鬼ごっこ - 菊
血に関する描写が多く存在します。
残酷な表現は極力控えておりますがご注意下さいませ。
~ 鬼さん こちら 手の鳴る方へ ~
~ 角隠して 尻隠して 隠れましょ ~
夕闇迫る小高い丘。
鬼ごっこに興じる子供らの笑い声。
~ 逃げよ 逃げよ 寂し鬼に 捕まるぞ ~
~ 鬼の仲間になったらば 戻れやしない 帰り道 ~
着物の裾をはためかせ、子犬のように駆け回る子供達。
それを静かに見下ろす男が一人。
男は樹齢千年とも言われる大木の太い枝の上に腰を落ち着かせ、幹に背を凭れながらただ静かに目を細めている―――長い漆黒の下ろし髪を夕陽に紅く染めながら。
「やーい、ノロマの菊! お前に捕まる奴なんかいないぞ!」
群を抜いて体格の良い少年が、最も小さく貧相な体つきをした少女に野次を飛ばす。
鬼役をしている菊という名の少女は、はやし立てるように逃げ回る子供達に後ろから背を押されたり足を掛けられたりしながら、何度転んだだろう。
痩せこけた顔は泥まみれ。色あせた丈の短い着物から剥き出した小さな膝は傷だらけ。
そこに真紅の滴が滲み出すのも厭わず、歯を食いしばりながら自分より大きな子を捕まえようと必死で走り回る。
だが四つの菊には年長者を捕まえるだけの頭脳も脚力も体力も不足している。年も上、体格も上の子供たちを捕まえられる道理がない。
「よし、今日も菊の負けだ! みんな帰るぞ!」
―――鬼となった子供は、他の子を捕まえる事が出来なければ夕飯抜き―――
それが、この村の寺に住む孤児達のルールだった。
これは鬼ごっこという名の食料争いなのだ。
村全体として食料が不足している現状、食べ盛りの子供達はいつも飢えている。
どうにかして食糧を増やそうと、彼らは小さな頭で考えを巡らせているわけだ。
寺への帰路を駆けてゆく年長者達を、菊は泥のついた頬のまま唇を引き結び恨めしそうに見送る。
もう一月以上も夕食にありつけていない。
寺に戻っても食事はなく、また別の遊びで虐げられるのだと分かり切っていれば自然と足取りも重くなるというもの。
「……かえりたくないなぁ」
ボソリ呟いた菊は、ふと木々のざわめきに顔を上げ辺りを見渡した。
陽は既に遠い山から微かに覗くだけだ。辺りに闇が迫っている。
寺に戻るのも嫌だが、暗く寂しい森の中に一人取り残されるのはもっと恐ろしい―――慌てて一歩を踏み出せば木の根に躓き、先程擦りむいた箇所に小石の尖りが突き刺さった。
抉られた傷口。
溢れ出す紅の体液。
(いたいよぅ……!)
大きな瞳から涙が滲む。
だが声を上げて泣くことはない。寝食を共にする他の孤児たちに五月蠅いと怒鳴られたり、泣き虫だとからかわれることで、自然と声を殺して泣くことを身につけた。
―――けれど、血は怖かった。
菊が実際に見たわけではないが、自分たちの両親を含めた村の大人たちが夥しい血を流し絶命していたという話を年長者から聞かされている。
農民であった彼らだが、邑のためにと駆り立てられ戦死したのだ。
「……だめ! いっぱいでたら、しんじゃう!!」
大樹の下、己の膝から溢れる血を止めようと小さな手で傷口を塞ぐ。が、当然のことながら血は止まらない。
紅色に濡れてゆく己の手に、菊は愕然と震えた。