誓約 - 菊
「どうだ、もう痛まないだろう?」
これもいつかと同じ台詞だな―――と思い出しながら身体を動かしてみる。
痺れも痛みもすっかり消えてたいた。
「ありがとう、やっぱりあなた―――」
「あなた、ではない。空耶だ」
「く、空耶は凄いのね!」
今更名前で呼ぶというのは気恥ずかしかったが、満足げに頷く空耶の微笑みが嬉しい。
この不遜な態度や微笑みに隠された優しさが、たまらなく好きだったのだ。
懐かしさで胸が詰まり泣きそうになる目の前で、不意に空耶の形の良い眉が歪みぐらりと身体が傾いだ。
咄嗟に手を伸ばし抱き留め、菊は異常に気付く。
(軽い―――?)
大きな身体の感触は確かに手の中にあるというのに、まるで綿のように軽い。
「空耶……?」
「保たぬか……まあ良い。
菊、よく聞け。我は直に死す。跡には一対の角が残るだろう」
「何、言ってるの? またそんな冗談―――」
「冗談ではい、良いから聞け」
ごふりと咳き込む空耶が、大丈夫だと手で制し話を続ける。
「その角の一つを、いつもおまえと会っていたナギの大樹の根本に植えて欲しい。
あのナギは名を王珠と言って、我の大事な友なのだ」
語る空耶の足元で、どさりと鈍い音がした。
恐る恐る視線をやる―――。
「!? い、いや!!!! どうして!? 空耶ぁぁっ」
抱き締める空耶の身体の一部が崩れ落ちた音だった。
そこから次々と、溶けるように砂へと変わり消えてゆく。
己の身体が朽ちてゆくというのに、空耶は婉然と微笑み菊の頬に手を伸ばす。
「鬼というのはな、滅多な事では死なぬものだが、どういうわけか蛇の毒には殊更弱い。
我は充分生きた。おまえのためと思えば心残りもない。だから泣くな」
菊の流す涙がぼろぼろと空耶の頬に落ちている。
「……もう一つの角は、おまえが持ってゆけ。形見と思ってせいぜい大事にしろ」
傲慢で意地の悪い笑みが、滲んだ。
「我が愛しき娘よ―――どうか、幸せに」
色々と未解決のままの部分がありますが、これでおしまいです。
本作「紅の絆」を第一部とし、続きはシリーズとして「鬼ごっこは命がけ」という第二部で描いておりますので、今後ともおつき合い頂ければ幸いです。
ありがとうございました!




