THE AMAZING WORLD
魔王が言った。
「お前たちはなぜわたしを殺す」
勇者は答えた。
「己が愚行を噛み締めるがいい」
魔王はさらに問うた。
「ならばお前たちの“行い”は誰が糾すのか?」
勇者は誇らしげに言った。
「私たちは善である。それゆえ裁定には及ばない」
それは本当かと魔王は訊ね、勇者はそれにイエスと答えた。
沈黙ののち、魔王が口を開いた。
「ならばこの首を討ち取り、お前たちの真実を確かめるがいい」
──勇者は魔王の首をはねた。
*
神は天使を呼びつけた。
「あの馬鹿な勇者どもはどうした?」
天使は報告した。
「はい。お言いつけの通り始末いたしました。未来永劫、輪廻のシステムからも除外しております」
神は満足したが、すぐに不機嫌な顔になった。「……いずれにせよあの星はおしまいだ。悪を討ち取る勇者どもが蔓延しておる。いくら間引いても追いつかん!」
それから立派な顎髭をかいぐり天使に言った。
「お前はどう思う? システムに落ち度があるのだろうか?」
天使は男でもあり女でもある顔をかしげ、優しげな眼差しを神に送った。
「システムは完璧です。もともと無垢である人間の心に愛と良心とを芽生えさせるための《悪》と、それに見合うだけの邪な心を増長させる《善》という原理──悪は善によってのみ産まれ、善を育むのは悪です……。この単純がゆえに決して崩れることのない対作用は、原初から宇宙が内包するもっとも根本的な仕組みのひとつです。これ以上のものはなく、またこれ以外のシステムを組み込むことは、すなわち宇宙の本質にそぐわないことを意味します」
神は天使の言葉か、あるいはその美しい顔にうっとりしたが、羽箒のように広がった眉毛はいびつに震えていた。
「だがなあ……人間というやつはまことに手に負えん。わしらがほんの少し手を貸し、ささやかな機知を与えてやっただけでこの有様だ……。唯我に翻弄され、バランスというものをまるで考えておらんのだ。狂ったように悪しきものを成敗することに夢中になっておる!」
ふう。と、ため息をついて神は腰を落とした。その動きに反応した天使の指先から魔法が紡がれ、神のお尻の下に大理石の椅子を作った。
椅子に腰を落ちつけると神は続けた。「ともあれだ。このバランスが崩れたからには、もはや一からやり直すしかあるまい……。まったくとんだ手間だ!」
「では……あの星は廃棄処分に?」天使が長いまつげを伏せた。
いいや、と神。
「前期の収支はかろうじて黒字だが、ちと星を創りすぎたかもしれん……しばらくはエネルギーの浪費を抑えたい。なに、放っておけばいずれ自滅する」
かしこまりました──そう言うと天使はこうべを垂れて下がった。
あとには物憂げな表情の神だけが残った。
*
その後も地上では、正義を振りかざす列強の国々から勇者と名のつく猛者たちが方々に放たれ、およそ半世紀をかけて惑星全土の魔王が駆逐された。
星はかつてないユートピアを形成し、やがてイデオロギーを失って朽ちた。
魔王その他の者たちは天使の手によって魂が回収され、輪廻の炉に溶かされて再利用されたが、勇者とそれに手を貸した者たちの魂が、再び生を得ることはなかった。
【あとがき】
駄文にお付き合いいただき感謝です。
本当は星新一氏を目指していたのですが、筆力も感性も語彙も貧困なため、ご覧のような有様です……。
モチーフとしては古典で使い古されたネタですが、それでもセンスと文章力さえあれば、もっと面白い、これぞセンス・オブ・ワンダーだ! といったものが書けるはずなんですけど……残念ながら私には無理みたいです(自嘲)
いやあ、ショート・ショートって難しいですねっ(汗)