きな暖かさが、寺で一緒に育った宗太のものだということは分かっている。

 もっとも、今はそれぞれ子供の居ない村人に引き取られて個別の生活を送っているのだが―――。




 離れて暮らすようになったのは宗太が十二、菊が八つの時からだ。

 それまでガキ大将だった宗太は先頭に立って菊を虐めていたものだが、その頃から急に落ちついていった。

 皆をまとめる能力はそのまま。機転が利き、上を敬い、下に心を配る。そんな男気を身につけている。

 顔の造作も悪くないのに、浮いた噂もない宗太と結ばれたいと思っている娘も多いと聞く。

 また、体格の良さから力作業も任され、村中から一目置かれる存在になっている。

 先の戦で村には年寄りや子供ばかりであるから、そんな十六の宗太が頼られるのも道理だろう。


 しかし、寺を出てから四年ほどの間、二人は疎遠だった。


 今年の田植えで、水を張った田に足を取られて菊は尻をついて転げた事があった。

 少々間の抜けている所のある菊には、そんなことは日常茶飯事だ。

 けれどそんな水浸しの泥まみれになった菊を、偶然通りかかった宗太が手を取り、引っ張り上げた。

「お前、相変わらずノロマなんだなぁ」

 と笑う宗太の顔は昔のように意地の悪いものではなく、人好きのする優しさがあった。


 きっかけはどうあれ、その一件以来、宗太は菊の周りをうろつくようになった。

 はじめの内は気味悪く思ったものだが、勝手に農作業や家事やらを手伝ってくれるので菊としてもだいぶ助かっている。正直、これ以上ない有り難い存在だ。


 何しろ菊を引き取って迎えたのは老夫婦で、近頃足腰の弱ってきた彼らのために、仕事のほとんどを菊がこなさなければならなかったのだ。

 まだ十二の菊には難しい仕事や、男手が必要なこともあるというわけだ。




 それで、今日の稲刈りも頼んだわけでもなく手伝ってもらい、帰宅しようとしていたところ―――この状況というわけだ。

「俺な、そろそろ嫁をもらえって言われてるんだ」


 村の男の適齢期はちょうど宗太の年頃である。女は十三頃から十七までにほとんどが嫁ぐ。

「あ、そっか。もう十六だもんね。そんな歳だよね」

 いつもはハキハキと大声で話す宗太の声が、今は背後からぼそぼそと低く響き耳にこそばゆい。

 太い腕に抱き締められながら、菊は相づちを打つ。


「……俺は菊が良いんだ」

「良いって、何が??」

「だぁーーっ、もうっ!!」

 くるりと軽く身体を回転させられ、中腰になった宗太の顔が目の前に迫る。


(わー、なんか眉間に皺寄ってる。ますます熊みたい)

 本人が聞いたら怒るかもしれないが、大きな体で悠然と歩く姿が熊のようだと常々感じている菊だ。

 一見恐ろしささえ感じる程に、菊を睨むように強く見つめているのだが―――。


「お、お前―――人が真剣に話してるのに、何をニヤニヤしてんだ……」

 がくりと肩を落とし、盛大に溜息をついて宗太は俯く。

「えっ、笑ってた? ご、ごめん……ちょっと熊さんのホクロがね」

 何を訳の分からないことを―――と宗太が一人ごちるが、男らしい顔に不釣り合いな可愛いらしい目尻のホクロを菊は気に入っている。


 これはダメだと観念したのか、きっと顔を引き締めた宗太は菊の肩を強く掴んだ。

 その迫力に菊は一瞬気圧される。

「いいか、よく聞いてくれ」

 ひどく真剣な様子の宗太を見上げれば、ごくりと、その喉が動くのが見えた。


「俺は菊と夫婦になりたい。お前が好きなんだ」

「あー、なるほどー。ふーん……………………って、ええええ!?」


 ―――バシン、という盛大な音と共に小屋を駆け出す菊の姿があった。

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