監禁されていた少年
ピッ……古めかしい携帯の音がある一室に木霊する。
「……か?私だ。今から言うことを忠実に実行してくれ。まず被検体『鹿羽』の廃棄、その後にtype-00を強制的に起動させ私の学園に入園させろ。『鹿羽』はいつか戻ってくるだろうが亡者との失楽園に落としたら最低でも2年は戻ってこないはずだ、一応見積もりは三年分取ってあるが……ん?分かった、3年目にはやはり退学処分を強制執行させてしまおうか。自我が芽生えて誰が父親かを認識できるまでtype-00と鹿羽の接触は……仲良くなるとは思えないが……万に一つの可能性を考えて避けねばならない。話は以上だ、それでは……任せたぞ?」
ひとしきり要求をいい終えると電話を切り、もう片方の手に持っていたコーヒーカップに口をつけた。
「……鹿羽凛歩……通称:災厄……。彼の要求を全て呑む代わりに災厄自身のすべての自由を引きかえにしたが……それでも殺しきれないとは、あれは本当に人の子なのだろうか……。」
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どこかの航空機の中
「なぁ、被検体よう、なんでお前、そんな笑顔なんだ?これから捨てられるってのに。」
「ん?俺か?そりゃあお前世界の絶景、ギャンブル、いろいろなゲーム。そんな全てを満足に見せてもらったりやらせてもらったら思い残すこともねぇんでな。」
頭以外いや、頭と目と口さえも鉄と布で縛られていながらも楽しそうに話す。どうやって話しているかはこの世界を動かしている全て……魔法である。もちろん科学も発達している。だが、もちろん、というほど未発達というものではない、同じくらい発達し、先は科学
の方が発達していたので抜かされかけているのだ。だから敢えてこういう言葉を使わせてもらった。
「ふーん、そういうもんかねぇ。私にゃ、だから死んでもいい、なんて思えねぇんだわ。」
「そう?あ、あと今俺に喋りかけてるのって女の人?」
「あ、あぁ、私は女だよ、今じゃ誰も女としちゃ見てくれないけどね。そういう被検体は男だろ?それも16の。」
「まぁね。えーっと、一応聞こえはするんだけれど文字としてしか認識できないから失礼なことしちゃったな、ごめんな。」
そうこう雑談しているうちに目的の場所についたようで航空機の中は静まり返っていた。
「さて、私も仕事だからね。よいしょっと、……あんた……布に細かく刻まれてるのって奈落の刻印!?な、なんで死んでないのさ……お偉いさんがたの考える事は……毎度毎度訳がわからんけど今回のはそれすら凌駕するな……。」
「んあー?お姉さんって呼ぶなー?なあお姉さん、ここでひとつ頼み事していい?」
「……ん、あぁ、ちょっと……考え事してた、なんだ?」
驚いてるのも無理はない。奈落の刻印と言えば生きているものを死においこみ。死んでいるものを風化させ、残った骨すら瞬時に砂に変える。発動と同時にその寸劇が起こるため『普通なら』生きているものは皆無、この世界の最強さんでもムリだろう、この被検体と呼ばれる男以外は。
「あのさ、この拘束具外して俺の童貞奪ってくれない?いやー、それだけ今思い出して、そう考えると一回だけ体験しておきたいなーって思ってさ。」
そう言う彼は本当にお願いしてるみたいだった、だがどこの国のプロともあろうものが拘束者の拘束を危険な場で外すというのか。その考えは彼女も同じだった。
「誰がその雁字搦めのような鎖とか外すのさ……てかむしろ外し方を教わりたいくらいさね。まぁ……上の方は外してやっても……いい男ならキスくらいしてもいいとは思うね。」
それだけいうと彼は暫く考え込み何故か別の発言をする。
「あのさ、なんで顔だけはいいの?むしろ俺は……いや、言うまでもないか。」
「?……顔は外さないと喰われないから、だって。上の連中はここの屍喰鬼共にあんたを貢ぐつもりさ、魔力が切れるその布のせいで近寄ってこない……って……ん?待って、あんたどうやって喋って……!?」
「ま・ほ・う・♡そっかー、ま、抵抗はしないよ、この航空機が飛びさったら契約は終了とさせてもらうけど。俺は……特別ってやつだよ。」
契約という言葉を聞くと彼女は?という感じの言葉を発した。しかし、それも次の彼の言葉で消える。
「さて、顔は外していいんだよね?あ、でも目の部分は自分で取れないからお姉さん頼むわ。」
バキンッと音がして彼の頭部周りの鎖と布が取れる。別段何かしたわけでもない、いや、なにかしたのは明白だろうがそんな素振りも見せないし見えなかった。そこから姿を表した男は……いや、男と呼ぶには少し抽象的な印象、なにより幼い顔立ちに少年、と呼ぶ方がふさわしいのがわかった。
「……被検体……あんた……結構可愛いじゃん……。」
一瞬の恐怖と混乱はその少年の雰囲気とその容姿に簡単にかき消された。少しだけ、その事実に手が震えているもののそっと少年の目に手を添えて巻かれている魔法陣の布を外した。本来ならばそれ用の手袋をはめて外さなければ手にほんの少し流れている魔力さえも消してしまうので危険なのだ。ほんの少し流れているというのは人は生きながらにして体に受けるダメージを軽減するために少し魔力を体にまとっているのだ。それをつまり『気配』と呼ぶ。少し話は戻るが布を外して自分を見た少年の最初の一言はこうだった。
「お?結構可愛い……いや、綺麗だね。どう?貞操奪ってくれる気になった?」
「……冗談。結構好きな顔ではあるけどね、任務の方が大事ってやつ?それじゃあ……キスだけはしてやるさ、私の初めてだぞ?素直に受け取りな。……もしここから出れたなら貞操程度なら奪ってやってもいいけどな」
「んー、まぁ、それでもいいや。じゃあ、おねが……んっ」
言い終わる前に彼女は少年の口へと自分の口を忍ばせる。その際に舌が入ってきて彼女が少しだけ驚いたのは内緒である。
「……ぷはぁ、長い!キスなら普通にくっつけるだけの優しいのでも問題はなかったんじゃないか?」
少しだけ赤みがかかった顔でほんの少し咎めてみる。
「ふふっ、別に?俺も初めてだったし。それじゃあお礼として……これ上げる。」
妖艶に笑い大人らしい雰囲気と純粋そうな少年っぽい容姿にギャップがあり更に彼女の顔に赤みがさした。その直後少年の口から緋色に輝く丸い玉が吐き出される、彼女はそれをキャッチした。
「なにこれ、きた……な……唾液が……ついてない?それとなんだこれ?」
「それはねー……お守り、かな?きっと役に立つよ。それと……さっきの話忘れないでな?俺がここを出れたら……まぁ、そんな約束したら出るんだけれど……。」
そう答える少年、そして。
「それじゃあ、頑張って会いにいくから……名前教えてもらえる?」
「……シエラ。シエラ・ミルファーだ。あんたの名前は?」
しばし沈黙したあと自身の名前を答える彼女。それは彼女自身も驚いていた。その美貌と雰囲気に呑まれたのか、それとも少年のわからない魔法の類にかけられたのか、それは彼女自身でも分からないことだった。
「俺?……そうだなー……俺の名前は……鹿羽凛歩……確か、そんな名前だ。それじゃあ……さっさと廃棄して貰いたいものだね。」
「しかばね……りあ……わかった、覚えておくよ。それじゃあ……。」
しばしその名前を自身の心に刻みつけるように吟味すると手袋をはめて凛歩を担いだ。
しばらく歩くと、そこは洞窟のような壁に巨大な穴があいた空間が見える。
「さて、と、私の任務はこれで終わり、それじゃあね。」
そう言って去っていく彼女に凛歩はこうつぶやく。
「あの玉……老衰による衰弱死以外死なないようにするアーティファクトなんだよねぇ、いつ気づくやら……。」
それから数分後、遠くで航空機が飛び立っていくのを視認し、確認したあとで、少年ー凛歩はニヤリと笑いながら体中の拘束具をバチバチという音とともにはじき飛ばした。
「はーぁ……疲れたなぁ、あいつらには侵食しか教えてないんだけれども……それでも役6年か……俺が実験として使われたのは。死なない体……超再生……侵食についての拷問……全部ひっくるめて疲れたなぁ……。」
はじき飛ばした拘束具が散らばっているそのへんで少年は寝転がった。
ーーーまだ、物語は始まってすらいない。